『アニマの贄』 作: 玲 1.『スペシャル・ルーム』 金曜。朝。9時。 起き抜けで腑抜けた頭に活を入れるためにポカリスエットを一気飲みした瞬間、心の堰が切れ、休日まで待てず に、僕は大学を自主休講することにした。そう決めたとたんに、むずっと股間が疼く。今週は、特別なのだから。 待ちに待った特注品が昨日届いたのだから。そう自分自身に自己弁護しながら、寝室へ取って返し、カーテンを 閉める。リビングダイニングのガラス戸から燦々と降り注ぐ小春日和のすがすがしい秋の日差しをも、惜しげも なく遮断した。バスルームに向かいながらドアの施錠も確かめる。エントランスのセキュリティはしっかりして るけど、念には念をだ。そんなことはあり得ないが、万が一親が訪ねてきても、カードキーは渡していないから、 勝手に入ってこられることはない。 パジャマを脱ぎ捨て、洗濯機に放り込む。3日間履き続けて股間が変色した女物のパンティだけは、洗濯機に入 れずにタオル掛けに吊した。条件反射のように吊したパンティに鼻を近づけ、股間の汚れの焦げたような臭いを 胸一杯に吸い込んでいる。自分自身の垢と汗と小便で捏ね合わされた玄妙な薫りが、鼻孔の奥を焼き焦がすよう だ。ぞぞぞと前立腺が身悶えした。そのまま顔を埋めて嗅ぎまくりたい衝動に駆られたけれど、かろうじて堪え、 バスルームに入る。 もともと薄いヒゲは、ドイツ産の脱毛クリームを使い続けるうちに、毛根が死滅したかのようにますます薄くな ってはいたけど、それでも指を押しつけるように撫で探ると、まだ微かなざらつきを感じる。ゾリンゲンの最高 級カミソリを使い、偏執的なまでに剃り上げてやった。そのカミソリでそのまま、腕と脇、脛の毛も丁寧に剃り 落とし、剃り跡に脱毛クリームを塗りつける。 最後は股間。先週末に剃り上げたばかりだったけど、脱毛クリームの焼灼にもめげずに生き残った毛が数十本、 まばらに伸び出している。僕の一部にしては根性あるけど、残念ながら僕にとっては邪魔者なのだ。陰嚢の毛も 見逃さず、肛門周辺の毛も探り出して剃り落とした。たっぷりの脱毛クリームを毛穴の奥まで染み込むように擦 り込んでやる。毛穴が焼けているのだろうか、微かにちくちくとした刺激を感じた。この脱毛剤を使い続けてい くと、しまいには全身の毛が生えなくなってしまうのではないだろうか。他人には絶対見せられないだろう珍奇 な無毛の身体になってしまった自分を想像したとたんに、怖れとか後悔とかではなく、ペニスがピクピクと立ち 上がろうとした。これが業というものか。 脱毛剤が十分に浸透した頃合いを見計らって、僕は身体を上から下まで徹底的に洗い清める。産毛すらなくなり、 ぴかぴかに磨き上げられた身体を鏡に映してみる。運動嫌いでアウトドアなどもってのほか、筋肉という言葉に は縁遠く、男としては情けないヒョロリとした身体が映っている。脚の長さだけは救いだった。骨格自体が華奢 な作りなのだから、そもそも運動に向いた身体ではない。この華奢な体型とそれによるスポーツ不振が思春期に は酷いコンプレックスの原因となったけど、別の見方をするようになった今では、この体格でよかったと思える。 いわばナルシス的な自己愛に浸っているということだ。 明日吸血鬼になってもまったく困らない生活パターンで暮らしているから、ひと夏が過ぎたというのに白磁の陶 器のような肌色だった。男は男らしく、女は女らしくといった、未だ社会の大勢を占める強固な概念からスピン オフして、まだ中学生のガキが人知れず、受験勉強より真剣に取り組んだのが肌の手入れだった。専門書を買う といってせしめたこづかいの一部は、高額基礎化粧品の購入に充てられ、ニキビなどとは無縁の思春期を送るこ とができた。鏡の中の身体は、まるでビスクドールのように清潔で無機質。陰毛という翳りさえなくした股間の イチモツが、そこだけ妙に有機的で、まるで取ってつけた異物のように見える。 華奢な身体に乗った小振りで瓜実型の顔。子供の頃から、誰もが僕の大きな眼と長い睫毛を羨んでくれる。その 後に必ず、女の子みたいという言葉が続く。男らしさを模索していた思春期の少年は、その言葉を毎回、忸怩た る思い聞いていたものだ。それから年月が過ぎ、コペルニクス的転回を遂げた今の僕の不満といえば、その眼の 上の眉に集約されている。ボリュームのある眉ではないが、それでも太すぎるように感じてしまう。鏡を見るた びに、抜きたい、剃りたいという思いがよぎる。しかしさすがに眉を変えてしまうと、知り合いにはひと目で気 づかれるだろう。僕の異質な性癖を他人に知られるなんて堪らないし、小さな疑問を持たれるのすら恥ずかしす ぎる。人知れず眉を細く改造するには、改造した眉が元に戻るまで人前に出ないでもいいような、長期の休みが 必要だ。今回の夏休みは、どうしても帰省しなくてはならず、眉の改造はできなかった。今度の冬休みこそ、何 の予定も入れず、誰にも会わないように引きこもり、この眉を思うまま細眉に改造してやろうと思っているのだ けど、どうなることやら。気楽な学生にも、しがらみはある。溜息をひとつ漏らして、僕は次の準備を始めた。 いったんバスルームを出て、バスルーム横のスペシャルルームに入る。夜型インドア人間の僕は、人が寝静まっ た深夜に活動する。大学入学を期に親にマンションを買ってもらう時、絶対の条件として挙げたのが防音ルーム だった。以前はミュージシャンが住んでいたというこの物件は、まさに僕の条件にぴったり。新築時は分割され た二部屋だったものを、前の住人が間の壁を取り払い、窓を埋め潰し、完璧な防音構造にリフォームされた15 畳ほどもある一部屋へと改造してくれていた。深夜に大音量でアクション映画を見ても、何の気兼ねもいらない から、と親には説明したものの、実際はスペシャルなルームというより、スペルマなルームとでもいった方が正 確な使い方をしている。 親の遺産でも入ったら大々的に改造しようと思っているものの、自分の手で施した最低限の改造でもそれなりに 満足はしていた。録音スタジオのような二重の遮音ドアを開くと、圧倒的なゴムの臭いが流れ出してくる。僕に とってはマタタビのような臭いだ。臭いの元は自分自身の手でフローリングの上に敷き詰めた、厚さが1センチ もある硬質ゴムシート。それと、天井からカーテン代わりに吊り下げた薄手のゴムシートだった。ゴム臭に陶然 としながらゴム床の上をペタペタと歩き、僕は奥の棚に向かう。 この4日間、一度荷物を運び入れただけで使わなかったとはいえ、エアコンは点けっぱなしにしてあるのに、部 屋にはずっしりと重くゴム臭が沈殿していた。ゴム狂いの僕には、あまりにも刺激が強すぎる。ゴム臭なぞ嗅ご うものならついふらふらと部屋に吸い寄せられ、重度の麻薬中毒者並にこの部屋に入り浸って、狂い死にするま で快楽追求に耽ってしまいそうだった。だから、この部屋の使用は休日のみ、それ以外で立ち入る時は息を止め て、と自分自身に制限を課してきた。だけど・・・ついにその自戒を破ってしまったわけだ。ゴム臭を胸一杯吸 い込んでしまった僕は、たちまち自制心を蕩けさせられ、規則は破られるためにあるのだから、とサイレンの歌 声に魅入られた水夫のように自己正当化を始める。 部屋の中央には、ゴムシートでくるまれた縦260×横130センチもある特大サイズのマットレスが据えてあ る。床敷きのゴムシートがマットレスの周りだけ盛り上がっているのは、ゴムシートの下にマットレスよりひと まわり大きな木の天板が据えられているからだ。マットレスを囲んで左右対称の12カ所に、市販されているい ちばん小さな電動ウインチが設置されている。ゴムシートの下の天板は、ウインチを固定するための土台だった。 フローリング床に直にボルト止めできたら、見た目もすっきりするのだけれど、素人の日曜大工レベルでは無理。 現状では見た目よりも実質を選ぶしかない。 それぞれのウインチは、天板に何本もの太いネジ釘で厳重に固定してあるから、全力でワイヤーを引っ張っても びくともにしない。リモコン部を苦労して改造し、12個のウインチをひとつのリモコンで操作できるようにし た。これが僕のセルフ・ボンデージ・ベッド。まもなくこのベッドに横たわり、全身拘束できると思うと、背筋 から股間にかけてぞくぞくとした期待感が走り抜けた。 2.『金属ミミズ』 金曜日。朝。10時。 ベッドを回り込むと、棚の前に置かれた大きな段ボール箱がふたつ、否応もなく目に入る。注文したものが漏れ なく入っているか、注文通りの仕上がりになっているか、配達された直後に開封して調べてみるべきなのだろう けど、そうしたら使ってみたいという欲求に抗えなくなるのは明白だから、手をつけずに放置してあった。でも、 そこに置いてから、どこにいても僕の頭の中はその箱のことでいっぱいだった。その箱の中身のことしか考えら れなかった。それが、ついに、ようやく、開けられる。長いおあずけを解いてもらった犬状態で、僕はハアハア 鼻息を漏らしながら、箱の封テープを毟り取った。 最初に開けた箱からは、ペニス責め具つきT字帯が出てきた。T字ベルトの鼠径部から太い筒が伸び出している。 その下には睾丸を収めるための椀状の膨らみもある。肛門部には直径6センチの大きなリングが嵌っていて、排 泄を妨げないようになっている。全体が、指先に硬いと感じるほどの分厚いゴムでできていた。色は、背徳の黒。 継ぎ目も合わせ目もない、完全一体成形というやつだ。 内側から、洞窟のように深いペニスサックの穴を覗き込むと、筒具にも、睾丸収納部にも、その内壁に小さな金 属の鋲が無数に埋め込まれているのが見える。ネットで見つけた製品だった。低周波を利用して一種のバイブレ ーター様の強烈な刺激を与えてくれる物らしいのだけど、どれほどのものかは使ってみなければわからない。そ れでも完全防水・ワイヤレスリモコンつき・プログラム可能なタイマー機能まであって最大連続12時間稼働可 能なバッテリー内蔵という本格的なスペックは、メーカーの製品に対する強力な自信の裏づけだと思う。使う前 にまず洗うため、脇に置く。 米国のSM用品サイトは品揃えが豊富に見えるけれど、どこの製品もありきたりでオリジナリティがない。その 点ヨーロッパの製品は偏執的というか職人気質というのか、細部までフェティッシュなこだわりが行き届いたコ アな逸品がある。次に箱から取り出した製品は、その典型のような特殊器具だった。 段ボールの緩衝剤に埋もれていた赤い化粧箱を発見する。蓋を開けると、白銀色のケースが現れた。電源コード つきの箱を開けると、中に巨大な金属製のミミズと透明なチューブが収められている。箱は紫外線消毒器、金属 ミミズは低周波刺激システムにくねり運動機能まで装備された尿道バイブレーターだ。こんな太いモノが尿道に 入るとは思えないけど、ヨーロッパ人が全員巨根の持ち主というわけではないだろうし、僕のペニスサイズに合 わせてオーダーしたのだから、間違いなく入るのだろう。勃起時の僕のペニスの長さと金属ミミズの長さを比べ れば、ミミズの尻尾は僕の膀胱内にまで入り込むとわかる。 無意識にごくりと唾を呑んでいた。もともと長時間装着を想定された器具なのだから、付属チューブをミミズの 一端に差し込めば導尿もできるし、今取りつけても問題はない。医療器具並みに出荷時洗浄殺菌済みで無菌包装 されているから、袋を破いて取り出せば、洗う必要もなくすぐ使える。尿道に直径1センチ近くもありそうな金 属のミミズを突っ込む痛みを想像すれば、普通の人なら絶対に入れようなどとは思わないだろう。痛みの忌避と いう高いハードルを超えるのに必要なものは、変態としての快楽追求心だけだろう。幸運にして、あるいは不幸 にして、僕の快楽追求への情熱は、並はずれて怪物的だった。 ミミズの尻尾は丸いゴム状になっている。頭部にはエノキダケ程度に小さな傘状のゴムキャップが窄まっている。 丸い尻尾の方から尿道に差し込んで、ペニスの先端に拡がったキャップが被るまで押し込み、化粧箱の中に同梱 されている接着剤で接着してしまうのだ。消毒剤と潤滑剤を兼ねたゼリーのチューブも入っている。僕は自分の 股間を見下ろした。ペニスは僕の肉体の一部であるくせに、目の前が赤く見えてしまうほど昂った僕の期待感に は従おうともせず、物陰があったら隠れたいとばかりの風情でシワシワと縮こまっている。隠れるべき陰毛はと うに剃り尽くしてしまったせいで、男の象徴のくせに男らしくない有様が丸見えだった。 手の平に潤滑ゼリーを受け、ミミズ全体にまぶす。頭部のゴムキャップを拡げ、裏側に接着剤を塗りつける。接 着剤は1分で固まってしまうから、思い悩んでいる暇などなかった。ふにゃふにゃになっているペニスをむんず と握りしめ、金属ミミズの尻尾を尿道口に押し当てると、ひやりと無慈悲な冷たさが粘膜を伝う。わずかに捩じ るようにしてやると、先端が尿道口をめいっぱい拡げ、ネチっとした引攣れの痛みが走った。見下ろす尿道口は、 見たこともないほど大きく口を開けていた。わずかに引いて、もう一度押してやると、つるり、と3センチほど 一気に入り込んでしまう。尿道粘膜が内側から擦り上げられるという、経験したことのない焦熱感に、思わず喘 ぎ声が出てしまった。 ネットでこの商品を知るまで、尿道責めなど考えたこともなかったから、僕の尿道は無垢なバージンだった。そ のバージンもいまや冷徹な金属に犯され、散華したわけだ。目をつぶり、尿道とそこに収まった金属ミミズの擦 過感覚にだけ意識を集中する。痛いというより、張り裂けそうなテンションが怖い。出す感触しか知らない場所 に、押し入ってくる感覚。水流のなめらかさなどない、ごりごりした固さ。まったく馴染みのない刺激。けど、 決して不快ではない。粘膜が入り口から順に張り裂けそうなほど伸展され、ついに金属ミミズの先端がペニスの 根元にまで達した時には、擦過というより熱感に似た重苦しさを感じた。ペニスの外側から、その裏側の根元を 思いっきりごり押しした感覚に近い。オシッコを限界まで我慢した時みたいに、膀胱と尿道の接点に発する鈍痛 がある。それが、尿道粘膜の引攣れる痛みと混ざり合って、じっとしてなどいられない。 金属ミミズが、まだ5センチもはみ出しているというのに、尻尾の先端が行き詰まってしまう。押そうとすると、 身体の芯で、膀胱への関門がこじられる痛みが生じて力を込められない。内臓が点圧される重苦しい痛み。膝が ガクガクし出した。下半身に力が入らない。へたり込んでしまいそうだ。歯を食いしばっても、鼻息が震えてし まう。苦しいだけのはずなのに、何故か僕のペニスが急速に勃起して、尿道からはみ出していた金属ミミズの残 りをずぶっずぶっと呑み込んでいく。それとともに角度が変わり、ある角度で内臓の奥に、ぐにっと潜り込むよ うな不気味な感覚が生じた。ジリッと焼けるような圧痛。んっと無意識に腰が引け、ミミズを保持していた指が 外れそうになって慌てて押さえつけてしまい、勢い余って尻尾の先が関門をこじ開けてしまう。ずずずずずずっ、 と粘膜を擦り上げて、金属ミミズの尻尾半分近くが一気に膀胱内へ侵入した。 ひああっと情けない喘ぎが漏れて、僕は股間と下腹を押さえながら床に突っ伏してしまう。ペニスの奥がジンジ ンする。オシッコをどっと漏らしてしまった感じがした。でも、指でまさぐってみても、オシッコが漏れている 様子はない。錯覚だった。亀頭の先端の半分程を、金属ミミズのゴムキャップがすっぽりと包んでいた。荒げた 鼻息を収めるほんのわずかな間で、完全に接着されてしまう。爪を立ててゴムキャップを捲ろうとすると、粘膜 ごと引攣れ、肉まで毟られそうな痛みが走る。ペニスを握ると、その裏側にゴリゴリとした金属棒の盛り上がり を感じた。限界まで拡がった尿道全体が、重い充填感に痺れている。 と、膀胱の内側で動きが生じた。何かが蠢く。おぞましい感覚。膀胱の中に生き物が入っているように感じられ、 気味悪さにうなじの毛がチリチリしたけど、金属ミミズの規定動作だったことを思い出して自分をなだめる。尻 尾の先端が僕の小便に温められ、大きく膨らんでいるのだ。尻尾の先にあった小さなボールが、直径2センチほ どのバルーンとなり、ゴムキャップと共同して僕のペニスを内と外で挟み込む。もう簡単に抜くことはできない。 キャップの接着剤は専用リムーバーで剥がさなければならないし、膀胱内のバルーンはもっと面倒で、10度以 下の冷水を膀胱内に注入してバルーンを冷やさなければならない。冷水は体温で温められてしまうから、注入と 排出を最低3回は繰り返す必要があるという。 ネット上にアップされた説明によると、リムーバーは粘膜への刺激が強いので、できるだけ使用を控え、接着剤 の浸透した粘膜の層が垢になって剥がれ落ちるまでの1週間前後、装着し続けることを勧めるとあった。潤滑ゼ リーで尿道内は殺菌消毒されているし、キャップで塞いでいるので雑菌の外部からの侵入もないため、尿道炎の 心配はほとんどないという。ということで週明けには、これを装着したまま大学に行くことになるのだ。そう思 うと、頭の芯が秘かにジーンと痺れた。萎えかけていたペニスが、再び直立する。上体を起こし、そのまま後ろ に手を突いて息を継ぐ。ペニスだけが僕とは無関係に天を突き上げ、どくどくと脈打っていた。 化粧箱の中から腕時計型リモコンを取り出し、電池の通電を妨げているシートを引き抜いた。これでいつでも金 属ミミズをコントロールできる。親指が彷徨ったけど、試運転は後にした。このリモコンはT字帯の低周波シス テム用コントローラーも兼ねている。テストするならT字帯を着けてからだろう。今日は金曜日。今日を入れて 休み明けまでまだ3日間もあるのだし、作動させてもし昇天してしまったら、あっけなくてもったいない。僕は 右手首にリモコンを巻きつけた。 ペニスが勃起している間に、低周波T字帯を穿いてしまう方がいい。僕はT字帯を手に、バスルームへ向かった。 歩けば勃起したペニスが揺れる。するとその芯に通っている金属ミミズも揺れ、膀胱内に入り込んだ尻尾のバル ーンが膀胱内壁をさわさわとくすぐる。微かな刺激ではあったけれど、膀胱の内壁に物が触れるなんて、生まれ てこの方味わったことのない刺激だ。他人の指が膀胱内に突っ込まれているような錯覚さえ覚える。僕のペニス は収まる気配もなく、一歩ごとに跳ね回っていた。 T字帯を丹念に荒い、念のために消毒する。桶に46度の湯を溜め、全体を沈めた。充分に温まった頃合いを見 計らってアチアチいいながら引き上げ、少し冷ましてから身に着けた。ペニスサックは、僕の勃起したペニスに ぴったりだった。厚いゴムに包まれて、ペニスの揺れがようやく収まる。揺れは収まったけど、脈動するたびに サックの内側の鋲がコリコリと海綿体にめり込み、これがまた尻をくねらせたくなるほどもどかしい刺激だった。 ペニスはあっさり収まったけれど、その下の睾丸をケースに収めるのはひと苦労した。 温められてゴムが柔らかくなっているから入れやすいはずなのだけど、片方ずつ別々のスペースに収めなくては ならない上に、入り口の穴がそれでも小さすぎる。睾丸を縦にしなければ入らないし、それがまた玉袋の皮ごと だから、皮の中でつるつる滑って逃げてしまう。それを逃げないように強く掴めば、男なら誰でも知っている鈍 痛が走るのだ。 何度も失敗して、ようやく睾丸をケースの中に収めることに成功した時には、額に汗の玉が浮かんでいた。下の 玉をしまって、上の玉を出したわけだ。ケースの形に強制されて、僕の睾丸は丸餅のようにひしゃげていた。じ ぐっとした圧痛が、両方の睾丸から溢れてくる。せっかく収めた睾丸がつるんと抜けてしまわないうちにと、僕 は手早くベルトを押しつけて股間に回し、尻を割って腰にまで引き上げた。横ベルトは、両の腰部にある金具で 閉じるようになっているのが嬉しい。背中に金具があると、寝転んだ時背骨に当たって痛いのだ。 ベルトをいったん仮留めして、具合を調節しながら締め上げてやる。肉に食い込むほど締め込んでできあがりだ。 シャワーを冷水に変えて、下半身に浴びせる。ゴムが冷えて、ひとまわり小さくなった。そういう特殊なゴムな んだそうだ。ベルトがさらに肉に食い込み、引っ張られて、T字帯というよりY字帯に近くなっている。睾丸の 鈍痛が一段と増した。誰かが力一杯握り潰しているみたいだ。 鏡に映しながら手を滑らせてみた。ペニス部は被ったゴムの厚みと亀頭部内に収められた回路の分、ひと回りほ ど大きく、しかも2センチは長くなっているため、隆々と聳え立って見える。ペニスが黒光りしながらじつに堂 々と存在を主張しているのに比べ、圧迫され潰されて無理矢理収納されてしまった睾丸は、ケース自体がさらに 縮まり、扁平化して、その存在感を哀れなほど無くしていた。まるで睾丸のみ切除されたニューハーフみたいだ。 睾丸独特の、あのドクドクと疼く鈍痛に、腰をくねらせながら耐え続けなくてはならない。痛みが増すことなく、 わずかだけれど治まる傾向を示して、僕はほっとした。痛みは消えないかも知れないけど、時間さえかければ少 なくとも我慢できるレベルにはなるだろう。何より、この疼痛こそ僕が望んでいるものでもある。常に睾丸を誰 かに握られているような感覚を味わえるのだから。 睾丸の痛みが落ち着いてきたので、指をさらに奥に滑らせると、リングの輪の中で僕の肛門がひくひくと蠢いて いた。睾丸の痛みをこらえていると無意識に力が入り、ペニスはひくつき、肛門まで連動して伸縮を繰り返して しまう。指を当てると吸い込まれるような吸引力を感じた。これから浣腸され、新しく買ったディルドオを詰め 込まれて長時間酷使されるというのに、僕の肛門はまるで涎を流さんばかりに待ち望んでいる風情だ。我が身体 の一部ながら、触れる物はすべて呑み込む食虫花のような独立した貪欲さに、思わず苦笑してしまう。でも、ま だT字帯装着具合の確認が済んでいない。可哀想だけど、もうしばらくおあずけしててもらわなくてはならない。 立っていると肛門周りのゴムリングは左右を尻肉に挟まれ、上下をベルトに引かれて楕円形にひしゃげているけ れど、しゃがむとテニスボール大の円形に戻る。僕はリング周辺を触診した。ゴム素材は引っ張りに弱い。特に リング部にはかなりな引っ張り圧がかかる。でも指で探り、鏡に映して眼でも調べた限りでは、素材の伸び具合 に不均衡はなく、動いても僕の肉体の曲面にしっかりと密着していた。腰脇の金具部もチェックしてみたけれど、 特に問題はなさそうだ。数回、立ったり座ったりと動いてみた。そうしながら、リングと肉の間に指を入れてみ る。リングを保持するベルトの造りがいいのだろう、きつすぎず、緩すぎず、どんな動きにも追従する。リング が食い込みすぎると、肛門やその周辺が鬱血して長時間の装着がつらくなる。数時間ならまだしも、数日間装着 する僕にとって重要なポイントだった。その点、このT字帯の設計は優れている。さすがドイツ製。僕は大いに 満足した。 最後に、ペニス筒の先端にある留め具をベルト前面の金具に嵌め込むと、ペニスは伸び上がったまま、下腹にめ り込むように固定された。ペニスの中の金属ミミズがたわんで、粘膜をひと擦りしてくれる。甘い鼻息をひとつ 漏らして、ざっとシャワーで汗を流し、僕はバスルームを出た。これから何度もバスルームとスペシャルルーム を往復することになる。スペシャルルームを改造する時は、そちらでもシャワーが使えるようにしたい。年末に 帰省した時に、父に車を買う金をせびろうと計画している。そうすればその金で、部屋の改造も思いのままとい うわけだ。 バスルームを出がけに、吊しておいた汚れパンティを手に取る。僕は変態性欲の赴くまま、歩きながら汚れパン ティを頭から被った。黄土色に変色した股布の部分が鼻を覆い、脚の入る穴から眼が覗く。あさましく、情けな い、とても人前で晒せる姿ではないけど、誰憚ることもない自分の部屋の中だ。股間の疼きが、小心者の僕を大 胆にする。冷えた汚れは、あの芳しい香りを封じ込めている。僕は手を当てて布地を顔に押しつけ、股布越しに 息をした。スペシャルルームの2重ドアを抜ける頃には、呼気で温められた汚れが、焦げつくような熟成された 臭気を発し始める。その芳香を胸一杯に吸い込み、臭いの分子の最後のひと分子まで肺胞にこびりつかせようと、 息を止める。固定された陰茎が、釣り上げられた魚のように跳ねたがり、サックの中でビクンビクンと怒張を繰 り返した。至福感を誘う桃色ホルモンが、僕の脳を煮浸しにする。 感極まって、僕はゴムマットレスに倒れ込むと、右手で自分の顔を鷲掴み、左手で股間を撫でさすりながら、あ られもなく身悶えた。限界まで止めた息を苦鳴のように吐き、再び自分自身の股間の臭いを胸一杯に吸い込んで、 また限界まで息を止める。左手指がT字帯の上を這い回るけど、厚いゴム越しでとてももどかしい。心臓が16 ビートで鳴り響き、ぎゅっとつぶった目の裏が赤くなってくる。心臓の高鳴りに促され、より強い刺激を欲して、 同時にあまりにもあさましい自分自身をいたぶりたくて、僕は自分の股間を拳で激しく叩いていた。 叩き潰された睾丸が重鈍い痛みを訴えても、溶岩のように沸騰した脳に届く頃には甘蜜のように蕩けてしまう。 オナニーを覚えた猿のように睾丸を叩き続けているうちに、自虐欲求が制御不能なほど昂り、自制心は吹っ飛び、 思考は停止する。獣じみた唸りを上げ、欲望の赴くまま仰向けになって、拡げた脚の中心を手加減なしで殴りつ けていた。脳に激痛が弾け、意識が消えかける。睾丸が爆発したみたいな痛みに声も出ず、僕は股間を押さえて のたうち回った。 3.『人形』 金曜日。朝。11時。 ようやく痛みが下火になり、頭の中に充満していた桃色も激痛に吹き飛ばされて、僕は股間から手が離せないな がらも、息を継ぎ、半身を起こすことができるようになった。自分自身の愚かさに、自嘲の笑いが漏れる。でも、 自分の馬鹿さ加減が愛おしくもあった。人前で厚い仮面を被り通し、自分自身さえ偽って積み重なった鎧を脱ぎ 捨てるには、このくらい極端な行いが必要なんだと思える。まだジンジンする睾丸は、素の自分に戻った証とい うわけだ。僕は睾丸の痛みすら晴れやかに感じて、大きく伸びをすると頭のパンティを外し、立ち上がった。 もうひとつの段ボールを開封する。緩衝材のスチロール球を掻き分けると、その下からドキッとするほど美しい 人形の顔面が現れた。リアルな人面ではあるが、どこか非現実な趣があるのは、その眼がふた回りも大きく、パ ッチリとしているからだろう。ビニールに包まれた顔面に手をかけ引き出すと、それに続いて後頭部、首、そし て全身がずるずると巻き解けて抜け出てきた。人間の抜け殻、生き皮のよう・・・といってしまうと一部の異様 なほどの厚みを表現しきれない。裏が透けそうなほど薄い部分もあれば、ぼってりと肉厚な部分もある。 全身を引き出し、マットレスの上に拡げて、包装ビニールを破いた。頭部に毛がないのが奇妙さを強調している。 乱暴に扱うわけにもいかず、扱いに戸惑い、抜け殻なのにお姫様だっこのように捧げ持ってバスルームで洗った。 背中の割れ目を開いてボディーソープを垂らし、柔らかなハンドタオルでよく泡立てながら洗う。すすぎも念入 りにした。なにせ、これからしばらく僕はこの中で暮らすのだから。 よく水を切り、内も外もタオルで水気を取ってから、付属の光沢剤を外側に塗り込めた。毛穴ひとつないシリコ ンゴムの肌に光沢剤が吸着されていくにつれ、しっとりと濡れそぼったソフトビニールのような光沢が加味され、 まさに人形そのものの風合いが生まれた。命を吹き込まれたビーナスの皮を持って、スペシャルルームへ戻る。 今度この部屋から出てくる時、そこにもう僕はいない。新たに誕生した美の女神がいるだけだ。 僕はまず、頭に水泳用のゴムキャップを被り、髪を覆った。メーカーによってサイズが微妙に違い、僕にぴった りなモノを探してずいぶんと苦労した思い出がある。短い水泳の間だけの使用ならきつくても差し支えないだろ うけど、サイズのきついキャップを長時間被り続けると、食い込みが痛いだけでなく、しまいには頭痛まで生じ てしまう。髪の毛が伸びてボリュームが変わるときつさも変わるから、髪型は何年も同じ。月に1回は美容院に 行き、長さを揃えてる。 段ボールの緩衝材を掻き回すと、底からキングサイズのチューブが出てきた。シールを剥がし、キャップを開け ると、手の平に中のジェルをたっぷりと押し出す。それを人形の皮の中に丁寧に塗り拡げた。大雑把でもいいの だけど、性格的にできないのが僕の長所でもあり短所でもあるようだ。皮の内部が終わったら、今度は僕自身の 身体にジェルを塗りたくる。顔面から足の指先まで、ネトネトのベタベタにする。 説明によれば、厚塗りはせず薄く均等に塗るのが効果的とある。このジェルによって、シリコンの皮膚とその下 の皮膚との間に空気の混入を無くし、密着度を増すのだという。また、体熱の伝導がよくなり、シリコン外皮に 熱を伝えるため、自分自身の体熱で茹だるのを防いでくれるらしい。僕がいつも着ているラテックスの全身キャ ットスーツなど、このシリコンゴム外皮より遙かに薄い造りなのに、冷房を最大に効かせてようやく着続けてい られるといったありさまだった。 科学なのか化学なのか、とにかく技術の進歩というものに感謝しよう。そんな慎ましやかな気持ちは、ゴム皮に 入るまでのわずかな間しか保たなかった。ゴムの皮のバージンを犯して、そろりと足先を滑り込ませた時点で生 じた圧倒的な歓喜に、殊勝な態度などどこかへ吹き飛んでしまう。ジェルの効果なのか、感動的なほどの吸着感 があった。潰して空気を追い出しておいた足の空洞に、にゅるりと僕の足が吸い込まれ、みっちりと収まる。自 分の華奢な体型に乾杯したくなる。 両足を通した後、いよいよ尻へと皮膚を引き上げる。僕の細い尻を豊満なヒップに変えるために、分厚いシリコ ンゴムが層をなしているから、引き上げるのにやや苦労したけど、最後はつるんと尻が収まった。T字帯を装着 して着るように設計されているから、下腹に密着したペニスは、ペニスサックごと、肉厚に造られた下腹の層に 抉り抜かれた溝へとぴったり嵌り込んだ。溝の先端にわずかに飛び出しているチューブを、尻をくねらすように して、ペニスサックの先端の穴からその下の金属ミミズの先端へ差し込んでやる。かすかにカチンと嵌り込む振 動を感じた。 これで僕のオシッコは、外皮の股間に造られた割れ目の奥にある偽の尿道口へと導かれることになる。肉づきの よい割れ目は女性器そのもの。押し広げれば粘膜の襞や、クリトリスを模したスイッチもあるはずだった。残念 ながら、その花弁の奥に女の蜜壺は存在しないけれど。 空気を押し出すように下から上へ撫でつけながら、人工皮膚を腹から胸に貼りつけていく。金属ミミズのリモコ ンをいったん手首から外して、足と同じく両腕を通した。新たな皮膚を獲得した手首に、リモコンを締め直す。 ゴムの厚みでつっぱり、不自由になった手と指を懸命に操作して、たわわな乳房を持ち上げるようにして胸に押 し当てる。手を離すと自重でずり落ちてしまうから、片手で押さえながら背中のチャックを肩胛骨の中程まで締 めた。ちらりと鏡を見ると、女体に僕の顔が乗った不思議な光景が目に入る。外皮の密着感に、とろんとした間 抜けな眼をしているのが情けない。この顔ともしばらくはお別れだ。 身体とは硬度の違う頭部を両手に挟み、後頭部の割れ目からゆっくりと頭を収めていく。ここからがたいへんな 作業だった。注文時に、歯医者さんで歯形を取る時に使うピンク色のシリコン・・・印象剤というものを使い、 僕の顔面全体と開いた口の中まで型を取ってわざわざドイツに送った成果が、この頭部の内側に突き出している。 僕は思いっきり口を開いて、その突起物を口の中に収めていった。 何度か顎を動かし舌で探っているうちに、留め金が嵌り込むように僕の歯と舌が収まるべき場所に収まった。口 全体が、初めて経験する違和感に溢れる。唇と歯茎の間にもゴム膜が挟まり、舌も柔らかなゴム袋に包まれてし まう。口が収まった瞬間が、僕の頭部が完全に嵌り込んだ瞬間でもあった。 普通よりふた回りは大きな作り物の眼球ドームの中に、僕本来の目の曲面が瞼ごと収まる。人工の紫の瞳の中心 にある瞳孔から、僕は世界を覗き見るしかできなくなった。耳は潰れることなく人工の耳の中の空洞に収まった けど、そこに穴はないので外界の音が聞きづらくなったはず。 口が内側から柔らかく押し広げられる感触。何かを待ち受けるように、ぽっかりと唇は開いているというのに、 もう口から呼吸することができない。そのかわり、鼻の穴にぬるんと呼吸用チューブが刺さっていた。息を吸お うとして、肺がスタックした。鼻の呼吸管からまったく空気が入ってこない。僕はパニックを起こしかけた。人 形の頭部を外そうとしかけて、呼吸システムが作動していないのだと思い至り、慌てて手を股間に突っ込んだ。 不自由な手指に全神経を集中して、割れ目の中をまさぐる。クリトリスが、呼吸システムのスイッチになってい るのだ。 包皮を捲り上げて小さな肉球を抓み、時計回りに90度ほど捻ると、カチッ、と感じるともいえない手応えがし て、噎せそうなほどゴム臭い空気が鼻の奥に流れ込んできた。呼吸管は人形の皮の内部に埋め込まれて、延々と 走り、首から乳房へと入っていく。乳房の芯に空気袋があり、一緒にバッテリーで動く超小型ポンプと弁機構が 収められている。なにしろ、乳房からさらに下へとパイプは走り、最終的には膣口のある部分に呼吸穴が開いて いるのだ。パイプが長すぎて、人工的な補助がなければ必要なだけの空気など吸い込めない。 クリトリスのスイッチは、12時の位置で閉鎖、3時の位置で解放となる。反時計回りに11時の位置にすれば、 自動的に1分間閉鎖された後に1分間解放というスパンを繰り返すようになる。つまり1分置きにしか呼吸がで きなくなるのだ。10時の位置にすればさらに時間が増加して、1分30秒の閉鎖と解放、9時の位置で2分ず つ、8時の位置で2分30秒ずつ、そして7時の位置が最大で、3分間の閉鎖と開放に耐えなければならなくな る。 あまりにも危険な機能だが、弁が解放されているのに僕の呼吸が30秒以上停止している場合、フェイルセーフ 機構が働いてスイッチは自動的に6時の位置に切り替わり、強制的に呼吸をさせてくれるはずだ。そんな事故が 起こった場合、それで命が助かるのかどうか心許ないが、無いよりはマシだ。長年の窒息自虐で、僕は海女さん のように長時間の窒息に耐えられるようになっているし、少し慣れれば、3分間の呼吸停止くらい楽にこなせる ようになると思う。 とんでもなくゴム臭く、しかも常に息苦しいという状況ではあったけど、呼吸が確保されて安心した僕は、首や 顎の密着具合を確認し、ついに背中のチャックを後頭部まで閉め切った。僕の肉体は完全にマネキンの中に封じ 込められてしまった。たった2カ所、口の奥と肛門部に穴があるものの、今はゴムが肛門状に窄まっていて、何 かを差し込まなければ開かないようにできている。つまり僕は完全に外気から遮断されたというわけだ。人形の 皮の中に完全に閉じ込められたと意識したとたん、ぶるっと身震いが出て、全身がジーンと痺れた。全身で感じ る強い密閉感に、僕の肉体の細胞ひとつひとつが身悶えるように陶酔している。 嬉しさで目が眩むような気がした。股間が石になる。口から空気が出せないから声は出せない。鼻息に乗せた歓 喜の呻きも、長いパイプを伝わるうちに消されてしまう。人形に声はいらない。嗚呼、僕は本当に人形になって しまったんだと思うと、それがまた変態中枢を貫き、頭の芯がかっと熱くなった。それだけで逝ってしまいそう だった。気がつくと、僕はマスクの中で目をきつくつぶり、片手で自分の乳房を抱き、片手を股間に当てて、太 股を摺り合わせるように尻をくねらせていた。恥も外聞もなく身悶え、本当に後わずかで逝きそうだったけれど、 射精までは達しなかった。そのじれったさがますます興奮を高め、時間も他の何もかも忘れて、ただひたすら僕 を悶え続けさせた。 4.『収縮』 金曜日。昼。12時。 鏡の中の見知らぬ美少女が、よよと床にひざまずいていた。恥じらうように内股になり、手で胸と股間を隠すよ うにしている。これが僕だなんて。頭の芯がまだ熱く、心臓は激しく脈打ち、肺は乏しい空気を求めて引攣って いる。逝くに逝けないもどかしさの、それだけにとめどない身悶えを打ち切ったのは、僕ではなく酸欠の眩暈だ った。立っていられなくなり崩れるように膝を突いた時の膝の痛みが、舞い上がった僕を現実へと引き戻してく れた。深くゆっくり息を継いでいると、肺の引き攣りが収まり、頭の靄が晴れてきた。そこで目を開くと、狭ま った視界の中に鏡の中の美少女が見えていた。 普通の2倍はありそうな大きな眼に、十円玉ほどもある深紫の瞳。風が起きそうなほど濃く長い睫毛。しかし瞼 が閉じられることはなく、永遠に見開かれた眼は、コケティッシュな微笑みの中にどこか憂いを纏って固定され ている。定規で引いたような鼻筋、つんとした鼻先にあくまで控えめな小鼻。何かに驚いているかのようなぽっ かりと開いた口は、普通なら間抜けに見えるものだけれど、非現実の美少女ゆえにあくまで淫靡な風情となる。 ぽってりと肉厚の唇は、永遠に落ちることのないぬめるような紅に輝いている。CGアニメーションの世界にし かいない妖精だった。 丸坊主に見える頭も、これはこれで変態チックでおもしろい眺めだったけど、やはり最初はスタンダードなセッ トを見てみたい。ウイッグを取るため段ボールまで膝でいざり、手を伸ばして腰を屈めようとして、各関節を大 きく曲げるには思った以上に力が必要なことに気づかされた。特に首と腰を深く曲げようとすると、うなじや背 のゴムの抵抗が極大になり、僕の貧弱な腹筋の全力に拮抗する。どこを動かしても直立不動の原型に復元しよう とする力が働き、無意識に行っていた簡単な動作でさえ、意識的に力を込めなくてはならなかった。不自由では あるけれど、等身大のゴム人形になってしまったという実感が味わえて、なかなかに楽しかった。 つっぱる指でウイッグをつまみ上げ、肩の弾性をめいっぱい感じながら頭に乗せる。今は乗せるだけ、接着は後 回し。鏡の中の尼さんが、セミロングのさらさらストレートお嬢様へと変貌を遂げる。実に素敵だった。人形へ の変身が完了し、僕の気持ちにもひと区切りついた。努めて冷静を装い、身体の各部をあれこれと動かしながら、 鏡の中の新しい身体の具合をチェックする。生身への密着度は完璧で、肩や肘、腰や膝を、捻っても曲げても、 不自然な皺や引攣れは浮かばない。ただ、冷静に眺めてみると、華奢とはいっても男の身体を中に収納している わけで、どことなく太めの印象があるのは否めない。特にウエストが太い。これがどこまで変形するのか、それ が見物だった。 人形のスタイルをさらにシェイプアップするために、僕はウイッグを外し、ゼンマイ仕掛けのようにぎこちなく 歩いてバスルームに向かった。バスタブに湯ではなく水を流し込む。ロボットになった気分でキッチンに取って 返して、冷凍庫から、買い置いた10パックものキューブアイスを2往復してバスタブにぶち込む。仕上げに塩 を少々。まだ溜まりきっていなかったけど待ちきれず、表面をギチギチと埋めた氷の層を掻き分けながら、キン と冷えた氷水に身を浸した。股間からぷくぷくと呼気の泡が上がって、吸い込もうとしていた息を慌てて止める。 忘れてた。僕はいったん立ち上がり、一昨日ホームセンターで買ってシャンプーラックに放り込んでおいた排水 管用のホースを取って、漏斗状に開いた一端を股間に押し当てててから、再び冷水の中に戻った。 人形の皮の薄い部分では冷たさを感じたものの、芯まで冷え切るには時間がかかった。氷がほとんど溶け消えた 頃、収縮が始まる。手首、足首、肩、そして腰が目に見えて縮まっていく。当然、中の僕の身体も強制的に変形 させられることになる。きつい。苦しい。内臓が、骨が歪んでいく。 20分ほどで収縮が終わった。外皮の収縮で全身が洗濯糊を塗られてパリパリにされたように突っ張り、身体を 動かすのがますます辛くなっている。でも、もう出ないとさすがに凍死しそうだったから、下手なパントマイム のような動きでなんとか立ち上がり、ギクシャクと身体を拭いてコトコトとスペシャルルームに戻った。ちらり と時計を見ると、もう1時近い。朝も昼も食事を抜いたというのに、ちっともお腹がすいていない。その理由が 鏡の中に映っていた。さっきまで太目だった腰が、今は砂時計みたいな細腰に変形している。ここまで胃を圧迫 されれば、空腹感など生じるわけがない。 ウイッグを、今度は接着剤を塗って頭に被る。せっかく美少女人形に変身できたというのに素っ裸も味気ないの で、衣装を着けることにした。さっき頭に被っていた汚れパンティを、不自由な身体で転びそうになりながら穿 く。とたんに息苦しさが倍加する。股間で呼吸しているのだから、そこを布地で覆うということは、普通の人が 鼻と口をガーゼマスクで覆うのと同じこと。ただし僕の場合は、呼吸管自体が限界近く細いために、最低限の空 気しか吸い込めない状態であり、その入り口を、薄いとはいえ通気性抜群とはいえないシルク生地で覆うわけで、 必要な量の酸素が得られなくなる可能性も高くなる。相手のいない自慰プレイでは、事故があっても助けてもら えないのだ。窒息死への本能的な恐怖に下腹がぞくぞく怖気を立てたけど、そのリスキーさが溜まらないのだか ら、僕の業は深い。 息苦しさは想像以上だった。肺を思いっきり拡げて空気で満たしたくても、ストローで粘土を吸い上げているか のように微々たる空気しか入ってこない。肺全体に力がこもるけど、思ったように肺は拡がらず、肺胞が鬱血し て血の霧を噴きそうな痛苦しさが走る。強烈な窒息感が石抱き拷問の石版のようにずんと積み重なっていく。パ ニック寸前だった。僕が窒息に自虐快感を覚える倒錯者でなければ、パニックを起こして身体のさらなる酸欠を 招き、一直線に窒息死へと悪化させていただろう。でも、窒息プレイ常習者の僕は、苦しさを快感に転じてパニ ックを避けるやり方に長けていた。 マネキンのようにじっと立ちつくしたまま、全身の細胞で酸欠の苦しさを味わいながらも、僕は自虐感にざわざ わと痺れる脳の一部を使って自分自身の状態を量っていた。苦しさが増加傾向にあるかないか、意識が朦朧とし てきたり頭痛や吐き気が生じないか。窒息自虐プレイを長年繰り返すことで、酸欠に対する僕の耐性も強くなっ たのだろう。10分ほども経つ頃には、紙一重で、窒息の兆候はないと安心できた。延髄のあたりで蠢いていた パニックの兆しも消えたようだ。 安心してしまうと、ふと、この状況でいったいどれほどの呼吸量に減らされてしまったのか知りたくなった。で、 なにげなく股間に手をかざしていた。酸欠で思考力が低下しているのは間違いない。自分の愚かさに気がつき、 思わず笑おうとして肺がぎしっと痛み、慌てて笑いを抑える。手をかざしたって、手指を包んだゴムの外皮越し に秘かな呼気など感じられるわけがない。自分の馬鹿さ加減を笑うこともできない僕は、サイレント映画の登場 人物のように無言で肩を揺らし続けることで、笑いたい気持ちを表現した。 そうしているうちに閃いてしまった。慎重にギクシャクと歩いて、壁際の棚に置いてあるティッシュのところま で行き、一枚引き抜いてまたギクシャクと鏡の前に戻る。ティッシュを細く引き裂き、股間にかざしてみると、 ティッシュは確かにひらひらと、でも想像以下の秘やかさでそよいだ。我が事ながらこれほどか細い呼吸で生き ていられるなんて、人間というものは意外に強い生き物なんだなあと感心してしまう。 知識として知っていることと、目で見て触って実感することとでは、感動の度合いが違う。股間で呼吸している 生き物などという、突拍子もなく惨めな存在に成り果てた自分を目で確認することは、自虐の最たる享楽のひと つである。自分自身の存在を貶めることこそ、僕にとって蜜のように粘つく充足だった。そんな自虐実感をさら に昂らせるパンティの蒸れ汚れの臭いも、呼気で温められ、しばらく前から長いパイプをはるばる登って、僕の 鼻腔に充満していた。ゴムの臭いと混ざり合い、得もいわれぬ芳醇さだ。窒息死の懸念なく、ようやく存分に陶 酔することができた。 なんだかちっとも準備が進まない。でも、これでいいんだと思う。時間に追われ、ルールやモラルやマナーにが んじがらめになっている日常から解放されるために、僕は人形になったのだから。今この場所では、この人形の 中では、苦痛と快楽だけが法律。脳内エンドルフィンを貪り尽くすことだけが義務なのだ。目を開けると、鏡の 中の人形が大きな口を開けて、無言でそう叫んでいた。だから、パンティ一枚を纏うことで、かえって淫蕩さを 増した人形の姿を、存分に享受しなくてはいけない。 あられもなく股を開き、片手は胸の人工乳房を揉みしだき、もう一方の手はパンティの上から股間を鷲掴みにす る。ゴムの弾性に逆らって全身をくねらせ、腰をぐねりぐねりと捏ね回す。顔は可憐であどけない少女のまま、 首から下は恥知らずな淫婦となった。そのギャップが淫らさをいっそう増幅する。パンティの奥で、ゴムサック に包まれシリコンの外皮に押し潰され、影も形もなくなっているペニスが、破城槌のごとく突き上がるのを感じ た。サックの内側に埋め込まれた無数の鋲が、樫のようになった茎に全方向からめり込み、腰の振りに応じてゴ リゴリと溝を刻む。 股間から発した痛みに似た熱が僕の身体を這い上り、息苦しさや締めつけのきつさと混ざり合って、脳幹を蕩け させる。身体のあちこちが勝手にひきつけを起こし、肉がぞわっと波打つようだ。立っていられなくなり、鏡に 上体を預けるようにひざまずいてしまう。目の前にある自分のではない自分の顔が愛おしいと同時に憎らしくも あり、その唇を求めて僕は顔と股間を鏡面に押し当てていた。ゴム膜に包まれ、口の中に貼りつくように縮こま っている舌に力を込めると、わずかに動いて伸び、舌先が唇の外にちろりとはみ出た。舌全体を引き戻そうとす る強い力に逆らうのは、舌の根が攣りそうなほど苦しい努力だったが、それでも僕は目の前の少女の顔を舐め回 したいという欲求の虜になっていた。 酸欠の脳を苦しみと喜びともどかしさが高熱のように冒して、世界は朦朧とし始め、目の前の少女と僕を隔てる 鏡面が溶け出す。目の前の像が虚像から実像に変容し、2体の人形が互いに抱き合い舐め合っているかのような 錯覚を覚えた。僕の身体は人形の中で溶け、人形の内を満たす熱い粘液にすぎなくなる。その粘液は欲望という 溶岩を混ぜ込まれて沸点を超え、ぼこぼこと泡立ち引き攣りながら膨れ上がった。快感という沸騰した障気が人 形の外皮に阻まれ、声なき叫びとともに唯一の行き場である股間の呼吸口へと殺到する。股間を揉みしだいてい た手指に、パンティの生地を膨らませるほど高圧な息吹の噴出を感じた。僕という粘液の中を、幾重にも連なる 快楽の波動が貫き、錯綜する。 射精の絶頂とは違った。現に僕の股間は喜悦に打ち震えていたけど、精は漏れていない。突出したピークはなく、 絶頂点も低い位置にあるものの、はるかに厚く重く複雑な快感の集積だった。酸欠と陶酔の極限。感極まっての 絶頂だった。滑らかな放物線を描いて昇り詰めたきり、なかなか降りてこられない。その間、僕は歯を食いしば って耐えることしかできなかった。 5.『衣装』 金曜日。昼。1時。 長崎オランダ坂を下るように緩やかに、あるいは大陸間弾道弾が着弾するまでの軌道のように長々と、アストラ ル界から人間界へ、僕はようやく戻ってきた。全身の細胞が陶酔して昇天するということは、大量の酸素を消費 するということに他ならない。砂に染み込む南海の寄せ波のように恍惚感が消えた後も、致死限界すれすれまで 落ち込んだ体内酸素飽和量を回復するため、僕はともすれば発作的昂進を起こそうとする肺を意志の力で抑え込 み、ゆっくりゆっくり深呼吸を繰り返すのが精いっぱいだった。 僕の外皮を走り下っている2本の呼吸管は、細い首の部分にも目立たぬように埋め込まなければならないため、 鼻から乳房の空気溜までの間は呼気と吸気を左右2本の管で共有しなくてはならない。乳房からは弁によって呼 気用と吸気用に分けられた4本の管となって、脇からお尻へと、身体に巻きつくように降りてくる。そして、尾 底骨あたりで全部が一本に合体し、股間の穴へと続く。全体の長さは80センチにもおよび、そのうち鼻から乳 房までの30センチと、尻で1本にまとまってからの10センチ程度、合計して40センチ、つまり約半分は呼 気と吸気で共用しなくてはならない。当然その長さの分は、前に吐いた息が詰まっていることになる。 激しく呼吸しようとしても管の径は決まっているし、流入量はそう増えるものではない。流入量は変わらないの に、呼吸リズムがせわしなくなると、つまりは今吐いた息を吸い戻すだけということになってしまう。考えるま でもなく、せわしない呼吸の方がはるかに危険度が高い。だから努めてゆっくり、深く呼吸することは理に適っ ている。わかってはいるのだけれど、呼吸運動をコントロールしているのは爬虫類の脳と呼ばれる脳幹なのだか ら、イグアナに民主主義を説くのと同じくらい困難なのだ。 パンティを下ろすという最も効果的な酸素獲得手段は、思い浮かべた瞬間に却下していた。脳がまだ快感の余韻 に浸っていたせいか、それとも僕の意地だったのか。そのせいで、肺と横隔膜のことしか意識できないつらい時 間が、だらだらと長引いてしまった。身体中で嵐のように渦巻いている空気への欲求が少しずつ治まるにつれ、 ようやく身体の他の感覚も意識できるようになる。僕は暗闇の中にぽつねんと漂っていたけど、それが目を閉じ ているせいだと気がつくのはまだ後の話。顎が、痙攣を起こしたかのように強ばった感覚があった。歯が食いし ばられ、上下の歯がぎりぎりと噛んでいる人形外皮の弾力を感じる。ゴム膜越しに、上下の唇が触れ合っている 感覚もある。ということは、人形の口もまた真一文字に閉じている、ということにようやく気がついた。我なが ら頭の回転が遅すぎる。 人形の頭部を被り、口の中いっぱいにゴムの筒が嵌り込んだ時、その口いっぱいに満ちた押し広げられるような 圧力から、僕はもう口を閉じることができない、と無条件に錯誤してしまったようだ。実際には、それなりの抵 抗感があるものの、意外と簡単に口を閉じることもできた。見たいと思って初めて、自分がきつく目を閉じてい ることに気がつく。自分が目を開いているのか、つぶっているのかさえ意識できない状況、というのも凄まじい ものだと思う。息苦しさのレベルは、未だ体を動かすことに躊躇を感じさせたけれど、目を開けるくらいならで きる。人形のプラスティック製眼球の奥で、恐る恐るうっすら目を開けてみた。目の前の鏡に映る像に焦点が結 ばれ、最初は鏡が倒れているのかと驚き、次いで倒れているのは自分であることに気がつく始末。そういえば、 身体と頭の右側面にずっと圧力を感じていたっけ。僕は床に倒れ伏し、胎児のように丸まっていた。 口を閉じることができた少女人形は、清純そのものだった。可憐さの中にほんのわずか意志の強さも仄見え、そ れが絶妙のスパイスとなっている。しばらくうっとりと少女の顔を眺め続け、そのうちに思い立って、顎の力を わずかに抜いてみた。唇が、キスを求めるかのように、やや窄まって丸く開く。生身の口周りに力を込めても、 少女の口は動く気配を見せない。残念ながら自在に微笑んだり、言葉を発するような口の動きはできないみたい だ。顎を開け閉めするだけが可能で、全開、半窄み、閉じるという3段階が精いっぱいというところか。舌も唇 も顎も、動かせこそすれどこまでもぎこちない。まさに人形ならではだった。 人形の美しい顔を鑑賞して気が紛れたのか、ようやく息が整ってきた。息苦しさの嵐も過ぎ去り、泥のような倦 怠感だけが残った。このままこうして転がっていたくもあったけど、まだ手つかずの楽しみが僕を呼んでいる。 僕は老婆のように立ち上がった。わずかに目眩を感じたけど、すぐに治まる。摺り足で棚に向かい、次の衣装を 手にする前に、パンティ一枚身に着けただけで演じてしまったこの愁嘆場を、再び繰り返さないよう自分を戒め る。衣装をひとつひとつ身に着けるたびに我を忘れていては、さすがに体が保ちそうもない。 ブラジャーという響きは耳に猥雑に響く。語源となったフランス語のブラシエールの方が、少女っぽいのびやか さがあって心地いい感じがする。チェストの2段目の引き出しをあけて、几帳面に折り畳まれ、軍隊のようにス クエアに詰め並べられているブラジャーの一枚を取り出した。今穿いている汚れパンティとお揃いのもの。通販 でパンティを買う時は、パンティとブラジャー、あればキャミソールなど、必ずセットで買う。白地に黒いフリ ルの縁取りがある胸の谷間強調ブラだ。いつもはシリコン製の人工乳房を胸に貼りつけるのだけど、今日はそん な手間もなく、接着剤のかぶれを心配する必要もないのが嬉しかった。 もう何年も週末ごとにブラジャーを着けているから、着脱など手慣れたもののはずだったのに、外皮の強力な収 縮力に逆らって腕を動かし背中でホックを止めるのは、まるで生まれて初めてブラジャーを身に着けることにな った童貞少年のごとく大仕事になった。ブラジャーで乳房が持ち上げられて、中の空気嚢が拡がったのか、ほん のわずか息が楽になったような気がする。 さて、いよいよ衣装だ。この日のために特別に誂えた、スペシャル・コスチューム。何せ、外皮や他の精密器具 にお金がかかり、コスチュームはワンセットだけしか造れなかった。これぞという一着。限られた予算の中で何 を造るか、悩みに悩んだ結果、人形を可憐に引き立て、かつボンデージにも近い世界観を持つ『ゴスロリ』を選 んだ。 ゴスロリ。ゴシックロリータの略。ゴシックホラー風の黒を基調とした服装に、フリルやリボンなどの少女趣味 を組み合わせたファッション。原宿・自由が丘にでも行けばゴスロリ専門店がいくつもあるけど、僕の性的嗜好 が要求するのは水にも汚れにも強い一着。つまりラバー製衣装だった。さすがにこんな物は、原宿でも自由が丘 でも売っていない。ていうか、日本じゃ無理。ドイツのビザールコスチューム・ブティックと何度も交渉したの だけれど、予算の関係上、完全新規製作は無理で、一部はそのブティックで既製品として取り扱っているメイド 服系のビザール衣装やボンテージ衣装から流用せざるを得なかった。結局、ゴシック・ロリータ&メイド・ボン テージ風とでもいう折衷デザインになってしまったのだけれど、メイド服もまた萌え度の高い世界だから、よし とした。 まずはバニエつきのブラウスを、着るというか穿く。バニエとは、アンダースカートの一種で、幾重にも重なっ たヒラヒラの襞によってスカートをふんわり拡げるためのもの。それがブラウスと一体化している、という変わ り種だ。ブラウス部はもちろんゴム製で、襟はハイネックにケープカラーを組み合わせたようなデザイン。首を きゅっと締めつけたカラーが折り返され、フリフリケープとなって肩口近くまでを覆う。袖は半袖で、大きく膨 らんだパフ・スリーブ。ちょうちん袖ともいう。ウエストが大胆に絞られ、ヒップラインをトレースして拡がっ た裾がバニエに溶け合っていく。 バニエ部では、チュールネット状の薄いゴム素材をフリル襞成形したものが6層も重なり、バニエというよりバ レエダンサーが着るチュチュといった方が近いかもしれない拡がりになっている。満開の黒い薔薇の花を、逆さ まにして穿いているような見た目だ。 前に屈めばパンティ丸見えとなってしまう。ブラウスの密着感が、バニエ のふんわり感をより強調している。前ファスナーを喉元まで引き上げて、装着完了。鏡に映して、全体をチェッ クしてみる。さすがドイツ、技術の国。一体成形なのにサイズもぴったり。動くとバニエがひらひらと軽やかに 波打つ。とはいえ、見た目はふんわり軽やかでも、やはりゴム素材、着ている方はそこそこ重量感を覚える。 この上から、コルセットを嵌め込むわけだけど、後ろ編み上げにはせず、脇でバックル留めにしてもらって大正 解だった。こんな不自由な手で、介助もなく背中の編み上げなどできるわけがない。コルセットには足から潜り 込む。圧縮硬化ゴム製で、薄目だけど硬く、叩けばコンコン音がする。これが普通の硬質ゴムだったら、厚みも 重さも今の倍以上になっているだろう。コルセットにはペプラムというのか、裾部に日傘みたいな柔らかゴムミ ニスカートが付属していて、バニエの半分ほどを覆う。両脇にある全部で6個のバックルを締めると、胸郭がメ キッと圧迫され、さらに深い呼吸ができなくなった。 ここまででも大仕事だったし、チュールネット状で通気性があるとはいっても、吐き出した息がバニエ内に籠も り、クラクラするほど息苦しい。棚の横に、このために用意した丸椅子がある。何の変哲もない安物の丸椅子だ ったけど、座面の中央に穴が開いたタイプのものは流行遅れなのか、実際探すとなかなか見つからなかった。中 央の穴こそ、僕の生存のために必要不可欠な構造なのだ。今の僕は、普通に座ると窒息してしまうのだから。 バニエを拡げて、形を崩さないようにそっと椅子に座った。ほっと気を抜く前に、すうっとひとつ息を吸ってみ る。呼吸は大丈夫とわかり、僕は安心して一息ついた。こうして椅子に座る姿勢ひとつにしても、ゴムの圧力に 強制され、自然に足をぴんと伸ばして、前に投げ出すように座ってしまう。つくづく僕は今、お人形なのだ、と 教えられる。座ると、暑さが芯からどっと湧き出してきた。何重にもゴムに包まれて、暑くないわけがない。も ともとエアコンの設定温度は低くしておいたけど、冷蔵庫並みに下げたくなった。でも、これをマーフィーの法 則というのか、リモコンとは必要な時に限って置き場を忘れるもの。棚中を引っ掻き回して、リモコンを探す気 力はなかった。 しかたなく、僕は汗に溺れながら、座ったまま次の身支度を始めることにした。黒ゴムのオーバーニー靴下を、 きゅうきゅう鳴らしながら膝上まで引っぱり上げる。靴まで全ゴム製で、特製の厚底ラバーソールスニーカー。 ボトムが終わって、次はトップ。黒ゴムフリルがビラビラあしらわれたヘッドドレスで頭を飾る。スタンドカラ ーのゴムリボンつきゴムケープを肩にかけ、喉元の金具で止める。 アクセサリーとしてだけでなく、実用的な役割もある金具つき革製アンクルベルトで足首を締め上げ、指先をさ らに不器用にするロングの手袋を嵌めた上で、手首にも同じタイプのリストベルトをきつく締める。金属ミミズ のリモコンを巻き直す時には、ベルトを緩めに締め、リストベルトで押し上げるように手の平の方へずらしてお く。中指を深く曲げれば、ぎりぎりスイッチを押すこともできる。これでようやく自虐生活の身支度が完成した。 立ち上がると、ほどよく全身に重量感があった。ますます動きづらくなった上に、身動きするたびにゴムがきゅ うきゅう鳴く。ギクシャク歩きにキュウキュウマーチの伴奏つきで鏡の前に戻って、ゴスロリ化した自分を鑑賞 していると、もうひと萌えしたくなってしまった。スカートとバニエを捲り上げ、パンティの中へ手を入れかけ たけれど、かすかに眩暈がしたので渋々大事を取った。溜息をつく。正確には、溜息をついているように肩を下 げて、うなだれるポーズを取った。一応、股間では、ぷすっとおならのような息が出たけれど。 6.『オシッコと木槌』 金曜日。昼。2時。 喉が渇いた。人形の中でバケツ一杯くらいは汗をかいているから、水分補給をしなければ脱水症状でダウンして しまう。手足をつっぱらかせた歩き方もだんだん慣れて、僕はスペシャルルームを出てキッチンへ向かった。冷 蔵庫には、アイソトニック飲料を詰めたストローボトルが2本収めてある。1本を取り出し、飲もうとして、つ い習慣でソファに座ってしまい、ヒグッと呼吸を詰まらせてしまう。自分のドジさ加減に呆れながら、慌てて床 に滑り降り、ひざまずいた。 そのままの姿勢でもよかったのだけど、正座なら息ができるかどうか試してみたくなった。自力で膝を曲げるの は膝回りのゴムの抵抗があって半分ほどが精いっぱいだけど、今の体勢なら自重が加勢してくれる。ゆっくり尻 を落としていくと、外皮ごと押し曲げられた膝の内側が強烈に軋みながらも、何とか正座はできた。でも、この 姿勢だと膝の裏側に外皮の皺がめいっぱい食い込み、すぐに足が痺れてしまいそうだし、なによりバニエが床で 潰れて息苦しさが半端ではなくなる。でも自罰自虐こそ僕の願望。水分補給の間くらいじゃ足は痺れ切らないだ ろうし、正座という姿勢はどこか儀式的で心情にそぐわしい。ご主人様の前にかしずくメイド兼性処理人形気分 に浸れそう。 冷えたボトルはすかさず結露し、ゴムの指ではつるつる滑って持ちにくいことこの上ない。滑り止めのゴムをボ トルに巻くなどした改良が必要そうだ。今は取り落とさないように、両手で捧げ持つようにしてボトルを保持す る。ストローボトルは幼児用、スポーツ用とさまざま市販されているけど、どれもストロー部はシリコン製で柔 らかすぎるし、何より短すぎる。人形と一緒に製作させた特製のストローボトルじゃないと、僕は水を飲むこと もできない。 特製のストローはステンレス蛇腹のホースになっている。僕は人形の口を開かせ、ストローを喉の奥まで突っ込 んだ。ストロー先端の丸みで突くように喉の奥の外皮を探ると、そのうち肛門状の窄みを探り当てる。捩じ込む ように押しつけると、先端が窄みを押し広げて潜り込んでくる。僕本来の喉チンコのあたりに、先端の金属を感 じた。そこでボトルを握り潰して、僕はようやく水分にありつける。冷えたアイソトニック飲料は喉には快かっ たけれど、残念ながら舌を通り越しているから味が感じられない。喉の奥に直接流し込むような飲み方は決して 飲みやすいとはいえないから、気管に流れてむせないよう慎重にひと口飲み下す。身体中の細胞が水気を求めて 喉へとなびくような感じがして、驚かされた。自分が、砂漠の遭難者のように渇いていたことを思い知らされる。 多い日でも安心な生理用ナプキンのように、1本ほとんど吸収してしまう。 生き返った気分で、存在しないご主人様の温情に感謝しつつ立ち上がると、案の定、足が軽く痺れていた。痺れ で歯車の壊れた人形風な歩きをしながらキッチンへ戻り、ボトルに新たに飲料を補給して冷蔵庫へ。大量の水分 補給をしたせいか、汗をかきまくっているというのに尿意を催してきた。膀胱内に金属ミミズの尻尾とバルーン を収めている分、膀胱内の容積が減って尿意を催しやすくなっているのだろう。そのままトイレに直行してもオ シッコを出すことができないのが、生き人形の哀れな宿命だ。専用の器具がなければ、オシッコひとつ自由にで きない。 スペシャルルームに取って返し、段ボールの中を漁る。まず衣装とセットになった黒ゴムのポシェットとポーチ を見つけ出した。いちいち排尿管などの小物を探して、部屋から部屋へうろうろ往復するのも面倒だし、何より 小さな物はなくしやすい。僕は見つけ出した排尿管と一緒に、接着剤用リムーバーの小瓶、緊急脱出用カッター、 ハンカチにティッシュなど、持ち運んだ方が便利な小物類を選り、小さなモノはポシェットに、大きめのモノは ポーチに詰め込んだ。ポシェットはタスキがけに肩にかけ、ポーチはコルセットの前面に設けた金具に固定する。 えっちらおっちらトイレに入る。スカートとバニエをたくし上げ、パンティを下ろして、女の子のように便座に 座った。ポシェットから排尿管を取り出すそうとしているうちに、トイレ特有の水の臭いとかすかなアンモニア の臭いが鼻に届く。排尿管は直径が3ミリ、長さは2センチ足らずの単なる金属パイプ。排尿管を右手に持ち、 左手で股間の割れ目を掻き分けた。女なら膣口にあたる呼吸口を探り当て、そこからクリトリスのスイッチとの 中間点に疑似尿道口がある。 小さなパイプだから取り落とさないように慎重に、その一端を窄みに差し込んだ。シリコンの肉襞の奥に隠れた 金属弁に、先端がカチッと嵌る。嵌っただけではまだ排尿はしない。割れ目からほんのわずか伸び出したパイプ の先端をつまみ直し、時計回りに回すと、シャッという水切り音とともに濁った液体が迸った。管が細いため、 排尿は長々と続く。股間呼吸の僕にとっては、鼻先で小便されているに等しい。女そのものの排尿の仕方、そし て自分のオシッコの臭いをたっぷりと嗅がされるという奇異な状況。当然、僕は感動し、ぞくぞくと背筋を痺れ させながらアブノーマルな状況をめいっぱい楽しんだ。 楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。排尿管は時計の逆回りに回すと外せる。外した後、トイレットペー パーでよく管の中の尿を吸い出し、ティッシュにくるんでポシェットへ戻した。排尿管での排泄では股間がオシ ッコの飛沫で濡れたりはしないのだけれど、女としてオシッコするという様式を成就させるために、あえて僕は トイレットペーパーを丸めて股間を拭く。 排尿が終わった後も、僕は便座に座ったまま、次にすべき事を考えていた。股間呼吸という、便器の中に顔を突 っ込まれて排泄物の臭いを嗅がされているような状況を、もう少し楽んでいたくもあった。朝から何も食べてい ない。冷蔵庫にはこの時のために、総合栄養ゼリー食品を買い込んである。飲料と同じようにして飲むだけでい い。これからいよいよハードな状況になるのだから、栄養補給をしておいた方がいいのはわかっているのだけど、 人形の外皮自体とさらにコルセットで千切れんばかりに腹を絞られ、朝昼抜きというのに空腹感はまったく感じ ていない。出したてのオシッコの臭いで、胸がいっぱいでもあった。 食事は次の機会にすることに決め、いよいよ僕は今回のハイライトのひとつ、このためにわざわざ特注品まで造 ったイベントに進むことにした。思っただけで心臓の鼓動が跳ね上がる。一瞬弱気が顔を出し、呼吸のこともあ るし、身体への負担も大きいし、危険でもあるし、また今度にしようか、などという逃げ口上が脳裏をよぎった。 でも、弱気の虫が変態性欲衝動に勝てた試しがない。命を大切に、学業や仕事や人間関係を大事に、波風を立て ず傷つかずなんて生き方ができるようなら、僕はこんなシリコンラバーの人形の中で汗にまみれてはいない。 自虐を始めた最初の頃、苦しみは快楽という天界へ至るために必要なただの道程にすぎなかった。でも、そうや って快楽を貪るうちに、苦痛そのものが快楽となり得る可能性が、ちらちらと見え隠れしてきた。僕の中で少し ずつ堆積してきた希求が、僕の心の殻を内側から膨らませ、あとちょっとの後押しで破裂させられそうな気もす る。それは僕にとって至福への解脱なのか、破滅へのカタストロフィなのかはわからないけれど。限界まで、い や、限界を突破して自虐することで、その先が見えるはず。・・・と、理屈を捏ねてみたものの、実際はそんな 高尚なものではなく、ドロドロした獣欲が内に向いて、もっと自分をぐちゃぐちゃにしたいだけなんだろう。何 故なら、もうすでにお尻がムズムズと、待ちきれない様子でひくついている。 普段は僕の男性格の陰に隠れている女性格が、僕を乗っ取ろうとしている。ユングというおっさんが提唱したア ニマという心理的存在。下腹のサックの中で苦痛への恐れに縮こまっている男のシンボルとは対照的に、女性器 と似た構造を持ち、代替物とも成り得る臓器の穴、つまり僕の肛門が、アニマの下僕となり熱く疼いて存在を主 張してる。浣腸の苦しみにのたうちたくて、僕の腸がたらたらとヨダレのように腸液を分泌している気がする。 頭の中で、じゅるんと快感麻薬が分泌されて、蕩々とした肉色に染まり始めてる。エンドルフィンの洪水に追い やられ、排水溝に引っかかった髪の毛くらいどうでもいい存在に成り下がった僕の学級委員長的上位自我が、未 だやいのやいのと弱気の声を上げ続けてはいたけど、トイレの水を流すと同時に、あふれかえる劣欲と情動の渦 に呑まれ、心の下水へと消えていった。僕は色欲の亡者と成り果て、ゾンビのようによたよたとトイレを後にし て、自虐願望の赴くまま自身を地獄に堕とす準備を始める。 スペシャルルームの奥で、キャスターつきの架台にイルリガードルを吊す。イルリガードルというのは浣腸液の タンクで、底が丸い広口瓶といった形状のガラスやポリ製のタンク。底にチューブを取りつけるための突起があ り、その突起に開いた穴から液が落ちるようになっている。上から浣腸液を注いでゴムの蓋を嵌め込む。ゴム蓋 に空気穴があり、その口径を調節することで注入スピードを変えられる仕組みになっている。僕が吊すイルリガ ードルは5000mlも入る特大のガラス製だから、架台のキャスター脚は安定性のために五脚あり、張り出し も大きい。 こんな物までネットで購える時代に感謝しながら、イルリガードルの底の突起に長さ2メートルもあるゴムチュ ーブを捩じ込む。そのチューブのもう一端に、特製アヌスストッパーを接続する。赤ん坊のおしゃぶりを巨大に したような器具で、ゴムの鍔があり、続いて僕の肛門の中で10センチのボール状に膨らむバルーンが、いまは 折り畳んだ傘のような襞を連ねて窄まっている。そこから乳首のように突き出したゴム突起には、先端部にでは なく両脇に流出口が開いている。バルーンとは反対側に、ICチップやバッテリー、逆流防止弁などを仕込んで ある半球状の隆起部があり、イルリガードルからのチューブはその中心の穴に接合していた。その隆起の根元に ステンレスリングが嵌め込まれていて、目盛が刻まれたダイアルになっている。 最初から50%の濃度で売られているグリセリン溶液の1000mlボトルを4本。僕が過去に自分自身へ施し た最大浣腸量のさらに倍量。全部をイルリガードルの中に注ぎ、蓋をする。蓋の空気口を半分ほど開けておき、 垂れ下がるゴムチューブの下端を挟んで塞いでいたクリップを外すと、とろりとした透明な液がチューブを下り、 あっという間にアヌスストッパーにまで達して、先端から思った以上の勢いで噴出した。こうなることを予想し てタイミングを計っていたのだけど、ゴム手袋の不器用さのせいでもたついてしまった。アヌスストッパーの隆 起部、そこのゴム膜の下に隠れているスイッチを押すと、開かれていた弁が閉じて流出が止まる。 隆起の中心にある浣腸液注入用の連結穴の上に、もうひとつの小穴がある。小型の手押しゴム球ポンプから伸び たチューブ先端の金属部を、捩じ込むようにして穴の奥のジョイントに連結した。これで空気を送り込み、バル ーンを膨らませる。ポンプを外しても逆流防止弁が働いて空気を漏らすことはない。空気を抜くためには隆起部 のリングを回す必要がある。リングには目盛が刻まれ、1ノッチが1分に相当している。回した目盛分の時間が 経てば自動的に弁が開き空気が排出される仕掛けだ。逆にいえば、それまでの間、バルーンに注入された空気は 何をどうやっても排出できない。ということは、アヌス栓を抜くことができないというわけだ。当然、注入され た浣腸液も、煮えたぎる糞便も、一滴たりとも漏らせない。 こぼれた浣腸液の水滴をいくつか煌めかせているアヌス栓のバルーン部を、目の前に持ってきて眺めていると、 ぶるっと下腹に震えがきた。立ち上がり、いったん架台の金具にチューブを引っかける。僕はこの期に及んで、 まだ逡巡していた。飛び込み台の板の先端から引き返す初心者の心境。棚に向かい、身体拘束具を身に着け始め ながらも、僕はまだ逡巡し続けていた。まだ止められる。今なら中止できる。という心の声に、卵を割らなけれ ばオムレツは作れない、ということわざも被る。 手首と足首には、すでに拘束用の革ベルトが巻きつけてあったけど、装飾として普通にきつく締め上げていたの を、拘束用としてさらにハードに締め込んだ。肉に食い込んでビクともしないくらいきついけど、幅広なので血 流を完全に阻害しないことはわかっている。僕の週末は、この手枷足枷を嵌めるところから始まる、といえるほ ど、使い込んできた道具だ。 コルセットの上から、胴部固定のための革帯を締める。僕の腰はいつもの半分近くにまで絞り込まれていたから、 いつも使ってきた革帯は使えなくなった。これは細くされた腰用に新しく造った短いタイプ。コルセットに取り つけたポーチの下を、ポーチ固定用金具を避けて革帯が通るように、幅も狭くなっている。しっかりと巻きつけ、 脇のバックルを締めてしまうと、革帯の上から叩いても3重に重ねられたゴムと革の層に阻まれて、振動すら感 じない。 ふと、さっき床に噴きこぼれた浣腸液の飛沫が気になって、僕は曲がらない腰と曲がらない手足に苦労しながら 四つん這いになり、ティッシュで床を拭き始めた。拭きながらも、無意識に、ぶら下がったイルリガードルの大 瓶を見ていることに気がついて、潜在意識下で未だに怖じ気をなしている情けない自分を悟ってしまった。床な ど拭いている自分が、無意味な時間稼ぎをしているということも。 確かに、瓶の中にどっぷりと満ちている浣腸液を目の当たりにすれば、そのシャレにならない大量さに、へこた れそうになるのは仕方ないのかもしれない。イチジク浣腸レベルならともかく、大量浣腸の核融合炉暴走級悶絶 地獄では、どんな強靱な意志も溶鉱炉の中のパラフィン紙みたいなもの。人間の精神力で耐えきれる限界を、は るか大気圏外くらい超えているはず。2000mlの大量浣腸を試みた時は、20分も保たず、無我夢中でアヌ ス栓を外してしまった。 今までは、タイマー仕掛けで絶対排便不可能などという状況ではなかったから、どうにも我慢できなくなればそ の時点でアヌス栓を外すことができた。しかし、今回はどんなことがあっても自分の意志で外すことはできない のだ。懸念はまだある。裸でならまだしも、人形外皮とコルセットでぎゅうぎゅうに圧迫され、腰など蜂みたい に絞られている今の状態で、無理矢理全量注入などしたら、内臓を損傷してしまう可能性だってないとはいえな い。未知の時間、未知の量、未知の苦痛に、僕の心の底がブルっているのだ。 でも僕は、初めて浣腸を受ける未通女ではない。浣腸に関しては、ネットにアップされた学会報告まで目を通し て知識を持ち、実地でも毎週毎週自虐浣腸を繰り返して、浣腸なしでは便秘になるほどの経験を積んできた。そ の知識と経験とを通して倍量の注入は可能だし、自分の体力や耐性を過大評価することなく長時間の浣腸液留置 で肉体的損傷はないと判断したのだ。万が一、予測を超え、心臓が停止したり内臓損傷が起きたりしたとして、 それで自虐死という最悪の事態になったとしても、ニュースに報じられるみっともなさを含めて、真剣に考えた 上でよしと決めたはず。 僕が弱虫なのは子供の頃からの既成事実だから、今さら見栄を張っても仕方がないけど、それでもあれほど考え た末の行動にまだ及び腰の自分がいると思うと、無性に腹が立ってきた。僕は弱虫だけれど、弱虫なりに潔くあ りたいと願い続けてきた。どんなチャンピオンだって、試合の前には不安と緊張でブルーになるという。僕は公 認の弱虫。チャンピオンなんかじゃない。まして、ぶっつけ本番なのだ。ビビるのは仕方がないけど、無意識に 時間稼ぎをした自分は許せない。 僕は自罰のために自分自身の股間を殴ろうとしたのだけど、全身の締めつけのせいで身体が上手く曲がらず、力 も入らなかった。思いついて棚から木槌を取り上げる。丸椅子に腰掛け、できるだけ腰を突き出して脚を拡げる。 スカートとバニエを掻き分けて露出させたパンティの、その中心めがけて、自身に躊躇う暇を与えず、手加減も せず、一気に木槌を振り下ろした。ずんっという衝撃の後、叩き潰された睾丸から粘り着くような鈍浸痛が拡が り、僕は声もなく全身を引攣らせて身悶えた。睾丸痛が絶頂の最中に、もう一発、どずむっと股間に木槌をめり 込ませる。 電気が走ったかのように五体が棒のように硬直し、僕は椅子からずり落ちてしまう。日照りのアスファルトに迷 い出たミミズと化して僕は無言で身を捩る。口だけがパクパクと、引き上げられた鯉のように喘ぐ。端から見た ら、ひとり漫才のような滑稽な図だ。まさに自爆。自分で自分の股間を叩き潰して悶倒するなんて、猿以下の痴 呆である。同情すらしてもらえない。他人には絶対見られたくない鈍愚な痴態だ。 3発目の木槌が股間の肉にめり込んだとき、もう痛みなど通り越して、重い衝撃波と化した悪寒が下腹から脳天 まで骨肉を揺るがせた。全身が毒に侵されたように爛れ浮腫むようだ。地響きのような激鈍痛で過飽和となった 痛覚に4発目はつけ加えるものもなく、脳圧と深刻な吐き気がいや増しただけ。5発目は叩くという意識すらな く、機械的な反復にすぎなかった。心臓が股間に移動してしまったかのごとく、睾丸がどくどくと鼓動している。 半ば意識を喪失して木槌を取り落とし、僕の自罰は終わった。 自分で自分の睾丸を叩き潰して悶絶するという、とんでもなく間抜けで見苦しい痴態を晒したものの、人目があ るわけでもないし、激鈍痛の嵐が過ぎ去り、沸騰しかけた意識をかろうじて取り戻した時には、不思議とさっぱ りした気分になっていた。睾丸が炙られているかのように熱く、脈打つように痛んでいたけれど、僕のペニスは ちゃっかり起立していた。 身を起こし、股間を押さえながら立ち上がる。失禁しようにも尿道は塞がれ、脱糞しようにも便秘で秘結してい たから、粗相などできなかったことを喜ぶべきなのだろう。砲丸でも埋め込まれたみたいに股間が重苦しくて、 普通ならひどいガニ股になるところなのだけれど、人形外皮の締めつけが勝手に姿勢を矯正してくれる。僕は床 に転がった木槌を取り上げ、自分自身への戒めとして、またいつでも使えるように棚の一番手前に置く。それか ら僕は、もう迷うこともなく、最後の装具の取りつけにかかった。 何十本もの短い革ストラップが球状に連結されてできている頭部用ストラップネットを頭から被り、付属のギャ グボールを口に押し込む。ウイッグと飾りのヘッドドレスが、無理な形にひしゃげて破損しないように注意しな がら、あちこちの金具を締めつけていく。革ストラップが僕の頭を縦横に割り、顎が固定された。人形の顔にス トラップが食い込んで、普通なら顔つきを無惨に変えてしまう。でも可憐な顔はストラップで割られても可憐だ った。可憐さに淫蕩さが加味され、えもいわれぬ魅力になる。 その下の、僕本来の頭にも圧力は達し、指が十本もある巨大な手で顔面を鷲掴みにされているような気がした。 睾丸の疼きがまだ治まらず、可能な限りガニ股で鏡の前へ移動して、ストラップと人形の外皮に歪みや弛み、不 自然な引き攣れなどがないかチェックする。無理な力がかかって破損させては泣くに泣けない。人形外皮は高価 すぎる玩具なのだ。 鏡の中の人形が、口いっぱいに真っ赤なギャグボールを詰め込まれている様子は、なんとも異様で性感を刺激す る。もともと声は出せないし、たとえ絶叫したとしても気兼ねない防音室だったから、咥えさせられたボールに 実質的な意味はない。でも象徴的な意味合いとして、口の自由を奪われるという人の尊厳に関わる陵辱感がよい。 装備はすべて身に着けた、各部の具合も問題ない。中身の僕は汗まみれで死ぬほど息苦しくて、その上睾丸がポ ンプのように脈打って痛むけれど、そんなことは問題にもならない。これから始まる強制耐久浣腸自虐で、僕が 急性心不全かなにかで死んでしまったら、自分のこんな可愛い人形姿も見納めだと思い、回転台にディスプレイ された人形のごとく、爪先立ちでゆっくり回りながら人形姿を目に焼きつけていると、全身の金具がしゃらしゃ らと涼しげな音を立てた。 7.『浣腸』 金曜日。昼。3時。 アヌス栓に潤滑ゼリーを塗る。ぬらぬらと光るバルーン部を見つめていると、生唾が出てしまう。太股のあたり がブルルっと震えた。僕は部屋の中央のゴム敷きマットレスの上でひざまずいている。イルリガードルを下げた 架台はマットレスの傍に運んであった。潤滑ゼリーのついた指を、尻にまで持っていくのが大変だ。力を込め、 ぎしっと全身を軋ませて身体を捻り、スカートとバニエを掻き分けて、指を人形外皮の疑似肛門まで持っていく。 そこにすでにパンティはない。さすがにパンティを穿いたまま浣腸はできなかったから。脱いだパンティはとい うと、僕の頭にすっぽりと被されていた。哀れなくらい滑稽な間抜さ加減が際だって、僕は満足だった。自分自 身を貶めるだけ貶めることが、僕の自虐の目的なのだから。 疑似肛門に指先をめり込ませる。その部分のシリコンゴムは柔らかく抵抗もなく開いて、そのすぐ下で息づいて いる本物の肛門に指が届いた。固く閉じた処女の蕾。といいたいところだけど、長い年月、実にいろいろな物を 差し込まれて拡張されてきた蕾の成れの果てというのが実際。鉛筆に始まり、キュウリに茄子、細身の化粧水の 瓶。そして今では、浮き上がった血管まで模した凶器じみたディルドオまで。入るものなら何でも入れてみた。 本物の男性の肉棒は入ったことがないから、処女といえるのだろうけれど。 僕は僕自身をホモじゃない、と考えている。男に犯されたい、とは考えたことがない。僕の頭の中で、僕を拘束 しいろんな器具で犯すのは、見知らぬ男ではなく、僕自身でなければならなかった。僕は女の僕に変身して、男 の僕に仕え、奉じ、犯される。だから僕は女装愛好者でマゾヒストで自虐者でオナニストで、そしてその根底は ナルシストであり、だから同性愛者ではないという理屈なわけ。女性にも興味がないから異性愛者ともいえない。 同性愛でもなく異性愛でもない、その中間の自己愛者なのだ。 本物と疑似、両方の肛門にたっぷりとゼリーを塗りたくり、僕の指はさらに進んで、肛門の中にまで貫き入った。 その肉の穴は、別の生き物の口のように、きゅっと窄まって僕の指を吸いつける。ざわざわと背筋がざわめき、 毛穴が収縮した。ゆっくりと揉みほぐすように指を回し、パンティによる妨げのなくなった股間から、熱い吐息 をおならのように噴く。もっと長く弄くり続けたかったけど、シリコン外皮の収縮力に対抗して力を込めながら では、腰と腕の筋肉がすぐにだるくなってしまう。しかたなく指を抜くと、肛門がちゅぽっと物欲しげな音を立 てた。 ぎしぎしと手足の関節を軋ませ、僕は四つん這いになった。大量浣腸の場合、仰向けでは浣腸液でソーセージ状 態になった腸が他の臓器に重くのしかかり、量も入らないし何より嫌な苦しさがある。立ったり椅子に座ったり という状態では、やはりずっしり重くなった腸が自重で下がり堆積する。その際、腹膜や腸間膜を引っ張って痛 みが生じる場合もある。病院などでは、左横臥位で脚を抱えるようにする姿勢が、腹圧がかからず注入しやすい として一般的だけど、僕は四つん這いがいちばんだと思う。 もともと四つん這いの動物だった人間にとって、未だに骨格や内臓は四つん這い状態に適応したままだから、大 量注入で腹が膨らんでも下に膨れる方が構造上楽だし、なんといっても犬気分を味わえるのがいい。ただし、今 回ほど腹を締めつけた状態で大量浣腸を受け入れたことはないから、実際にどうなるかはやってみなければわか らない。 スカートとバニエは、ひっくり返った傘状態にたくし上げておく。外皮で補強され豊満になった尻が、つるんと 剥き出しになっている。パンティもなくバニエで覆われてもいない分、呼吸はとても楽で、僕はゆっくりとした リズムで呼吸して精神統一を図った。腕を何度かぎしぎしと曲げ伸ばしし、腰も振り立てるようにして筋肉をほ ぐす。外皮の収縮力に対抗して身体を捻るポーズを取らなければならないから、アヌス栓の装着はのんびり楽し みながら、というわけにもいかないのがちょっと残念。 さて、いよいよだ。せーの、でぎしっと身体を捻る。アナル栓を後ろに構え、逡巡している暇などなく、先端を 肛門にあてがってやる。にゅるん。指よりも細い先端部は、なんの抵抗もなく肛門内に滑り込んだ。その後にバ ルーン部が肛門に当たり、いったん止まる。折り畳まれているとはいえ、小ぶりなペニスほどの太さがある。で も、普段もっと太いものを抜き差ししている僕にとっては物足りない程度の太さだった。 んっ、とお腹に力を入れ、息むようにして肛門を開いてやる。潤滑ゼリーの効果もあって、にゅるにゅる、とバ ルーン部が僕の中に入り込んできた。バルーンの襞が、肛門の粘膜をぷりぷりと擦って気持ちいい。刺激に正直 なペニスが、サックの中でむくっと膨らんだ。痛めつけられた睾丸はまだ鈍い疼痛を残し、その痛みに怯えて身 を縮めていたくせに、現金な奴である。 スペシャルルームの使用に関しては週末のみと決めていたけど、日常でのライトな変態行為まで自己規制してい るわけではないので、僕はほとんど常時肛門に太いディルドオを受け入れたまま生活していた。そうしないと、 秘結しているとはいえ便が徐々に直腸下部へと下りてきて、異物の挿入が難しくなってしまうからだ。おかげで バルーンが収まる直腸部分には便もなく、するりと呑み込んでしまえた。鍔部が肛門を包むように押し当たる。 腹圧で抜け落ちないように、肛門をきゅっと締め込み、鍔からぶら下がって僕の内股を叩いているゴム級を握り しめた。急激に膨らませると直腸が勘違いして激しい排便反射を生じてしまうので、ソフトにゴム級を握りつぶ し、じわじわとバルーンに空気を送り込む。10回握ったところで、肛門内のバルーンはパンパンに膨れあがり、 完璧な栓となった。内側からの圧力で鍔が引かれ、さらに肛門周辺へと吸着する。 慎重に膨らませたつもりだったけど、役目を終えたゴムポンプを外そうとしてさらに身体を捻った時、力が入っ てうっかり肛門までぎゅっと締めてしまった。そのとたん、身体中が一点に吸引されるような、激しい排便反射 が起きてしまう。歯を噛みしめて、というか口の中のギャグボールを噛みしめて、怒濤の排便欲求に耐えようと したけど、とっさに我慢しきれず、反射的に息んでしまった。肛門がぐぐぐと内側から押し広げられ、鍔が浮き、 バルーンの球面がわずかに肛門から顔を覗かせたはず。 僕の肛門の拡張限界は6センチ。10センチもあるバルーンを排出できるわけがない。今まで使っていたアヌス 栓のバルーンは、直径8センチ足らず。2センチも大きくなり、襞が伸びきるほど広げられた直腸が発した排便 反射は、今までにない強烈なものだった。耐えきれずに一度きばってしまい、きばっても排出できれなければ、 排泄反射は連続発作となり波状攻撃を仕掛けてくる。それは経験で知っていた。その連鎖が起きてからでは、手 の打ちようもない。僕は神の怒りを鎮めようとする巫女の心境で必死に肛門を締め、発作が連続発作になる前に バルーンを馴染ませようと努めた。 球状のバルーンが楕円体になるほどの力を込めた甲斐があって、僕の直腸は、何とかバルーンを受け入れてくれ たようだ。恐る恐る全身の力を抜き、すべての意識を直腸と肛門に集中して様子を窺う。・・・大丈夫なようだ。 息を詰めていた分の酸欠状態が解消されるまで、僕は犬のように、ただし股間で、喘ぐ。僕は鎖ならぬゴムチュ ーブで繋がれた犬になった。 息が整っても、しばらく僕はぐずぐずしていた。バルーンひとつでこのていたらく。これで浣腸液が入ったら、 どうなってしまうのか。心臓のどきどきが煩く感じる。僕はバンジージャンプも、高飛び込みも、清水の舞台か らの飛び降りも経験したことはないけど、そうなったときの心境がわかるような気がした。勇気を振り絞っても、 僕の場合、勇気などないに等しいから無駄。振り絞るなら変態性欲の昂りだろう。 浣腸による便意を耐えに耐え抜いた後で、排泄できた時の恍惚感を思う。どろどろになった便が抜け出ていく時 の解放感も至福だけど、すべてを出し終えた後にまで続く強烈なきばりの連続発作は、ペニスのものとも、おそ らくは膣のものとも違う核爆発級の絶頂感がある。鬱血しきった腸粘膜が、引き攣り発作を起こしたみたいにの たうち、収縮し、蠕動し、腸そのものを肛門から噴き出しそうな勢いできばらせる。息を詰めていられる限界ま で、何度も何度も何度も。その爆発的蠕動は、とんでもなく苦しいのであるのに、何故かこの世のものとは思え ないほど脳を痺れさせるのだ。 同じきばりでも、バルーンによる排泄反射の場合は、ここまでの昂ぶりがない。推測にすぎないけど、排泄され る軟水便によって前立腺が連続的に擦過される必要があるのかも知れない。それともちろん、痛めつけられた腸 粘膜の腫れも関係するだろう。浣腸後の絶頂感に思いを馳せると肛門がむずっと疼き、身体がぽっと熱くなって、 僕の指はようやくアヌス栓のタイマーリングをつまむことができた。えいやっ、と気合いを入れて、ゆっくりと 回す。カチッとノッチの刻む音が、体内に響いた。 いちノッチずつ数え、20を超えた時には、未知の領域へと向かう畏れと探求心が入り混じった複雑な感慨が湧 いた。とはいえ、まだ浣腸液は入れてもいないし、苦痛が荒れ狂っているわけでもない。ただお尻の出口付近が ぱんぱんに膨れ上がった感覚があるだけ。なので、それ以上動揺もなく、僕はリングを回し続けた。60を数え て指を離す。60ノッチ、つまり60分間、何があろうと、僕はアヌス栓を抜くことができなくなった。タイマ ーは、ボタンを押して肛門栓を開き、浣腸液の注入を始めなければ作動しない。感慨に耽っているうちにまた弱 気がぶり返すと困るので、僕は努めて何も考えないようにしながら、アヌス栓隆起部の隠れボタンを力いっぱい 押した。 直腸内部に、じゅんっ、と冷たい広がりを感じる。イルリガードルと僕の肛門の高低差、70センチ。病院など では50センチを基準とする。人形外皮の締めつけを考慮して、流入圧をやや高い設定にしてあった。圧が高い ということは、流入速度が速いということでもある。すでにバルーンで10センチにも膨らまされている直腸は、 最初なんの圧力も感じなかった。流れ込み続ける浣腸液が秘結した糞便に阻まれ、バルーンと糞便の間の狭い空 間をあっという間に満たして直腸を膨らませていくと、ついに膨らんだ直腸がピキッと苦痛を感じ始める。腸が 裂けだしそうな怖さがある。 でも、痛むのはほんの短い間だけ。秘結した宿便と腸壁の間をこじ開けるように、さらに奥へと浣腸液が流れ込 んでいけば、痛みは緩和する。冷たさが僕の腹の中をじわじわと浸食し、3〜4分で大腸の奥に達した。とりあ えずの終着点。液流の先触れが最奥に達しても、肛門からじょぼじょぼと止むことなく新たな液が注入され続け るのだから、滞留したグリセリン溶液が大腸全体を内から押し広げ始める。風船のように腸が膨らんでいく膨満 感が、ずっしりと感じられた。あああ、ついに浣腸液を入れてしまった。絶対抜けないアヌス栓を嵌めているの に。考えないようにしていたことを、つい考えてしまう。ぶるるっと全身がオコリのように震えた。 腹圧をかけないよう、可能な限り力を抜いて浣腸液を受け入れる。大腸はすでにパンパンに膨れている。それな のに内圧は、急カーブを描いてますます高まっていく。鈍痛が生じる。いつもより限界が早いような気がするの は、人形外皮で腹を括られているからだろう。吐き気がする。身を捩りたくなる苦しさだ。耐えて耐えて耐えて いると、突然腸に穴でも空いたかのように、ふっと圧力が抜けた。腹の奥で水流が噴出する音を聞いた。大腸か ら小腸へ、浣腸液が逆流しているのだ。 いつもは、ここまでリスクの高い大量浣腸はしない。個人差はあるものの、人は大腸に最大2000mlほどの 液体を受け入れられるという。それ以上は虫垂に入り込んだり、回盲弁を突破して小腸へと逆流したりする。小 腸内の細菌数は胃に近い十二指腸あたりでほぼ無菌。小腸のいちばん最後、回腸近辺で急激に増加し1g当たり 最大100万個となる。それに比べ、大腸は1g当たり100億から1兆個と、桁外れの細菌が存在するのだ。 これが浣腸液や便とともに小腸内へ逆流するのだから、感染症を起こす危険性も高い。 段階を踏み、まず大腸内の糞便を排除し、その後、大腸内の洗浄を徹底して行ってから小腸まで達する浣腸を行 えば、リスクはかなり減らせると知っていたけれど、そうすると何回もの浣腸で腸がへたってしまい、その後に さらに60分もの耐久浣腸に耐え切る自信がなかった。それに、地獄に耐えて耐えて耐えて、最後に一気に排便 する時には、綺麗な浣腸液を噴くだけでは耐え甲斐がない。自分自身を最低に貶めるためには、ドロドロに溶け た臭い糞便を、恥辱と汚辱にまみれて噴き上げたかった。だから今回だけは、あえてリスクを冒すことに決めて いたのだ。 小腸が膨らんでいく感覚は、おぞましいとしかいいようがない。妊婦が10ヶ月かけて感じる重量感を、わずか 数分で体感するようなものかもしれない。不自由な首を捻って右手の鏡を見やると、人形外皮の下腹はその収縮 力にもかかわらず、初期の妊婦のように膨れ上がっていた。感歎して自分の変わり果てた姿を眺めていると、ご ぽぽという音が聞こえた。 身体の向きを変え、イルリガードルの浣腸液が渦巻いてチューブの中に消えていくのを見たのと、腹の中で地震 が起きたのかと錯覚するほど強烈な便意が爆発したのが、同時だった。全身が一瞬で石になった。思考など消し 飛んでいた。もし声が出せていたら、喉が破れるまで囂々と吼え続けていただろう。便意などという生やさしさ ではなかった。内臓全体が火を噴いたかのように感じた。 どのくらい僕は、犬の格好のまま固まっていたのだろう。爆発のようでも便意は便意。便意に波を与えたのは進 化の過程の必然なのだとしても、僕の感謝が減ることはない。脳天から脳味噌と一緒に、煮えたぎった糞便が噴 き上がりそうなほどの圧力が、ふっと減じ、かろうじて僕の意識と呼吸が戻る。わずかなインターバルだとわか っていた。僕は急いで尻からチューブを外し、羽織ったケープが皺にならないよう注意しながら、仰向けにマッ トレスに横たわる。マットレスの周りに設置した電動ウインチからワイヤーを引き出し、横たわった時すぐに先 端のナスカン金具を手にできるように準備していたのが正解だった。 まず、両足首に、マットレスの下の角から斜めに伸びたワイヤーを接続する。続いて左右両横からのワイヤーを、 腰に巻いたベルトの金具に引っかける。同じように真下から引き出したワイヤーも、尻を少し浮かして、腰ベル トの背面に引っかけた。マットレスの上方の両角から伸びているワイヤーを、まず左手首に繋ぎ、続いて右手首 にも繋ぐ。手のワイヤーには弛みをつけて引き出してあったので、両手はまだ自由が利く。ここまでは毎週繰り 返し、身体が覚えている手順で、ほとんど時間はかからなかった。最後の一本、真上から降りるワイヤーを頭の てっぺんに繋ごうとして、僕はもたついてしまう。 ぎゅるぎゅると、腹の奥に掃除機でも突っ込まれたみたいな吸飲が始まりかけていた。次の発作が、すぐそこに 迫っている兆候だった。焦る。頭部に締め上げたストラップについているはずのリングが、指にはっきり触れな いのだ。何か中心がへこむ盛り上がりのような物は感じたけれど、頭の中に埋まり込んでいるようで、引き起こ せない。焦りまくって指で掻き毟ろうとしかけ、そこで頭に被ったパンティのことを思い出す。慌ただしさのあ まり、視界の内側を塞ぐように股部の布地が見えているというのに、完璧に失念していた。僕は自分の迂闊さ具 合をなじりながら、慌てて薄布を引き毟った。ストラップの金具が今度こそ指に触れ、無事ワイヤーを繋ぐこと ができる。 首を捻って、マットレスに放り出しておいた電動ウインチのリモコンを見つけ、リモコンの長い辺の真ん中に設 けられたリングに、右手中指を通して握りしめる。これで取り落とす心配がない。手の平に対して横長に握る形 になり、その下の金属ミミズリモコンと重なって、誤ってスイッチを押してしまうこともない。すべてのリモコ ンが右手指のみで操作できてしまう。この集合スイッチを自作するまでは、いろいろ失敗もあった。 最後に、頭部ストラップに付属してまだ締めていなかったストラップの一本を、眼の上に走らせて固定する。そ のストラップには、目の当たる部分にパッドがついていて、人形のふた回りも大きい瞳すら柔らかく包み込み、 完璧な遮眼帯となる。僕は視覚まで奪われるのだ。目という、外界との枢要な繋がりを断たれ、自分の肉体の闇 に閉じ込められて、内臓の地獄に集中するしかない状態にされてしまう。 視覚を奪われても、手の中のリモコンの操作には慣れ親しんでいる。流れるような指使いでスイッチを操作し、 その結果、僕の両手両足はマットレスの角を指して強く引かれ、腰は左右と下からの力で固定されてしまう。頭 は真上に引かれ、首がぎしっと伸びた。腹具合はボルケーノ直前。幸運なことに、かろうじて微調整をする暇が あった。僕の身体は6本のワイヤーで完璧に磔となる。 最後が、生死に関わる最も重要な操作だった。苦しさでリモコンを握りしめ、誤ってワイア巻き上げボタンを押 しても手足が引きちぎれないように、スライド式のセレクトスイッチをロックのポジションに設定する。間に合 った。自分自身の拘束が完了して、わずか数秒で次の発作が僕を襲う。僕の身体は、大の字に拡げられたまま、 再び石となった。その膨らんだ腹の中では、活火山が無限に噴火し続けていた。 8.『強姦』 金曜日。昼。4時。 体長1メートル、太さ6センチの毒蛇を10匹ほど用意し、小腸にも大腸にもめいっぱい詰め込む。その上、数 百匹のミミズとウナギを隙間という隙間に押し込んで、そこに熱湯を流し込んだ状態を想像できるなら、僕の腹 の中でのたうつ地獄のありさまが理解してもらえるかもしれない。その大狂乱が、何度かの短いインターバルを 挟んで、きっちり1時間続く苦しみの大きさなど、実際に体験してみなければ、浣腸慣れした僕にさえ想像でき なかった。 腹の中で秘結した糞便が完全に溶けて熱泥と化してしまってからは、インターバルさえなく、大波とさらなる大 波が連続するだけ。脳がとっくに沸騰し、茹だってしまっていなければ、恐らく発狂していたかもしれないし、 心臓が止まらなかったのはただの幸運だったろう。腹の内側から鐘突棒で打ちつけられているような便意の爆発。 腸が5センチおきに捩じ切られるような捻転痛。内臓が一塊りに丸められて、バスケットのボールにされている ような衝撃。十文字に切られた腹の中に、何人もの無骨な腕が突っ込まれて揉みくちゃにされているような圧痛。 それらすべてに、10人分の陣痛を混ぜ合わせたような苦しみ。 僕は一匹の扁形虫にまで退化していた。苦痛にただ反射するだけの下等動物だった。それでも、苦痛の波が肉を 揺すって走り抜けるごとに、僕の中で何かがほんのわずかずつ変質していくのを感じた。苦痛の波が海のうねり のように感じられ、僕は羊水に浮かぶ胎児のような安寧を覚え始めていたように思う。はっきりした手応えでは なく、まだ漠然とした印象のようなものにすぎなかったけれど。 それが何だったにせよ、はっきりと捕まえる前に、時間がきた。肛門でチャイムが鳴り、シュウっと空気の抜け る擦過音が響く。もちろん、ブラナリアと同等の脳機能しか持てなくなった僕には、それが何を意味する音なの かすら理解していなかった。理解などなくても、腹圧がすべての仕事を肩代わりしてくれる。バルーンの空気が 半分ほど抜けたあたりで、僕の肛門は裂ける限界まで引き延ばされ、とんでもなく下品な、じゅぼぶ、という音 とともにアヌス栓が吹き飛んでいった。バルーンに柔軟性がなければ、確実に肛門括約筋がブツ切れにされてい たはず。 それに続いて、ぶばばばばばば、という破裂音。床のゴム敷きにざざざざざっと降り注ぐ液体の音を耳にした。 でも、それが何を意味するかなど、僕の脳は感知できなかった。何故って、腸内の苦痛は何ひとつ変わっていな かったから。かすかに腹圧が減じたような感じはしたものの、燃えるような便意も、うねくる腸の捻転痛もその ままだった。 ぶばばば。どざざざ。と何度か繰り返すうちに、音が変化し、ぶりゅっぶりゅっという泡立ちの音が混じり始め た。その頃になって、僕はようやく軟体動物レベルにまで意識が回復し、焼けつくような肺の痛みに、呼吸を再 開する必要がある、と悟ることができた。鼻の粘膜が焦げるほど濃厚な糞便臭が吸い込まれてきた。そこで初め て、僕は自分が溶けた糞便を、噴水のように撒き散らしているのだと知る。 排泄感は感じるものの、それに伴うはずの快感がまるでない。不審に思っているうちに、腹の奥の奥からもの凄 い勢いで熱い流れが噴き出し、腹の中をぐるりとひと巡りして、肛門で花火のように炸裂した。そのとたん、僕 の全身が一斉に火を噴いたような快感の臨界爆発が生じる。蘇りつつあった意識は、今度は閃光に包まれ吹き飛 んでしまった。腹の奥、おそらくは小腸からの噴出は、間歇泉のようにとめどなく続き、大腸をひと巡りする分、 勢いを失って、肛門から花のように拡散して噴霧される。脳も脊髄も感電したかのように痺れまくり、快感が肉 体をこなごなに爆破していくようだった。 股間から吸収する臭いが、温めた残飯の臭いとなり、未消化物の噴出が起きていることを知らせる。肛門を擦過 していく半固形物の感覚からも間違いはない。糞便の臭いとは違う、独特な内臓の臭いだ。腹の中の苦痛が落下 感さえ伴って抜け消えていく。その分、絶頂感がいや増し、ただですら途切れがちな呼吸が完全に止まる。暗黒 のはずの瞼の裏に幾何学模様が踊り出し、どこかで『くうう、くっせえなあ』という声すら聞こえたような気さ えする。幻聴まで始まっているのだろう。 死ぬ直前だったのだと思う。臭くないのに臭いという幻聴まで聞こえたお陰で一瞬意識が揺れ、臭いがない、つ まり呼吸していないという危険な状況に思い至り、ぎりぎりで僕は呼吸することを思い出した。相変わらず高く 脈動する快感を貪欲に味わいながらも、意識の一部を切り離し、まさにくっさい臭いを胸一杯に吸い込む。涅槃。 そんな高みを長々と彷徨っているうちに、肛門からの噴出は下火になっていった。 ぶりゅっ、ぶばっ、とガスがはしたない音を立て、排泄が途切れる。でも、完全に終わったわけではない。余韻 にどっぷりと浸ったまま動かずにいると、忘れた頃になってぐるぎゅっと腹鳴りがし、しばらくしてブボバっと 半固形物が飛び出していく。それが何度も続くのだ。どうせ僕は徹底的に消耗しきって、動こうにも動けない。 出すものをすべて出し切るまでこのままゆっくり余韻を楽しもうと考えた時、手の平に握ったウインチのリモコ ンが、引っ張られたようにして勝手に抜け出していった。 ぼーっとして取り落としてしまった。パニックを起こしかけた僕は、手の回りに落ちたはずのリモコンを探そう と、必死で手の平を捻ろうとした。でも、ビンと張ったワイヤーは、腕を捩じって手の平を下向けることさえ許 さなかった。僕は泣きそうになる。このままでは死ぬまでここで磔だ。しかも、ほんの数日で死は現実となって しまう。こんな格好で死んで、そんな姿を誰かに発見されるのはやはりあまりに恥ずかしすぎる。動転のあまり、 僕は肛門に指を差し込まれたことさえ、最初は気がつかなかった。 何かが肛門をこじ開け、直腸の中をぐりっと捏ねる。全身の毛が逆立った。それが人の指だとは思えず、ゴキブ リでも入り込もうとしているかのように勘違いしてしまったのだ。股間から驚きと恐怖の息が笛のように噴き出 す。その膣を模した呼吸口にも指が押しつけられた。息ができなくなる。指はぐりぐりとそこにあるはずの膣を 探しているようだった。 「なんだ、こりゃ。やっぱりオマンコから空気が出入りしてるんだ」 今度こそ、幻聴などではなく、はっきりと聞き覚えのない他人の声が聞こえた。全身の血が一度に引くという現 象が、比喩でないことを、僕は初めて知った。疑問と羞恥と恐怖と驚きがいっぺんに押し寄せ、僕の脳を切り刻 んでパニックが起きる。罠にかかった動物と同じ反射で、暴れて戒めを抜け出そうとした。自分自身で完璧な自 縛を講じたことが裏目に出る。ぎしっとワイヤーがしなっただけ。と、顔の上に生暖かいものが乗って、僕は一 瞬息を詰めた。ごつい節くれが探るように動き、それが侵入者の手だと知って、僕は悲鳴を上げて顔を背けよう とする。続いて男の手が僕の恥骨の周りを捏ねるように揉んだ。 「こりゃ、すげえなあ。お人形さんだぜ。しかも、この下にあるの・・・これチンポだろ。おまえさん、ここに 住んでるお兄ちゃんだよな。どこからどう見ても女だけど。口と鼻から息していないって事は、やっぱりオマン コから息してるって事かい。とんでもない仕掛けだなあ」 僕はあまりのことに、一瞬肛門の指のことを失念していたが、すぐに指が動き出し、否応なく思い出させられた。 絶対に他人に見られたくない、触られたくない部分に、あまつさえ指を第2関節まで突き込まれて、ねちねちと 弄くられているのだ。ぞわああっと悪寒が走り抜ける。条件反射で括約筋が固く閉まり、全腹圧をかけて排除し ようと強烈ないきみが生じた。 「おうおう。こりゃまた。締まるじゃないか。若さだなあ。んん、たまらんくなってきた。どうせ頭から糞をぶ っかけられたんだ、汚れついでに糞まみれファックといこうか」 男が何をいっているのか、僕の頭に届くまで、数瞬の間があった。男の言葉の意味を認識する前に、僕の肛門に 熱くて硬い棍棒のようなものが押しつけられた。あっと思い、それが意味する事実に思い至って、嫌だぁ、と思 うまでの間に・・・ずぼりと・・・僕の使っているディルドオよりひとまわり大きな巨棒が、弛緩した肛門の襞 を押し広げて僕の中へ半分ほども滑り込んできた。硬いのに柔らかな物体の反った鰓が、僕の直腸の襞を逆向き に擦りつける。耐久浣腸で鬱血しまくっていた僕の腸は、どんな刺激にも過敏に反応してしまう。嫌悪とも快感 ともつかない燃えるような感覚が、僕の腹の中で火花を散らす。 「おおおお。ずるんって入ったなあ。うううむ。あったかいなあ。気持ちいいぜ。半年ぶりだ。女もいいけど、 尻マンコもやっぱりたまらんぜ。どうだ、兄ちゃん。生の男の方が、こんなゴム栓より数倍いいだろ。俺も溜ま ってるんだ。たっぷり楽しませてもらうよ」 犯されてる。僕は男に犯されてる。生身の男のペニスが、僕の腹の中に収まってる。自分の内臓のただ中に、ず っしり寝そべるように収まっている肉の塊が、どこの誰ともわからない男のペニスだなんて認めたくはない。で も敏感になった直腸粘膜が、その形態や体熱、拍動まで感じていては、認めるしかなかった。感極まった呻きと ともに、男が腰をしゃくり上げると、熱い肉塊の摩擦がずろずろずろと僕の奥に向かう。僕は悲鳴を上げて逃れ ようとした。男を蹴飛ばし突き飛ばし、部屋を飛び出して警察に電話しようとした。・・・結果は、ただ肛門が ぎゅっと締まっただけ。男が喜んだだけだった。 「おうおう。兄ちゃんも歓迎してくれるのか。よく締まるぞ。うふああ。たまらん。お人形の着ぐるみの中に入 ってるからって、ずいぶん大胆になれるもんだな。淫乱人形だ。ははは。男のくせにこんな女の格好で、独りで 浣腸なんかして、男が欲しくてたまらなかったんだろう。ほら、たっぷり味わいな。俺の道具はなあ、真珠も埋 め込んじゃいないのに、ムショの尻マンコ共に勘定抜きで惚れられた逸品なんだ」 男が猛然と腰を振り始めた。真っ赤に焼けた鉄柱が、僕の直腸全体を往復し始める。収まりかけていた排便反射 が容赦なく掻き熾され、僕は再び腹膜を波打たせて、ぐうう、ぐううと腹をへこませ始める。それがまた、男に は心地よいようで、男は何度も僕の『尻マンコ』を褒めまくり、ますます激しく腰を打ちつけてきた。男の恥骨 が僕の股間に激突し、その奥に押し込められている睾丸を叩き潰す。と同時に僕の呼吸穴が束の間塞がれ、僕は 切れ切れにしか息ができなくなった。 出そうとしているのに、逆に押し詰められ、直腸粘膜は大混乱に陥った。一打ごとに目が裏返りそうなほど睾丸 が殴り潰され、酸欠の脳を睾丸痛が掻き毟る。思考が鈍り、僕は犯されている嫌悪など、しまいにはどうでもよ くなった。一刻も早く抜け出て欲しい、それだけを願う。自然と無駄な足掻きはしなくなり、硬直していた身体 から力が抜ける。 受け入れたつもりなどまったくなかったのに、それが結果的には自発的に身体を開いて、男の獣欲を受け入れた ような案配になってしまった。摩擦熱で焦がされ、粘膜をぼろぼろとこそげられているみたいな直腸と肛門を、 雑巾絞りのように痙攣させ、杭のように打ち込まれる肉茎を押し返そうと一心に努めながら、真っ赤に染まった 意識の底で、ふと、男が僕を賞賛する声が、何だか快く聞こえた。 「おほう。辛抱たまらんくなってきた。出すぜ。半年ぶりだ。溜まってるぞ。たっぷり種つけしてやるからな。 濃いい精液だ。お兄ちゃんも精がつくってもんだろ。ん。んんん」 男の腰は最早、蒸気機関車のボイラーのごとく僕の股間を連打し、煎餅になってしまったかのような睾丸の痛み で僕を悶絶させた。男の言葉が脳に染みるのに数十秒かかった。思考が低下して、想像して当然なことも想像で きなくなっていた。犯されたら、当然精液を射精される。怖れのあまり、考えないようにしていたのかもしれな い。でも、それが避けられない現実として目の前に、いや、腹の中に示された時、僕は最後の、最大の抵抗をし た。ワイヤーが張り詰め、ビーンと軋んだ。わずかに背筋が反り返える。結果として、男の股間がますます強く 密着し、ペニスの先端はさらにひと進み僕の奥を突いた。 「おう、おう、おう、おうううう。し、締まるうううう。出るぞ。出るぞお!」 男の声が切羽詰まり、僕の身体の上に岩が落ちてきたかのように男の全体重がかかる。後頭部に手がかかり、頭 を固定されたと思ったとたん、歯がぶつかるほどの勢いで人形の唇が吸われ、顔中を舐め回される。もう一方の 腕が、僕の腰ベルトの下に差し込まれて、骨が折れんばかりの怪力で抱きすくめられた。そこで、空っぽの大腸 を満たすかのごとく、大量の熱い白濁が、機関砲のように僕の中へと注入され始めた。熱湯を、腸内に流し込ま れたかのような錯覚が起きる。全細胞が、その苦痛から逃れるために、飛びすさろうと弾けた。極度の戦慄。身 の毛もよだつ汚辱感に、僕の頭の中で太い筋がぶつんと切れ、僕は轢断された肉塊のようにバラバラになって、 沸騰する肉色の汚泥の海へとばらまかれた。 ****************************************************************************** animanoike02へ続く