rubberdoll  作: 玲
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rubberdoll-29 陳列。

木箱が持ち上げられ、台車かストレッチャーに乗せられるのを感じた。僕を包んで
いるフォームは完璧に近いほどの遮音性とクッション性を持ち、音や振動で状況を
判断することが不可能になった。わずかに身体にかかる慣性から想像することしか
できない。それでも長時間の感覚遮断に慣れた僕は、常態よりはるかに敏感になっ
ているはずで、想像がそうは外れていないだろう。僕を詰め込んだ木箱は、通路を
運ばれ、エレベーターで上へ向かい、車に積み込まれた。かなりな時間を車に揺ら
れ、車から降ろされたと思ったら、別の何かに積み込まれた。しばらくは何も感じ
ず、どこかの倉庫にでも保管されたのかと思い始めた頃、錯覚かと思えるほどのか
すかな揺れを感じた。ゆったりと振幅の大きな揺れで、いったいどういう状況なの
か想像もつかなかったが、一眠りして目覚めたとき、解答が不意に浮かんだ。船だ。
大きな船に乗った経験はないが、三半規管の心地悪さは船酔いを思わせる。僕はい
ったいどこへ運ばれていくのだろう。時折、液状の栄養物が口に流し込まれ、下か
ら排泄物が吸い出されてゆく。無為な時間。眠りは切れ切れに訪れた。何日なのか
何週間なのか、完全な闇と静寂の中に保持された動けない人形となって、ナメクジ
のように日々が過ぎていった。

眠っていた間に船旅が終わり、どこかへ運び込まれていたようだ。ドンと木箱が床
に落とされるような揺れを感じて目が覚めた。かすかな軋みを聞いたような気がす
る。木箱を打ち付けた釘が、引き抜かれているのではと直感的に感じる。しばらく
の間があって、ペリッ、パリッっと久々の音を耳にした。キュキュッと何かがフォ
ームに擦れる音もする。そして、バリバリバリッと上下ふたつに形成されたフォー
ムの上部分が引き剥がされた。目に針を突き込まれたかのような痛みが生じる。光
が眩しすぎるのだ。目が光に慣れて痛みが治まる前に、初めて聞く野太い驚嘆の声
を耳にした。

「おおおおお。待ちかねたよ。私のタミ・ジョ。今、出してあげよう」

僕に突き込まれていたパイプが引き抜かれる。顔の横に太い指が差し込まれ、ラッ
プされた僕の身体と埋め込まれたフォームの間に空気が送り込まれた。肩から脇腹、
脚の横にも差し込まれた指が僕をフォームから剥離させた。最後にバリバリッと身
体がフォームから引き抜かれ、抱き上げられる。目の痛みが治まりつつあり、ロコ
コ調とでもいうのだろうか、宮殿のように豪華で重厚なアンティーク家具の置かれ
た部屋の様子が、一瞬目に入ってきた。大金持ちという言葉が浮かんだとたん、す
ぐに上向きに抱き上げられ、豪華絢爛たるシャンデリアと天井の装飾だけしか目に
入らなくなる。

そっとソファに置かれたとき、その人物の顔が視界をよぎったけれど、逆光でよく
わからなかった。シルエットから、やや体重過多な体型だと見て取れる。

「3年待ったよ。嬉しくて手が震えてる。いかんいかん。ついあせってしまう。じ
っくり楽しまなくてはな」

ラップの上から、優しく撫でさすられた。いいかげんラップは外してもらいたかっ
たが、まあ、新品が届いたとき、ラップを外す瞬間が、いちばんわくわくするとい
う気持ちもわからなくもない。

「封を開けるのがもったいない。密封したまま、金庫にしまい込みたくなる」

見も知らぬ男に触られたり、まして性具にされるのも嫌だけれど、永遠に日の目の
当たらぬ金庫にしまい込まれて一生を終えるのも嫌だ。男は自分自身をじらし、我
慢ができなくなるまでラップ越しに触り続けた。ついに、我慢の限界がきたのか、
僕は抱き上げられ、壁に後頭部を押し当てるように立て掛けられた。はさみで包装
が切り裂かれていく。ペリペリと僕の顔面からビニールの包装が引き剥がされて、
僕はついに自分の所有者と対面することができた。

彼は白人で、大きく、脂肪を弛ませた男だった。50歳ほどに見える。やや長めの
白髪をきっちりと撫でつけている。ハンサムとはいえない。ゲルマン系だろうか、
彫りの深い顔立ちだった。皺と弛みが顔に出始めているが、眼光だけは鋭く、精力
的だ。どこか野人のイメージがつきまとってはいたが、身につけている物は最高級
で、洗練された上品な装いだった。仕事帰りで着替える暇もなかったのか、背広を
着たままで、木箱を開けたときに飛び散った木屑をちりばめている。

僕が男を観察したように、男は僕以上に熱い視線を僕の全身に注いでいた。僕から
数歩離れて全身を舐め回すように見つめている。いまさら人工的に造られた裸体を
見られても、どうということはないように思っていたのだけれど、やはりここまで
執拗に品評されると、消え入りたくなる。

「よし。よし。おおお。完璧だ。まさにタミ・ジョそのものだ。よし。ああ、素晴
らしい」

感激のあまり泣き出すんじゃないかと思えるくらい、男は興奮している。大きく満
足の息をついてから、男はおそるおそるといった風に近づいてきた。両手が差し伸
べられ、思春期の少年が初体験の時にそうするように、そっと乳房に押し当てられ
た。

「なんという弾力。ゴムだ。間違いなくゴムの手触り。吸いついてくる。本物のゴ
ム製人形だ。なのに、このタミ・ジョは生きている」

手の平が僕の左乳房の下に押し当てられた。

「間違いなく、生きている。ほんのり温かいし、心臓は動いている。しかし、どう
だ、顔も身体もぴくりとも動かない。息すらしていない」

男は背広を脱ぎ捨て、ネクタイを引き毟るように外した。僕に身をすり寄せ、壊れ
物ででもあるかのように片手で抱きしめる。もう一方の手は僕の尻に回され、その
弾力を貪っていた。荒い鼻息が顔にかかる。男の情欲が脂汗となって額を光らせて
いた。僕はすぐにも押し倒され、口か尻を犯されるのではないかと覚悟していた。
しかし、男は何度も生唾を飲み、情動をこらえることに成功したようだった。

口のマウスピースが不器用に引き抜かれる。固定された顎で、歯と歯茎を包んでぴ
ったりと嵌り込んでいるマウスピースを外すのにはコツがある。僕の歯がゴム製で
なければ難事になったことだろう。歯を折り曲げながらマウスピースが引き抜かれ、
ぽっかりと間抜けに開いた口の中に、男の指が差し込まれた。指先が僕のイボだら
けの舌を押さえた。

「私の声が聞こえているかね。聞こえていたら、舌を動かしてごらん」

束の間迷いが生じた。いわれるままにするのも癪な気がした。しかし、今ここで反
抗しても何か得があるだろうかと考えると、なにひとつ思い浮かばない。男の命令
に無視を決め込んで、不良品としてドクター・ペインの元に送り返され、失敗作と
して解体される最悪の未来ならすぐに浮かんだ。舌がぴくりと動く。僕自身びっく
りしたことに、僕の舌は僕が動かすという選択肢を選んだと同時に動いたのだ。僕
の意識が動けという命令を発する前に。もしかすると判断より前に動いていたかも
知れない。

「おおおおおお。生きている。そして意識が保たれている。返事をするのに一瞬躊
躇したな。それこそが正常な判断力が残されている証だ。まさに完全。感激だ。怖
れることはない。私の元にいる限り、お前は私の宝物として、最高の待遇を約束さ
れているのだから。といって贅沢しようもない状態ではあるが。食餌も充電もオイ
ルの補給も排泄管理も身体のメンテナンスも、私自身が責任を持って最高のケアを
する。お前はただ生き続ければいい。前向きに協力してくれればもっといいんだが
ね。うんうん。お前は私のコレクションの最高の逸品になる。さあ、お前の仲間に
会わせてあげよう」

コレクション?仲間?・・・この男は他にも不幸な犠牲者を所有しているのだろう
か。男が僕の身体を再び壁に立て掛け、視界の外へ出ていった。しばらくして、コ
ロコロと背の高い2輪のキャスターを転がしてくる。僕は荷物扱いでそのキャスタ
ーに移され、腰にストラップを回されて固定された。身体が斜めにかしぎ、ゴロゴ
ロと部屋から運び出される。廊下の先にはエレベータがあった。そのエレベータで
地階に降ろされる。さらに廊下を進み、つきあたりの物々しい金属扉の前まで運ば
れた。男が扉の横の暗証キーにナンバーを打ち込む。残念ながら数字までは見えな
かった。ガシュンと重々しい音がして、ドアが横に滑る。分厚い金属扉だった。ま
るで金庫室だ。

男に押されて室内に入る。自動的に照明が灯った。最初に目に入ってきたのは壁一
面のガラスケース。光の反射で中はよく見えなかったが、進むにつれ見えるように
なってきた。中に収められていたのは僕があまりにもよく知っている物達だった。
身長20センチのタミ・ジョ。タミ・ジョ。タミ・ジョ。全部で24体のタミ・ジ
ョ人形が、それぞれ違う衣装を身につけ、様々なポーズで陳列されていた。なるほ
ど、これが僕の仲間か。

「私はもう30年近くもタミ・ジョ人形を蒐集している。初期ロットで200体ほ
ど製造されているのだが、ほとんどが返品されて、ジュリア・Jその人の手で焼却
されてしまったという。世界中で残っているのは30体足らずだといわれている。
私の夢はね、そのすべてを見つけだし揃えることなんだよ。そしてもうひとつ、ジ
ュリア・Jがタミ・ジョを造形したときには、最初に等身大のモデルを造ったとい
われているのだが、それもジュリア・Jによって破壊されたいわれている。その最
初の等身大モデルを再現すること。ドクター・ペインのおかげで、ついに念願のそ
れが手に入った。しかもそれは生きているのだ。ジュリア・Jも成し遂げられなか
った究極の人形だとは思わんかね」

手前のタミ・ジョ達はチア・リーダやらチャイナドレスやらウエディングドレスや
らで着飾っている。僕には人形趣味がないから、それらの衣装がまっとうで正しい
着せ替え衣装なのかどうかはわからないが、少なくとも奥の棚に陳列されているタ
ミ・ジョ達の衣装に比べれば、まだマシというものだろう。奥の方の棚には、唖然
とするほどに異様な衣装のタミ・ジョ達が並べられていた。あるものはラバーや革
の衣装に包まれ、あるものはその顔さえマスクに覆われてしまっている。ミイラの
ように包帯を巻かれたものや、ミニチュアの拘束装具でがんじがらめにされている
ものまであった。

「ジュリア・Jの精神は、こんな異常な衣装をセットして市販しようとしたことか
らも、そうとう病んでいたとわかるだろう。手前のノーマルな衣装は、タミ・ジョ
の前に発売された『ビクテム』シリーズの衣装の流用でね。こちらのボンデージ衣
装の方が正規のセットなのだよ。しかし、だからこそ時が経って、タミ・ジョの評
価が高まったともいえる」

キャリアーが反対側に振り向けられた。そちらの壁はガラス張りのクローゼットに
なっていて、中には100着以上はあるミニチュアではない衣装類が吊されていた。

「そこにあるのが、お前のために用意した特製の衣装だ。最初に市販されたパッケ
ージ通りの衣装を着せてあげよう」

男がクローゼットから、黒く滑るように光るラバー衣装を取り出してきた。僕は大
理石の床に横たえられ、その変態衣装をひとつひとつ身につけさせられる。股間に
大きな穴のあるラバーのボディスーツ。ラバーのコルセット。股までの長さがある
9インチヒールのラバーブーツ。肩までの長さの指なし手袋。そして、異様にごつ
いボールギャグ付きの顔面固定ハーネス。腕が背中に捩じあげられる。関節固定で
別段保持する必要もないのに、腕と胴体がストラップでが締め上げられる。犬のよ
うに鋲の付いた首輪を嵌められ、最後に脚が開かれて膝の間に金属の棒が押し込ま
れ、両端のベルトが膝の上で締め上げられた。こんな棒などなくても、僕が自ら脚
を閉じることなどできないのだけれど、あくまで人形が出荷された時の装備にこだ
わっている様子だ。

衣装をすべて装着し終わった僕は、引き上げられ、立たされた。さっきまでとは向
きが変わり、今入ってきた入り口の方向を向いている。そこにあるはずのドアは見
えず、壁一面が鏡になっていた。とんでもなく高いヒールで、こんな物を履かされ
て立っていられるのかどうか不安だったけれど、脚が開かれている分安定がいいよ
うだ。安心すると鏡の中の自分に目の焦点が合い、そのとたん息が詰まるような思
いがした。

そこに全身ボンテージされたタミ・ジョが映っている。背後のタミ・ジョ人形のひ
とつが今の僕のこの衣装と同じ衣装を着せられていたことを思い出したが、等身大
の迫力は想像以上だった。顔面を五つに分かれたストラップが割り、胴体にもスト
ラップがぎりぎりと縦横に食い込んでいる。容赦がないという言葉が浮かんできた。
クリニックで見たゴム昆虫女と似てはいたが、昆虫女のような押しの強さはなく、
男の劣情を刺激するか弱さ、哀れさが際だっていた。我がことながら異様に興奮さ
せられる姿だった。

僕の後で男が床に屈み込み、床に埋め込まれたパネルを操作するのが鏡に映る。カ
チリという音とともに、床から太い金属棒が静かに迫り出してきた。先端は丸みを
帯び、そこから20センチほど下の位置に、湾曲した刀の鍔のような物が付属して
いる。その形状は生理用ナプキンを思わせた。金属棒は床から1メートルほど迫り
上がって止まった。

身体が持ち上げられ、その金属棒の上にかざされたとき、そのとんでもない用途が
理解できてしまった。尻プラグ。肛門括約筋が怖れからぎゅっと縮まる。その尻プ
ラグの先端が僕の肛門から押し入ってきたとき、あまりの冷たさ、非人間的な硬さ
に、鳥肌が立つ思いだった。自分自身の体重が、自分自身を犯す手伝いをしている
という状況が情けない。ずぶずぶと貫かれ、先端が直腸栓に達したところで、鍔部
分が僕の股間に当たり、それ以上の貫通をストップさせた。恐ろしいことに、僕の
足先は床に届いていなかった。全体重が尻プラグとその鍔部分にかかる。

「ほら、これでおまえが間違って倒れたりすることもないのだよ、タミ・ジョ。こ
の支柱の中には空気パイプも仕込んであるから、呼吸に不自由はないはず。これか
らはこの柱の上が、お前の居場所となる。お前専用のディスプレイ台だ。周りには
仲間もいるし、寂しくはないだろう。美しく着飾った自分をじっくり眺めることも
できる。このコレクションルームは核シェルター並みの完全な耐震耐火仕様だし、
銀行の大金庫並みのロックシステムでセキュリティも万全だ。閉鎖式エアコンディ
ショニング・システムで、コレクションの永久保存に最適な環境をキープしている
から快適なはず。お前とお前の仲間だけのために造り上げた部屋だ」

男は陶酔したように、ディスプレイされた僕の身体を撫で回した。

「気に入ってくれただろう、タミ・ジョ。さて、お前の歓迎パーティの準備をしな
くては。お前には、今の衣装の上にウエディングドレスを着てもらう。贅の限りを
尽くしたドレスだよ。嬉しいだろう。それから、私の部屋へ運び上げて・・・」

男は喉の奥で忍び笑いを漏らしながら、ポケットから取り出したリモコンを操作し
た。パンッと乾いた音とともに、ハロゲンのスポットライト光が頭上から降り注ぐ。
続いてコレクションルームの他のライトがすべて消された。スポットライトの光の
円錐の中で、僕の身体は光り輝く。その美しさを、あらゆる角度から満面の笑みで
鑑賞し、それから渋々といった様子で男は部屋を出ていった。鏡の一部がスライド
して開き、男が通り抜けた後、再び鏡の一部に戻った。そして、まるで僕の人生を
絶ち切るかのように、ロックの音が響き渡った。

                  *

静寂の中、変態ボンデージ衣装でデコレーションされた新品のゴム人形が、宙に浮
かされ、ディスプレイされている。タミ・ジョウ人形コレクターの究極の記念碑と
して。その脚は恥ずかしげもなく拡げられ、それを鑑賞する者を、全霊で招いてい
るように感じさせる。腕も胴体も、その巨大な乳房をも厳しく拘束され、口いっぱ
いにボールを詰め込まれた上に、顔面すら無惨に締め上げられているというのに、
その表情は、あくまでもそうされる喜びに微笑んでいる。

それは光の加減なのだろう。その人形が咽び泣いているように感じさせるとしても。

                 fin

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