rubberdoll  作: 玲
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rubberdoll-28 梱包。

ドアが開き、ストレッチャーを押して異様な風体のスタッフが入ってきた。全身を
透明ビニールの気密服で包み、ガスマスクを被っている。ガサガサするビニールの
下には、白衣が見えていた。

「ハーイ。タミ・ジョ。久しぶりね。綺麗にお化粧してもらって見違えちゃったわ」

ガスマスク越しとはいえ、ジェシーの陽気なブロークン英語は聞き間違えようもな
い。直接話しかけられ、久々に人格の存在を認めてもらえると、物扱いが気楽だな
どと思っていたことが、強がりだったと知れる。懐かしのジェシーはガサガサ騒音
を振りまきながら、僕の身体をストレッチャーに乗せ、手足を伸ばして横たえてく
れた。

ゴロゴロとストレッチャーが押され、部屋から運び出される。気密ドアをふたつ抜
けたところで、ジェシーがガスマスクを外し、ビニールスーツをバリバリと脱ぎ捨
てた。

「これを着ていないと、残留薬品で私の肌までラバー化してしまう危険性があるし、
吸い込もうなら肺がラバーコーティングされて生死に関わるから仕方がないんだけ
ど、動くたびにバリバリうるさくて、まいっちゃうわね。でも、あなたの肌はピカ
ピカで信じられないくらい美しくなってるわ。新品のゴムの匂いがむんむんで、い
かにも『で・き・た・て』って感じよ。艶も手触りも弾力も臭いもラバーそのもの
ね。耐久性も抜群だから、傷もつかないし、熱にも強いんだって。汗もかかないし、
新陳代謝もしないから、身体を洗う必要もない。お化粧も恒久的なものだから、化
粧直しの必要もないんだって。肌荒れの心配もないのよね。便利よねえ。羨ましい
くらいよ」

じゃあ自分で人形になってみればいい、といいたかった。おしゃべりジェシーのお
かげで、僕の想像が裏付けられたけれど、だからって自分がまた一歩物体化された
と知るのが嬉しいわけもない。それにしても、自分の肉体がゴムになってしまった
なんて、想像がつかないものだ。皮膚も筋肉もゴム化されてしまったという。それ
でいて神経が走り、血が通っているなんていったいどういうことなんだろうか。脳
と内臓を残して肉も骨も剥ぎ取り、ゴムで造った人形の中に収めた方が手っ取り早
いと思うけど。もしかして、神経が走り、血が通っているというところがポイント
なのかも知れない。つまりは、どのパーツをしても、人工的に変質させられてはい
ても生きているっていうことが重要なんだろう。

そんなことを考えているうちにも、ストレッチャーは通路を進み、エレベータに乗
せられ、数階分を上がっていった。運ばれた部屋は初めての場所で、上向きに固定
された僕の視界では、薄汚れたコンクリートとごちゃごちゃに走るパイプくらいし
か見えなかった。機械音が聞こえ、数人のスタッフが動き回る気配がした。床に響
くヒールの音が近づいてくる。背筋がすっと寒くなる気がして、思った通り、ドク
ター・ペインが僕を覗き込んだ。

指先が迫り、僕の口のマウスピースが取り外された。ドクター・ペインの冷たい指
先が、僕の頬をなぞる。

「いい手触りだわ。完璧で、傷ひとつない、永久的なラバーの皮膚。指に吸いつい
てくる。メイクも完璧ね。まさに芸術だわ、リン・メイ。あなたの仕事にはいつも
感心させられる」

ドクター・ペインの言葉は、僕の視野の外にいる相手に向けられていた。

「ありがとうございます、ドクター・ペイン。今回はいままでにない力作だと聞き
及んでおりましたから、万が一にも粗相がないよう、緊張いたしました」

その声で、僕に化粧を施したゴム女だとわかる。

「確かに、今回の依頼は、難題だった。でも、挑戦でもあったわ。ただの人形では
なく、モデルがあったからね。ペニスをしゃぶらせ、肛門で受け入れるだけなら、
ただの穴があればいいんだけれど、それらを最大限に活用し、最高の快楽を提供す
るためには生きた正常な脳が必要だった。狂っていては性能をキープできないから
ね。最高の性の奉仕はできるけれど、反抗も逃亡もできない。所有者の望むまま、
どんなポーズでも取らせて楽しむことができけれど、人形自身が動こうとしても動
けない。外見上は物体として生きている兆候を感じさせない。そんな条件をすべて
クリアする技法を開発するのは至難の業だったわ。ほとんどの技術は、すべてゼロ
から開発しなければならなかった。研究と開発だけで2年もかかってしまったわ。
最初は女で試し、女ではホルモンの制御が難しいとわかるまでに、2人も廃品にし
てしまったし。細胞のラバー化が何故黄色人種に適合しやすいのかは、残された研
究課題でもあるわ。試行錯誤の連続だったけれど、これがその努力の結晶。現段階
での私の最高傑作。タミ・ジョの作成に試された技術は、今後大いに応用されるこ
とでしょう。記念すべき第一号は、ずっと手元に残しておきたい気もするけれど、
とてつもない資金を提供した依頼者が待っているから、そうもいかないわね。よろ
しい、最終確認は問題なし。リン・メイ、あなたのメイク技術に感謝します。さあ、
出荷オーケーよ」

ドクター・ペインの足音が離れていく。祝杯という言葉が聞き取れた。メイクアッ
プ・アーチストのメイ・リンと祝杯をあげようというのだろう。バイバイ、ドクタ
ー・ペイン。あなたの魂が永遠に呪われますように。そのくらい呪ってもいいだろ
う。僕と同じようにここで人生を絶望的に変えられた何十人か何百人に呪われても、
平気で新たな犠牲者を造り出しているドクター・ペインには、ささやかな呪いなど
そよ風のようなものだろうし。

ジェシーが僕の全身にぬるぬるする液剤を塗りつける。オイルだろう。開かれた目
に、たっぷりのジェルが塗り込まれ、視界が滲む。開きっぱなしの口の中にも、ジ
ェルが塗り込められ、マウスピースが嵌め戻された。一本の棒のように硬直してい
る僕の身体が持ち上げられ、頭からピンクに透けるビニール袋が被せられた。それ
は足先までをすっぽりと包み、空気を抜くように撫でつけられ、口が結ばれる。首
と乳房の上下、腹と膝、そして足首に粘着テープが巻かれて、わずかなビニールの
膨らみを押さえ込んだ。

包装された僕の身体が、いったん立てられる。ピンクがかった視界ながら、目の前
に大きな木箱が横たえられているのが見えた。長さが2メートルほど、幅と深さが
1メートルほどの頑丈そうな木箱だった。シャーロック・ホームズじゃなくても、
僕が入れられる箱だとわかる。スタッフが太いホースを脇に抱えて箱の側に立ち、
箱の中にホースを垂らして僕の視界外の誰かに合図すると、ホースから白い液体が
どぼどぼと箱の中に流れ込む。液体は箱の深さの半分ほど流し込まれた。

一分間ほど待つ間があって、早くも固まり始めた液体の四隅に、4つのボンベ状の
装置が設置された。液体はすでに粘土状に固まりつつあり、ずぶずぶと半分ほどが
埋まっていく。 詳しく見る間もなく、僕は水平に持ち上げられ、箱の中へそっと安
置された。僕の身体も背中側の半分ほどが、むにむにと埋まっていく。といって粘
つく感触はなく、圧迫感も少なかった。

技師が視界に入り、手にしたパイプがビニールの膜を抜けて、マウスピースの小穴
に接続された。ビニールにはパイプを通すための穴が開けられているのだろう。続
いて左の耳にもパイプが突き込まれ、耳の奥の弁にカチリと嵌り込む。身体がわず
かに持ち上げられ、肛門にも細めの管が突き込まれた。先端が身体の奥で直腸栓に
ドッキングする。肛門パイプごと再び粘土に埋め込まれる。

耳のパイプは目と口へのオイルを補給してくれる。口のパイプは液状食を送り込ん
で、栄養と水分を絶やさないようにしてくれるものだ。頭の両脇のボンベが、オイ
ルのタンクと液状食のタンクということだろう。肛門のパイプは、実際は中に2本
のパイプを収めているはずで、1本は呼吸管、もう1本が排泄管。見えないけれど
途中で二股に分かれて、脚の両側の酸素ボンベと排泄物処理装置に繋がっているは
ず。ふと、視界の外れで下から受け渡される細いチューブを目にして、ああ、やっ
ぱりという思いがした。排泄物処理装置で処理された水分が、給餌装置に戻される
仕組みなのだ。そのためのパイプなのは間違いない。リサイクル精神も、こういう
局面ではあまりありがたくない。地球に優しいかどうかはわからないけれど、少な
くとも僕には優しくない。チューブの細さから推察して、戻されるのは水分だけら
しいのが、不幸中の幸いといえるのかどうか。

配管が終わって、スタッフのひとりが僕を埋めたフォームの硬化具合を確かめ、充
分と判断した。懐かしのジェシーが視界に入り、ラップ越しに笑いかけてくれた。

「長いようで短いおつきあいだったけど、あなたほど物静かな患者はいなかったわ。
って、最初っから声帯を除去されてたんだっけ。これで見納めかと思うとちょっと
寂しいかも。でもまあ、新たな門出に涙は禁物。グッドラック、タミ・ジョ。新し
いオーナーに可愛がってもらえるよう、一生懸命精進するのよ」

まったく、最後までひとり漫談している。とはいえ、脳天気な明るさに慰められた
ことも多かった。グッドラック、ジェシー。君がいつか失敗でもして、ドクター・
ペインに改造されることがあったら、その時はぜひ、もう一度会いたいと思うよ。

なにやらオイルのような物が前面に吹きつけられた。そして視界の外れにホースの
筒先が覗いたとたん、僕の世界は白く封じられた。流し込まれるフォームが層をな
していくにつれ、世界は次第に暗くなり、ついには真の闇が訪れた。フォームが固
化していくにつれ、身体にのしかかる重さも感じなくなり、心地よい圧迫感だけに
なった。木箱の蓋が打ち付けられる音がくぐもって聞こえる。その音もすぐに止み、
僕は完全に箱詰めされたことを知った。真に、ひとりぼっちだった。

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