rubberdoll  作: 玲
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rubberdoll-27 化粧。

風が徐々に収まり、それにつれて僕の身体もふわりと床の上に舞い降りた。ことん
と後頭部が床に着いたとたん、ドアの開く振動が伝わってきた。脚を掴まれ股と膝
を折り曲げられる。そのまま身体を持ち上げられ、パイプ椅子のようなものに座ら
された。身体を掴まれたとき、肌が引攣るような、弾力を増したような、不思議な
感触がした。感覚はあるのだが、なんというか薄膜越しのように鈍い感じがする。
細い金属棒のようなものを突き込まれて、鼻と耳の栓を引き抜かれた。口のマウス
ピースはそのまま残された。

目の前でシュッという音がして、閉じた瞼に何か吹きつけられた感触があった。両
方の瞼へ均等に吹きつけされ、続いて下瞼と目尻に何かが吹きつけられた。しばら
く間があり、頬にもシュウシュウと何かが吹きつけられる。

バシンという音とともに瞼の裏で感じていた光が消えたと思ったとたん、唐突に瞼
が押し上げられ、まぶしさににじむ視界いっぱいに、目前に立ち塞がるグロテスク
な昆虫人間が映り込んだ。弱い光といえど、長期間閉ざされていた目には痛みが生
じるものだが、そんな痛みさえ忘れるほどの異様な風体だった。それは全身を足先
から頭部まですっぽりと黒いラバースーツに包み、顔面にガスマスクを嵌め込んだ
人間だった。ガスマスクの見た目と黒光りする身体が昆虫を連想させたのだ。体型
は女だった。ガスマスクの横から伸びた太い呼吸用ホースが、背中のタンクに繋が
り、タンクのベルトが胸に食い込んで乳房を強調している。

昆虫以外にも何かを連想させると思ったら、昔観たスター・ウォーズという映画の
ダース・ベーダーというキャラクターだった。マスクから漏れ出す呼吸音も似てい
る。ゴム女は手にライトサーベルならぬ細筆を握り、その筆先を僕の目に突き込ん
できた。目玉を突かれるかと怯んだものの、筆先はやや上に向かい、瞼の縁にアイ
ラインを引き始めた。

僕はお化粧を施されているらしい。しかし、ただの化粧してはこの女の重装備は物
々しい。女が筆先を浸す小さなガラス瓶のラベルに髑髏マークが印刷されているの
が見えたことといい、僕に施されている化粧は特殊なものだと推測できた。ゴム女
が薬瓶を乗せたサイドワゴンを引き寄せたとき、その上に乗せられたガラスケース
入りのタミ・ジョ人形が目の隅に入ってきた。ゴム女はタミ・ジョ人形と僕を見比
べ、一筆一筆、慎重に化粧作業を進めている。タミ・ジョ人形の横に置かれたピス
トル型の器具も見えた。ピンク色の液を満たしたガラス瓶が上面に差し込まれてい
る。これはエアーブラシというものだろう。先ほどはこれでアイシャドウとチーク
を吹きつけられたのだろうと見当がつく。

一心不乱で制作に打ち込む画家のように、一筆加えては顔を寄せ、次いで数歩離れ
て眺めるといった具合で、ゴム女は一筆一筆のできばえを確認しながら、忙しく動
き回った。瞼の縁に線を入れるだけで何色もの色が重ねられていく。目の周りが終
わると、額に透明なプラスティックの眉型が押し当てられ、精密に眉が描かれた。
たかが左右の眉を描くだけでこれほど時間がかかろうとは思わなかった。眉が終わ
ると、新たな絵筆で唇に色鮮やかな紅が差された。唇の輪郭が精密図面のように慎
重に描かれ、輪郭の内側が丁寧に塗り重ねられる。唇の裏まで捲り上げられて色づ
けされた。

絵筆を持ち替えたゴム女が僕の視界の下へ身を屈めた。真円の穴が開いたプラステ
ィック板が乳房の頂に押し当てられ、僕の豊胸された乳房がくすぐられる。どうや
ら乳輪が描かれている様子だった。筆先が敏感な乳首にまで進んだとき、感じるは
ずの快感が以前に比べて鈍いような気がした。やはり、全身に塗布された薬液のせ
いで感覚が鈍くなっているようだ。

作業を終えたゴム女は、数歩離れ、僕の周りを回って、あらゆる確度からできばえ
をチェックしている。その様子からどうやら会心のできらしいことがうかがえた。

ゴム女の背中でタンクが警告音を発した。エアー切れのようだ。ゴム女がサイドワ
ゴンを押して部屋を出ていく。しばらくの間僕は放置され、ドーム状の部屋の壁し
か眺めるものがなかった。湾曲した壁には空気孔と太陽灯が交互に設置され、壁中
を埋め尽くしている。何とも大掛かりな設備だった。それほど臓器売買と人身売買
の非合法ビジネスは儲かるということなのだろう。

ふと、僕はいったいいくらで売られるのだろうという疑問が湧いた。いまさら自分
が売られるということに動揺することもなく、単純な好奇心に過ぎなかった。ここ
まで徹底的な改造を、もし表の社会で受けられるとしたって、そんな手術に保険が
適用されるわけもなく、千万単位億単位のお金がかかるに違いない。その上、非合
法な拉致・監禁・人身売買となれば、数億円の金額になると考えるのが妥当だと思
う。誘拐され改造されないでただの学生でいられたとしたら、僕の価値などせいぜ
いが生命保険の数千万円がいいところ。動くこともできない人形にされて数億円の
価値が付くとしたら、皮肉なものだ。

ドアが開いて、ゴム女がサイドワゴンを押しながら再登場した。ワゴンの上はずい
ぶんとさっぱりしていた。目の前まで運ばれたワゴンの上には、なにやら大きな蛍
光ピンクのゴムの塊と、花びらほどで不揃いな大きさの真っ赤なチップが数十個、
そして小さな透明ケースと透明な液体に満ちたガラス瓶が一本、筆が数本見て取れ
た。僕の視界はやや上向いているため、間近に置かれてしまうとワゴンの上は視界
の外れになり、細部まではわからない。

ゴム女は透明ケースを取り上げ、中から黒い羽毛のかけらのようなものを取りだし
た。細筆を取り瓶の液体をその羽毛に塗りつけている。ゴムに包まれた黒い指先が
僕の目に迫り、右の瞼を押さえてその羽毛を瞼の縁に沿わせるように貼りつける。
そこまでされて、僕はようやくそれがつけ睫だと気がつく。なにせ生まれてこのか
た、つけ睫など間近で見たこともないし、ましてや自分で装着したこともない。睫
を抜き取られてから、睫のない視界に慣れていただけに、黒くて長い睫が被さると、
世界が暗く感じてしまう。つけ睫は下瞼にも貼りつけられた。瞬きすれば風が起き
そうなくらい長い睫で、瞬きができない身体にされているから不便はないが、もし
できていたらそうとう重く感じていただろう。

続いてゴム女がピンクの塊に手を伸ばした。軟体生物のようにぶりぶりと撥ねる塊
が拡げられると、不思議な形のヘルメットになった。ゴム女が内側に接着剤とわか
った液体を塗っている。僕の頭に被せるためにくるりとひっくり返されたそれを見
て、ようやくそれがゴムで造られたカツラだと理解できた。ボブカットの形を模し
て、その外側には髪の毛を意識してか何本もの筋が彫られている。ガポッと頭に被
せられ、縁から空気を逃がしながら僕の頭に密着する。

化粧をし、本物ではない眉と睫を取り戻し、カツラを被った僕の見た目は、少しは
人間らしくなっただろうか。こんなゴム製のカツラもどきでは無理なように思える。
人間らしくはなくても、タミ・ジョらしくはなっただろう。

ようやく目が使えるようになったものの、胸を張り、やや上向いた姿勢では、視界
の中に自分の身体が入ってこない。ゴム女が自分の作業をやりやすくするために僕
の腕を曲げ、初めて僕は自分の手を見ることができるようになった。一瞬何も変わ
っていないように見えたけれど、じっくり観察するといままでとは艶が違っている。

僕の肌はまるでニスでも塗られたような光沢を帯びていた。ロドニーが皮膚の修復
を終えた後の僕の肌を称してビニールみたいだといっていたが、それ以上に滑るよ
うな光沢だと思った。おそらくそれが全身に噴霧された薬品の効果なのだろう。弾
力があって滑るように光る肌、色は黒だったが僕の肌と同じ質感のものがすぐ目の
前にある。ゴム女のゴムスーツ。オイルで磨き上げたようなぬるぬる感がそっくり
だった。

それにしても、僕の肉体が加工されるにつれ、僕の存在はどんどん無視されるよう
になり、今ではまったくの物扱いで、生きている人格として話しかけてくれる人が
いなくなってしまった。ゴム女も説明どころか、話しかける気もまるでないようだ。

だから僕は推理するしかないのだが、おそらく僕の皮膚は特殊な薬品によってゴム
化されてしまったのだろう。筋肉や骨格の状況を考えれば、上面に塗られただけで
なく細胞の中まで完璧にゴム化されたに違いない。筋肉や骨がそうであるように、
皮膚の新陳代謝は止まり、もう垢となることもないんじゃないだろうか。完璧な人
形とは、持ち主に身体を洗わせ、垢を落とさせるような手間のかかるものであって
はならない。ドクター・ペインならそういいそうだ。車のようにときどき水洗いし
てもらい、ワックスでもかけてもらえれば望外な幸せと思わなくてはいけない。

ゴム女が僕の指先に真っ赤なゴムのつけ爪を貼りつけていくのをぼんやりと眺めな
がら、僕はそんなことを考えていた。そして、気がついてみると僕の加工工程はす
べて終了していた。ゴム女が数歩引いて全体のできばえを確認していた。ゴム女は
ひとり頷くとワゴンを押して出ていった。最後まで顔を見ることも話しかけられる
こともなかった。

僕はぽつねんと取り残され、次の運命を待ち続けた。

一心不乱で制作に打ち込む画家のように、一筆加えては顔を寄せ、次いで数歩離れ
て眺めるといった具合で、ゴム女は一筆一筆のできばえを確認しながら、忙しく動
き回った。瞼の縁に線を入れるだけで何色もの色が重ねられていく。目の周りが終
わると、額に透明なプラスティックの眉型が押し当てられ、精密に眉が描かれた。
たかが左右の眉を描くだけでこれほど時間がかかろうとは思わなかった。眉が終わ
ると、新たな絵筆で唇に色鮮やかな紅が差された。唇の輪郭が精密図面のように慎
重に描かれ、輪郭の内側が丁寧に塗り重ねられる。唇の裏まで捲り上げられて色づ
けされた。

絵筆を持ち替えたゴム女が僕の視界の下へ身を屈めた。真円の穴が開いたプラステ
ィック板が乳房の頂に押し当てられ、僕の豊胸された乳房がくすぐられる。どうや
ら乳輪が描かれている様子だった。筆先が敏感な乳首にまで進んだとき、感じるは
ずの快感が以前に比べて鈍いような気がした。やはり、全身に塗布された薬液のせ
いで感覚が鈍くなっているようだ。

作業を終えたゴム女は、数歩離れ、僕の周りを回って、あらゆる確度からできばえ
をチェックしている。その様子からどうやら会心のできらしいことがうかがえた。

ゴム女の背中でタンクが警告音を発した。エアー切れのようだ。ゴム女がサイドワ
ゴンを押して部屋を出ていく。しばらくの間僕は放置され、ドーム状の部屋の壁し
か眺めるものがなかった。湾曲した壁には空気孔と太陽灯が交互に設置され、壁中
を埋め尽くしている。何とも大掛かりな設備だった。それほど臓器売買と人身売買
の非合法ビジネスは儲かるということなのだろう。

ふと、僕はいったいいくらで売られるのだろうという疑問が湧いた。いまさら自分
が売られるということに動揺することもなく、単純な好奇心に過ぎなかった。ここ
まで徹底的な改造を、もし表の社会で受けられるとしたって、そんな手術に保険が
適用されるわけもなく、千万単位億単位のお金がかかるに違いない。その上、非合
法な拉致・監禁・人身売買となれば、数億円の金額になると考えるのが妥当だと思
う。誘拐され改造されないでただの学生でいられたとしたら、僕の価値などせいぜ
いが生命保険の数千万円がいいところ。動くこともできない人形にされて数億円の
価値が付くとしたら、皮肉なものだ。

ドアが開いて、ゴム女がサイドワゴンを押しながら再登場した。ワゴンの上はずい
ぶんとさっぱりしていた。目の前まで運ばれたワゴンの上には、なにやら大きな蛍
光ピンクのゴムの塊と、花びらほどで不揃いな大きさの真っ赤なチップが数十個、
そして小さな透明ケースと透明な液体に満ちたガラス瓶が一本、筆が数本見て取れ
た。僕の視界はやや上向いているため、間近に置かれてしまうとワゴンの上は視界
の外れになり、細部まではわからない。

ゴム女は透明ケースを取り上げ、中から黒い羽毛のかけらのようなものを取りだし
た。細筆を取り瓶の液体をその羽毛に塗りつけている。ゴムに包まれた黒い指先が
僕の目に迫り、右の瞼を押さえてその羽毛を瞼の縁に沿わせるように貼りつける。
そこまでされて、僕はようやくそれがつけ睫だと気がつく。なにせ生まれてこのか
た、つけ睫など間近で見たこともないし、ましてや自分で装着したこともない。睫
を抜き取られてから、睫のない視界に慣れていただけに、黒くて長い睫が被さると、
世界が暗く感じてしまう。つけ睫は下瞼にも貼りつけられた。瞬きすれば風が起き
そうなくらい長い睫で、瞬きができない身体にされているから不便はないが、もし
できていたらそうとう重く感じていただろう。

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