rubberdoll  作: 玲
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rubberdoll-24 体重。

突然身体が持ち上げられて、ぼんやりと意識が浮上した。硬直した僕の身体が彫像
扱いで持ち上げられていた。視界がジェットコースターのように回転し、一瞬視界
の中にロジャーの横顔が流れる。ロジャーは鞄でも抱えるように硬直した僕の身体
を小脇に抱えて、手術台から降ろしてくれた。世界が振り回され、マネキン人形そ
のままに、僕の身体はいったん手術台に立て掛けられる。棒のように突っ張った僕
の身体は、人間には絶対不可能なかたちで斜めに立ちつくす。ぼんやりと目に映る
手術室の中を眺めて、ほとんどのスタッフはすでに退室していることがわかった。
残っているのは介助士のロジャーと助手の医師だけのようだ。

「体重を計るから、そこの体重計の上に乗せてくれないか」

助手がロジャーに指示し、ロジャーがふてくされたような返事を返すのが聞こえる。
ロジャーは残業でもさせられているのだろう。僕の足首は伸ばされ、両脚とも爪先
立ちの状態になっていたが、ロジャーが引っ張って曲げ、足の裏を床に着けること
ができるようになった。その後、軽々と持ち上げられ、部屋の隅の体重計まで運ば
れ、立たされる。ロジャーがそっと手を離すと、鼻息ですら倒れそうな危ういバラ
ンスだったが、かろうじて支えなしで立っていられた。自分の脚で立っていた頃の
ことが、あまりに遠い過去の思いでのように感じられ、そんな自分が一瞬哀れに思
えた。けれども、足の裏をしっかりと床に付け、ひとりで立つという、普通の人に
とっては意識もしない行為にすぎない事柄が、僕にとっては目も眩むほどの喜びで
あることもまた事実だった。

「術後体重、28.3kgと。マイナス1.7kgというわけか」

助手がカルテに数値を記入しながらつぶやいた。それを聞きつけたロジャーが横か
ら口を挟んだ。

「28.3kg。そりゃ凄えな。人間の重さじゃねえ。上の病棟にいる骨粗相症で
そのうえ末期癌で死にかけの骨と皮のばあさんだって30kg以上はある。軽いわ
けだ。しかし、関節という関節に金属を注入されてるのに、体重が減るっていうの
も不思議だな」

「セラメタルはセラミックと金属の合金だからな。プラスチックよりも軽いんだよ」

「それであの硬さってのが信じられない。俺は力には自身があったんだが。こんな
華奢な指一本、曲げることも骨を折ることもできないなんて」

「骨の強化と軽量化もなされてる。そっちに使われてるセラミックもセラメタルと
同じで、軍事用のトップシークレット最先端物質だからね。まだ民間の研究室では
理論段階に過ぎないものさ。政界や財界に顧客の多いうちの組織だからこそのトッ
プシークレット技術供与だそうだ。軍の研究所ではできない人体実験の情報をフィ
ードバックしてやってもいるしね。それにしても疲れたよ。早く終わらしてしまお
う。次は3次元レーザー測定器に運んでくれないか」

せっかくの独り立ちタイムも終わり、僕は再びロジャーに抱え込まれた。店頭ディ
スプレイ用の等身大パネルを小脇に抱えてでもいるかのように、怪力ロジャーは僕
を手術室から測定室へと運び込み、レーザー測定器のシリンダーに放り込んだ。脳
も筋肉でできているかのようなロジャーは、僕の目を閉じることを忘れていた。助
手が注意してくれなければ僕は失明していたかもしれない。青い光を瞼の裏で感じ
ながら、自分の失ったものがまたひとつ増えたことに思いを馳せていた。

以前、まだハルキだった頃。僕は身長160cm、体重は58kgあった。それが
いま、タミ・ジョとなって身長は8cmも増えて168cmとなったというのに、
体重はなんと29.7kgも減ってしまったというのだ。自分が軽くなっているの
はわかっていたが、まさかここまでとは思いもよらなかった。女性体型に改造され
て筋肉がボリュームを減らし、肺の一部やら腸の大部分やらが取り除かれたりして
いたが、人工呼吸器など、新たに埋め込まれたものも多く、そこまで軽くなってい
るとは想像できなかった。人工呼吸器やら蓄電器やら、僕の身体に埋め込まれた人
工臓器は徹底的に軽量化されていたとしか考えられない。筋肉固定化処置でゴム質
に置き換えられた筋肉も軽量化のひとつだったのかもしれない。人間の体重の半分
近くは筋肉の重さだと聞いたことがある。58kgあった僕の体重のうち29kg
は筋肉だったということだ。それが女性化と固定化で半分になったとして、約15
kg減。取り除かれた僕の内臓と骨の軽量化で18kgも減らされたということか。

それにしても28.3kgとは。昔、拒食症で死んだ歌手の体重は36kg、骨と
皮のように変わり果てた姿だったというが、その話から考えると、どんなに痩せ衰
えても、大人の身体が30kgを切ることはないように思う。なのに僕の28.3
kgという体重は、まるで中味が中空のプラスティック人形並みの軽さだ。

そういえば、助手の青年もロジャーも、僕という存在が横にいることをまるで意識
していないように会話している。何を聞いても、誰に秘密を漏らすこともできない
僕だけど、僕に対して聞こえよがしに話しているというニアンスもない。彼らにと
って、僕はすでに単なる人形ということなのだろう。鞍馬の中に入れられて、介助
士達の慰み者となっているときですら、人間としてではなくともせめて生き物とし
て扱ってもらっていたように思う。今の僕は、単なる人形としてしか扱われていな
い。あれほど僕の中で精液をぶちまけていたロジャーですら。それだけ僕は人工物
化して、薄っぺらな存在感しかなくなってしまったのだろう。それはそれで気楽だ
と思った。

自分の身体から奪われた信じがたい重量に驚かされて、ヘドロに沈んでいた僕の意
識も久々に浮き上がってきたものの、粘つく液体に沈められて目も見えず、そうな
ると時間を持て余してしまう。暇つぶしに、取り除かれたすべての物の重さを当て
推量で仮定し、付け加えられたすべての物の重さを当て推量して、今の僕の体重に
なるための計算をしようとしてみたが、単なる足し算ですらできないほど鈍ってし
まった頭では、暴風雨の海岸で砂の城を作るようなものだった。自分の呆けぶりに
愛想が尽きかけたとき、ロジャーの手が僕の頭をわしづかみにして、永遠に終わら
ない計算は中断された。僕はシリンダーから引き上げられ、乱暴に身体を拭き清め
られた後、尊厳など微塵もない荷物扱いでシリンダーの上から運び降ろされた。顔
を乱暴に拭われたときに、瞼が押されて半目の状態になり、再び目が使えるように
なった。

「身長も体型もまったく狂いはない。さすがドクター・ペインだなあ」

助手のつぶやきが聞こえてきた。モニターを見ながらカルテに事細かな数値を記入
している。

「おい。これでおしめえだろ。こいつはどうするんだ」

「そこの検診台に置いておいてくれ。バイタルをチェックしなくちゃならない。後
は僕がケアするから、君は上がっていいよ」

「あいよ」

硬直した僕の身体が、検診台のクッションに沈む。関節の曲げ伸ばしテストをされ
たときに、しっかりまっすぐに伸ばしてもらえなかった僕の手足は、まちまちに突
っ張っていたため、背中が浮いて後頭部と右肘と左踵の3点で検診台に接していた。
いまの僕は軽いとはいえ、全体重が3点に集中して長時間放置されれば、つらいこ
とになりそうだ。ロジャーがそんなことに気を回すようにも見えないし。と、驚い
たことに歪んだ僕の手足が引っ張られ、まっすぐに直されていった。背中がふわり
とクッションに密着して沈む。ロジャーは半目になっていた僕の瞼まで直してくれ
た。クリアになった視界の中、覆い被さるようにロジャーのいかつい顔が覗き込む。

「タミ・ジョもこれが見納めかな。おめえは最高の尻マンコだったぜ。なんだか、
名残惜しいな。この1ヶ月大いに楽しませてもらってありがとよ。おめえもいろい
ろたいへんだろうが、いいオーナーに当たって、大事にしてもらえるよう祈ってる
ぜ。じゃあ、元気でな」

胸がキュンと引攣った。まさかこんなに優しい言葉をかけてもらえるとは思っても
いなかった。ロジャーのペニスの硬さと長さ、色合い、形状、その感触、そして恥
垢と精液の味までもが、一瞬で蘇る。失った涙腺のあたりがじわっと熱くなった。
ばいばい、ロジャー。

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