rubberdoll  作: 玲
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rubberdoll-23 関節。

従容として、僕は手術台に横たわっている。身体を固定するストラップはまだ掛け
られていない。見慣れた無影灯はまだ灯されていない。今、灯されたら、薄暗い介
助士休憩ラウンジに1ヵ月間も据え置かれ、薄明かりに馴染んでしまった網膜が焼
けて失明するんじゃないだろうか。油圧ジャッキのかすかな作動音とともにヘッド
レストがわずかに持ち上がり、僕の視界にドクター・ペインが入り込んできた。ど
ことなく不機嫌そうに見える。大股で近づいてきたドクター・ペインが僕の右腕を
持ち上げた。人工的に造り上げなければありえないほど滑らかなフォルムの腕。自
分の身体なのに、今までじっくり眺める暇もなかった。こうして落ち着いて隅々ま
で見ると、確かに非の打ち所がない。その指の美しさは格別だった。細く長く、無
粋な皺もなく、浮き上がる血管さえない。その指には指紋さえないのだから。

「完全な左右対称。完全な曲面。創造物ならではの完璧なポロポーション。シリコ
ン化された細胞は100年経ってもいまのままの形状を維持しているでしょう」

ドクター・ペインが手を離すと、僕の腕はぱたりと落ちた。スタッフがストラップ
を締め始め、全身が手術台に固定される。

「こんな究極の美に無粋な針を刺さなきゃいけないなんて、胸が痛むわ。でもこれ
もおまえを完璧な生き人形にするための工程なのだから、しかたがないわね。これ
からおまえの関節固化処理をするのよ。胴体部の関節は以前にほとんど処理してし
まったから、今日は手足を中心にね。とはいっても楽な作業じゃないのよ。肩に肘
に手首に手指、股関節に膝に足首に足指。数は多いし、なにしろ単純に固めてしま
えばいいというものじゃないからね。おまえに自由にポーズを取らせるために可動
じゃなくてはいけないし、しかもポーズによってはおまえの全体重を完全に支えて
もずれたり曲がったりしないくらいの固定強度もなくちゃいけない。そうじゃなけ
れば関節腔に樹脂でも注入すればいいだけなんだけど。関節の軟骨と関節腔のひと
つひとつに対応した処理をしなくてはいけない」

スタッフが僕の関節部になにか器械を仕掛けている。しばらくして、用意されたモ
ニターの中にまるでレントゲン写真のような僕の股関節の透視画像が映し出された。

「これが骨で、これが軟骨。この関節を袋状に包んでいる膜が滑膜で、その袋の内
部が関節腔という。関節固化とは、部位によって異なるけれど、簡単にいうと、お
まえの関節の軟骨を結晶粒超塑性セラミック合金、通称セラメタルといわれる特殊
金属に置き換え、滑液に満たされている関節腔にも滑液代わりにセラメタルで満た
してしまう、ということになる。セラメタルは通常状態でチタン合金並みの硬度と
剛性をもっているけれど、唯一、結晶方向に引っ張る力が加わると、結晶間で微弱
な電流が発生して結晶構造が変化し、超塑性が発現して瞬間的に軟化する金属で、
この状態でなら関節を自由に動かすことができる。微電流が骨や筋肉に吸収されて
なくなれば、再び瞬時に硬化する。硬化した状態なら1トン近い力を加えても歪み
も曲がりもしない。もちろんそんな荷重をかければ関節より先に骨が折れてしまう
けどね。セラミックでも超塑性が発現することが発見されたのは最近のことなんだ
よ。金属とセラミックを合成することでセラメタル状態が生じることが確認された
のはつい一年前。原子炉の制御やロケットエンジンへの応用が有望視されて、業界
の最前線で研究開発されている素材なの。それを人間の関節の軟骨代わりに使うな
んて考えたのは、世界で私だけだろうね」

ドクター・ペインがトンボの目玉みたいなゴーグルをかけた。モニターグラスなん
だろう。そして僕の身体の上にごてごてした器械がかざされる。その器械からは髪
の毛のように微細な針のついたチューブが数十本、束になってぶらさがっていた。

「人任せにできないレベルの超精密手技なくせに単純作業なのよ。うんざりするわ。
人がたいへんな思いをしている横でぐーぐー眠られたらたまったものじゃないから、
おまえも今日は麻酔なしでつきあってもらうよ」

ドクター・ペインがチューブの一本を手にする。極微の針がきらっと光った。腰の
一部にチクリと蚊に刺されたくらいの痛みが生じる。そのむず痒いような感覚がう
ねうねと肉の奥に分け入ってきて、僕の股関節に突き進む。モニターに目をやると
肉の中を這い進む針の映像がはっきりと見えた。関節に針が入ってくる気持ち悪さ
といったら。ドクター・ペインの手が次々と針をつかみ、チューブを引き出しなが
ら僕の視界の下の方へ導いていく。そのたびに股関節のあちこちにチクリとした痛
みが増殖していった。何本の針が埋め込まれていったことか。僕の両股関節は無数
の針とチューブで埋め尽くされイソギンチャクのようになっていることだろう。

「準備完了ね。さて、軟骨を溶かしましょう」

低く腹に響く器械の振動音がして、チューブの中の紫色の液体が、上から追加され
た透明な液体に押し下げられていくように見えた。紫色の薬品なんて、毒にしか見
えない。そんなものが無数の針先から僕の股関節に流れ込んでくると思うと堪らな
く怖い。薬液が注入されるぶわっとした圧痛を感じる。たちまち股関節の奥深く、
骨の中で焦げるような熱さを感じた。僕の軟骨が溶かされている。関節炎を患った
かのような痛み。しかし痛みなど、今までに味わってきたそれに比べればどうとい
うことはない。僕を蝕んでいたのは、吐き気がするほど巨大な虚無感だった。器械
の振動音がいったん停止し、次に聞こえた音は先ほどに比べて微妙にくぐもってい
た。紫の薬剤と溶けた軟骨が混ざりあったものなのだろう、毒色の液体が、針から
チューブへ吸い出されていく。溶解された肉体とともに、魂の一部が吸い出されて
いくような気がした。軟骨を抜かれた股関節が軋るように痛む。数度に渡って薬液
の注入と吸引が繰り返され、その後も、患部を洗浄しているのだろう、透明な液体
が注入されては吸引された。

「順調ね。いよいよセラメタルが注入されるわよ。かなり熱く感じるでしょうね」

ドクター・ペインがトンボゴーグルを調整しながらいい、僕は身をすくめてショッ
クに備えることもできない状態で、溶けた金属を流し込まれるに等しい激痛を待つ
しかなかった。チューブを今度は白い液体が流れくだる。そして・・・仕込まれた
火薬が爆発したかのような激痛が、僕の脳天に突き抜けた。脚全体を押し下げるよ
うな内圧を感じ、関節の骨の表面が酸で灼かれているような激痛が続く。あまりの
痛みに肛門が縮み上がり呼吸していないことに気がついたのは、無限にも思える十
分間という時間が経過し、関節内でセラメタルが凝固し終わった後だった。体内の
予備呼吸システムのありがたさを感じる。

股関節、膝関節、足首、足指の第一関節、第二関節、付け根。繰り返されるドクタ
ー・ペインのぼやきと激痛。軟骨だけでなく、脳まで溶けてしまったのではないか
と感じるほど疲労困憊させられる。その繰り返しに小休止が訪れたのは、両脚のす
べての関節硬化が終わった後だった。

僕の肛門を初めて犯した男、介助士のロジャーが僕の視界に現れた。ドクター・ペ
インの前で相当緊張している様子だ。僕の身体を固定しているストラップを外しな
がら、目がうろうろと落ち着かないでいる。ロジャーが僕の脚の指をつまみ、上衣
の上から筋肉の盛り上がりがうかがえるほど力を込める。先細りに整形された僕の
細い足指はつんと爪先をそろえたままびくとも動かなかった。足指のすべての関節
がゴリラ男の筋肉全開で試されたが、処置は完璧だった。足首も膝も股関節も、鉄
格子くらいなら易々と曲げてしまいそうなほどの怪力ロジャーですら、しなりさえ
しなかった。ロジャーが僕の右脚を脇に抱え上げたとき、僕の脚と身体は一本の棒
のように空中に浮き上がった。

鉄格子ですら曲げてしまいそうなロジャーの怪力ですら、僕の小指の関節を曲げる
どころか、骨を折ることもできないなんて、関節のセラメタル化もさることながら、
僕の骨格に施された強化処置も驚くべきものだ。息を荒げ、額に汗の玉を浮かべた
ロジャーが下がっていった。プライドを傷つけられた顔をしている。

ドクター・ペインが戻ってきて、僕の足指をつまむ。ぎゅっと引っ張られたとたん、
ロジャーの怪力ですら曲がらなかった関節が、くねりとあっけなく曲がる。曲げる
ためには、かなり強く引っ張らなければならないようで、ドクター・ペインは最初
に1カ所だけ自らテストしたものの、後は別の介助士に引き継がせた。僕の脚の関
節はひとつずつ引っ張られ、曲げられていった。関節に引く力が加わると、関節の
中でゴムが弾むような不思議な膨張感が起き、粘つくような感覚とともに自在に曲
げられてしまう。手が放れるや、吸飲されたかのように関節が疼き、瞬時に硬化し
てしまう。液状化した後、硬化するまでの時間は数秒で、引っ張る力に比例して硬
化するまでの時間が延びるようだ。そんなテストがひとつの関節につき100回以
上、様々な角度で曲げ伸ばしされ、延々と繰り返される。1時間以上もの間、施術
は中断され、すべての関節が完璧にセラメタル化されたことが確認された後、よう
やくドクター・ペインが戻ってきた。透視装置とトンボゴーグルとを使って関節内
部の具合を診察する。

「完璧ね。まったく異常なし。次は腕。さあ、面倒はさっさと終わらせましょう」

僕は裏返されて再びストラップされ、肩から順に手指の関節までを硬化されていく。
親指の第一関節が最後だった。処置が終わったとたん、ドクター・ペインが大きく
息をつく。施術開始からほぼ10時間。さすがに疲れた様子だった。激痛に声もな
く泣き叫び続けた僕は、彼女以上に消耗していたが、完全に改造されてしまった僕
の外見には、そんな様子は微塵も顕れない。激痛のさなかでも、曖昧な笑みを浮か
べて大口を開けた間抜け面でいなければならないのは、誰かに理解してもらえると
いう救いさえ与えられていないということだ。

ドクター・ペインはトンボゴーグルを助手の医師にバトンタッチして、退場してい
った。ドクター・ペインの仕事は終わりでも、スタッフはまだ上がれないというわ
けか。ロジャーが現れ今度は僕の手指を折ろうと空しい努力を続けた。ドクター・
ペインが去ったことで気分的には楽そうに見えたが、彼女への恐怖は根深く、手を
抜く様子は見られなかった。骨も折れず、関節も微動だにせず、ロジャーの奮闘は
報われないまま、交代したもうひとりの介助士が引っ張り曲げのチェックを繰り返
す。そのチェックが終わると助手の医師による透視装置の確認があったはずだった
が、僕はすでに深い眠りに落ちていた。

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