rubberdoll  作: 玲
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rubberdoll-18 筋・骨格。

僕の怖れや無力感などお構いなしに、ジェシーは自分の仕事を進めていく。肛門の
器具が外され、口の挿入物を引き抜かれた。黒くて太い棒状のゴムが、ずるずると
30センチも引きずり出される。ぽっかりと開いた僕の口に食餌のチューブが差し
込まれた。口を閉じることのできない僕は、このままではチューブを吸い付けるこ
とができない。ジェシーが鼻の穴のスイッチを入れ、僕の口の肉を膨らませてくれ
てようやく僕は吸うことができるようになった。食欲などまったくなかったけれど、
逆らったって流動食のボトルをポンプされ、強制的に送り込まれるだけなのはわか
っていたから、精液味の流動食をチビチビと吸い込んだ。吸い込むという動作は、
気管が除去されて以来難しくなったが、舌を上手に使えば少量ずつながら吸えるこ
とを学ばざるを得なかった。舌が半分にされて、ますますやりづらくなっている。

「あらあら、吸いにくそうね。まあその方が消化にはいい。なんてね。タミ・ジョ
の場合はもう唾も出ないんだから、ゆっくり噛みしめようが急いで飲み込もうが、
消化具合は変わらないのよね。臭覚もないし、味覚もかろうじて残っているだけだ
し、ヘドロ並みにまずそうだし、この際一気にいきましょうか」

そういうやいなや、ジェシーはボトルを一気に握り潰した。喉の奥に反吐が逆流し
たようなものだ。口腔にゆとりがあれば、それを含んで自分のペースで飲み下すこ
とも可能だったけれど、肉が膨張させられている今は、そのまま食道へ一気に流れ
込んでくる。本来なら人間として最大の楽しみのひとつである食餌は、1秒で終わ
ってしまった。ジェシーには決して理解できないだろうが、僕のような状態にされ
たものにとっては、たとえ残飯のような味の食餌でも、食べるという行為は、自分
がまだ生きていると実感できるよすがなのだ。それを訴えたかった。でも木偶人形
と化して横たわっているだけの僕には、伝えるすべがない。

できるなら食餌の後の水分補給はじっくり舐め回すように味わって飲みたい。それ
は切実な願いだった。流動食のボトルを引き抜いた後、ジェシーは水のボトルを僕
の口に突き込み、つと僕の横に回って何かの準備を始めてくれた。願いが叶うこと
もあるものなんだ。僕は心ゆくまでチビチビと清純な水を味わった。舌を動かすこ
とで、口内のイボと襞が微かに擦れ合い、ほんのりとした快感も生じてくれる。ジ
ェシーのちょっと音程に難のある鼻歌を聴きながら、ささやかなボトルの水を吸い
尽くす頃には、ミイラから腐乱死体くらいにまで気力が回復した。

飲むものがなくなっても、舌を動かす動作をやめられない。快感があまりに微妙で
むずむずと落ち着かないせいだ。むずむずするといえば、さっき勝手に膨れあがり
動いていた直腸の余韻で、肛門の奥が火照り、こちらもどうにもむずむずする。舌
の動きと同調するように、肛門をぎゅっと締めつけてみた。イボと襞が絡まり合っ
て、もし気道が除かれていなければ喘ぎの息を漏らしていたくらい快かった。ふと、
腸の奥にわずかな膨らみを感じる。どうやら直腸弁から排出される呼気が奥に溜ま
っているようだ。肛門の力を緩めてやると、すうっと抜けていく。それが溜息のよ
うでおもしろかった。

僕の身体で唯一自分の自由になる舌と肛門。しかし舌は半分も切り取られ、その状
態に慣れていない今は、口腔内で盛り上げるのが精一杯というありさま。自在に動
かせるという充足感はないし、今後も以前のように動かせるとは思えない。それに
比べて肛門は、開いたり閉じたり、吸い付けたり押し出したりと自由度が高いのが
嬉しい。

「さてもうお食餌タイムはおしまい。筋肉の変質具合のテストをしなくちゃならな
いの。電気を使ってテストするから、変質の度合いによってはピリピリするかもし
れないけど、筋肉リハビリの電気刺激に比べたら蚊が刺したくらいの電流だから安
心してね。肛門と直腸の手術の後、筋肉固定処理をしたのよ。その術後チェック」

口のボトルを引き抜いた後。ジェシーは僕の視界の外に手を伸ばす。スイッチを入
れる音、ピッと鳴る器械音が聞こえた。ジェシーが両手にコードの付いた金属棒を
捧げ持つ。

「これを、お口とお尻に差し込むと、ちょっとピリピリするけど我慢してね」

口の中に金属棒が入ってきた。金属イオンの味がする。それほど深くはなく、テー
プで固定された。続いて肛門にもヒヤリと金属の質感。確かに粘膜にピリピリした
刺激があったけれど、どうということはない。ジェシーが今度はタブレットペンの
ようなコード付きのペンを手にした。そのペン先が僕の耳の後ろに当てられると、
横からガイガーカウンターのノイズに似た音がかすかに聞こえだす。ペン先が僕の
首筋にそって降ろされると、ノイズ音も微妙に変化するものの、音量はほとんど変
化がない。

「この器械で、あなたの筋肉の電気の伝導性を計っているわけ。肛門と直腸の機能
拡張手術後に3日掛かりで、全身の筋肉に特殊なシリコン剤を注入したの。身体中
の筋肉が強張った感じがしてるでしょう。あなたの全身の筋肉は、顔と同じように、
完成したフォルムを保つため、生きたままゴム質に置換され、固定されてしまった
のよ。私も専門的なことはチンプンカンプンなんだけど、細胞が生きたままゴム化
してるんだそうよ。えーと、細胞膜もそうなんだけど、細胞の中にあって細胞の形
や変形具合を決める細胞骨格っていうたくさんの繊維が、ゴムでコーティングされ
たみたいになって伸縮性がほとんどなくなるんだって。ゴムなんだったら伸縮性が
増してもいいように思うんだけどね。そのせいで細胞の変形性が低くなって、特に
細胞が伸び縮みすることで動く筋肉が動かせなくなるという仕組みなんだそうよ。
もうどんな刺激を与えても筋肉が盛り上がることもなければ、どんなに運動不足で
も筋肉が細ってしまうこともない。死ぬまでタミ・ジョの正確な複製としてのプロ
ポーションを維持できるんだって。タミ・ジョはこんな説明でわかるのかしら。私
より頭は遙かにいいはずだから大丈夫かな。ほら、こうして揉んでみると、硬くも
なく柔らかすぎもせず、吸いつくみたいに弾力があって最高の感触よ」

細胞膜まではわかったけど、細胞骨格って初めて聞く言葉だった。細胞の中に骨が
あるわけないし、想像もつかない。しかし、つまりは、僕がどんなに必死に筋肉を
動かそうとしても、筋肉が反応することはないという悲惨な状態にされたことだけ
はわかった。脊椎や神経が損傷しているわけでもないのに全身麻痺状態になったと
いうことだ。それでも言葉だけではあきらめきれず、僕は全身のありとあらゆる筋
肉を動かそうと試してみた。動くのは舌と喉の奥の筋肉と肛門だけ。どちらも男の
精液を取り込むのに必要な筋肉ということだ。それ以外はぴくりとも動かせなかっ
た。ジェシーのチェックは僕のチェックよりもはるかに時間がかかるようだ。ジェ
シーがせっせと僕の身体をペンでなぞり、チェックシートに結果を書き込んでいる。

「うふう。ようやく半分。ちょっと休憩。人間の筋肉ってなんでこんなにいっぱい
あるの。400カ所もチェックしなくちゃならないなんて」

電気ペンを僕の乳房の間に放り出し、床に座り込んだ。天井方向に向けられた僕の
視界からは見えないが、ライターの音とともに天井へ登る煙が見えた。おいおい。
看護婦が病室で喫煙していいのだろうか。

「ふう。昨夜は当番で、介助士どもに乗られまくって、腰がカクカクなのよ。寝不
足だし。まったくゴリラなんだから。とんでもない体位を取らされて骨が折れるか
と思ったわ。でも、あれだけ精力絶倫だと、こっちもとことんイキまくれるから文
句もいえないけどね。ああ、骨が折れるといえば、タミ・ジョの骨の強化軽量化も
同時に行われたことをいい忘れてたわ。薬でいったんタミ・ジョの骨を軽石みたい
にスカスカにしてから、そこに特殊なセラミックを流し込んで骨に融合させる、と
しか知らないんだけど。タミ・ジョの骨は、もう鋼鉄並みに硬くて羽のように軽い
セラミック骨格に変化しているのよ。骨が成長したり変形したりして、せっかくの
造形美が崩れることもないようにだって。ドクター・ペインって偏執的なまでに完
璧を目指すからねえ。スタッフもピリピリしてたいへん。でもその分タミ・ジョも
生存率が上がるってことよね。さて、まだ200カ所以上残ってるのよね。せっせ
とやらなくちゃ、ドクター・ペインに実験材料にされちゃうわ」

ジェシーは話す気力もなくなったようで、沈黙のうちに僕は裏返され、身体中をな
ぞられ続けた。400も筋肉があるとは知らなかった。内臓を動かす筋肉まで固定
したら心臓も動かなくなって死んでしまうだろうから、筋肉全体ではもっと多い数
字になるのだろう。ご苦労様、ジェシー。そしてご愁傷様、僕。筋肉も、骨までも
が、改造されてしまったというわけか。涙腺が取り去られていたから、そんな哀れ
な自分に涙を流してあげることもできない。口から息を吐くこともできないから、
ため息をつくことすらできない。なにひとつできない僕は、ひたすら鉛色の諦めの
情に心を沈めるしかなかった。1時間後、ジェシーのチェックがようやく終わり、
僕の筋肉はただの飾りになってしまったことが科学的に裏付けられた。

「完全な超過勤務だわ。でも、これでしばらくタミ・ジョとお別れだと思うと寂し
いわね。あなたもこの療養室とはお別れよ。なごり惜しい・・・わけはないわね」

ジェシーとお別れ。でもしばらくということは、まだまだ僕は看護を必要とされる
状況が続くということか。でも、療養室とお別れということはもうこれ以上の手術
はないということなのだろうか。ジェシーが僕の視界の外で誰かと話している。携
帯電話かインターコムのようだった。

「こちらはオッケーよ。後はよろしく」

ジェシーが僕を覗き込み、鼻の頭に別れのキスをした。

「じゃあ、可愛がってもらうのよ」

いったい誰に?

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