rubberdoll  作: 玲
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rubberdoll-17 肛門。

目が覚めたとき、条件反射のように痛むところを探す。ここに誘拐されてきてから
身に付いてしまった悲しい習性だった。肛門とその奥が疼く。とはいえ、以前の手
術後のような激痛ではなく、少々鬱陶しいといったレベルに過ぎない。切り刻まれ
た直後ならもっと強烈な痛みだし、今の痛みは術後3日を過ぎて接着が完了しかけ
た頃の疼きに似ている。とすればその間眠らされていたということなのだろうか。

痛みとは違うが、全身が重苦しく痺れたような感覚もあり、それも不快なものだっ
た。筋肉トレーニングを限界まで行った後の、筋肉痛になりかけの状態みたいだ。
電気による筋肉リハビリを受けた後の脱力感に似たものもある。しかし、筋肉リハ
ビリは僕の筋肉をタミ・ジョ人形とまったく同一のフォルムに形作るために行われ
て、その目的は達成されたはず。これ以上筋肉を刺激してわざわざ完璧に一致させ
たフォルムを崩すはずもない。

瞼を降ろされているので何も見えない。身体はいつものゴムスーツに包まれている
ことが感触でわかった。口に何かが押し込まれている。それは喉を通り抜け食道に
まで入り込んでいた。食道が押し広げられている膨満感をがあったが、喉が詰まっ
たときの苦しさはない。それは僕の喉にしっくりと収まっていた。これもまた長時
間強制的に眠らされていた証拠のような気がする。体を動かそうとしてみたが、い
つも通り動かない。それで僕は筋弛緩剤を投与されているのだと思い込み、無駄な
抵抗はあきらめて、くらげのように全身の力を抜いた。一体何をされたのか。見当
もつかず、当惑したまま時間だけが過ぎていった。

睡眠は充分だったから眠ろうにも眠れず、ただぼんやりととりとめもなく時間を過
ごした。一種の瞑想状態に似ている。望みもしないのに瞑想のエクスパートにされ
てしまったわけだ。漂う意識が過去の記憶に触れようとしても、無意識でそれを避
けることができるようになっていた。こうなる前の人生の記憶を不可触領域として
封じるすべを覚えなければ、抱えきれない大きさの絶望と後悔が触発されてしまう
から。思考停止と記憶の封印は、心を護る自衛本能のようなものなのかもしれない。

意識が感情を掻き乱す領域に抵触しかけたとき、意識を逸らせ、思考停止するため
のよい方法として、僕は自分の体内の音に耳を澄ます。鼓膜がなくなっても体内音
は聞こえる。意識を集中すればかろうじて聞こえるレベルに過ぎないけれど、規則
正しいリズムが僕を安らげる。心音だけでなく、ときには腸内へ流出した尿がぐる
ると逆流していくのもわかる。呼吸音が二度と聞けなくなってしまったことが寂し
いかった。肺いっぱいに満たされたフルオロカーボン液が緩やかに循環する音や、
それを促す人工呼吸器のポンプ音は、あまりに微細で聞き取ることはできなかった。

途中何度か眠ってしまったかもしれない。意識レベルが低下していると意識の断裂
にすら気づかないことが多い。今の僕の境遇では、そもそも意識など不要とされて
いるし、意識レベルの低下は長い長い待機の時間を過ごしやすくしてくれるありが
たい状態だった。それでもなすすべもなくただ存在し続けるだけという状態は嬉し
いものではない。人間は刺激を遮断されては生きていけない動物なのだろう。

だから、ドアが開いてジェシーが入ってきたとき、たとえ彼女がどんな悲惨な未来
を告げにきたとしても、刺激を歓迎する心が弾むのは自然の反応だった。目が使え
なくとも、クッション床が踏まれることで床全体が波打ち、その波打つリズムの陽
気さですぐにジェシーだとわかるほどに僕はこの境遇に馴染んできていた。

「ご機嫌いかが、ハルキ・・・じゃなかった、もうタミ・ジョというべきね」

僕が目覚めていることが当然という口調で、ジェシーが声をかける。うなじに手が
当てられ、上体が直立するまでに起こされた。着せられているゴムスーツのジッパ
ーが頭頂から一気に尾骨まで引き下げられ、つるんとブドウの皮を剥くようにスー
ツが脱がされた。裸体が外気に露出し、ひんやりとした空気を感じる。ここに誘拐
された時は夏。いまはもう秋なのかもしれない。

瞼が押し上げられ、僕はようやく目が使えるようになった。ジェシーが僕の顔の前
で手を振っている。ジェシーの笑顔をよく見る暇もなく、僕は床に倒し込まれて、
天井しか見えなくされてしまった。スーツの下半分が引き抜かれ、両脚が高く持ち
上げられる。まるでオムツ替えの赤ん坊扱いだった。

肛門の奥で呼吸管が外された音が内臓に響き、抜き取られると同時にもっと太い筒
が差し込まれた。キリキリとネジを回す音がして、肛門が押し広げられていく感覚
があった。痛みに備えて緊張したが、痛みはなく、妙齢の女性の前で、開かれた肛
門を股間を大股開きに晒している恥ずかしさだけが残った。鼻息を股間に、そして
直腸の空洞の中に感じた。ジェシーが僕の肛門に顔を近づけ、覗き込んでいるのだ。

「綺麗ねえ。植え込まれたイボがびっしり、ピンク色に光ってるわ。襞もぶるぶる
震えてる。接着は完璧だし、組織の融合も完了しているようね。もう痛みもない頃
よね。じゃあと、動作テストしてみましょうね」

ジェシーが胸のボールペンを抜き取り、その軸先を僕の左の鼻の穴に突き込んだ。
お腹の中で蛇が暴れ出したかのような感覚があった。その蛇が僕の直腸に何重にも
巻き付き、締め上げていくような感じ。見えない手に直腸を握りしめられ、リズミ
カルにしごかれているようだ。

「うわお。凄いわ。腸がもみくちゃにうねってる。膨らむだけじゃなくこんなにも
動くのね。肛門鏡がつぶされそうだわ。あらあら、いけない、つい見とれちゃった。
えーと、直腸膨張させても出血なし。内出血もなし。目だった引攣りも捻れもなし。
目視した限りでは異常なしね」

再びペンが鼻の穴に突き込まれ、カチッとスイッチが切られた。下腹の中の蛇が収
まる。なんということか、口だけじゃなく直腸までイボだらけにされ、膨張して蠕
動する機械仕掛けにされてしまった。恥ずかしさのあまり肛門がキュッと締まり、
突き込まれた器具をミシリと軋ませる。弛緩剤を投与されていると思いこんで試そ
うともしなかったが、肛門が動かせるということを、僕はその時初めて知った。ふ
と思い至って舌を動かしてみる。口に嵌め込まれた物が舌を強く圧迫していたが、
わずかにひくつく気配があった。弛緩剤を投与されていたらすべての筋肉が動かせ
なくなるから、肛門と舌が例外的に動かせるなんてことはないはず。弛緩剤は投与
されていない。ならば身体が動かないのは何故だ。全身の筋肉が重く痺れているよ
うな、張り詰めているようなこの感覚が何か関係しているのは間違いない。いった
いこの上どんな酷いことをされてしまったのだろう。

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