rubberdoll  作: 玲
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rubberdoll-16 口。

自己憐憫に浸る僕の心情など、ドクター・ペインにとっては道ばたの蛆虫の悩みく
らいなもの。伸ばしていた指示棒を縮め、その先を僕の右の鼻の奥に突き込んだ。
カチッとスイッチの入る音が頭蓋に響いた。そのとたん、僕の口の内側の肉がうね
うねと動きだす感触があった。何が起こっているのか感触だけではわからず、モニ
ターの中のタミ・ジョの口に目を凝らす。最初は変化が見えなかったが、すぐにそ
の口蓋、頬の内側、そして舌までもが膨れあがり、開いた口の奥に、周りから膨ら
む肉が見えだした。肉の表面に大小無数の襞とイボが浮き上がっている。ぽっかり
開いていた口腔の内部が、上下左右から膨れあがる肉でみるみる塞がっていくのが
わかる。ついにはまるで肛門のような肉の蕾を残して、僕の口内はイボ肉に満たさ
れた。

「これが鼻に仕込んだ仕掛けの成果よ。この仕掛けがあればおまえの口は究極のフ
ェラチオ道具となるの。おまえの顎関節は融合したうえにチタン合金で固めたし、
唇の中には特殊な樹脂素材のマウスピースリングを埋め込んで、唇の開き具合を永
久に固定してある。最先端の技術を駆使して芸術的に造形したタミ・ジョの顔を完
全に固定し、変形したり崩れたりしないように、顔面だけでなく頭部全体と頸の筋
肉をすべて、細胞シリコン変成処理して固めてしまったから、表情を作ることも、
口を閉じたり唇をすぼめることもできなくなっているわ。舌だけは奉仕のためにお
まえの意志で動かせるけれど、人形なのに口から生きた舌が伸び出してばたばた動
くなんておかしいから、半分の長さに切り詰めて口から出すことができないように
なってる。歯茎の骨は削り取って、代わりに柔らかな肉細胞を移植し、当然歯は全
部抜いて、代わりに飾りのゴム製の歯を植えてある・・・とまあ、タミ・ジョの造
形として必要なことだったけれど、口が開きっぱなしではただのゆるい穴になって
しまって、殿方の性処理道具として優れた奉仕ができないということになってしま
う。それを一気に最高の道具にしてくれるのがこの仕掛け。どんなサイズのペニス
にもきつくフィットして、最高の快感を与えることができる。ほら自分で感じてご
らん」

フェラチオ。男のペニス。そういわれて僕の身の毛がよだった。いやだ。気色悪い。
助けてくれ。死んでもそんなもの口になんかしたくない。

僕の心の中の絶叫などお構いなしに、ドクター・ペインは僕の腕の拘束を外し、そ
の手を取って持ち上げた。持ち上げられた手の中指を引き起こし、その指を僕の口
に差し込む。イボのコリコリした感触が指に伝わる。まるで握りしめられたかのよ
うに肉襞が絡む。確かにきつく、よく締まっている。唾液の代わりに口腔を潤して
いる油のせいか、滑りもよく、同時に吸いつくような感覚もある。そして何より驚
いたのは、そんな恐ろしい有様に変形していながらしっかりと感覚があり、指で擦
られるイボと襞から鈍く快感が伝わってきたことだった。ペニスの先端を嬲られた
ときの感覚に驚くほど似ていた。神経が混乱して、まるで切り取られたはずのペニ
スが付け戻されたかのような錯覚が生じる。一瞬の戸惑いが過ぎ去れば、その感覚
が口から発していることがわかる。それでも快感は快感。指が引き抜かれて刺激が
なくなったとき、心のどこかで物足りなく思った僕は、あさましい生き物だろうか。

「とってもそそるでしょう。間抜けなほど大口を開けているその顔は、過激なほど
滑稽で、エロティックで、アブノーマルだから、どんな男もその口にペニスを啜ら
せたくて堪らなくなるはず。そしていったん味わえば、その口の機能は男を狂わせ、
虜にしてしまうでしょう。おまえにとって男のペニスをしゃぶるなんて、今はまだ
おぞましい行為だろうけど、そのうちにはおまえも突っ込んで欲しくて堪らなくな
るだろう」

いやだいやだいやだ。男のペニスなど絶対にいやだ。絶対に絶対にありえない。そ
んなものに慣れることなどありえない。ましてや自分から欲しがることなんて。土
下座してでも勘弁して欲しかった。

「自分から男を欲しがるなんて絶対にないと思っているだろうね。でも保証するよ。
その根拠はね、おまえの口の中に移植されたイボや襞は、切除したおまえ自身のペ
ニスの亀頭部をクローンして造り出したものだからさ。神経接続は今のところ外科
的に可能な基幹部分だけだけれど、時間とともにで末梢神経が増殖していくから、
神経が回復すればおまえは口の中に200本ものペニスを生やしているような状態
になる。それらがいっせいに擦りつけられるときの快感の総量を考えてごらん。豚
みたいにペニスを貪るようになるのは間違いないでしょう」

そんな最悪な生き物にはなりたくなかった。僕はどんなに身体を変えられようとも
僕でいたかった。しかし、ドクター・ペインのいうことがほんとうなら、僕は心ま
で変えられてしまう。それだけはいやだった。僕は神に祈った。自分の現在の状況
を考えれば、神などいないと思い知らされても、祈るしかなかった。

「泣きたいでしょうねえ。おまえはホモでもアブノーマルでもなかったからねえ。
でも、内心でどれほど泣いていようが苦しんでいようが、固定された顔はいつでも
物欲しそうに口を開いて、アルカイックに微笑み続けていられるわ。よかったわね」

ドクター・ペインは悪魔のように笑った。ぽかんと間抜けに口を開け、微笑んでい
るような、放心しているような、エクスタシーに恍惚としているような、ぼんやり
しているような、無表情とはわずかに異なる、アルカイックな表情のまま、僕はこ
れから生きていかなければならないんだ。モニタから目を背けたかった。目をつぶ
って現実を閉め出したかった。

「さて、今日の手術はたいしたことはないから、さっさと済ませてしまいましょう」

ドクター・ペインの手が僕の目にかざされると、瞼が押し下げられた。残酷な現実
を見なくてもよくなる。これだけはドクター・ペインに感謝したい気持ちだった。

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