rubberdoll  作: 玲
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  rubberdoll-15 顔。

ジェシーが離れ、代わってドクター・ペインが近づいてくる。その後ろからスタッ
フが、大きなモニタをキャスター付きの台に乗せて運んできた。横から別のスタッ
フが三脚に乗ったビデオカメラを持ち込み、僕の正面に据え置く。モニタはそのカ
メラのわずか斜め後ろに置かれた。

「レーザーの計測でも誤差はゼロだったわ。完璧なタミ・ジョゥのフォルムよ。我
ながら完璧な仕事だわ。おまえにもこの素晴らしい技術の成果を見せてあげましょ
うね。なんといっても、これからこの顔で生きていく当人なんだから。このモニタ
で見るといいわ」

誇らしげにドクター・ペインは笑い、手を伸ばしてビデオカメラのスイッチを入れ
た。モニターの中に、大口を開けた、この世の物とは思えない不思議な女の顔がア
ップで映し出された。口がOの字にぽっかりと開いている。小さく真っ白な歯列が
わずかに覗き、完璧な曲線を描いている。眉も睫も髪の毛もないせいで珍妙さが際
だっているが、その顔は滑稽であると同時にひどくエロティックで、しかも何故か
妖しいほどに美しかった。

それが僕の新しい顔。もう以前の僕の面影など微塵も残されていなかった。僕の目
はこんなに大きくはない。いや、どんな人間の目だってこんなに大きくはない。目
尻がゆるやかに切れ上がり、くっきりした二重瞼が刻まれている。いったいどのよ
うにして造り上げたのかはわからないが、ふた回りも大きくなった紫色の瞳が、キ
ラキラと緑の星を輝やかせて異彩を放っている。真剣な眼差しにも見えるし、微笑
んでいるようにも、妖艶に誘っているようにも見える。

妖精のように美しい鼻筋が通り、鼻先は小悪魔のようにつんと跳ね、小鼻は物足り
ないほど小振りな形に変えられていた。顎は細く削られ、頬骨はやや高く造成され
ていた。顔が一回り小さくなっている。それは現実と非現実の端境にあって、絶妙
なバランスでデフォルメされた顔。現実にいそうでいない人形独特のバランスが具
現されていた。完璧な左右対象の造形が、現実には絶対あり得ない強烈な印象をも
たらしている。天才人形作家の狂気が造り上げた芸術。この世にふたつとない個性
的な美しさが強調され、見る物の心を強烈に引きつけ魅了する。何かを訴えようと、
あるいは何かを待ち受けるようにぽっかりと淫らに開いた口ですら、その造形の重
要なファクターのひとつに見える。異常の美。だからこそ磁力のように万人の目を
吸い付けて離さない。睫と眉がないものの、まさに狂った天才人形作家が魂を削っ
て造り上げたセクサドール「タミ・ジョ」の顔がそこにあった。

「外見だけ似せるのなら、そこらの整形外科医でもできるでしょう。でもそれでは
出来損ないの似顔絵みたいな模倣品でしかないわ。ジュリア・Jの狂気の妄執まで
完璧に再現するためには、頭蓋骨の修正が重要なの。そうでなければ完璧な左右対
称にはならないしね」

ドクター・ペインはその狂気を目に煌めかせながら、指示棒で僕の頭をこんこんと
叩いた。なにか今までと違う硬い響きがある。

「おまえの頭蓋骨は、タミ・ジョのフォルムに削られた後で、全面にチタン合金を
融合させて固定化してある。金属の鋳型に嵌め込まれたようなものだから、今後骨
自体の自己修復や成長でせっかく造り出したフォルムが変形したりすることはない。
二次的な効果で頭蓋骨の強度が増したから、たとえプレス機に頭を挟まれても頭蓋
骨が破損することもない。脊椎も同じ処理がなされているから、脳や脊椎の損傷を
心配する必要もないわけね。不注意の事故などで壊れることなく、人形としての役
目を全うできるわ。嬉しいでしょ」

指示棒の先が僕の目に向けられた。

「最大の難関がこの目だったわ。人形が瞬きしてはおかしいでしょ。といって常時
目を開いていると、瞬きによる涙の循環ができなくなって最悪失明ということにも
なりかねない。おまえのオーナーに、つきっきりで目に目薬を差すなんて手間をか
けさせるわけにはいかないしね。目を開いたままで瞬きせずとも目の表面に拡がっ
て涙の代わりをする物が必要だったの。これにはまったくの新技術を開発するしか
なかったわ。まずタミ・ジョの特徴でもある大きな目を再現するために、おまえの
眼球を引きずり出し、組織を柔らかくする薬品で処理したうえで液体シリコンを注
入して膨らませた。実際はもっと複雑な過程があるんだけど、おまえの理解を超え
そうだから簡略化して話しているんだけどね。膨らませた眼球をポリマーコーティ
ングして膨張状態で固定化させたの。このポリーマーコーティングこそが第一の画
期的な発明なのよ。そして涙に代わるフルオロカーボン混合オイルが第二の画期的
な発明。不要な涙腺を除去した後の穴から流れ出すフルオロカーボン混合油が、ポ
リマーコーティングのミクロの分子孔を通して角膜に必要な酸素や電解質などの養
分を供給するのよ。混合油は界面張力が非常に高いから、ほんの少量流してやるだ
けで眼球全体の表面に拡がってくれる。ポリマーと混合油を開発するために実験体
が何人失明したことか。でもそのおかげで、おまえは永遠に目を開いたままで生き
ていけるんだから、犠牲になった実験体に感謝するのね」

突然、指示棒の先が僕の目玉を軽く叩いた。手の平を突かれたほどにしか感じない
けれど、反射的な恐怖感は抑えようもない。弛緩剤で抑制されていなければ、転倒
するほどのけぞっていただろう。

「ほら、ポリマーのおかげでこんなことをしても眼球は傷つかないし、痛みもない
だろう。なにもしなければポリマーは透明だけど、色素を混ぜれば着色することが
できる。おまえの瞳以外は不透明な白にしてあるから、元々のおまえの眼球に走っ
ていた血管も見えなくなって、よりいっそう人形の目に近づくというわけ。虹彩に
色素を注入して色を変え、眼窩を削って拡げ、眼球同調器を眼窩内に仕込んでから
眼球を頭蓋内に戻す。眼球同調器というのは初めて聞く言葉よね。せっかく瞬きを
できなくしたのに目がきょろきょろ動いていたら台無しでしょう。だから眼球を動
かす筋肉を取り除いて、大きくなった眼球のスペースを確保すると同時に、眼球を
自力で動かせなくしたわけだけど、それだけだと眼球自体の重みや身体が動くとき
の惰性やら振動やらで右目と左目がバラバラにずれてしまうから、簡単にいえば車
の車輪のように左右の眼球をポリマーの細いシャフト2本で繋いで眼球が簡単に動
かないように保持すると同時に、片目を動かせばいっしょに他の目も動くようにし
たわけ。仕上げに涙腺を取り除き、その穴を利用して混合油の供給と排出のための
パイプを埋め込んでようやく完成。眼球だけでこれだけの手間がかかっているのよ。
まあ、感謝しろとはいわないけれどね」

このいたぶりのようなドクター・ペインの長広舌から解放してもらえるなら、感謝
でも土下座でもしたい気分だった。でもドクター・ペインの自慢はまだまだ続いた。
指示棒が下に移り、僕の新しい高い鼻を突く。

「おまえの鼻は見ての通り。猿のようなジャップの鼻と決別できて喜んでいるだろ
うね。シリコンなんて原始的な方法は使っていないから感触もいい。人工培養した
おまえ自身の軟骨を移植してあるからね。でも鼻の改造のメインは、鼻の中、見え
ない部分にこそあるの。精密器械技術と人工生体器官技術の融合。口からも鼻から
も呼吸する必要のないおまえにとって、鼻腔はまったく無駄な空間だし、不要な鼻
水などもそのままにはしておけないからね。鼻腔の内側は完全にポリマー処理して、
その空間に3つの人工生体器官を詰め込んである。ひとつは、目と開きっぱなしの
口へ、フルオロカーボン混合油を供給するための貯蔵袋と分泌・循環器官。もうひ
とつは、おまえの口を最高の性具にするための仕掛け。そして、それらの器官を稼
動させるための大容量のバッテリー。おまえの呼吸器を動かす生体発電システムの
電力ではさすがにパワーが足りないからね。生体発電システムが故障したときのた
めのバックアップという役目もある」

指示棒が耳の穴に捩じこまれる。

「おまえの耳の穴が充電のためのコンセントになっている。鼻から充電するような
デザインにしてしまうと、おまえの口を使うときにコードが邪魔になるだろう。だ
から耳の穴を加工した。右耳から充電、左耳から油の補給ができる。当然鼓膜は除
去しなくてはならないから、その代わりに超小型スピーカーが耳骨に直接接するよ
うに埋め込んである。マイクは鼻の穴の奥に仕掛けてあるから背後の音は聞き取り
づらくなっただろうけど、前面の音は集音マイク並みによく聞こえるはずよ。無線
マイクで外部から直接声を伝送することもできるから、おまえのオーナーが自分の
声だけを聞かせたいと望めば、鼻のマイクをオフにして外部マイクだけを使うよう
にすることもできるわけ」

頭がくらくらした。まさかそれほど内部まで改造されていたなんて、思いもよらな
かった。どんな惨状からも目を逸らすことができず、もう自分の耳で音を聞くこと
もできなければ、匂いを嗅ぐこともできない。頭蓋骨も脊椎も金属で覆われ、もは
や僕は機械仕掛けのカラクリ人形だった。

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