rubberdoll  作: 玲
戻る  次へ  書庫メニューへ戻る

rubberdoll-14 眼球。

「顔型を」

ドクター・ペインの声が響き、僕は飛び上がりそうになった。声を聞くだけで蛇に
睨まれたカエルのような心境になる。なにやら顔に固い物が被せられた。金属では
ないし、プラスティックのような肌触り。それは僕の顔面に吸着するようにぴった
り嵌った。人が動く気配がする。僕のできたての顔がいろいろな角度からチェック
されている様子だ。

「顔の形成は完璧ね。顔型と顔面の間には空気の小泡すら生じてない。我ながら会
心の出来だわ。オーケー。では、目をチェックしましょう」

僕の瞼が押し広げられた。部屋の照明がそのまま目に突き刺さって、激痛が走る。
僕を拘束しているストラップがぎしっと軋んだ。普通なら顔をしかめ目を細め涙を
流すはずなのに、僕の顔面は皮膚の下に粘土を詰め込まれているかのように重く無
反応で、目を細めることはおろか苦痛に顔を歪めることさえできなかった。何故か
涙すら流れ出さず、瞼をしばたく代わりに眼球を横に逃がそうとして、眼球がぴく
りとも反応しないことに気がついた。

ふと影が差し、痛みが減じて目の焦点が合ったとたん、僕の目を覗き込むドクター・
ペインの剃刀のような美貌がクローズアップされた。その冷たさにぞくっとし、続
いて指が一本、僕の目に迫ってくるのを見て、心底震え上がった。指が僕の右の眼
球に押し当てられる。鳥肌が立つような感触があったが、予想していたより鈍い。
小さなゴミが入っても目を開いていられないくらい痛いのに、指が丸々押し当てら
れても、痛みはなく違和感があるだけというのは不思議だった。

その指が僕の眼球を横に押した。視界が横に逸れ、ドクター・ペインの後ろに立つ
ジェシーが見えた。眼球が接着でもされているのではと思っていたが、そうではな
いことがわかった。ではそもそも眼球を動かすための筋肉が麻痺している、という
ことなのだろうか。

「瞳孔反応も良好。眼球同調の仕掛けもいいようね。潤滑オイルの拡がり具合をチ
ェックする」

眼球同調なんて初めて聞く言葉だった。右目と左目がいっしょに動くのはあたりま
えだと思うけど。ドクター・ペインの口振りでは、いまは何か機械的な仕掛けで動
かさなければならなくなっているようだ。何だか気味が悪かった。視野の中でジェ
シーが動き、ドクター・ペインに白い布を手渡すのが見える。なんだろうと思って
いると突然右の視界が真っ白になり、あろうことか眼球がごしごしと擦られていた。
激痛を覚悟したのに、むず痒いだけだった。しかし、ただのガラス玉のように扱わ
れているものは、神経の通った僕の眼球なのだ。身の毛がよだつような体験だった。
布が離れていったと思ったら、再び指が眼球に押しつけられ、正面を向かされた。
ドクター・ペインの顔が迫り、真っ正面から覗き込まれる。いろんな意味で、心臓
によくないアップだ。

「オオオオオオケイ。油膜の拡がりも良好」

今度は左目が遠慮もなく布で擦られ、また覗き込まれる。両目ともドクター・ペイ
ンの承認を受けた。しかし、いったい油膜ってなんだ。僕の目はどうされてしまっ
たのだろう。見るという機能に異常はない。以前は少し近視気味だったけれど、い
まははるか部屋向こうの器械のボタン表示すら読める。

「ああ、そもそもの機能チェックを忘れていたわね。タミ・ジョゥ、目は見えるわ
ね。手の指で合図しなさい」

無視することなど怖くてできなかった。親指を立てて合図する。

「目の乾燥問題はいちばんの難問だったけれど、試行錯誤の甲斐があったわ。実験
体の方の長期テストも異常は見られないし、これは完成品といえそうね。でもまだ
予断は許さないから観察は念入りにね」

「心得ております、ドクター・ペイン」

ジェシーが畏まっている。ジェシーにしても僕と同様、ドクター・ペインは畏怖す
べき存在のようだ。

「では、念のためレーザー計測をしておきましょう」

僕の肛門に筒具が突き込まれ、しばらくして身体の反応が失せてしまった。筋弛緩
剤を肛門から投与されたのだ。僕の意志や希望など誰ひとり気にしていない。車椅
子が回され、巨大な透明シリンダーが視野に入って、そこが以前一度連れてこられ
た計測室だとわかった。抱き上げられ、シリンダーの中に入れられ、以前と同じ手
順で計測がなされた。レーザーが目に入って失明することのないように、瞼を押し
下げられて、僕の視界は奪われた。いじくり回された眼球には嬉しい施しだった。

僕を固めて固体化した液体は、通電されると元の液体に戻り、シリンダーの底から
吸い出されていった。シリンダーから取り出され、全身を拭き清められて車椅子に
座らされたとき、ジェシーが僕の瞼を押し広げてくれた。奥の方ではドクター・ペ
インが技師と話し合っている。ジェシーがにっこり微笑みかけて、小声で僕の紫と
緑の瞳の美しさを賞賛してくれた。瞳の色まで変えられてしまったのか。何だか深
い奈落のような諦念が僕を呑み込んだ。

戻る  次へ  書庫メニューへ戻る
inserted by FC2 system