rubberdoll  作: 玲
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rubberdoll-13

顔面が火のように熱く感じて目が覚めた。思わず足をばたつかせ、床のうねりでい
つもの洞窟部屋に放置されていることがわかった。術後なのに弛緩剤が使われてい
ない。ゴムスーツを着せられ、手先はミトンにされていたが、手も足も動いた。無
数の針が顔中に刺さってぐりぐりと抉られているようだ。痛みと熱さは感じても、
それ以外のいっさいの感覚がなかった。目が開いているのか閉じているのかさえわ
からない。頭全体が痺れているようだった。

思わず顔に手をやったが、その手は顔の前で固い殻に押しとどめられ、顔に触れる
ことができなかった。痛みをこらえて顔の周りを手探りすると、僕の頭部全体が固
い卵型のカプセルに包まれていることがわかる。さらに探ると、頸から肩へ、そし
て胸の上部までがぴったりと覆われている。どこにも継ぎ目なく、一体化されて、
僕の頸も頭も完璧に固定されていた。

僕はカプセルごと頭を抱えて、かろうじて正座の形にまで起き上がることができた。
ゆっくり跪き、いざる。すぐに柔らかな壁に突き当たったので、その壁に背中を預
けて座り込もうとしたが、尻から伸びたホースが床につかえた。慎重に寸刻みで腰
を落とし、床が柔らかいおかげで何とか座ることはできたが、尻をわずかにでも動
かすと肛門に突き込まれた筒がくじられる。じっとしている方がいいのだろうが、
いまの姿勢ではどうもバランスが悪い。何とか楽な姿勢を探してもぞもぞし、何度
もパイプに直腸をいたぶられた後、ようやく脚を立てた方がホースの角度が具合い
いことを発見した。僕はようやく落ち着けた。できれば立てた脚を抱え込みたかっ
たが、背筋を丸められないこの身体では、突き出した巨大な乳房が邪魔で叶わない。
乳房とはほんとうに鬱陶しいものだ。

身体を起こしたことで患部に怒濤のように荒れ狂っていた血圧がわずかに下がった
のだろうか、痛みも心なしか耐えやすく思えた。なにより身動きひとつできないま
ま激痛に炙られることを思えば、苦しさに身を捩ることができるだけ耐えやすい。
頭が爆発しそうなくらい何もかも痛みにあふれていた時には混沌としていたが、少
し落ち着くと痛みの区別もつくようになった。痛みは顔の表面だけでなく、目の奥
や鼻の奥、口の中、耳の奥にも感じた。

ロックの外れる音とともにドアの開く音を振動として感じて、床のうねりで誰かが
入ってきたことに気がついた。もちろんそれはジェシーに違いない。

「おおおはああああよおおおうううう!ハルキ」

ジェニーが詠うようにいった。その声は耳元でカプセルの中に鳴り響いた。耳元と
いうより耳の中で爆発したみたいな大音量だった。カプセルの中にスピーカーが仕
込まれているのだろう。ジェシーの無遠慮な甲高い声は、拡声され顔面の痛みに突
き刺さる。もっと静かに話してくれ。僕は頭を抱えて反響を少しでも押さえ込もう
とした。

「あ、ごめんごめん、音量調節忘れてた。このくらいで大丈夫よね。どお?」

頭に突き刺さるような音量が、半分以下に下がる。さっきよりはマシとはいえ、音
量がどれほど絞られても、声が痛みを掻き回すことには変わりない。今だけは独り
にしておいて欲しかった。僕は返事もせず、ひたすらうずくまっていた。

「お水が欲しいでしょ。はいどうぞ」

現金なものだ。さっきまでの疎ましさは一瞬で霧消し、ジェシーが天使に思える。
僕の口にはマウスピースが嵌め込まれているのだろう。頭を撫で回したときには気
がつかなかったが、カプセルの口の部分に小穴が開けられているようだ。そこから
チューブが突き込まれる。しかし舌が動かず、口も顎も動かない。吸い付けること
もできず、嚥下すらうまくできそうもない。しかし、ジェシーはそれを見越してい
たのだろう、チューブが喉の奥まで入り込んだところで、栓のようなものが小穴に
嵌り込んだ。ありがたい。入り口が塞がっている方が嚥下しやすいのだ。ジェシー
が容器を握りつけてくれ、喉の奥に冷水の噴出を感じた。喉の細胞が喜びに震える。
動きの鈍い喉を必死で動かして少しずつ飲み下す。気管がないおかげで、むせる心
配がないのは喜ぶべきことなのだろうか。まあいい。今はひたすら1杯の水に感激
すべき時だ。顔の苦痛も一瞬和らぐような気さえした。

「肉だけじゃなく、顔の骨までいじられてるから相当痛いでしょうけど、3日間は
鎮静剤を使えないのは知ってるわね。弛緩剤で安静にしてれば治りも早いと思うけ
ど、せっかく造形した筋肉がまた細っちゃうからそうもいかないし。できるだけお
となしくしててね」

おとなしくなどできそうもない。頭を抱えて上体を揺すり続ける。歩き回り、座り
込み、また歩き回る。眠りたくても眠れず、クッション壁を殴り続け、脚をばたつ
かせる。とにかく体を動かし続け、わずかでも痛みから気を逸らすしかなかった。
へとへとに疲れ切って朦朧となって初めて、切れ切れの眠りに就くことができた。

水分は不定期ながら頻繁に補給された。栄養は12時間ごとに補給されるようだっ
た。栄養補給で1日という時間の把握ができた。2日目には顔の痛みも半減し、3
日目には疼きに変わった。4日目、栄養補給と水分補給を受けた後、僕は尻の管を
抜かれ、部屋から連れ出された。どこへともわからないまま運ばれ、車椅子が止ま
ると車輪がロックされた。カプセルの口穴に何か固い棒が差し込まれ、回されると、
バシュッと空気の吸い込まれる音とともに頭を保護していたカプセルが左右に割れ
た。

そのとたん周りの音が耳に届くようになり、複数の人間の話し声や器械の音が耳に
流れ込んでくる。蒸しタオルで顔や首が清拭された後、瞼を貼り合わせていたテー
プが剥がされた。反射的に目を開けようとして果たせず、目脂で粘ついているよう
な気がして手で擦ろうとして、腕も脚も車椅子に拘束されていることを思い出す。
もし口から呼吸ができたなら嘆息していただろうと思う。嘆息すらできない僕は、
身体から力を抜いて車椅子の背当てにもたれかかるのが精一杯の表現だった。

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