rubberdoll  作: 玲
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rubberdoll-12 タミ・ジョ。

部屋のドアが開く音で目覚め、ドアからジェシーとともにごつい介助士が入ってく
るのを見たとたん、僕は次の展開を直感して恐慌に襲われた。壁と壁の角に這いず
って逃げ込み、いやいやしながら壁の詰め物に少しでも潜り込もうと足掻く。手を
振り回して介助士を遠ざけようとしたものの、プロレスラーでも取り押さえられそ
うな介助士にすれば、そんな抵抗は赤子のぐずりにしか感じられなかっただろう。

「あらあら、ちょっと来るのが早かったかしら。まだ薬が効いてないわ。ちょっと
あなた、乱暴に扱って傷なんか付けたらドクター・ペインに実験材料にされるわよ。
ちょっと待っていましょう」

ジェシーがのんびりした口調で介助士を制し、運んできた車椅子に腰を下ろして寛
いだ。ジェシーは薬といったが、僕は薬など注射された覚えはない。と、股間から
伸びる呼吸/排泄管に目がいった。そういえば目覚める直前、うつらうつらしなが
らも、お腹の中へ生暖かい液が注入されたように感じたことを思い出す。管を抜こ
うと手を股間に動かしたつもりだったのに、手は僕の身体の両脇にだらんと垂れた
まま僕の命令に従う気配もなかった。身体から力が抜けていく。僕は壁をずり落ち
るように床に伸びてしまった。

「弛緩剤に耐性がついちゃったのかしら。時間がかかったわね。さ、もういいでし
ょう」

ジェシーが促し、介助士が軽々と片手で僕を持ち上げた。ジェシーも手を貸して管
が抜かれ、マウスピースが外され、なすがままにゴムスーツを脱がされた。車椅子
に乗せられて浴場へ向かい、身体を徹底的に洗浄・殺菌消毒された後、僕にとって
拷問室と同義である手術室へ運ばれていく。

手術台の前で、ドクター・ペインは手にした玩具の人形とにらめっこをしていた。
手術室に玩具の人形とはあまりにも奇異な組み合わせだ。しかし人形を見つめるド
クター・ペインの眼差しは真剣そのものだった。僕が持ち上げられ、手術台に固定
されると、悪魔のようににこやかに近づいてきて、その手の人形をかざした。

「ごきげんよう、お人形ちゃん。この人形は知っている?『タミ・ジョ』っていう
の。知らないでしょうね。これはファッションドールとしては特殊な部類にはいる
から。バービーとかジェニーとかなら耳にしたことがあるかしら。ハイティーンや
それ以上の年齢設定された着せ替え人形の総称、それがファッションドールという
ものよ。この顔を見てごらん。口をこんなに開いた人形なんて見たことないでしょ。
これはセクサドールとも呼ばれるマニア向けの人形なのよ。普通なら際物扱いされ
るのでしょうけど、この人形は人形師としては天才といわれたジュリア・Jが、精
神を病んで自殺する直前にデザインし販売しようとしたものなんだそうよ。当然、
発売当時にこんなグロテスクな顔の人形なんて買う客も少なくて、ジュリア・Jの
自殺とともに彼女の人形会社も消滅したから、流通した数はほんのわずか。でも、
その希少価値と死後の再評価で、いまでは人形コレクターの世界で幻の名品といわ
れているらしいわ。人形コレクターなら垂涎の的なのだそうよ。表のオークション
で取り引きされるようなものじゃないけど、一度だけ5年前に『タミ・ジョ』の前
に販売された『ビクテム』シリーズの人形が売りに出されたことがあって、完品じ
ゃないのに5万ドルという高値を付けているわ。『タミ・ジョ』がもしサザビーズ
にでも出たら天文学的な値段が付くでしょうね。これがその幻の『タミ・ジョ』よ。
ほら、この娘の胸、見覚えはないかしら」

女の子が着せ替えで遊ぶ人形なんかに興味はない。僕の知っているのは『G・I・
ジョー』人形くらいだ。そんな人形が5万ドルもすると聞かされて、一瞬自分の置
かれた状況も忘れて見入ってしまった。なんだか奇妙な既視感が起きた。どこかで
見たことある。その豊満なバストとくびれたウエスト、長い手足。それが今の僕の
体型にそっくりであることに気がついて、心臓がドクンと跳ねた。

「気がついたかしら。これがおまえの今の身体の原型よ。この人形を正確に8倍す
れば、おまえの身体とぴったり重なる。レーザー計測で1ミリの狂いもないことが
確認できてるわ。おもしろいでしょ」

おもしろいなどとは少しも思えなかった。いったい何のために。しかし、僕は薄々
気がついていたように思う。あえて考えないようにしていたのだ。

「今日の手術はいよいよ顔よ。もうわかるわね。おまえはこの人形になるの。原寸
大の『タミ・ジョ』人形。おまえの注文主は世界的に有名な『タミ・ジョ』人形の
コレクターなのよ。マニアックなコレクション熱が行き着いたのが、生きた原寸大
の『タミ・ジョ』人形を所有するということ。こんな特殊な注文はさすがに初めて
だったわ。でも私にとっては挑戦しがいのある仕事よ。ジュリア・Jの造形は究極
の美と呼ばれているの。その造形と寸分違わぬ同じ物にするためには、最高の技術
と最高のセンスが必要。最高の仕事をしてあげるから、楽しみにしていなさい」

僕の頭の中は真っ白になっていた。人間を生きたまま人形に変えるなんて。僕はも
う一度その『タミ・ジョ』の顔を見つめた。美人ではある。エキゾティックでエロ
ティックな顔だ。でも、いやだ。こんなぽっかりと口を開けた間抜けな顔になるの
は。いやだいやだいやだ。そう声なく叫んでいるうちに、尻から麻酔ガスでも送り
込まれたのだろう、僕の意識はフェードアウトしていった。

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