rubberdoll  作: 玲
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rubberdoll-11 計測。

僕は計測室と呼ばれる部屋に連れて行かれた。狭い部屋に器械がぎっしり詰め込ま
れている。部屋の中央にひときわ目を引く巨大な透明シリンダーが鎮座していた。
車椅子がそのシリンダーの前まで運ばれる。そのシリンダーは人間ひとりがすっぽ
り入る大きさがあった。ということは僕がその中に入れられるのだろう。シャーロ
ック・ホームズじゃなくても簡単に推測できる。ジェシーがモニターの前に座る技
師に挨拶し、技師が操作を始めると、シリンダーが滑らかに床に沈み始めた。ジェ
シーに手を取られ立たされる。支えられたまま一歩踏みだし、シリンダーの底の円
形部分に立たされる。何をされるのか不安で、自分の足で歩いた記念すべき一歩に
思いは至らなかった。

部屋の奥のモニタースクリーンに自分が映っているのがわかったけれど、距離があ
り細部までは判別できなかった。それでもそのモニターのおかげで、頭上から巨大
な吸盤のようなものが降りてくるのがわかった。頭の頂に接触したとたん、吸引さ
れ僕の頭に吸いつく。髪の毛のない頭だから吸いつきも強力だった。吸盤のような
ものではなく、吸盤そのものだったわけだ。吸盤が引かれ、僕の身体もぴんと伸び
た。

ジェシーが僕から手を離し後ずさると、床からシリンダーがせり出してきた。僕の
身体を中に収めて天井の装置に嵌り込む。足元が急に生暖かくなった。何かがどろ
っと迫り上がってくる。下を向くことができないため、何をされているのかわから
ないのが落ち着かない。粘りのある液体を注入されているようだ。シリンダーは透
明だったが、曲面のため光を反射して奥のモニターもよく見えない。腰のあたりま
でその液体が注入されたとき、僕の頭が上に引かれた。身体が軽々と浮き上がる。
ちょっと慌てたが、よほど浮力の強い液体なのだろう。僕の身体は宙に浮いたまま
頭の吸盤ひとつでしっかりと支えられている。

『足を肩幅くらいまで開いて、爪先は下に向ける。腕も気持ち開き気味に身体の横
で自然に垂らして』

ジェシーの声がシリンダーの中に響いた。見も知らない技師の指示だったら反発し
たくなったかもしれないが、ジェシーの指示には素直に従えた。待つほどもなく液
体に浸かっている下半身に緩い圧力のようなものを感じ、液体が固形化しているら
しいとわかった。きつくもないし苦しくもない。注入が再開され、液体は僕の胸を
這い上がり、肩に達した。首から下がすっぽりと沈められ、一瞬、体の表面に無数
の蟻が這い回り噛みついているような刺激を感じたとたん、僕を沈めた液体は瞬時
にして固体化し、僕の身体は完全に固定されてしまった。頭の吸盤が滑稽な音を立
てて外れても、僕はシリンダーの中に浮いたままだった。目をつぶるように指示さ
れ、僕の頭も液体の中に没した。そして頭に蟻が這い、またもや僕は全身1ミリも
動かせない状態に固定されてしまった。

器械が稼動する音がくぐもって聞こえた。瞼の裏に青い光が何度も素早く閃いた。
光の乱舞が終わると、かすかに揺れて、なんだかシリンダーごと沈んでいるような
気がした。それが止まると、今度は道路工事の真っ最中のような騒音が響く。とて
も眠るどころの話ではないと思ったけれど、眠れてしまったのには我ながらビック
リした。

どろどろに溶けた樹脂の塊から取り出されるときに目が覚めた。全身がねばねばし
ていて、目を開けるのはためらわれた。僕の身体を固めていた樹脂のようなモノが
再びゼリー状に戻っている。どういう仕組みなのかは誰も教えてくれなかった。

「レーザー計測の結果は満点よ。あなたの身体は寸分の狂いもなく目標モデルのフ
ォルムに一致したわ。レントゲンでもMRIの断層写真でも結果は良好。脳波も心電
図も血液検査も尿検査も問題なし。完全な健康体でパスできたわ。ご褒美に明日ま
で自由に動けるようにしてあげるわね」

自分の生命力には驚かされる。あれほどの大手術に生き延びて、健康体に戻ってし
まうなんて。なんにせよ自由に動けるようにしてもらえるというのがありがたい。
再び浴場で身体を洗われ、懐かしの洞窟部屋に戻された。そこで全身を包む分厚い
ゴムのスーツを着るよう指示される。厚さが5ミリほどもあるゴムだったが、手に
持つと意外と軽い。ジェシーの機嫌を損ねてせっかくの自由時間を奪われ拘束され
てはたまらないから、僕はもそもそとそのスーツに潜り込んだ。マスク一体型で、
マスクを被ると目と口の部分に穴があった。他にはもちろん股間の肛門の位置に穴
がある。鼻の部分に穴は必要ないけれど、肛門に穴がなくては窒息してしまう。ジ
ッパーを上げてもらえば装着完了。僕は密閉された。どこもかしこもぴったりと、
僕の新しい身体にフィットしていた。胸の巨乳はこうして何かで保持されている方
が楽なような気がする。

口を開けるように指示されて従うと、マウスピースを咥えさせられた。以前に咥え
させられたモノは僕の顎を全開にしたが、今度のモノは顎を閉じて噛みしめること
ができた。そのかわり、ロック機構があってジェシーが操作すると歯と歯茎をくわ
え込んで顎を動かすことができなくなった。上下の歯が噛み合っているわけではな
く数ミリの隙間があり、その部分に穴があった。おそらくこのマウスピースは舌を
噛んでの自殺防止用なんだろう。手にミトン状のゴム手袋を追加されて猫の手にさ
れたのも自損防止というわけだ。壁も床も波打つゴムのウォータークッションで頭
から突っ込んでも擦り傷も作れない。もし声が出せたら自殺する気なんかないと訴
えたかったけれど、信用してもらえるかどうかはわからないし、こんな状況でも手
足は動かせるんだからまだマシと考えた方が良さそうだと思った。ジェシーが小振
りなペットボトルを2本手渡してくれた。キャップにストローがついている。一本
にはどろっとした白い液体。もう一本は透明な液体が入っている。

「こっちが水で、こっちがあなたの夕食よ。お腹が空いたら飲んで。明日の朝迎え
に来るわ。ほぼ12時間たっぷりあるからよく眠れるでしょう。ああ、そうそう、
眠っているうちに無意識に肛門を閉じちゃうと、あなた死んでしまうから、呼吸/
排泄管は着けなくっちゃね」

ジェシーが壁からホースを引き出した。先端の太い筒具に唾をつけ、僕の肛門に押
し込む。ゴム板の中の1ヶ月でこの筒具にも慣れたかと思っていたが、挿入される
ときに粘膜が掻き分けられ、背筋に悪寒が走った。筒具が体内の弁に接続し、僕に
は長い尻尾ができてしまった。ジェシーが部屋を出て、扉がロックされる。今の僕
には立っていることが難しいぐねぐねした床だったから、僕は転ばないように慎重
に膝を曲げ、膝をついた。棒になった胴体を前に倒し、四つん這いになる。僕は心
ゆくまで狭い部屋の中を這い回った。体を動かすことが楽しくて仕方ない。まるで
新生児のように、最初は這い這い、次によろよろとつかまり立ち、そして最後は足
だけで立って歩けた。尻尾を引きずっては自由に歩けなかったけれど、じっとして
いることよりマシだった。動物園の熊のように、僕は柔らかな檻の中を行きつ戻り
つひたすら歩き回った。

ちょっとだけ小休止のつもりで壁に背をもたれて座り込んだつもりだったのに、や
はり疲れ果てていたようでそのまま眠ってしまった。

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