rubberdoll  作: 玲
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rubberdoll-9 リハビリ。

それから長い長い時間、僕は巨大なゴム板に挟まれたまま無限ループのようにルー
チンを繰り返して過ごした。その繰り返しに始まりも終わりもないけれど、目覚め
を始まりとすれば、考えうる最悪な始まりだった。全身の筋肉に加えられる強烈な
電撃で、僕は神経をずたずたにされて叩き起こされる。死のような眠りから血反吐
を吐いてのたうちまわるような苦鳴苦悶の連続へ、僕は一気に跳ね上げられ、次の
サイクルの始まりを知る。

僕の身体を包み込むゴムスーツに植え込まれた無数の金属鋲は、通電のための端子
だった。通電される電流には緩急がつけられ、電流が走り抜けるたびに痛みを伴っ
た刺激で筋肉が固く縮み上がる。それが数拍続き、ふっと抜ける。ぐちゃぐちゃに
乱れた頭の中が落ち着く間もなく次の電撃が僕を引攣らせる。身体中を金槌で叩き
のめされているような感じがする。いつ果てるともしれず、延々と繰り返される拷
問だった。

1時間通電され30分休まされる。それが6回。通算9時間の苦行。これが筋肉の
リハビリだった。人間に耐えられる限界はとうに超えていると思う。僕の場合、耐
えられなくても耐えるしかないのだけれど。これほど限界を超えた苦痛に苛まれて
いるというのに、死ぬこともなく気が狂うこともない自分の強さが不思議で恨めし
かった。苦痛のさなかには死を願い気が狂うことを望むけれど、苦痛の時間が過ぎ
てしまえばやはり死にたくはないし、できるだけ意識を保とうとしている僕がいた。

ようやく通電が終了すると、食餌と浣腸の時間になる。生温かい流動食が口に流し
込まれる。食べ物とは思えないほどひどい味だとしても、半ば感覚遮断状態に置か
れて味覚に飢えている僕にしてみれば貴重な刺激だったし、なによりからからに乾
いた喉に慈雨のような水分補給でもある。電流から解放された喜びとともに、僕は
舌鼓を打ちながらじっくり味わい、ちびちびと嚥下する。胃が半分以下にされてし
まったのだから、口に一杯分で満腹するわけだ。流動食が流し込まれるとき、口ま
での管に入っていた空気が先に押し出されてくる。僕の口も顔面も、肉体さえも密
閉されているから、空気の逃げ口がなく、しかたなく空気もいっしょに飲み込むこ
とになる。そのせいで流動食の嚥下が終わると決まり事のようにゲップが出てしま
う。何度嗅いでも精液の臭いで、そんなものを飲み込んで満腹している自分が変態
になったような気がしたけれど、ゲップもまた感覚に対する刺激のひとつとして、
数少ない僕の楽しみのひとつになっていた。

口への注入と同時に、肛門からは腸への浣腸と排泄が繰り返される。微温湯が注入
され僕の短縮された腸を膨らませる。いじくり回された内臓がそれぞれの落ち着き
場所に収まるまで時間がかかるようで、浣腸されるたびにお腹の中に蛇でもいるか
のように腸がうねる。腸が満杯になると休む間もなく排出が始まり、わずかな便と
ともにきれいさっぱり吸い出されていく。お腹が萎むと再び注入が始まり、この繰
り返しが延々30回は続けられる。浣腸自体は膨満感以外それほど苦しいものでは
なかったけれど、腸が動くことによる内臓を直接揉みしだかれているような重い内
臓感覚が不快だった。内臓がぐねぐねと動いているさなかに眠れるわけもないから、
眠ってやり過ごすこともできない。でも電撃リハビリの凄絶な拷問に比べれば、ど
うということのない刺激だ。それほど長時間続く処置でもないし、力まず受け入れ
て、かろうじて残された自分の腸の存在を確認するよすがにもなる。それに一日一
日時間が経つごとに、内臓が落ち着くべき場所に落ち着いて、この苦しさもいつか
なくなるはず。

食餌と浣腸が終了すると筋肉への電気刺激が再開されるが、今度は緩やかな刺激で
快いマッサージになる。これはほんとうに快感だった。苦痛で埋め尽くされた今の
僕の境遇では、宝石よりも貴重なやすらぎだった。僕はマッサージに身を任せ、身
も心も蕩ける。この快さを1秒でも長くしゃぶり尽くそうと、必死で睡魔と戦うの
だけれど、筋肉リハビリで荒野のように消耗した肉体と精神は脆く崩れて、眠りの
柔らかな暗闇が僕を一呑みにする。

眠りながら給餌されていることに気づくときもあるが、だいたいはそのまま昏睡の
ように眠り続け、そしてまた電撃に声なき絶叫を上げることになる。こうして僕は
ゴムの塊の中に封じられたまま、無限とも思える時間を過ごした。僕だけの閉じた
宇宙で、歴史が一巡りする。同じことの繰り返し。繰り返し。繰り返し。そしてふ
と、電撃リハビリの質が変わっていることに気がついた。

胸と腹の電撃レベルが他と比べてずいぶんと和らぎ、強いマッサージのレベルに近
くなっていることに気がつく。浣腸もなくなった。次のサイクルでは背中への電撃
が低められ、それがしばらく続いた後、尻と腕の電撃が減じられた。最後まできつ
い電撃を受け続けたのは太腿だったけれど、それもゆるやかに楽になっていった。
 

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