rubberdoll  作: 玲
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rubberdoll-8 改造過程。

そのとき、ビデオの上映が始まった。自分にのしかかってきたゴム板の分厚さに、
目を開いて何かが見えるなどとは期待しなかったし、それでも一度だけ目を開いて
みて当然のごとく闇を覗き込んでからは、あっさりあきらめて瞼は閉じていたのだ
けれど、唐突に瞼の裏に光を感じて、錯覚かと思いながらも薄目を開けてみた。す
ると1メートルくらい離れた中空に、巨大なスクリーンが白く光って浮いているの
が見え、目を疑ってしまった。視界のほとんどがスクリーンに占められている。ど
ういう仕掛けなのか。もしゴム板に穴があったとしても、十数センチもの穴を通し
て見たら、穴そのものの長さの分視界は狭くなるはずだ。おそらくこのスクリーン
は僕の目の前にある小さなものなのだろう。錯覚を利用して離れたところにあるよ
うに見せかけているのだと思う。

それ以上考える暇もなく、スクリーンに手術室が映し出された。カメラがズームし
手術台に固定された裸の人間がクローズアップされ、何度聞いてもぞっとするドク
ター・ペインの冷たい声が耳元に響き渡った。

『久しぶりね、お人形ちゃん。今日は大手術になるわ。おまえの骨格と臓器を大改
造しなくてはならないの。おまえの身体が耐え切れればいいのだけど。この手術に
は生命力が重要なの。手術の過程を見せてあげたいんだけど、さすがに今回は全身
麻酔しなくては耐えられないでしょう。もし手術に耐えて生き延びることができた
ら、解説付きの記録ビデオを見せてあげるから楽しみにしているといいわ』

聞き覚えのある科白だった。手術の直前に聞かされた科白だ。それでようやく、画
面の中、手術台に括り付けられている哀れな被験者が自分だと気がついた。僕の頭
が呆けているせいでもあったけれど、スクリーンに映し出されると、テレビや映画
を観ているようで、どこか他人事のように感じられてしまう。まして無影灯の強い
光に照らされて影をなくし、毛のない顔がいっそうのっぺりして見えるのだから。
鼻から伸びたパイプが頭の向こうの器械に繋がれ、その前に立つスタッフが麻酔完
了を報告した。スクリーンの中の僕はすでに意識をなくしているようだ。それにし
ても不思議な気持ちがした。スクリーンの中の無力な白い肉体が、頭では自分だと
わかっていても、どうにも実感が湧いてこない。

ドクター・ペインの手術開始のかけ声とともに、その手に握られた禍々しいメスが
僕の喉元に滑り込み、そこから恥骨まで正中線に沿って一直線に切り開かれた。白
い肌が捲れ上がるように開き、脂肪層だろうか一瞬黄色っぽいものが見えたと思っ
たけれど、すぐに溢れ出した鮮血に埋まって見えなくなった。僕の胴体に鮮やかな
血の花が咲いた。思わず目を背けてしまう。すると耳元の音が消え、視界の端にま
だ見えていたスクリーンの中の動きも凍りついたように止まってしまった。僕の視
線がスクリーンに向いているかどうかを監視する仕組みがあるのだ。目をつぶって
も目を逸らしてもビデオが止まり、僕が再び目を向けるまで辛抱強く待ち続けてい
る。そして一定時間以上長く中断していると、耳元のスピーカーから黒板を爪で掻
くような生理的に耐えられない警告音が流れ始める。結局、どんなにおぞましくと
も、僕は自分自身の改造過程をつぶさに鑑賞しなければならなかった。

それは手術というより解体のように見えた。喉から下腹までが解剖されたカエルの
ようにめいっぱい拡げられ、血まみれの内臓が晒されている。肋骨は真ん中から断
ち割られ、観音開きにされている。肺と心臓が剥き出しだった。そして、ドクター・
ペインは肉屋のように僕の臓器を切り分け始めた。

両肺の上3分の1が切り取られ、その空間に灰色の人工臓器が詰め込まれる。ドク
ター・ペインの解説によれば、循環装置だという。押し込まれるときのぐねぐねし
た柔らかさが器械という印象を薄くしている。コンニャクの塊みたいだった。その
装置から伸び出した髪の毛のように細いチューブが、残った肺の中に何十本も詰め
込まれた後、循環装置が肺の切り口を塞ぐように接着された。何を循環させるのか
はそのすぐ後でわかった。フルオロカーボン液という白い液体が注入され、萎んだ
肺をぱんぱんに膨らませたのだ。

その一方、僕の胃は3分の1程度に切り縮められ、小腸と大腸も半分以下の長さに
切り取られた。盲腸も虫垂も切り取られた部分とともになくなったので、もう虫垂
炎の心配はない。横隔膜も切除された。この横隔膜の伸縮で肺が動くのだから、横
隔膜を取り去られるということは自力呼吸が完全に不可能にされるということだっ
た。がらんとしてしまった腹腔に、薄桃色をして鏡餅みたいな大きさと質感の装置
が収められ、胸の循環器と長いパイプで結ばれる。この装置は酸素・炭酸ガス交換
器官だという。その装置から4本のパイプが僕の股間に伸び、直腸の人工弁に繋が
れた。

不要になった気管が取り除かれ、胸から喉にかけてペニスみたいな筒状の人工器官
が詰め込まれる。下端が循環器に接合され、さらに細いコードが下に伸びて、腹腔
のガス交換器官を覆うように置かれたピザの生地のような人工器官に繋がれる。喉
に収められたのが人体熱発電器で、腹腔のピザ生地はラジエーター兼蓄電池だとい
われた。

僕がもうぜいぜいと横隔膜を動かさなくても呼吸できる仕組みが、誇らしげに説明
された。肛門から入った空気が直腸奥の人工弁の穴から吸い込まれ、下腹に収めら
れたガス交換器官でフルオロカーボン液に酸素を補給し、同時に炭酸ガスを排出さ
れて再び弁から直腸内に排出される。フルオロカーボン液はそこから肺の上部の循
環器に送られ、そこで肺の中に満たされた液と交換されるように混ざり合いつつ、
肺の中の液が停滞しないように掻き混ぜ続けるのだ。フルオロカーボン液は血液中
のヘモグロビンよりも高い酸素運搬能力があるため、肛門からの吸気が閉ざされて
も最高30分は僕を窒息させずに生かし続けてくれるのだそうだ。

人工臓器を動かす動力は僕の喉に詰め込まれた人体熱発電器の電気によってまかな
われる。僕の体熱と肛門からの空気の温度差を利用して発電する仕組みで、下腹の
ガス交換器の上に被せられたピザの生地は、その温度差発電の低温極、喉から胸郭
内に伸びる発電器が高温極にあたるのだそうだ。

改造の終わった胸から腹にかけて、目の細かな網状のシートが被せられた。これは
汗腺を破壊されて皮膚からの排熱が困難にされてしまった僕の体温調節を代わって
行ってくれるものなのだそうだ。下腹のガス交換器官に繋がり、胴体内部の熱が高
くなれば熱を吸収して直腸からの排気に放熱し、熱が足りないときは蓄電された電
気を使って熱を作り出し体温を上げてくれるという。

ビデオ画面の右下に小さな数字が映し出されていて、ここまでの経過時間を知るこ
とができる。まだたった1時間しか経っていない。これほどの大手術だというのに
驚異的な短時間だということは、素人の僕でもわかる。ドクター・ペインの手技の
神業みたいな速さと正確さもあるだろうけれど、接着剤の使用が時間短縮に役立っ
ているのは間違いないと思う。切り開かれた切り口に塗られて出血を防ぐ役割も果
たしていた。もしこの接着剤がなければ、これほど大きく胴体を切り拡げられて内
臓を切り刻まれ、生きていられるはずがない。

そうしている間にも、スタッフの手で腸内にゼリー状の物質が流し込まれ、切り刻
まれた大腸と小腸を風船のように膨らませた。ドクター・ペインがその様子を眺め
ていたが、両手を僕の腹の中に突き込み、腸の位置を直した。腹膜・後腹膜・腸間
膜・大網・小網といった内臓を保持する膜が修復され、新しく収められた人工臓器
もこれらの膜に接着されていく。

修復の重要な部分は自分の手で済ませ、残りはアシスタントに任せてドクター・ペ
インは僕の肋骨の改造に取りかかった。肋骨が2本切り取られていると聞かされて
いたけれど、肋骨すべてが修正されていたとは知らなかった。肋骨の下2本ずつは
あっけなく切り取られ、残った肋骨は慎重に寸法を確認しながら切りつめられてい
く。僕の胸は一回り小さくされたのだ。胸骨も削られ、肋骨と胸骨の合わせ目に何
か注入された。

肋骨が修正される以前に腹腔の修復は終わって、切り開かれた胴体が閉じられてい
く。それを見ていた僕もほっと一息ついた。痛そうとかまだ生きてるとか、そんな
感情ではなく、内臓を見られて恥ずかしさを感じないで済むという安堵なのがおか
しかった。接着修復が終わると、ドクター・ペインがスクリーンから外れて姿を消
した。看護士の手で血まみれの胴体が清拭されると、いままで解剖死体みたいに店
開きされていたとは思えないほどきれいな身体に戻っている。

手術台が稼動し、僕の脚が大きく拡げられた。ドクター・ペインが現れ僕の脚を切
開していく。腿と脛の骨が剥き出しにされ、それぞれの中ほどを切断された。スタ
ッフがピンク色の溶液を満たした透明なケースを差し出し、ドクター・ペインはそ
の溶液の中から白い骨片をつまみ上げる。切断された脚の骨の間にその骨が押し込
まれ接着される。腿の筋肉を包むようにお腹に入れられたのと同じネットが巻き付
けられ、脛の骨とふくらはぎの筋肉にも同じ手順が繰り返された。膝の裏が切開さ
れ、ふくらはぎのネットと腿のネットを繋ぐパイプが埋め込まれた。続いて股の付
け根が切り開かれ捲り上げられて、せっかく塞がれたばかりの腹腔がまた晒された。
脚のネットからのパイプが腹腔のネットに接続される。

足の甲にメスが入れられ、骨が削られて整えられた。足の指も一本ずつ骨を移植さ
れたり削られたりして造りかえられていく。同じことの繰り返しのようだけれど繊
細な造形感覚を要する仕事なのだそうだ。改造する部位も多く、脚の改造だけで4
時間かかった。見ているだけの僕は、それが自分の身体であることの実感もなく、
歯医者で歯を削られている人のビデオを延々見させられているかのような単調さに、
途中何度か眠りかけて警告音に起こされた。

ようやく脚の骨格改造が終わった。しかしドクター・ペインは疲れを知らないのだ
ろうか。休むことなく、今度は僕の鎖骨の修正に取りかかった。鎖骨の修正からさ
らに肩口の修正に移り、腕の骨が改造されていく。ネットが埋め込まれ、胴体のネ
ットと接続された後、いったん傷口が修復された。ドクター・ペインが去っていき、
2度目の清拭を受けた後、手術台をすっぽりとくるむようにビニールのテントが被
せられた。テントの中にスタンド付きの電熱器が4脚運び込まれ、オレンジ色の光
があふれた。

ドクター・ペインがいないので、解説はなかったが、どうやら体温調節機能のテス
トをされているのだろうと推測できた。画面外のスタッフがふたつの温度を読み上
げる声が聞こえる。最初がテント内の温度、次が僕の体温だろう。テント内の温度
は最高45度まで上げられたが、僕の体温はみごとに36.5度を維持していた。
テントが一時開かれ籠もった熱が払われて、電熱器が片づけられた後、こんどは数
本のホースがテント内に引き込まれ、白い煙のようなものが流し込まれた。上から
下に流れる煙。おそらくドライアイスの煙と同じものだろう。今度は冷却テストと
いうわけだ。同じく温度が読み上げられ、マイナス10度まで冷やされたけれど、
体温は36.5度をきっちり維持していた。

テントが片づけられ、ドクター・ペインが登場して、僕の手指の改造に取りかかっ
た。僕の手指は生まれつき短くて骨張っていて、コンプレックスがあったからすら
りとした指にしてもらえるなら不満はないなどと考えていた。あまりにも非道な改
造の連続に感覚が麻痺してしまったようだ。これもまた時間がかかった。ビデオの
経過時間で見ると手指の改造が終わったのが手術開始から12時間後だった。

あちこちで経過を伝える話し声が始まり、スタッフが引き継ぎをしている様子がう
かがわれた。手術スタッフが総入れ替えされたようだ。これほど長時間の手術なの
だから、疲労からミスを起こさないようにだろう。しかし、いちばん疲労している
はずのドクター・ペインは疲労の色もなく、あくまで精力的で怜悧だった。この女
性はロボットなんじゃないかと思えてきた。見ているだけの僕でさえ、12時間連
続で見続けて疲れ切っていた。

僕を手術台に固定しているストラップが外され、僕は一転してうつ伏せにされた。
それからの5時間、僕は自分の背骨と肩胛骨と骨盤が処理されていく過程をつぶさ
に見続けることになった。脊椎だの椎間板だのまではわかったけれど、英語の専門
用語をまくし立てられては切れ切れにしか理解できない。おおよそでしかないが、
僕の脊椎の軟骨が柔らかい金属のようなものになり、そのうえ頸と腰の部分を除い
て曲がることのないようチタンの金属カバーで固められてしまったということのよ
うだった。これにより自力で頸や腰を曲げたり捻ったりすることがほとんど不可能
になり、いったん曲げられると今度は曲がったままで、元に戻すにはまた相当の力
が必要になるらしい。チタンでカバーされた部分は姿勢良く伸びきったまま、パワ
ーショベル並みの力を加えなければ曲げることができないのだという。つまり僕は
いつでも最高に姿勢よくいなければならなくされたわけだ。肩胛骨も肩幅を狭め美
しいカーブを浮かべるように修正され、骨盤は女性的に開かれた。頭を除いて全身
の骨格が改造され、もはや以前の僕の面影は完全になくなってしまった。

背骨から出ている無数の神経を傷つけないように処置するための集中力は並大抵の
ものではない。さすがの鉄の女ドクター・ペインも疲労をにじませているようだっ
た。それでもそのメス捌きは鈍っていない。僕の尻が切開され白い培養肉が詰めら
れていく。貧相だった僕のお尻が豊満な果実に生まれ変わった。そして最後に赤黒
い培養肉と乳腺の塊が移植され、巨大な乳房が形成された。

スタッフの手で僕の身体は透明なシリンダーの中に収められ、ほんのりピンクがか
ったいきたいが注入されていく。僕は尻から伸びるパイプでシリンダーの底に繋ぎ
止められ、液体の中に浮いていた。そのシリンダーが手術室から運び出されていく
ところでちょうど時間が20時間経過を告げ、ビデオが終了した。暗闇が押し寄せ、
僕はようやく眠りの世界へ逃避することができた。

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