rubberdoll  作: 玲
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rubberdoll-7 ゴム詰。

またあの暗闇の洞窟部屋に軟禁されるのかと思っていたが、僕が運ばれたのは霊安
室かと思うような殺風景な小部屋だった。部屋の真ん中に台があり、奥の壁に器械
が埋め込まれているだけで、他はただの白壁。清潔ではあったが寒々しい印象を受
けた。そこに介助士がひとり待っていた。酒とセックスと暴力にしか興味がないと
いった粗野な容貌をしている。

介助士に紙のように持ち上げられ、宙吊りにされる。ジェシーがゴム手袋を嵌め、
僕の下半身に透明なジェルを丁寧に塗り込んでいく。それが済むと、ジェシーは手
袋を脱ぎ捨て、台の上に置かれていたゴムスーツを取って、僕の足先から身長に着
せ始めた。変わったスーツだった。半透明のゴムの表面に無数の銀色の鋲が散りば
められていて、スパンコールの舞台衣装のようにキラキラと光を反射している。そ
の鋲が決められた位置からずれたりしないように恐ろしく気を遣っているのがわか
る。スーツは女性化した今の身体に合うように新調されていた。ゴムスーツの内側
にもジェルが塗られているのか、滑りよく、するすると脚が呑み込まれてゆく。下
半身がゴムに包まれると、今と同じ作業が上半身に対して行われる。顔面にまでジ
ェルが塗られてしまった。巨乳にもぴっちりとゴムが貼り付く。捩れも弛みも生じ
ることがなく、僕の新しい身体をミリ単位で計測したうえで新調されたスーツであ
ることがよくわかる。指の一本一本まで別々にゴムに包まれ、首から下が完全にス
ーツに収まった。背中のジッパーが蚊の鳴くような音とともに閉じられる。

いったん車椅子に戻され、口を塞いでいるストラップが解除された後、パイプごと
ずるずると引き抜かれた。代わりに顎が限界まで拡げられ、ゴムのマウスピースを
咥えさせられた。歯と歯茎が包み込まれるようにホールドされ、僕の口はOの字に
開かれてしまう。それでも舌が押しつけられていないのは楽だった。顔の前に垂れ
下がっている全頭マスクが引き伸ばされるように被せられる。目の前にゴム面が迫
ったとき、開きっぱなしの瞼を思わずつぶろうとして、ひくりと引攣るのがわかっ
た。弛緩剤が弱まってきているようだ。目を閉じることはできなかったが、恐れて
いたように眼球にゴム面が接触することはなかった。ゴムマスクには目の部分に穴
が開いていた。顔面にも金属鋲が無数に取り付けられているのがわかる。一体これ
はなんのためにあるのだろう。

車椅子の後ろに回った介助士が上体を被せるように手を差し伸べ、僕の両膝の裏に
手を差し込んで拡げるように持ち上げた。僕は座ったままでオシッコさせられる幼
児のような姿勢を取らされた。情けなさが込み上げてくる。拡げられた脚の間にジ
ェシーが膝をつき、僕の股間をまさぐった。肛門にジェシーの指を感じた。ラバー
スーツの肛門の位置に穴があるということだ。直腸の奥に人工弁を取り付けられて
から、僕の肛門は常時何らかの器具を挿入されてきたのだから、ゴムスーツに肛門
穴があるのも当然ということか。でも、それと肛門を他人に覗かれる恥ずかしさは
別物だった。恥ずかしさと同時に、すでに僕の第二の習性となりつつある諦めの念
も湧いてくる。

肛門とその奥が捩じられるような感覚があり、何かが抜け出ていった。ジェシーの
指につままれているのは短い金属の筒だった。あまりに長時間装着され、身体の一
部のように馴染んでいたのだろう、肛門にそんなものを装着されていたことすらわ
からなかった。僕の肛門は直径3センチほどの金属筒を嵌め込まれて、ぽっかりと
口を開いていたわけだ。ジェシーの指が開きっぱなしの肛門に何かを押し込むよう
な動きをする。ゴムスーツの肛門穴の部分が吸盤のように捲れ上がって飛び出して
いるのを押し込んでいるのだろう。ぴちっとゴムの貼り付く音とともに、肛門とそ
の奥の一部がゴムに包まれた感触がした。金属質の冷たさと粘膜を押しつけるわず
かなぶつぶつの感触が、そこにも金属鋲があると教えてくれた。ジェシーの合図で
介助士が持ち上げていた僕の脚を降ろし、ようやくオシッコポーズの情けなさから
解放される。

「そろそろ時間だから、念のために、もう一度確認するわ。あなたも背中側をチェ
ックして」

ジェシーが介助士に指示し、ふたりがかりで僕を包んだゴムスーツの状態を調べ始
めた。ほんとうに念の入ったことだ。僕の身体に当たる鋲の位置がかなり重要らし
い。チェックといっても全身に何千個もありそうな鋲の位置をひとつひとつ確かめ
る暇はなさそうな雰囲気だったから、ゴムの捻れや皺がないことをチェックしてい
るのだろう。二人もの人間にこれほどまじまじと身体を見つめられると、なんだか
くすぐったいような恥ずかしさがある。

「大丈夫みたいね。さて、そろそろ接着が始まる時間だわ」

身を起こしたジェシーがそういったとたん、足先にヒヤッとした冷たさを感じた。
それがじわじわと脚を這い登ってくる。不快ではないものの、冷たさという刺激は
予想していなかっただけに、とっさに怯んでしまい、その刺激で瞬きをした自分に
気がついた。冷たさが膝を越える頃には、足先の温度は元に戻っていた。冷感の帯
がゴムスーツを着せられた順番に、同じような速さで登ってくる。最後に頭全体が
ヒンヤリと冷却されていた。ジェシーの手が無遠慮に僕の頭に乗せられた。温度の
変化を探っている。

「んー、接着完了。じゃあ、寝かせて」

ジェシーの指示で介助士が僕を花嫁のように抱き上げた。それで、ゴムスーツがほ
んとうに僕の肌に接着されてしまったことを実感できた。さっきまでぬるぬるとゴ
ムと肌が分離していたのに、今は介助士の手が握りつけても、ゴムがずれるような
ことがない。そっと台の上に移されながら、皮膚呼吸とかができなくなるんじゃな
いだろうかと、一瞬心配が頭をよぎった。まあ、人間は両生類じゃないから皮膚呼
吸はしないという話を聞いたことがあるし、ウエットスーツを着て海で活動するダ
イバーが皮膚呼吸できなくて窒息したという話は聞いたことがない。ここのスタッ
フは悪魔より非道な連中だけれど、人体の医学的側面に関してはエクスパートなん
だから大丈夫なんだろう。なにより僕は、心配したって何もできない木偶人形なん
だから。

台というより太い支柱で持ち上げられた棺桶といったほうが正確かもしれない。長
さ2メートル弱、幅60センチ、厚みも60センチくらいのゴムの塊。ジェシーが
その棺桶の上に手をかけ持ち上げると、ちょうど上半分が蓋のように開いた。ふた
つに分かれたゴム板の固定された下半分には、人体の形をしたくぼみが彫り込まれ
ている。僕の身体がそっと降ろされると、そのくぼみに僕の身体の後ろ半分がぴっ
たり収まる。ゴムの弾力でわずかに身体が沈み、身体とくぼみの間からしゅっと空
気が逃げていった。僕の胴体は吸盤に吸い付けられたように嵌り込んだ。胴部はぴ
ったりだったけれど、やや開き気味にされた手足が収まるくぼみにはスカスカなく
らい余裕がある。手指を拡げられ、指の一本一本がそれぞれのくぼみに収められた。
ジェシーが何か操作したのだろう、股間で何かが動き出した。太い棒のようなもの
が僕の肛門に突き当たり、そのまま中に侵入してくる。肛門括約筋が引き伸ばされ、
切れそうに痛んだ。機械仕掛けの遠慮のなさで、それは僕の直腸の最奥まで進み、
植え込まれた弁に突き当たると回転してジョイントした。接合と同時にかすかな振
動を感じたように思ったが、神経を集中しなければわからない程度のものだった。
すぐに取り紛れて気にならなくなる。

「しばらくハルキも見納めね。あなたはここで、これから2週間、療養と筋肉のリ
ハビリをして過ごすの。給餌に排泄、呼吸や体調の管理に筋肉のリハビリも、コン
ピュータで制御されるから、あなたはのんびりできるわよ。手術のビデオが繰り返
し観られるから退屈することもないと思うわ。じゃあ、楽しんでね」

開かれていた上半分のゴム板が閉じられてゆく。僕にのしかかってくるゴム板の下
面にも、対になったくぼみが見えた。それでも視野いっぱいにゴム板が迫ると思わ
ず目をつぶっていた。ばふっと上下のゴム板がひとつになり、顔面に柔らかな圧力
を感じた。鼻が潰れることもなく、僕はくぼみの中にすっぽりと収まってしまった。
痛みや不自然な圧迫は感じない。ほっとしていると、音もなくくぼみが膨れだして、
余裕のあった手や足の空洞が完全に埋まっていく。全身に均一な柔らかさを感じる。
僕の身体のデコボコに完全にフィットしているようだ。これは心地よかった。雲の
中に浮いているような気もした。僕の身体を埋め込んだ巨大なゴムの塊の質量を意
識することもない。

口の部分、大きく開かれた僕の口から覗いているマウスピースの底部に、カチリと
何かが接続した。わずかの間を置いて、どろっとした粘つく液体が口の中に流れ込
んでくる。マウスピースで顎を開かれてているから噛むこともできず、飲み込むの
もためらわれているうちに口の中いっぱいに溜め込んでしまった。舌が動くことに
気がついたのはその時だった。感覚が鈍くて、自分のものではない、ヒルのような
生物が蠢いているような感じではあったけれど、少しは役に立つ。とにかく口いっ
ぱいにどろどろを頬ばったままでずっと過ごすわけにもいかず、不自由な舌を使っ
て少しずつ飲み込んでいった。呼吸していない今の僕は鼻の穴をゴムスーツで塞が
れているため、鼻に空気が抜けず臭いは感じられない。風邪で鼻づまりしたときみ
たいで、臭いがないと味も十分の一になったように思える。わずかにしょっぱさと
苦味を感じるような気がした。なんとか半分くらいを飲み込んだあたりで、胃が満
腹感を訴えだした。ほぼ1ヶ月ぶりの食事で、胃が縮んでしまったのだろうか。全
部飲み込んだ時には、胃が張り詰めるように苦しかった。小さなゲップが出た。そ
の臭気が鼻にも押し込まれたのだろう、なんだか精液のような臭いがした。なんだ
かとんでもないものを飲まされたような気がするけれど、満腹感など久しく得られ
なかったこの1ヶ月を思えば、嬉しかった。

巨大なゴムの柱の中に生き埋めにされたような状況だったけれど、息苦しさもない
しなにより痛みもない。それだけで贅沢な状況だった。ほっとため息をつきたくな
ったけれど、僕の肺はいったいどうしてしまったのか、ひくりとも動いてくれない。
動かない肺のことを思ったとたん息苦しさがぶり返してきたので、慌てて意識を切
り替えた。身体中がうずうずするような感覚が始まっていることに気がついたのは、
しばらく後のことだった。足と手の筋肉が勝手に引攣って、ぴくっと動いた。弛緩
剤の効果が薄れてきているのは間違いなかった。僕は狂喜してあちこちの筋肉を引
攣らせる。強い力を込めようとすると筋肉も腱も関節も突き刺すように痛むし、ゴ
ムで全身を押さえつけられているためそれ以上の動きは不可能だったけれど、自分
の意志で筋肉を伸縮させるということが嬉しくてたまらなかった。

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