rubberdoll  作: 玲
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rubberdoll-6 巨乳。

身体はすっかり弱り切っていた。弛緩剤もまだ強烈に効いていた。ジェシーが僕の
背中に手を差し入れ、ゆっくりと上体を起こしてくれた。背中が突っ張る。腰から
上が一本の棒のようになっていて、突っ張ったまま上体が起きていった。上体の角
度とともに、押し曲げられていく股関節がゴキゴキと痛む。目に入ってきた脚の状
態が最初の驚きだった。筋肉がすっかり萎んで、まるで骨と皮だけのように見える。
身動きひとつできずに寝かされていれば筋肉が落ちるのはわかっていたけれど、こ
こまでとは。自分の脚とは思えない萎びた脚だった。3週間という時間の経過がよ
うやく実感できた。

上体が90度に起こされたとき、自分の胸に生じた重い振動に意識が引かれた。視
界の下で、なにやら丸みを帯びたふたつの塊が揺れている。眼球を動かそうとして、
目の奥にビキッと走る痛みにまた涙がどっとあふれた。目の筋肉すら固まってしま
っていたようだ。それでもわずかに視界が動いたことで、僕は痛みを堪えてもう一
度眼球を動かそうと試みた。さっきよりも視界が動き、痛みも少なく感じる。涙を
あふれさせている僕に気がついて、ジェシーが再び目を拭ってくれた。僕の顎と後
頭部に手が添えられ、強い力が込められる。首の奥でぞっとする軋みが響き、錆び
たジョイントを捩じるような鈍さを感じた。首の骨に今まで感じたこともない硬い
抵抗感がある。頭蓋骨に感じる圧迫から、ジェシーの力の込めようも相当なものだ
とわかる。

それでもついに、針金の束を折り曲げるような粘りとともに頭が下を向いた。僕の
胸から生え出した巨きなふたつの肉球が目に映る。僕は一瞬、我が目を疑った。ど
う見ても巨大な乳房に見える。肉球の頂点には桃色の乳首まであった。目をしばた
くか擦りつけたくなる。どちらもできずにいる僕は、唯一動かせる眼球をいったん
上に向け、もう一度見直した。乳房は間違いなくそこに存在し揺れていた。

「これが見せたかったの。52DD。形も質感も最高の乳房よ。羨ましいわ」

それなら君にあげるよ。そういいたかったが、もちろん声は出せない。女にされた。
その言葉が頭の中をグルグルと回っていた。男性器を切り落とされたとき、想像で
きる結末だったかもしれない。しかし、想像と、こうして自分の胸に揺れる巨大な
肉の塊を現実に感じることは別物だった。

「しかも、そこらの豊胸手術とは次元が違うのよ。詰め物なんかじゃなく、あなた
自身の細胞から培養された本物の乳房。乳腺だってあるんだから、妊娠ホルモンを
投与すれば母乳だって出せるわよ」

乳房もいらないし、ましてや母乳など出したくもない。女を愛することができても、
女になった自分を愛せるのだろうか。ジェシーの手が僕の乳房に添えられ、指が優
しく動かされた。くすぐったさがある。その指が乳首を撫で上げたとき、鳥肌が立
つような見知らぬ感覚が乳首の中に生じ、乳房全体が一回り膨らんだかのような熱
っぽい感覚が生じた。その中に紛れもない快感があって僕を困惑させた。

「感じるみたいね。神経の接合も成功してるってことね」

僕の目の動きを探っていたのだろうか、あからさまに見透かされて顔が火照るよう
な気がした。

「さて、3週間の垢を落としましょう。ぴかぴかの新品にしてあげましょうね」

ジェシーの手が僕の腰と膝裏に差し込まれ、驚いたことに易々と僕の身体が持ち上
げられた。ジェシーがそんな怪力なわけもなく、僕の体重が落ちているのだと気が
つく。手足の痩せ細り具合を見れば確かに僕の体重は減っているに違いない。僕は
1ヶ月以上、点滴だけで生きていることになるのだし。それにしても、ジェシーの
細い腕で苦もなく扱える体重とはいったいいくつなのか、僕は頭の中に大きな疑問
符を浮かべながら、車椅子に座らされ浴場に運ばれていった。

浴場で身体を徹底的に洗われた。といっても脱毛処理の前のようにブラシで強く擦
られることもなく、壊れ物のようにソフトに扱われる。快かった。乳房を洗われた
ときは思いが乱れたけれど、それもすぐに身体がシャボンに包まれる快さに溶け入
るように鎮まった。温かなシャワーを浴びせられ、その時初めて、2週間も眠って
いたというのに疲れ切っている自分を発見した。僕の生命力が消耗しきっていると
いうことなのだろう。それほどの大手術だったという実感が湧いた。

ジェシーが鏡の前へ運んでくれ、首の角度が戻されると、外見だけでも自分の身体
が途方もない改造を受けたことを知った。僕はもともと筋肉もそれほど目立たない
女性的ともいわれやすい体格だったけれど、鏡の中の身体はもはや女性そのものと
しかいいようのない身体に変えられていた。巨大な乳房の次に目を引くのが細すぎ
るウエストだった。まるで砂時計のようにくびれている。

「肋骨を2本切除したの。コルセットで締め上げなくてもウエスト40センチなん
て女の理想ね」

ジェシーが僕の視線の先に気がついて、説明してくれた。僕は女じゃない。理想な
んかいらない。そう叫びたかった。けれど、鏡の中の見知らぬ肉体と自分とを結び
つける現実感がまだ希薄で、他人の身体を眺めるような気で見つめると、確かにと
んでもなくエロティックな曲線であることは否定できない。しかしビーナスのトル
ソーに餓鬼のような手足、そしてその上に乗っている顔はというと、つるっぱげの
のっぺり顔ですら異様なのに、口に詰め込まれたパイプが顎を大きく開かせ、パイ
プを保持する幅広のゴムストラップが顔の下半分を割って後ろに回っているという
珍妙な図だった。滑稽を通り越して醜怪だった。

「ヒップもぐっとボリュームが増しているでしょ。乳房と同じ処理であなた自身の
細胞や皮下脂肪で形成されているの。何よりあなたの脚。骨が継ぎ足されて、10
センチ近くも伸びているのよ。素敵ねえ。筋肉が痩せ細っているからまだあちこち
アンバランスだけど、筋肉が戻れば完璧よ」

こんなに細ってしまった筋肉を元に戻すには、苦痛に満ちたリハビリが必要なのは
明らか。その苦しさを思うと気が塞いだ。身体をよくよく見ると、胸から下腹にか
けてほとんど目立たない赤い線が走っているようにも見える。これが切り開かれた
傷跡だとしたら、僕の胴体は裏返しにできるほど拡げられたことになる。あまり想
像したくない光景だったので、慌てて脚に目をやる。車椅子に座ったままだったか
ら完全には見えなかったけれど、確かに脚は伸びている。パリコレのモデルと比べ
ても遜色がないかもしれない。大腿骨も伸ばされたようだったけれど、それ以上に
膝から足首までがとんでもなく長くなっていた。

「肩胛骨にも鎖骨にも削りが施されて、背骨も引き伸ばされているから、首は細く
長くなってるし、肩幅は縮んでいるはず。腕も手の指もすらっと長くなってるでし
ょ。完璧なプロポーションだわ」

確かに完璧なプロポーションかもしれない。しかしそれは女としてのプロポーショ
ンなのだ。僕は女にされてしまった。そう思うと目がくらんだ。貧血を起こしてし
まいそうだ。

「ドクター・ペインは超人的ね。20時間も休まず、集中力を切らすこともなく、
難易度の高い手技を次から次に繰り出して。あなたは彼女の最高傑作になるわ。あ
なたも自分の外見の変化はこうして知ることができたけど、内部の変化まではわか
らないでしょう。これから食事して、筋肉のリハビリしながら手術のビデオをじっ
くり見られるから、楽しみにしていてね」

ジェシーには恨みはない。僕に対しての接し方も優しく、感謝しているくらいだ。
しかし、人間を誘拐して勝手に改造してしまう手術を賛美するという、その価値観
の異常さには胸がむかつく思いがした。彼女もやはり組織の人間なのだと再確認さ
せられた。

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