rubberdoll  作: 玲
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rubberdoll-5 生還。

ドクター・ペインは以前にもまして悪魔じみて見えた。

「久しぶりね、お人形ちゃん。今日は大手術になるわ。おまえの骨格と臓器を大改
造しなくてはならないの。おまえの身体が耐え切れればいいのだけど。この手術に
は生命力が重要なの。手術の過程を見せてあげたいんだけど、さすがに今回は全身
麻酔しなくては耐えられないでしょう。もし手術に耐えて生き延びることができた
ら、解説付きの記録ビデオを見せてあげるから楽しみにしているといいわ」

ドクター・ペインの目に自己陶酔の狂気を見たような気がした。手術中に死んだ方
がマシなように思える。僕の鼻に差し込まれている管が麻酔装置に繋がれた。次の
一息で、僕の意識はあっけなく断ち切れてしまった。

闇の中、意識がゆっくりと戻った。ここがどこなのか、自分がどうなっているのか
という見当識が失われていた。気分が悪かった。全身がバラバラに切り離されパー
ツごとに床に並べられているかのような強烈な違和感がある。最悪の乗り物酔いの
ように胸がむかついた。全身が高熱を発しているかのようにだるく、関節が疼いた。
幸いにも痛みは感じなかった。象を眠らせるくらいの安定剤が流しこまれているよ
うで、離人症を起こしているかのようになにもかもどうでもよかった。自分がもは
や呼吸していないことに気がついても、強い驚きは感じなかった。胸が動いていな
い。呼吸に伴う胸の拡がりがいっさいなかった。僕はじつは死んでいるのかもしれ
ない。そう考えたが、それにしては生々しい不快感がある。心臓の鼓動も聞こえる。
息苦しいような気がするのは肺が動いていないことでの錯覚かもしれない。いった
い何をされたのか、とにかく僕は呼吸をせずに生きていた。

自分の現状と状況が思い出せるほど頭がはっきりしてきた頃、クッション床がたわ
み、僕をくるむゴム袋がまさぐられた。ジッパーの引き下げられる響き。脱皮する
蝉のようにゴム袋が引き剥かれる。反射的に目を開けようとしたが、瞼すら自由に
ならなかった。瞼が赤く染まり、そんな光ですら目に痛い。身体がまさぐられる。
全身をくまなくチェックされている。事務的だが乱暴な扱いではなかったので、僕
はなされるがままに身を任せた。

手足が動かされるとき、関節が軋むように痛んだ。身体を横向きにされたときは、
全身の骨がパキパキと鳴り、耐え難い痛みが特に背骨に走った。僕の身体は棒のよ
うに突っ張っていた。痛みはしばらくすると下火になっていったものの、横向きの
体勢が苦しいことに変わりはない。再び仰向けの体勢に戻されたときはほっとした。
瞼の裏に感じる光が弱まった。そっと瞼が押し上げられる。絞り込まれた薄闇でさ
えも目に突き刺さるようだった。涙があふれる。その涙がそっと拭われると、よう
やく心配そうに覗き込んでいるジェシーの顔に焦点があった。

「なんとか生き残ったわね、ハルキ。一時は危険な状態までなったのに、それから
たった3週間で完全に適応するなんて、若さのゆえの生命力だわ。バイタルは正常
値に戻ったし、もう大丈夫。もの凄い改造だったけど、あなたは完璧に安定してる。
組織の接合も問題なく終わっている。生還おめでとう、ハルキ」

3週間?どうやら手術は無事終わったようだけど、それが3週間も前のことだなん
て実感がなかった。ドクター・ペインの偏執狂のような目に竦み上がったことが、
つい昨日のことのように思える。僕の改造は大成功だったという。だからって喜べ
るわけもない。自分で望んだわけじゃなく、邪悪な意図で強制的に施された改造手
術なんだから。自分が死にかけたという実感もなかったけれど、せっかく死にかけ
たんなら、何故そのまま死んでしまわなかったのか。自分の肉体の生に対する執着
が恨めしかった。僕は自分の肉体に裏切られたようなものだった。

全身に奇妙な違和感がある。22年間生きてきて、こんな感覚は経験がない。それ
が僕の肉体に加えられた改造手術のせいであることは間違いなかった。自分にどん
な改造が施されてしまったのか、知りたいという強烈な欲求と、知りたくないとい
う絶望的な恐怖が同時に生じた。安定剤の効果も薄れてきているのだろうか。一瞬
感情が爆発的に昂り、胸が締めつけられるように捻れた。口の中に特大の箝口具が
詰め込まれていなければ、怯むことなく舌を噛み切っていただろう。脳が腫れ上が
るほどの昂りも、だからといって身動きすらできない有様で、なにひとつできるこ
ともなく、やがて萎えていった。

ジェシーが僕の身体からチューブや電極を外していく。どうあがいても、間もなく
僕は自分に加えられた改造の結果を目にすることになる。虫けらよりも非力な僕に
できることといえば、何を知っても驚かないような心構えを作ることだけ。しかし、
僕はこんな状況に貶められてしまても、悲観主義者にはなれない性分のようだった。
僕の肉体に加えられた改造は、僕の想像力の限界をはるかに超えたものだった。

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