rubberdoll  作: 玲
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rubberdoll-3 検査。

激痛で叩き起こされた。股間と喉が拍動に合わせてずきずきと痛む。痛むところを
手で押さえることもできず、身を丸めることすらできずに耐えなければいけないと
いうのは、想像以上に地獄だった。眠ることもできず、考えることさえできずに、
ただひたすら耐えるしかなかった。終わりの見えない闘い。痛みの発する場所が意
味する男の喪失と声の喪失が、痛みの合間に僕を泣かせた。時間感覚がない闇の中
で何時間呻吟したことか。痛みはこれほど鮮やかなのに、身体は相変わらずぴくり
とも動かせない。長い長い地獄の時間が過ぎていった。僕の精神は限界まで苛まれ
て、狂う寸前だった。

僕の身体はゼリーに包まれ、ゴム袋に収められて、液体クッションのゴム床に浮か
ぶように横たえられている。床擦れを防ぐにはいい処置なのかもしれないが、普通
の病院で患者をゴム袋に詰め込むなんて歓迎されるとは思えない。寝返りひとつ打
てずに長時間放置されていると、血が下に溜まり、背中や腿の裏が鬱血してくる。
それだけでなく動かせない関節が固まって嫌な軋みを感じる。痛みとは違うけれど、
身悶えしたくなる苦しみだった。傷の痛みがようやく下火になってくると、入れ替
わりに固まった身体の苦痛が増してくる。どちらにしても拷問と変わりない。床が
波打ち、誰かが穴蔵に入ってきたことを知ったときは、すがりついて大泣きしたい
気分だった。

ゴム袋が開かれ、脱皮するかのように湯気を出しながら僕の棒のようになった身体
が引き出された。光に痛む目を必死で見開き、ぼんやりした視界の中にブルネット
の看護婦を捉えた。なんどか瞬きを繰り返し、ようやくはっきりしてきた視力で、
ジェシーという名前が胸のネームプレートから読みとれた。ジェシーは温湯で絞っ
たタオルを使い、僕の身体のジェルを拭き清めてくれた。股間と喉を覗き込まれ、
スプレーが吹きつけられる。ひんやりとして気持ちがいい。

「順調ね。腫れも引いた様子だし、接着も完了してるわね。もうほとんど痛みもな
いと思うけど、もしまだ痛むなら瞬きを2回してくれる。・・・オーケー、鎮静剤
を投与してあげる。安定剤も入れてあげるから眠りなさい。ハルキ。よけいなこと
考えないで眠れば、それだけ回復も早いから」

僕には彼女が天使に思えた。痛めつけられ、身体も精神もぼろぼろになっているこ
んな状況では、悪意がないというだけで慈悲に感じてしまう。新しいジェルが塗り
つけられ、ゴム袋の中に戻された。再び闇の中に閉じこめられる。しばらくすると
身体が火照るような感覚とともに患部の痛みが消え、割れたガラスのようにギザギ
ザになっていた精神も和らいで、僕は眠りに落ちることができた。

手術から4日目。そうジェシーが教えてくれた。時間感覚を奪われている僕には、
ジェシーのいうことを鵜呑みにするしかない。ゴム袋から引き出され、身体を清め
られた後、ジェシーが傷の完治を告げた。わずか4日であれほどの大手術の傷が癒
えたことになる。鎮静剤の投与のおかげもあるかもしれないが、患部はもうむず痒
さしか感じなかった。痛みがなくなったことは嬉しかったが、その代わりに僕は激
しい飢餓と喉の渇きに苦しめられていた。手術されてから一度も食事を与えられて
いなかった。水分も栄養も点滴から直接補給されているのだろうけれど、空っぽの
胃袋が条件反射で発する飢餓感を癒してはくれなかった。こんな状況でも、僕の身
体は生き続けようと必死で訴えているのだ。しかし、もはや声帯のない僕にそんな
欲求を訴えるすべもなかった。

「もう痛みはないはずだから今日から鎮静剤はなし。お腹が空いて喉が渇いてるで
しょうけど、水分補給も栄養補給も今後は点滴で摂らせるようにってドクターの指
示が出てるの。もう固形物は二度と口にできなくなるなんて可哀想ね。でも我慢し
てもらうしかないのよね。鎮痛剤は中止するけど、安定剤は続けるから少しは耐え
やすいと思うわ」

そういわれて僕は再び闇の中へ戻された。飢餓というのは思った以上に強力なもの
だ。僕は去勢されたショックも忘れ、ひたすら食べ物のことだけを思いながらロッ
カーの中で横たわっていた。

5日目。引き出された僕は、ジェシーだけでなく2人の屈強そうな介助士を目にし
た。介助士の手でゼリーまみれのまま、車椅子に移し換えられる。座面や背もたれ
がすべてラバーシートになっているから、汚れても構わないのだろう。口と鼻のパ
イプが車椅子の下の器械に繋ぎ直された。胴体と手首と足首が車椅子に付属したス
トラップで締め上げられた。動けない僕だから、逃亡防止ではなく、ずり落ち防止
のためだろう。腕の点滴針はそのままに、点滴バッグは外された。

「じゃあ行きましょ。検査室で検査した後、喉の改造に問題がなければ水を飲める
わよ。嬉しいでしょ」

水。水。砂漠の遭難者のように僕は渇いていた。1杯の水と引き替えに魂も売りか
ねないほど。検査室では屈辱的な検査が僕のプライドを傷つけてくれた。介助士に
支えられるままに台の上で四つん這いにされ、口と肛門にファイバースコープを入
れられたのだ。喉はまだしも、肛門の中を覗き込まれるなんて。美しいまでに完璧
だとの検査士の賞賛の声も、僕にとって嬉しいものではない。喉を覗かれるときに
いったん引き抜かれたパイプが再び押し込まれる。抜かれるのも入れられるのも信
じられないほど苦しかった。その後、採血され、全身のレントゲン撮影とMRIによ
る断層写真を撮られた。白い洞窟のような器械の中で工事現場の杭打ち機のような
騒音を長時間聞かされ、ようやく解放されたときは精神が萎えてぐったりしてしま
った。介助士に女の子のように抱きかかえられて車椅子に戻されても、屈辱と感じ
る気力さえなかった。ひたすら1杯の水が欲しかった。でも、まだおあずけ。

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