rubberdoll  作: 玲
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rubberdoll-2 去勢。

ネバダの砂漠への入り口で、女からもらった炭酸飲料を飲んだところで途切れた僕
の意識は、手術台の上で唐突に覚醒した。そしてそれが最初の手術の始まりでもあ
った。目を開いて、そこが手術室らしいとわかるまでしばらく時間がかかった。起
き上がろうとして身体が動かず、人を呼ぼうとして声も出ないと知って、僕はパニ
ックを起こしかけた。最初に思い浮かんだのは車の事故だった。事故で運ばれた病
院で目が覚めたに違いないと思った。慌てて身体感覚を探る。とりあえず身体に痛
みはないようだ。しかし安堵はできなかった。全身麻痺。その単語が脳裏に浮かび、
僕は戦慄した。それを否定してくれる誰かが現れてくれることを一縷の希望として、
僕は押し潰されそうな不安にひたすら耐えて待つしかなかった。何故誰もいないの
か。もしかしたら死んだと勘違いされて、モルグに安置されているのかもしれない
などという妄想さえ浮かんできた頃、シュッというドアの開く音がして、視界にグ
リーンの手術着をつけた女性の姿が飛び込んできた。大きなマスクで人相もわから
ない。医者なのか。いや手術スタッフの看護婦かもしれない。誰だっていい。僕の
この状態を説明してさえくれるなら。そして重大な障害を否定してくれるなら。僕
の心は躍った。その女性は瞬きしている僕の目を見て、近づいてくると僕の目の前
で指を一本立てた。

「意識が戻ったようね。この指を目で追いかけなさい」

彼女はその指をゆっくり左右に動かした。僕は藁にでもすがりたい気持ちでその指
を追いかけた。無数の質問が立て続けに湧いてきて喉に詰まる。声を出せないもど
かしさで身体が破裂しそうだった。

「オーケー。意識ははっきりしてるようね。ちょっと台を傾けるわよ」

そういって視界の外で何かを操作した。僕が横たわる台の半分が持ち上がり、僕の
上半身が起きあがった。ようやく自分の身体が視界に入り、自分が素っ裸で手術台
に固定されているのがわかった。恥ずかしいという意識は働かない。それどころで
はなく、僕は自分の身体の状態をチェックするのに忙しかった。どうやら肉体の欠
損はないようだ。腕と足、そして腹と胸、おそらく首と頭もストラップで拘束され
ている。ストラップがあろうがなかろうが僕の筋肉が反応しないのだから、動けな
いことには変わりないのだが。台を傾けても身体がずり落ちないようにするために
ストラップがかけられているのだろう。単なる平らなベッドのような台の上だと思
っていたが、そうではなく、産婦人科の検診台を土木機械並みに頑丈にしたような
特異な台だった。

舐め回すように何度見ても、目につく限り外傷はないとはいえ、自分の筋肉という
筋肉がぴくりとも動かないのが恐ろしい。問題は体の中なのか。嫌な想像が頭の中
を駆けめぐる。しかし、ふと、もし脊椎などにダメージを受けているとしたら、こ
んなふうに上体を持ち上げたりしないだろうし、首にはもっとごつい固定器具が嵌
められているはずだと思い直した。そんな交錯する僕の内面などお構いなしに、彼
女はなにやら自分の作業をこなしている様子だ。僕はもどかしさに血が沸騰する思
いで待った。ようやく彼女が僕の視野の中に戻ってきたとき、その手にはピンセッ
トが握られていた。その鋭い先端が僕の目の前で振り動かされた。

「痛みを感じたら瞬きを強く3回すること。いいわね」

そういって僕の太股の肉をピンセットでつまんだ。痛みどころか感覚すべてがなか
った。次にピンセットは僕の性器をつまんだ。先端が亀頭部の粘膜に突き刺さりそ
うにめり込んでいるというのに何の感覚もない。男性機能の喪失。その想像の恐ろ
しさに、恥毛どころか臑毛もがきれいさっぱり剃り落とされていることなど気にと
まらなかった。実際は全身の体毛を一本残らず剃り上げられていたのだけれど、そ
の時の僕にはそれを知るすべがなかった。その後も身体の各部をつままれたけれど、
完璧な無感覚が確認されただけだった。

「麻酔も弛緩剤もじゅうぶんに効いているようね。じゃあ、手術準備は完了」

僕の百出する疑問にはひとつも答えずに、彼女は部屋を出ていった。待ってくれ。
僕の心の叫びは届かなかった。いらいらが極限に達し、猛烈に腹が立った。しかし、
彼女のわずかな言葉の中にもかろうじて情報が含まれていることに気づき、感情の
昂りを収めることができた。彼女は麻酔と弛緩剤といっていた。身体の感覚のなさ
は麻酔のせいなのだ。身体の麻痺は弛緩剤のせいなのだろう。すべて薬のせいと知
って、僕は目眩がするほど安堵した。しかし・・・じゃあいったいどこが悪いのか。
手術を要する損傷は脊椎以外にもいろいろ考えられるし、外傷より内部の損傷の方
が重篤なイメージがある。再び重い不安感が湧き出し、わずかな手がかりでもない
かと、僕は眼球をうろうろとさまよわせた。何台ものモニターカメラが壁にも天井
にも設置されているのが見えた。映画やドラマで見る手術室にはこんなにたくさん
のカメラはなかったような気がするけれど、この22年間、病院といえば歯医者し
か縁のなかった僕には判断がつかなかった。

再びドアの開閉する音が聞こえ、僕の目の前にぞっとするほど美しい女性が現れた。
手術着は着ているがマスクをしていないため、その美貌がはっきりと見て取れる。
研ぎ澄まされたメスの刃先のように美しいのも事実だが、同時にゲシュタポの女将
校のように酷薄な印象も覚えた。彼女に続いて数人のスタッフが入ってきて、それ
ぞれに動きだした。しかし目の前の医師から発せられる威厳のオーラが僕を圧倒し
て、他のことまで見て取る余裕を失わせていた。年齢の読めない女だった。二十代
前半といわれるとそうかもしれないと思えるし、五十をとうに超えているといわれ
ても納得してしまうかもしれない。黒い髪と黒い瞳。いちばん印象深いのがその氷
のような冷酷な光を宿す切れ長の眼と、悪魔のように端が吊り上がった薄い唇だっ
た。

ラバー手袋に包まれた彼女の手指が一本立てられると、スタッフがいっそうキビキ
ビと動きだした。スイッチを入れる音がいくつか響いた。頭上の無影灯が強烈な白
光を放ち、僕の裸体を白く浮かび上がらせた。僕を固定した台の油圧ジャッキが音
もなく伸縮し、僕の上体がさらに起こされると同時に、脚が90度以上に開かれて
いった。さすがに衆人環視の元、自分の股間が最大限に晒されようとしている恥ず
かしさに僕はひるんだ。だからといって抵抗のしようもなく、不安と混乱に苛まれ
ながら、そこらの虫以下の無力な存在に貶められているしかなかった。僕の上体は
垂直に起こされ、そこで停まったが、頭を固定しているヘッドレストのみがさらに
角度を増して、自分の股間を見下ろすような体勢にされた。スタッフの一人が僕の
顔を覗き込み、何やら針金でできたような器具を僕の目に取り付けた。クリップ部
が僕の瞼を割って開き、僕の目は開きっぱなしにされた。もう瞬きすらできず、目
を閉じることもかなわず、涙を滲ませながら自分のペニスを見つめることしかでき
なかった。どうしてそんなことをするのか見当もつかず、理不尽な扱われように憤
りすら感じる。

視界の中心を占める股間に、ゴム手袋をした手が忍び寄り、長くしなやかな指が僕
のペニスをつまんで持ち上げた。

「ふふふ。なかなか見事なお道具ね。ウタマロっていうやつね」

声が上から降ってきた。酷薄な美貌からは酷薄な声が出るようだ。声の中に何かひ
どく残酷なニアンスを感じた。

「これが見納めなんだから、名残を惜しんでおきなさい」

割り開かれた僕の脚の間にスツールが運ばれ、僕のペニスを握りつけたまま彼女が
腰を下ろした。なんなんだ。この病院は何かがおかしい。それに見納めって何のこ
とだ。僕はあまりのことに混乱してしまった。

「私のことはドクター・ペインとお呼びなさい。おまえの担当医よ。長いつきあい
になるわ。さてさて、おまえは自分が事故か何かで病院に搬送され、治療を受けて
いるとでも思っているでしょう。ここに拉致されてきた者はみんな最初はそう思う
のよ。でも、それは不正解。おまえの意識がない間に施された徹底的な検査でもな
にひとつ異常は発見されなかったし、おまえは完全な健康体で理想的な身体状況よ。
だからこそ選ばれたのだから、当然だけど。じゃあ、なぜ手術室にいるのかってい
う疑問が湧いてるでしょうね。手術室ですることはひとつ、手術するのよ。おまえ
はこれから肉体を徹底的に改造され、買い手の注文通りの身体に造りかえられてか
ら、売られていくことになる。信じられないでしょうね。まあ、災難と思ってあき
らめることね。あきらめられるわけないでしょうけど。ふふふ」

あたりまえだ。あまりの話の内容に僕はしばらく頭の中が真っ白になっていたが、
ドクター・ペインの話が冗談でないことだけは、彼女のその邪悪な目の光で直感し
た。拉致、手術、改造、売買・・・僕はあらん限りの力を集中して叫び、暴れよう
とした。しかし、頭蓋骨が割れそうなほど気力を振り絞っても、僕の肉体は髪の毛
一筋も動かず、掠れ声すらでなかった。僕が必死で足掻いている間に、スタッフの
手でドクター・ペインの鼻から下が手術マスクで覆われ、ドクター・ペインの目は
双眼鏡のようなレンズのついたゴーグルのような器械に隠された。ロボットのよう
な不気味な相貌に人間味などいっさい感じられなくなる。股間のあたりで手術台の
下から板が迫り上がり、僕の睾丸とペニスを乗せて押し上げる。まるでまな板だ。
ギラリとした光が僕の目を射る。ドクター・ペイン手に握られたメスだった。無影
灯の光に煌めき、その光が僕の股間に近づいてくる。僕は恐怖にすくみあがった。

「抵抗は無駄だし、逃亡も自殺さえ不可能。自分の運命を受け入れて、従順になる
ことね。それがいちばん楽だし、苦痛も少ないはず。望んで苦しみを長引かせたい
のなら、止めはしないけどね。手術の一部始終をその目で見られるようにしてあげ
たから、現実をしっかり受け止めてちょうだい。まあ、男のシンボルがなくなって
しまえばたいていは従順になるものだけどね」

僕は絶叫した。絶叫したつもりだった。まるでタコの脚でも切るようにあっさりと、
メスの先端が僕のペニスの根元を抉るように切り開いたとき、僕の精神は凍りつい
てしまった。身体を伝って、肉が切断されてゆくくぐもった音が聞こえたような気
がした。身の毛がよだち、吐き気がした。慈悲を乞いたかった。声の代わりに出す
ことのできたのは、涙だけ。あふれだした涙は頬を伝い落ちる前に、スタッフの手
で拭い去られた。

目を背けることもできず、目をつぶることもできず、僕は自分が男でなくなってい
く様を、逐一見せ続けられた。ドクター・ペインは血の海の中に見え隠れする僕の
臓器をひとつひとつ解説しながら、楽しげにメスを振るっていく。ペニスが縦に切
り裂かれ、血の海の中から海綿体が抜かれていく。陰嚢が割られ、睾丸が摘出され
て輸精管やら血管やらが処置される。そして最後にもはや抜け殻となったペニスと
陰嚢がすっぱりと断ち切られてしまった。僕の男の象徴は、完全に切り離され、膿
盆の中の血溜まりに浮かぶ、ただの肉塊となり果てていた。

僕は去勢された。去勢されてしまった。僕のペニスが、僕の睾丸が。僕は男を失っ
てしまった。自分が去勢されていく様をなすすべもなく見せつけられ、僕はその衝
撃に脳髄の奥まで揺さぶられた。信じたくなかった。信じられなかった。しかし、
目の前に血まみれの股間が確かに存在し、そこにはもうなにひとつなかった。泣く
ことだけが僕に許された唯一の自由だった。

突然、台が回転し、僕の身体は股間を上に持ち上げられた。性器の切断面に何かス
プレーのようなモノが吹きつけられた後、ドクター・ペインがコキッと首をならし
ていった。

「さあ、ここからが本番よ。この子にはモニターを見せてやりなさい」

僕の首の角度が戻され、僕はようやく自分の股間の惨状から目を離すことができた。
しかし、それも束の間、目の前にフラットパネルのモニターがかざされ、モニター
のスイッチが入れられたとたん、そこに今まで見ていた僕の股間が生々しく映し出
された。この上何を見せようというのか。

ペニスを除去した後の股間が、奥へと切り開かれ、精嚢と前立腺が除去されてしま
う。その奥に僕は自分の膀胱をまのあたりにした。吐き気というより魂が抜け出て
ゆくような脱力感があった。ただひたすらおぞましかった。血にまみれた白くぶよ
ぶよした袋。尿道の残滓が切り離された。その切り口に細いチューブの一端が接続
された。切断面とチューブの先にそれぞれ白いジェルが塗られ、押しつけるように
して数拍置くと接着が完了した。チューブが引かれると膀胱まで持ち上がる。チュ
ーブのもう一端には直径5センチ近くもあるリング状の弁がぶらさがっていて、膀
胱から流れ出した血混じりの尿がその弁に達すると、その弁の片面から滲み出た。
尿はビニール袋に受けられて、点滴のように溜まってゆく。導通が確認された後、
チューブはクリップで挟まれ、尿の流れを止められた。

股間が下まで切り開かれ、捲り上げられた肉の奥、僕は自分の直腸を眺めさせられ
た。直腸のいちばん奥、S字結腸と解説された部分に切れ目が入れられ、そこから
腸の内部にチューブの先の弁が挿入された。弁は腸壁の内側に接着され、チューブ
を飛び出させたまま、腸壁の切れ目も接着で塞がれた。腸壁の切れ目が修復される
とチューブのクリップが外され、尿が流れ込んでいく。お腹の奥に生温かい漏れ出
しを感じた。接着は完璧で、腸の切れ目から尿が漏れ出すこともない。

開かれっぱなしで乾いた目に何度かゼリーのようなものを塗りつけられ、あまりの
状況に意識が朦朧としてくるとすかさず刺激臭の薬品を嗅がされて、強制的に覚醒
させられた。ドクター・ペインは、彼女がすることを僕がしっかりと見届け、骨身
にしみて理解するように望んでいたからだ。クローズアップされたグロテスクな映
像とドクター・ペインの嬲るような解説のおかげで、ひとつひとつの作業とその非
道な目的が否応なしに理解させられた。最初に去勢という最大のショックを与える
ことで、僕を観念させ、これから順次加えられる悲惨な出来事に耐性をつけると同
時に、今後の仕事をスムースにできるようにすることが目的だという。

肛門からパイプが通され、腸に接合された弁まで送り込まれる。カチリとパイプの
先端が嵌り込む音が響き、接続を確かめるようにパイプがわずかに引かれると、弁
の接合した腸がひくりと引攣れるのが見えた。何かがじわりと流れ込んでくる感触
があった。体温と同じ温度の生理食塩水だと説明された。ゆっくりゆっくり生理食
塩水が流れ込み、僕の腸を膨らませていく。その時間つぶしにと、ドクター・ペイ
ンが接着剤について滔々と解説してくれた。

このクリニックでは、すべての術式において針と糸ではなく接着剤が使われている
のだそうだ。生体接着剤は傷口を瞬時に接着し、出血が少ないだけでなく、細胞賦
活作用があり、切断された神経や毛細血管までをも接合してくれるという。そのた
め、癒着もほとんど起きず、傷跡も残らない。夢のような素材なのだそうだ。しか
し、その原材料が人間の受精卵であり、未分化の胚細胞を大量に必要とするためク
ローン増殖技術まで使われ、倫理的に現在の医学界では絶対に認められない製品な
のだそうだ。ドクター・ペインは笑いながら、人間の臓器売買をしている組織だか
らこそ実現可能な技術だといった。

「接着剤は術後3日ほどで体細胞に吸収されて消えるのだけど、鎮静剤や麻酔剤は
細胞の賦活を遅らせてせっかくの効果を損ねてしまうから、おまえにとっては災難
のようなものだけど、その間は痛みにひたすら耐えてもらうしかない。まあこれも
運命と思ってあきらめることね」

絶望というものがどれほど重いものか、僕は生まれて初めて実感した。自分が今本
物の地獄にいるのだと悟った。自分の運命のあまりの酷さに呆然としている僕には
構わず、切り開かれた股間の修復が淡々と始められた。切られた血管が繋がれ、肉
が塞がれる。僕の股間に咲いた血肉の花は、フィルムの逆回しのように閉じて消え
た。カテーテルを埋め込まれた股間には、かすかに赤い筋が幾筋か交差して走って
いるだけで、尿道の穴もなく、そこにあったものの痕跡すらなかった。つるんとし
た恥骨の膨らみが初々しさまで感じさせる。温かい液体が僕の腸の奥底に滲み出し
ているのがわかるような気がした。そして僕の眼からも、涙がやむことなく流れ続
けていた。

股間がつるつるになって、ようやく終わりかと思っていると、台が操作され、頭が
のけぞり始めた。それにつれモニターの位置も動き、画面が切り替えられて、僕は
そこに映る自分の喉を眺めていた。もう勘弁してほしかった。あまりにも大きすぎ
る現実に打ちのめされ、僕の精神の受容範囲を超えてしまっていた。心が壊れてし
まいそうだった。スタッフが喉一面にねばねばする液体を塗りつけている。ドクタ
ー・ペインは疲れた様子も見せず、新しいメスを手に僕の喉に屈み込んだ。

「さあ、おまえの美声も永遠に封じてあげようね。お人形は喋らないものだからね」

お人形とは何のことかよくわからなかった。奴隷化される人間のここでの呼び名な
のかとも思った。まさか、文字通りの意味だなんて、この段階で想像することもで
きなかった。そんなことより、喉が手術され、声が奪われることの方が衝撃だった。
頭の中で叫び、罵倒し、許しを請い、泣き喚いても、現実には届かない。僕の喉が
両脇から切り開かれた。声帯が切除され、僕は二度と助けを求めて叫ぶこともでき
なくなった。

5時間にわたる手術が終わった。僕は股間と喉を清拭される。血が拭い去られた後、
術部を見ても、幾筋かの赤い線がかろうじて見えるだけで、大手術が行われたよう
には見えなかった。しかし僕の喉には、股間と同じように、そこにあったはずの喉
仏という突起が見あたらない。信じたくなくても信じざるをえない光景だった。

「第一段階はお終いよ。すてきなお人形に一歩近づいたわね。でもまだまだ余分な
ものもいっぱいあるし、また来週会いましょう」

ドクター・ペインが血まみれの手袋を引き毟りながらそういった。口と鼻に挿入さ
れたゴム管が僕の視界を半分にし、呼吸の自由を奪っていた。ゴム管には呼吸の確
保と同時に、切り刻まれた気管と食道が癒着しないよう押し広げる役割もある。僕
の目から金具が外され、僕はあらゆる現実を閉め出したくて目をつぶった。

台が動き、僕の身体が水平になると、看護士がストラップを外した。両膝の上に短
い開脚棒が嵌め込まれ、不用意に股が閉じないようにされた後、ストレッチャーに
移されて手術室から運び出される。廊下を運ばれて着いた部屋は、床も壁も天井ま
でゴムに覆われ、ウォーターベッドのようにぐねぐねと波打つ巨大な腸内のような
異様な部屋だった。

全身にセンサーが貼りつけられ、両腕に点滴針が刺されてチューブがテープで固定
された。そのうえで体中にむらなくラードのように粘つくジェルを塗りたくられ、
床に拡げられていたゴム袋の中に滑るように押し込まれる。ゴム袋のジッパーが途
中まで閉められ、顔の部分に位置する穴からゴム管やらコードやらチューブやらが
まとめて引き出された。呼吸管が壁のパネルに接続されるといったん停止していた
強制呼吸が再開される。センサーのコードも点滴のチューブもまとめてパネルに接
続された。ジッパーが完全に閉じられた。

闇に包まれる。これで終わりなのかと一瞬気を緩めたとたん、肛門に太いパイプが
挿入され、その屈辱に身体が熱くなった。突き込まれたパイプは僕の空っぽの直腸
を這い上り、いま手術によって取り付けられたばかりの直腸弁にカチンと嵌り込ん
だ。浣腸された生理食塩水と導尿された尿の混じった液体が抜けていく感覚があっ
た。もはや僕は排泄さえままならない身の上だった。ストレッチャーを押して看護
士達が去り、ゴム床の波打ちが収まる。ようやくひとりになれた。暗闇。全くの静
寂。ぼろぼろになった僕の精神は、自ら望んでガラスのように砕けて消えた。痛み
が襲ってくるまでの束の間の休息だった。

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