男蝶19 ターミナルステーションビルに隣接する老舗デパートの一階のコスメフロアは、女の匂いがむんむんしていた。 もちろん、化粧品の、あの独特の芳香が充満しているのだが、それだけではない。女の吐息の匂いや甘味の汗の臭い、それに女の体臭も混じっている。 まるで、男が入ることを許されない禁断の園のようだ。 土曜日の宵だが、恭子はいつもの淫らな冒険をひと休みして、ここにやってきたのだ。 週末なので大勢の女性客でにぎわっている。 鮮やかなスカイブルーのビューティアドバイザーの制服を着て、色とりどりの煌びやかな小さなボトルの並んだ商品棚をチェックしている彼女を見つけ、 「真純さん、お久しぶり」 と、声をかけた。 彼女は振り向き、 「あら、恭子じゃないの」 と、笑顔を見せた。 そして、「もうすぐ終わるからさ、いつものとこで待ってて」と言い置いて、彼女を手招きしている中年の婦人客のほうに歩み寄っていった。 上品な栗色に染めた髪は頭の後ろでシニョンにまとめている。その白い首筋からおだんごにかけてのエレガントさは絶品だ。 歩く後姿を眺めていると惚れ惚れとなる。ストッキングに包まれた脚は長いし、ハイヒールの足元は優雅な脚捌きだ。 あれが男だなんて……。 恭子は羨望のため息をついてから、待ち合わせの場所に向かった。 紅茶専門の喫茶店と看板の出ている『ヴィーナ』の二階の隅の席に座り、恭子は、OLがお勤め帰りにちょっと待ち合わせの表情で紅茶を注文した。 あれは二年前のことだ。 あの頃、恭子は、誰にもぜったいに見破られるわけがないという自負のもとに、あちこちの化粧品売り場巡りをしていたのだ。 お試しメイクで鏡の前に座って、アドヴァイザーの女に肌に触れられても露見しないと確信できて有頂天になっていたものだ。 ところがある日、 「ふふふ、チ×ポを生やした女ね」 と、耳元で囁かれ、思わず鏡の中のビューティアドヴァイザーと目を合わせると、彼女は不敵な笑みを浮かべていたのだ。それが真純だった。 新発売のシャドウをすすめられて、その色具合を試してみることになり、そこまではすごくきれいなお姉さんとしか思えなかったのに、恭子を男だと見抜いた目はあざ笑っているかのようだった。 なぜわかったの? と訊きたかったが、恭子を見つめる目を見て、ああ、この人も男なんだ……、と直感的に悟ったのだ。 年齢は恭子よりずっと上で、呆れるぐらい女になりきっていた。 恭子は敗北を認めた。それは、ある種、感動的な敗北と言っていいかもしれなかった。 そうして、世の中には上には上がいるものだ、と全面降伏して真澄の妹分にしてもらったのだ。 男蝶20 真純が手を振ってにこやかに歩いてくる姿を、恭子はうっとりと眺めていた。 スカイブルーの制服から私服のスーツに着替えている。白なのかアイボリーなのか、店内の照明のせいでよくわからないが、ショート丈のジャケットにシンプルなタイトスカートで銀をいぶしたようなボタンがついている。 長身で細身なので、とてもよく似合う。ファッション雑誌のモデルのような……いや、オートクチュールのモデルと言っていいほどに典雅な出で立ちだ。 「男漁りは順調?」 と、真純は恭子の向かいに座るなり言った。 いつもこんな調子なのだ。 恭子の顔に自然と笑みが浮かぶ。 真純の顔のメイクは、いつ見てもパーフェクトだ。 女としてコスメアドヴァイザーをしているのだから、当然といえば当然なのだが、恭子から見れば、何というか……、自分と比べて歴然としたレベルの差を感じてしまうのだ。 自分とちがって、女を粧うノウハウを知り尽くしている……、そんな圧倒的なものを感じてしまう。 もともと顔の造作の出来がいいのはわかっているが、さらにメイキャップの秘術を尽くすから手に負えないほど美女になってしまうのだ、この人は。 「また、そんな風にわたしの顔をじっと見つめる」 そして、オーダーをとりにきたウェイトレスに、艶味の女声で注文する。 真純の本名が木暮昭人といのを恭子は知っている。けれども、真純の全裸を見たことがないから、未だに、本当に男なのか? と疑ってしまうくらいだ。 ただ、胸を見せてもらったことがあって、豊胸手術もしていないし、ホルモン投与の形跡もなく、男の平たい胸だった。だから、男だとわかっているのだが、こうして、どこから見ても女の容姿を眺めていると疑いたくもなるのだ。 木暮昭人という名前の女装の達人は31歳で、どういうルートから入りこんだのか知らないが大手の化粧品メーカーの美容部員として働いている。男としてサラリーマン生活の恭子とは大違いなのだ。 この匂わんばかりの色香は何なのだろう? この人の色香ときたら、下品な淫らさを漂わせていない。蠱惑的なのだ。貴種の宝石が人の心を惑わすように、この人の美貌は性別を問わず迷わせる。 恭子の分析によると、真純の色香は媚びる色香ではないのだ。恭子自身のことを言うと、男に対して媚態を演じて作為的に色香を醸成している部分があるのだが、この人はそうではない。たとえばお水のママなどは、どんな色っぽくてきれいであっても媚びが感じられる。しかし、この人からは媚びは漂ってこない……。 「真純さんに会うと勇気がもらえるんです」 「それじゃ、また、ドロドロの気分に潜ってしまったの?」 「そうなんです……」 恭子は先日のブタ男と過ごした夜のことを、かいつまんで話した。 彼女は、まるで仕事の相談に来た後輩の話を聞くようにして、うなずきながら聞き入ってくれた。 ……この人は、額の形が素晴らしい、と、恭子は話しながら思っていた。 髪の生え際が麗しいまでの楕円形で、髪を後ろにひっつめたときのおでこの美麗さは官能的ですらある。 目尻の少し吊りあがり気味のアーモンドタイプの目と細く描いた眉弓、ツンと尖った小さな鼻と小さな唇が絶妙の配置で美人顔を造り上げている。 「それで、自己嫌悪に陥ったりするのね」 「はい」 「恭子はまだまだね」 「そうなんですけど……」 「わたしの今の彼って、黒人のなのよ」 「えっ……?」 「チ×ポが長くってね、アナルセックスには長いほうがいいでしょ」 と、言いながら、優雅な手つきでカップを口もとに運ぶ。 この人は毒沼に住む魔女なのだ。自分は単なる毒沼の住人にすぎないが……。 男蝶21 黒人といってもアフリカ系アメリカ人じゃなくて、アフリカ大陸からやってきた生粋のホンモノなのだ、という。 「何ていう国だったかな……、もう忘れてるわ。興味もないしね」 真純はアフリカの地理には詳しくないので、国名も覚えていないし、大陸のどのあたりに位置するのかもわからない。 オフの日に、電器店街に行ったのが、そもそもの出会いのきっかけだった。路端で海賊版の映画DVDを売っている怪しい外人を冷やかしていると、その友人らしい巨漢の黒人がやってきて、真純をひと目見て気に入ったらしく、しきりに粉をかけてきたのだ。 「わたしのほうはあんまり乗り気じゃなかったのよ。でも、黒人のチ×ポを体験するのも悪くないかな、と思って……」 その黒人は、たどたどしい日本語で、「オジョーサン」「ビジン」「イッパツヤラセテ」の三種類の言葉を繰り返すだけだった。いかつい顔だがニット帽をかぶって、大きな目には愛嬌があり、晧い歯を煌かせて笑顔を見せるのだった。 「ジャンボって呼んでるのよね。本名はムワチュ……何とかっていうんだけど、そういうのは発音できないしねえ」 おぼつかない日本語の間に「ジャンボ」という言葉が混じるので、身長190センチを超える巨体のことを言っているのだと思っていたら、母国語の「こんにちは」というあいさつだった、と後でわかった。 「結果としてナンパされたってことなんだけど、ジャンボって、密林で育った野獣なのよ。……ジャングルか砂漠か、わかんないけど。獣は性交するときに何も考えないでしょう? ただチ×ポをメスのオ○コに突き刺して射精するだけ。本能が命じるままのセックスよ。ジャンボもそうなの。真っ黒の長いチ×ポを突っ込むのは男のアナルだけどね、ふふふ」 と、真純は艶然と微笑む。 「わたしって、身長があるからハイヒールだと、ふつうの男なら目線があまり変わらないんだけど、ジャンボはねえ、見上げなければいけないのよ。笑ってないときは恐ろしい顔だしね、皮膚が黒いってのは、何だか凄味があるしねえ……」 こういう少し変わったのをつまみ喰いするのも面白いかもしれない、と思って真純はジャンボに誘われるままにラブホに入った。 ロマンティックにキスして優しく抱擁して、という風な手順を一切無視して、ジャンボはいきなりジーンズを脱いで半立ちの長い巨根を真純に見せて襲いかかってきたのだ。 「ちょっと待ちなさいよ」 と言っても、相手は黒い野獣だから聞く耳を持つわけがない。 衣服を乱暴に脱がされ、真純が男だとわかると、さすがの野生の淫欲も躊躇を見せた。 そこからは、真純が主導権を握る番だ。 どうせ会話のコミュニケーションはうまくとれないのだから、と真純はまずフェラチオでジャンボを翻弄させることにした。 匂うほどに紅く塗り込めた口唇で口淫してもらえると知ったジャンボは嬉しさを隠せない。 ジャンボをベッドに腰かけさせて、真純は彼の開いた膝の間に座りこみ、太い肉幹を握った。 「馬並みよ、馬のチ×ポ、ふふふ」 と、真純は好色の気配を漂わせた笑みを浮かべる。 真純のような気品あふれる美女が淫ら味を見せると、恭子はゾクリ、となってしまう。 恭子には、真純ほどのセイレーンの味わいは出せない。だからこそ、真純に師事してしまうのだ。 「体臭っていうのかな、匂いがきついのよねえ、それがまたいいのよ。獣の体臭だもの」 妖女は男でありながら、女を超越している……、と、恭子はあらためて感心し、圧倒されるのだった。 男蝶22 魁偉な亀頭はブロンズの彫刻のようだが、手指に伝わる灼熱で生身のペニスだとわかる。 女装麗女に変身して数多くの男を誘惑し、彼らの欲望根を玩味してきたが、ジャンボの淫棒は格別だった。 まさに凶器としか言いようのない狂暴性を秘めた肉棒に朱唇をからみつかせてやるとジャンボは獣の唸りのような喜びの声をあげる。 だが、フェラチオはあくまでもフェラチオでしかない。 ジャンボはすぐに肉穴への挿入を望み、真純はベッドの上に這って自慢の尻穴を差し出したのだ。 「あんな太いのが入るのか、って心配だったのよ。でもね、アナルは驚くほど柔軟性があるのよねえ」 『ヴィーナ』には男性客はいない。レディース向けのティールームなのだ。 それに、ガキの少女もいない。お嬢さまから上品な御婦人まで、レディースが静かに紅茶を嗜んで、どこそこのスィーツが美味しいとか、初夏のスカートはこういうのが流行りそうだ、とか、そういう話題で談笑する場所なのだ。 しかし、真純は堂々と、大男の黒人とのアナルセックスの話をしている。顔が下卑てくるのではなくて、優雅な淫らさをたたえて……。 ほんとうに、この人にはかなわない……。 背後から串刺しにされて、背中におおいかぶさられてしまうと著しい体格の差があるので、巨獣に襲われた小動物になったような気分になる、という。 熱い吐息をうなじに吹きかけられて、日本人ではあり得ない獰猛なピストン摩擦で肛門穴を抽送されると、快感というレベルではなくてストレートな肉の喜悦に酔い痴れてしまうのだ。 「インターレイシャルって、ジャンボとやるまではよくわからなかったんだけどねえ……」 異人種交媾というのは、真純にとって身近なものではなく、特に興味をひくものでもなかった。けれども、ジャンボと交合するようになってから、真純は黒い巨人に夢中になってしまっているのだった。 「精力絶倫どころじゃなくて、無尽蔵のスタミナなのよ、ほんと、呆れてしまうわよ……」 まるで猛烈な嵐に見舞われたかのような第一ラウンドが終わった。 ジャンボは真純の直腸に夥しい量の精液を噴射し、その瞬間、真純は頭の中が真っ白になるほどのオルガを味わってシーツの上に崩れ落ちてしまったのだ。 けれども、ジャンボの獣の欲望はとどまるところを知らなかった。 ほんの今、猛烈な勢いで射精したばかりだというのに、怒立を保ったままで、 「マスミ、モウイッパツヤリタイ」 と言うのだ。 「わたしのアナルは開ききってしまってジャンボのザーメンがトロトロと漏れてきているのよ。放っておくとまた襲いかかってきそうだったから、おしゃぶりしてあげて、ちょっと休むことにしたの」 真純はジャンボを仰向けに寝かせ、彼の逞しい下肢にしなだれかかって口淫愛撫してやった。 精液にまみれてヌラヌラと光る巨大な黒棒は、あらためて間近で眺めて見ると、とても人間のものとは思えないほどの代物だ。口に咥えても頬張りきれないので、舌で舐めまわしてやる。濃厚なスペルマの味と匂いを楽しみながら、ちらりとジャンボの顔を見やると子供のように嬉しそうにしている。 ひと晩かけて、男色の秘儀を尽くし、この猛獣を虜にしてやろう。女装の男とのアナルセックスに惑溺させて、この黒い獣をペットにしてしまうのだ……。 真純は決意し、濃淫フェラチオでジャンボを翻弄したあと、今度は正常位で彼のマグナムサイズの肉根を肛門性器に受け入れたのだ。 「わたしのチ×ポもビンビンに勃起してね、もう失神しそうなほどのまぐわいだったの」 美粧の佳人の美しいルージュの唇からいやらしい言葉が次々と発すされる。 やはり、この人には脱帽だ、と思いながら、恭子は耳を傾けていた。 男蝶23 ジャンボは母国の知人を頼って日本にやってきた。 日本の中古車を輸入販売するとボロい儲けになる、現に、そういう事業で財を成した者もいる。 だから、ジャンボは一攫千金を夢見て来日したのだった。 「けどね、ジャンボって、ビジネスのビの字もわからない奴なのよ。川で魚を獲ってきて売ればお金になる、っていう原始的な考え方しかできない奴だからね。ビジネスには元手が必要、その方面のコネクションが必要、輸出入だと複雑な国際間の事務手続きが必要……、でも、ジャンボはそういうことがわからないまま、すぐに大金持ちになれると思ってたみたいね、ふふふ」 何とか渡航費を工面してやってきたけれど、ビジネスどころではなかった。まず差し迫った問題は食べてゆくことだった。 ジャンボはアフリカンコミュニティに出入りして、最短距離、つまり近道は何かを学んだ。 「日本人妻を娶ったのね。あいつはチ×ポを使うことにかけては一種の天才だからさ。覚えたての日本語でナンパしまくったら、ちょうど手ごろなのが見つかったのよ。それでね、奥さんに外人バーをやらせてるの。食べる心配がなくなって、そこそこの小遣いも手に入るとなると、ビジネスで成功するなんて志はすっかり忘れて遊び呆けてるってわけ」 「今は真純さんに夢中なんですね」 「そう。蜘蛛の糸にからめとられたのも知らずにね、ふふふ」 「その人って、ホモの気があったんですか?」 「ないわよ。手当たり次第に女をナンパしまくってるんだから。……でも、あいつねえ、ホモセクシュアルとヘテロセクシュアルのちがいがよくわかってないんじゃないか、って思うときがあるわね。穴があって、その穴にチ×ポを突っ込んで気持ちよかったら、どんな穴でもいいんじゃないかな」 ともかく、初めてセックスしたとき、ジャンボは真純を男だと理解したはずだ。 誰もが目を瞠るほどに巧緻にメイクアップされた女の顔だが、乳房は有していないし、男根をぶら下げていて、ジャンボが挿入したのは真純のアナル孔だ。 「あの日、四回目を挑んできたとき、もう勘弁してよ、体が保たないわ、って感じでね。さすがに、あたしも降参よ、あそこまで獣だとね」 ジャンボの獣欲は萎えることなく真純の肛門性器を襲い続けた。 きつい匂いのする濃い精液を三度、直腸腔に噴出された真純は、それまでの経験にはない昂奮を味わっていた。けれども、激烈な黒魔羅棒のピストン摩擦攻めを受けた肛穴は痺れたようになってしまっている。 しかし、ザーメンを出しても出してもジャンボの長い黒巨根はすぐに怒立するのだった。 真純が、もう限界、と言ってもジャンボは聞き入れてくれず、フェラチオと手コキで四度目の射精を達成させてやると、ようやくおとなしくなったのだ。 「あいつねえ、別れるときに携帯の番号、教えろってしつこく迫ったんだけど、教えてやらなかったの」 あの時点では、こんな怪物と性交するのはもうまっぴらだ、と真純は考えていたのだ。 ところが、2、3日も立つと、あの黒ペニスが恋しくなってくる始末だ。尋常ではない硬さの剛直黒棒の手触りと舌触り、長さがあるからどんな体位でもアナルの奥深くまでインサートしてもらえる貫通感……。 ジャンボの出没するテリトリーはわかっている。 だから、次の休日には、女漁りをしているジャンボをすぐに見つけ出すことができた。 「それから、ずっと黒チ×ポを愛用してるの、ふふふ」 たどたどしい日本語を使っていたのはジャンボの策略で、奥さんが日本人だからかなりの程度に日本語は使えるようになっているし、聞いて理解することもできる。 「ジャンボ、あんたねえ、男とセックスしてるのよ。男のお尻にチ×ポを入れるのってアブノーマルなの、わかってる? って訊いたことがあるのよ」 マスミハビジン、オトコ、オンナ、カンケイナイ。 妖艶な女を騙る真純の魔性の魅力に取り憑かれてしまっている黒人は、獰悪な肉食獣のくせに飼い主にだけは甘えるような口調で言い、真純を喜ばせてくれるのだった。 「恭子、行くわよ」 と、言って真純が立ち上がる。 「どこに?」 「ジャンボを見せてあげるわ」 男蝶24 アフリカのジャングルを思わせる密林の樹木っぽい観葉植物の鉢植えが置かれ、壁にはバティックのタペストリーや呪術用の仮面などが飾られ、いかにもエスニックな雰囲気が醸し出されている。 店内に流れている音楽はトムトムのドラムで、大地の祈りとでも言いたくなるような響きだ。 店の中はけっこう広くて、ダーツやビリヤードで遊べるようになっている。 確かに外人バーというだけあって、客は外人が多いのだが、アフリカ系ばかりではない。それに日本人娘が目立つ。遊び好きのOLといったところか……。 真純は勝手知ったるようすで恭子を促してボックス席に座った。 そこからはカウンターがよく見え、 「ほら、あれがジャンボの奥さん」 と、真純が言う。 カウンターの中で客たちに笑顔を見せているのは、黒いタンクトップに長い栗色ソバージュの女性だ。目鼻立ちがくっきりとしていて、かなりの美人に見える。 「あの女もジャンボの黒チ×ポに降参してしまっているのよ、ふふふ」 ウエイターの若い黒人男がオーダーを取りに来る。 真純が恭子の分のドリンクを注文してくれる。 「わたしと同い年なのよ、あの女」 そのとき、ぬっ、と黒い影が現れた。 まさに、巨大な黒い影の出現だ。 「ハーイ」と真純がにっこりすると、その黒人はうれしそうな顔になった。 「ジャンボ、わたしの友だちを連れてきたわ。恭子よ」 「オー、キョウコサン、ビジンネ」 「恭子、これがジャンボ、見ての通り、モンスターでしょ」 ジャンボはニット帽をかぶっていなかった。スキンヘッドなので、頭が黒光りしている。 真純を前にしてニコニコしているが、この顔から笑いが消えたら、相当、怖い。 「ジャンボ」 と、真純が手招きすると、彼は上体を折り曲げるようにして、ふたりの前に顔を寄せてきた。 「奥さんのオ○コとわたしのと、どっちがいいの?」 「モチロン、マスミのオ○コ」 と言って、ジャンボはニカッ、と笑った。顔が黒いだけに皓い歯が印象的だ。 「わたしにばかりチ×ポを使ってて、それでいいの?」 「ワイフニハイチニチヤッテ、ツギハオヤスミ、マタイチニチヤッテ、オヤスミ。ソレデマンゾクシテルヨ。ノープロブレムネ」 「やるときには、何発?」 「オー、サンカイグライネ。イッパイ、ナカダシヨ。ワイフ、ナイテヨロコブ。フーフエンマンネ」 「今日、わたしのお尻のオ○コに入れたい?」 うんうん、と黒い巨獣は子供のように無邪気に頷く。 「じゃ、あとでね。あんまりここでニヤニヤしてると奥さんに怪しまれるわよ」 「デンワマッテルカラネ」 ジャンボは大きな目でマスミにウインクし、それから、恭子に「ゴユックリネ」と声をかけてから去っていった。 「ジャンボは一文無しだったから、ここの開店資金って、全部、あの女が用意したそうよ。家が金持ちなのか借金したのかよくわかんないらしいんだけど、ジャンボの黒チ×ポにそれだけ参ってるってこと」 ジャンボは向こうのビリヤード台で友人らしき男たちとキューを突き始めている。 「あの人って、すごい迫力ですね。体が大きくて……」 「獣でしょう?」 「圧倒されますね」 「獣の匂いがぷんぷんしてるでしょ? あの体に組み敷かれて黒チ×ポを突き刺されたら、ほんとに泣きたくなるぐらいいいのよ」 「…………」 「あいつの黒チ×ポを味わったら、もう国産の並チ×ポじゃ物足りなくなるわよ」 「…………」 「そうだ。恭子、今度、ジャンボと三人で3Pしようか?」 「えっ……?」 「恭子さえよければ、いつでもおすそわけしてあげるわよ。ジャンボだって恭子ぐらいの美人のアナルなら入れたがるだろうし」 男蝶25 「いらっしゃいませ」 と、営業用のスマイルを顔いっぱいに浮かべてジャンボの日本人妻がやってきた。 カウンターから出て、各席をまわっているのだ。 「楽しんでいただけてます?」 「はい。もちろんですわ」 「そちら、初めての方ですね?」 「今日は友だちを連れてきましたの。ここって、トレンディなスポットですもの」 真純が、「外資系の会社でOLやってますのよ、この子」と恭子を紹介する。 「まあ、そうですの。どうりで垢抜けてらっしゃいますものねえ。こちらはビューティ・アドバイザーでしたよねえ。おふたりともセンスが抜群でうらやましい限りですわ」 「ありがとうございます」 と、恭子も真純の作り話に合わせて笑顔を見せて、お礼を言った。 「これからもぜひ、御贔屓にしてくださいませね。おふたりのような美人のお嬢さまに来ていただくと、この店も盛り上がりますから」 「さっき、ご主人があいさつに来てくれましたのよ。ほんとうに、ここって、家族的なムードがあって気に入ってますの」 真純とジャンボの妻との会話は、あくまでも店の女主人と常連客のそれだ。 真純は上品な女性客を装い、ジャンボの妻はお客さまを大事にする店主……。 ジャンボの妻の胸はそれほど大きくはふくらんでいない。どちらかというと貧乳の部類に入るかもしれない。しかし、ノーブラなので乳首がくっきりと浮かび上がっている。 下はジーンズで、ほっそりとしたレッグラインだ。スリムな体型で長身の美女、化粧が濃くて、外人バーの雰囲気に溶けこんでいる。 恭子はふたりを眺め比べ、甲乙つけがたい美女だ、と思った。 だがしかし、真純のほうは男で、女を詐称しているのだが……。 「ごゆっくりしていってくださいね」 と、ジャンボの妻は次のテーブルに向かった。 「あの女、わたしたち、ふたりとも男だなんて夢にも思ってないわ、ふふふ」 「真純さんはフルタイムの女装で、昼間は美容部員だから堂に入ってるけど、あたしなんかパートタイム女装ですよ」 「大丈夫でしょ。恭子だって見破られない自信があるはずよ」 「相手が男ならいいんですけどねえ。女だと、少し不安になるときがあるんですよ」 「何言ってるのよ。化粧品売り場を堂々と歩いてたくせに」 「真純さん、ここにはよく来るんですか?」 「だって、あの女を見てるのが面白いんだもの……」 一盗二婢三妾……、という言い方を例に出して、人のものを盗む、つまり寝取るのが一番の快感なのだ、と真純は説明した。 それは人妻を誑かす裏返しの不倫行為であり、誰かの夫を女の色香で誘惑したわけだが、真純が実は男であるという倒錯性がひどく淫靡だ。 「あの女は、ダンナが男のアナルに狂っているのを知らないのよね、ふふふ」 と、真純は凄味すら感じさせる妖艶な笑みを浮かべる。 「あの女が惚れ抜いた黒チ×ポが、わたしのアナルオ○コに溺れてるのも知らないで、ふふふ」 やはりこの人は悪魔の化身だ、絶世の美女の外見だが……。 「ジャンボはね、もともとセックス大好きの獣だからという理由もあるんだけど、あの女を満足させてやらないと食いっぱぐれるからね。一日おきにたっぷりセックスしてやってるのは、あの女のオ○コがいいからじゃないのよ。さっきも言ってたでしょう。夫婦円満にしておかないと、この国で遊び呆けて暮らしていけなくなるからね」 「真純さんって、悪女ですねえ」 「ふふふ……」 「尊敬してしまいますよ……」 「恭子もね、それだけの美貌なんだからさ、誰かのダンナを寝取ってやったら? 面白いわよ」 男蝶26 恭子は川面に映って揺れる赤や青のネオンをぼんやりと眺めていた。 真純は今頃、ベッドの上でジャンボといっしょのはずだ。 「今から3Pしようか? 恭子とわたしが四つん這いでお尻を掲げてさ、どっちのアナルオ○コがいいか、ジャンボにハメ比べさせてみようか、きっと楽しいわよ、ふふふ」 と、真純は別れ際に誘ったのだ。 けれども、恭子は躊躇した。 ジャンボの巨体を目にして恐れをなしてしまったのだ。 あの体から類推すると、ジャンボのペニスはとてつもない巨根だろう。果たして、自分の肛門性器が受け入れられるのか? ひょっとしてこわれてしまうのではないか……、そんな恐怖に怯えてしまったのだった。 「それじゃさ、ジャンボの悪友を紹介してもらう? 並サイズの黒チ×ポで予行練習してみる?」 と、真純に提案されたが、まだ心の準備ができてない、と言って断ってしまった。 少し残念な気もするが、黒人相手の冒険は逡巡してしまう。それに、真純のお膳立てで冒険するのも、何だか癪だ。真純を驚かせるような凄まじい淫戯を体験して、真純に感心してもらいたい……、そういう気持ちもあった。 ……それにしても、あの黒い巨獣は、凄い、のひと言に尽きる。ドッグスタイルで真純が背後から貫かれている光景を想像するだけで息苦しくなってくる。まさに獣に交尾されている美女の図だ……。 今の時間なら、男をひっかけるのは容易だ。これから、手頃な男を見つくろってみようかな……と思案しながら、恭子は欄干にもたれかかっていたのだった。 「お姉さん、寂しそうにしてるね、どうしたの?」 その声にふり返ると、若い男が立っていた。 長い髪に整った顔立ち、いわゆるイケメンの若者だ。 「何よ? あたしとオ○コしたいの?」 「うわっ! お姉さんって、話、わかるじゃん」 「坊やはいくつなの? 未成年を誘惑したら淫行になるんだからね」 「二十歳だよ、もう大人だってば」 「あたしとしたい?」 「させてくれるの?」 「させてあげるけど、あたしは男よ」 「うっそお、また冗談言って」 恭子は彼の手首をとって、タイトスカートの内に導いた。 「ほら、坊やと同じのが付いてるでしょ?」 「うわあーっ、ニューハーフだったの……」 「坊や、名前は何ていうの?」 「ヒロキ」 「ヒロくん、男のお尻の穴にチ×ポをハメたいの?」 「うーん……、男だったのか……、けど、すっごい美人だね」 「ちゃんと質問に答えなさいよ」 「…………」 「男どうしはホモっていうのよ。坊やはホモ?」 「ホモなんかじゃないけどさ、……でも、きれいなニューハーフのお姉さんだったらいいかも」 「あたしは男、男がお化粧してるだけ、わかる? この胸はね、おっぱいの形をしたパッドを入れてるのね。だから、裸になったら、顔だけが女で、あとは男なのよ、それでもいいの?」 「なんか面白そうだよね。お姉さん、フェラチオは上手?」 「バカねえ、あたしは女装ホモなんだから、おフェラは得意に決まってるじゃないの」 「フェラチオしてくれる?」 「ヒロくんのチ×ポ、しゃぶってあげてもいいわよ」 「じゃ、ラブホに行こうよ」 「その前にね、もう一度言うけど、ヒロくんは男とアナルセックスするのよ。ウンコするお尻の穴なのよ、いいの?」 「わかってるって」 「じゃ、キスして」 「え?」 「男とキスするのよ。できる?」 彼は恭子を抱きしめて、口唇を重ねてきた。 相当に女遊びをしている猛者のキステクだ……。 男蝶27 なんで、あたしがこんなガキと……? 恭子は常々、年上の男を標的にしている。 三十五歳以上で、妻帯者で、ノーマルな性向の持ち主、つまり、まちがってもホモセクシュアルの方向に自分からは足を踏み外さない男がターゲットなのだ。 そんな男の良識を女装の艶美で攪乱し、手術やホルモンの力を借りて女性化していない男の身体で発情させる醍醐味を味わいたいのだ。 ところが、こいつときたら勝手がちがう……、と恭子は戸惑いを隠せなかった。 世の中でニューハーフが認知されている御時世とはいえ、男とアナルセックスしたいと望むのは、やはり倒錯した性嗜好の持ち主ではないのか? しかし、この若者は、「それって面白そうだから、いっぺんやってみようか」というノリなのだ。 酒に酔って、その勢いで、というわけでもない。さっき、キスして、舌をねっとりとからみ合わせたけれど、アルコールの匂いも味もしなかった。 恭子はラブホのベッドにヒロキを座らせて、彼の目の前で衣服をすべて脱ぎ去った。 真純が外資系OLと偽っても不自然ではなかったように、ベージュのウエストシェイプのジャケットとタイトスカートのスーツ姿だったのだ。 乳房パッドを入れたブラを外し、ショーツも脱ぎ捨て、 「ほら、男なのよ。チ×ポもキンタマもついてるわ」 と、細身の白肌の裸体を若い男の前に晒した。 「でも、美人だよ、ね」 彼は動じる気配もない。 美人なのはわかっている。美人に見えるようにメイクしているし、ふだんのお肌の手入れにも時間をかけているのだ。 ……恭子は苛立っていた。いつもなら、こんなガキはお呼びじゃないのだ。それなのに、今日に限って、何を血迷ってしまったのか、このガキとラブホに入ってしまった。 それもこれも、真純にジャンボを紹介されたからだ。話に聞くのと、実物を見せられるのでは全く異なる。あんな黒い怪物を見せられ、奥さんを見せられた上に、ジャンボを奥さんから寝取っているとうそぶく真純の毒気にあてられてしまったのだ。 あれで、自分のペース、自分のスタイルが崩されてしまった。 恭子はバッグからシガレットケースとライターを取り出し、 「ちょっとどいてよ」 と、ヒロキを脇に寄せて、ベッドにのぼった。 何が何でもこの若者にアナル性交してもらいたい、などとは思っていない。 もしも、男とホモセックスするのが嫌だ、と言い出すのならそれでけっこう。今は、男に媚びたり、エネルギーを使って誘惑する気分ではない。 恭子は煙草を、艶やかな赤に塗ったルージュの口唇に咥えた。 「ヒロくん、あんた、いつまで服、着たままなのよ」 紫煙を、フー、と吹き出して言ってやると、彼は、「うん、脱ぐよ」と素直に従う。 ベッドから下りてジャケット、シャツ、と脱いでゆく。決して逞しい男ではない。ほっそりとした手も脚も長くて、今どきのモテるタイプの青年だ。 「そこの灰皿、取ってよ」 「はい」 と、トランクスだけになったヒロキが手渡してくれる。 「あたしとやりたいのなら、ぜんぶ脱いで、こっちに来なさいよ」 「うん」 ほんとにカワイイんだから……張り合いがないというか……。 ベッドの枕板にもたれている恭子の横に、全裸になったヒロキが並ぶ。 恭子のペニスもヒロキのペニスも萎えたままだ。 このまま盛り上がってセックスにまで至るのだろうか……。 今日の恭子は男に飢えているわけではない。このヒロキという若者も女に飢えているわけではないはずだ。 さらに、この坊やは、恭子の色香に迷ったわけでもないのだ。女を偽って、女には出せない色香に惑わされた中年男ではないのだ……。