ある性転者の告白 作:高野奈緒美
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ある性転者の告白91

 やがて、電車は屋敷のある駅に着き、私は疲れ切った足取りで下車すると、いつしか涼子たちに囲まれるように、ホームを歩いているのに気づきました。彼ら口元に笑みを浮かべながら、時折私の方に視線を向けてきますが、言葉をかけてくることはありませんでした。 「それにしても、びっくりしちゃったわ・・・。奈緒美ちゃんが、あんなに淫乱な女の子になってるなんて・・・。自分から進んでおしゃぶりしたり、帰りの電車なんか、前の男の子に、パンチラして見せたりしてるんだもの・・・。フフフ・・・。」
 屋敷に戻り、リビングに連れて行かれた私に、涼子がわざとらしい声で言葉をかけてきました。 「ああ、本当だ・・・。心の中まですっかり女になっちまったってことだなぁ・・・。ハハハ・・・。」
 村井は涼子の言葉に応えるかのように大きな声を上げて笑いました。そのそばで、本城と田中も大きく頷きながら、笑っていました。私は、その蔑むような冷たい笑い声の中で、じっと身を固くしながら、黙っているしかありませんでした。
 しばらくして、涼子は村井に耳打ちをすると、口元に笑みを浮かべながら、私のそばに寄ってきました。
  「テストは、合格よ。よかったわね。これで、解放ってこと・・・。」
 私は、涼子の言葉にハッと我に返った思いでした。そうでした。その日の屈辱的な体験は涼子の言う最終テストとして行われたものだったのです。 (え・・・?ご・・合格・・・?)  私は、一瞬、自分の耳を疑いました。「解放」という言葉の意味がわからなくなってしまうくらい、心は動揺していました。 「あら?うれしくないの?これで終わったのよ・・・。信じられない?フフフ・・・。」
 涼子は、私が何も言い出さないのが意外だったのか、声のトーンをあげて言い直しました。 「ホ・・・ホントに・・・?こ・・・これで、終わりなんですかっ・・・?」
 私は、ようやく涼子の言葉の意味が理解でき、思わず、声を上げて聞き返しました。
 涼子は、大きく頷くと、村井に視線を送りました。そして、その合図に答えるかのように村井も頷いて見せました。 (これで解放される・・・これで、全て終わったんだ・・・。)  私は、こみ上げてくる喜びを押さえることができませんでした。両方の瞳からは大粒の涙があふれ出し、頬を伝っていくのがわかりました。私は、その涙を隠そうと村井たちに背を向け、うつむきましたが、肩の小さな揺れは隠すことができませんでした。 「しかし、よくここまで、女になりきれたもんだ。男に戻すのはちょっと惜しい気がするが、まあ、約束だからしかたねぇなぁ・・・。ハハハ・・。」  村井は、私の泣いている姿に、自然で女らしい仕草を感じたのか、満足そうに大きな声で笑いました。

ある性転者の告白92

  「でも、すぐに手術ってわけにはいかないわよ・・・。今のままの精神状態じゃ、男の身体なんて受け入れることができないでしょ?だから、まずは、精神的に元の男に戻ってからにしなくちゃ・・・。ね?」
 涼子は真面目な顔つきになり、私の目を見据えて言ったのです。
 私は、また何か裏があるのではと不安になりましたが、確かに涼子の言う通り、今の精神状態のままで、男の身体を受け入れることはできないと思いました。それほどまでに心の中は、女性としての意識が占められているのが、自分でもわかっていたからです。現に、あれほどまで望んでいた、男に戻るための再手術のことを忘れてしまっていることさえあったほどです。解放され、自由の身になることは、何物にも代え難い喜びですが、再手術はどうしても受けなければならないとは思えなくなっていたのです。しかし、解放され、男に戻り、結佳と結ばれるという、ずっと抱いてきた連続性のある願いの一つを除外する気にはなりません。もしも、そうしてしまえば、自分の存在自体を否定することになってしまう気がしたからです。
 私は、迷いを打ち消し、涼子の提案に同意しました。数日間の精神治療を受けた後に、男への再手術を行うという提案に・・・。 「よかったわね、あなた。あなたのこと、これまで女扱いして奈緒美ちゃんとか呼んできたこと、謝るわ。これだけ、恥ずかしい思いをさせられたんだもの。私も満足よ。男に戻ったあなたが、結花と一緒になるのはムカツクけど、もう、いいわ、許してあげる・・・。お互い新しい人生を始めましょう・・・ね、あなた。」
 涼子は真面目な顔でそう言うと、なんと握手を求めてきたのです。しかも、その瞳には、うっすらと涙まで浮かべていました。私は、手術への最後の迷いを吹っ切って、握手に応じました。見つめる手の先が涙でかすんで見えなくなっていくのがわかりました。
 けれども、この時の彼らの言動は全て芝居だったのです。彼らには私を男の身体に戻し、解放するなどという考えは最初からありませんでした。全てがもっと邪悪な企みへと私を導いていくための嘘だったのです。いえ、彼らの言葉にも、たった一つだけ本当のことがありました。それは、私に男の意識を回復させるための精神的治療を受けさせると言ったことです。翌日から入院した私は、その後5日間に渡る催眠療法により、男としての意識を回復することができ、同時に忘れかけていた結花への思いが抑えきれないほど募っていきました。けれども、その意識も、時間の経過と共に薄れていくことになります。と言うのも、彼らの指示によって行われた精神的治療とは一種の催眠術のようなもので、一過性の効果しかなかったのです。実際、私の心に一旦は回復したかと思われた男としての意識は、退院の頃には完全に消え去っていました。私の体内には、手術後も、女性ホルモンが間断なく流れ続け、精神的な女性化を止めることはできなかったのです。もちろん、そのことは、涼子たちもわかっていたことです。では、どうして一時的な効果しかないとわかっている精神的治療を私に施したのかと言えば、より大きな屈辱を与えることができると考えたからにほかなりません。私はこうして彼らの邪悪な企みへのレールにまたしても乗せられていったのでした。

ある性転者の告白93

 入院してから5日目、連日の催眠療法により、男の意識を取り戻していた私は、ついに再手術の日を迎えました。
 私は、その前夜、興奮と期待と喜びでほとんど眠ることができませんでした。 「結花、終わったよ。すべて、終わったんだ。これで、僕たちは一緒になれるんだよ・・・。」  私は目をつぶりながら、脳裏に結花の愛らしい笑顔を浮かべながら、何度も何度もつぶやきました。 いくつかの検査を受けた後、ストレッチャーに乗せられた私は、手術室へとに運ばれました。
 手術室までの長い廊下を村井と涼子が付き添っていてくれます。本城と田中の姿は見えませんが、それが私にとってはさほど大きなことだとは思いませんでした。もちろん、この時、別の場所で彼らと共にいる人物が結花であることなど、想像もつきませんでした。私は、絶えず励ましの言葉を投げかけてくれる涼子に感謝の気持ちさえ抱いていたのです。
 手術室に運ばれた私に、白衣を着た、医師の小島が瓶に入っている小さな二つの球状のものを示しました。 「これが、保管しておいた君の睾丸だ。」  小島は、静かに説明しました。 (ああ、これが、私の体にもう一度戻される。そして、そして、再び男の身に戻って・・・。)
 私は喜びに涙が止まりませんでした。
 傍らでは、二人の看護婦が、無言のまま、私を見つめています。けれども、なぜかその目には蔑みの色が見て取れました。もちろん、私にはなぜ彼女たちがそのような目で自分を見ているのか、全く見当もつきません。私は多少不安な思いがわいてきましたが、あえて、深く考えるのはやめました。それ以上に喜びの感情の方が数倍大きかったからです。
 手術台から離れたところに白衣を着て立っていた涼子と村井が近づいて、私に声をかけてきました。 「いよいよ・・ね、よかったわね。直樹さん。」  涼子が優しげな笑みを浮かべて言います。
 私は、笑顔になって、大きく頷きました。 「ほんとに、いいんですね?手術して・・・。」
 小島が、涼子と村井に向けて、視線を送りながら、確認するかのように言いました。 「ああ、全て同意済みだ。始めてくれ、小島・・・。」
 村井は、そう言うと、再びその視線を私に向け、頷いて見せました。
 私は、小島が何で今さら、確認をしたのか解りません。男の姿に戻ることが私の望みであることは、小島にも解っていたはずです。しかし、それも、医師としての決まった義務の一つなのだろうと理解し、大して気にもしませんでした。
 やがて、小島は、看護婦の一人に目配せをし、看護婦はそれに応えるように、小さく頷くと、注射器を取り出し、薬液を吸い込ませて、小島に手渡しました。その間に私は、もう一人の看護婦の手によって手術着を脱がされ、全裸にされました。
 そして、次の瞬間、身体を手術台に横にされた背中に、注射針が差し込まれました。  私は、その痛みに、思わず、体を動かしそうになりましたが、二人の看護婦の腕がそれを抑えました。  やがて、私の身体から、徐々に力が抜けていくのを感じ、少しずつ睡魔が襲ってきました。それは、麻酔による強制的な睡眠への導入ではありましたが、同時に喜びに満ちた快い眠りへの導入でもありました。私の心は、もはや手術後の姿へと向かっていたのです。 ある性転者の告白94 高野奈緒美 - 2004/05/11 16:45 -  と、その時です。足下の方にある手術室のドアが開けられ、本城と、田中の白衣姿が目に入りました。そしてもう一人、やはり、白衣を着た人物が後に続いて中に入ってきます。
 私は、混濁していく意識の中で、その人物の方に視線を向けました。 (え・・・?ゆ、結花・・・?ま、まさか・・・)
 大きなマスクをしていて顔ははっきり解らないのですが、その大きな瞳には特徴があります。それは、まさに、私と将来を誓い合った、愛する恋人、加藤結花の面影があったのです。 (ま・・・まさか、そんなわけはない・・・。結花がここにいるなんて・・・・。幻だ・・・、幻に違いない。)
 私は、麻酔のせいで、自分の意識が混濁していて、そのためにみている幻影なのだと言い聞かせました。愛する結花に早く再会したいという、強い欲望が自分を追い込んでいるのだと思ったのです。 (そ・・・それにしても、あの目は、結花・・・、似ている・・・。でも、結花なら、あんな憎しみの目で見るわけはないじゃないか・・・、やっぱり、幻だ、幻なんだ・・・。
)  確かに、その人物が結花であれば、久しぶりに再会できた喜びをあらわにするはずで、そんな憎しみに満ちた目で、私を見るわけはないと思ったのです。その人物の目は、それほどまでに憎しみと、そして同時に哀れな者への蔑みの色が浮かんでいたのです。
 私の意識はどんどんかすんでいきます。視界も狭くなり、白濁していきました。私は、もう一度、その人物を見て、確かめたいと思いましたが、それも、叶わなくなっていきました。 (やはり、幻だ、幻に決まっている。)
 私は、心に言い聞かせ、そのまま目をつぶりました。  そして、最後の意識の中で、耳元にささやく涼子の声を聞いたのです。 「よかったわね、いよいよ、手術が始まるのよ。うれしい・・・?ねぇ、うれしいでしょ?だったら、微笑んで見せてよ。そして、お医者様に、お願いして。『手術してください。』って・・・。」  私は、薄れる意識の中で、精一杯の微笑みを見せながら、消え入るようなかすかな声で、言いました。 「お、お願いします。手、手術を・・・手術を・・・してくだ・・・さい・・・。」 両頬には一筋の涙が伝っていくのが解りました。 (ああ、これで・・・これで、全てが終わるんだ・・・・結花と・・・結花と結ばれるんだ・・・。)
 私は、全ての疑惑を打ち消し、ただただ、元の姿に戻り、解放されることの喜びに浸りながら、深い眠りに落ちていきました。

ある性転者の告白95

 それから、どの位の時間がたったのでしょうか、次に、朦朧とした中で目覚めたのは、全面が白い壁に覆われた病室のベッドでした。
 私は、はっきりしない意識の中で、そしてまだ小さな視界しか与えてくれない視力を懸命に駆使して、あたりを見回しました。そこには、数人の人影がありましたが、すぐには誰だかわかりませんでした。ただ、その中の一人は涼子であることだけは、解りました。 なぜなら、耳元でささやく声が聞き慣れた涼子のものだったからです。 「よかったわね。手術は大成功よ。でも、まだ、ゆっくり休んでいなさい。無理は禁物だって、お医者様もおっしゃってるから・・・。」
 私は、涼子のその言葉に、大きな安堵感と喜びで胸が熱くなっていきました。
 そして、今までの忌まわしい記憶を打ち消すかのように、また静かに眠りについたのです。  後に聞かされたことですが、手術は約11時間もかかる大手術だったということです。私の身体には何カ所ものメスが入ったのですが、そのときの私は、ただ手術が無事成功に終わったという事実だけが知らされたのでした。その喜びを噛みしめることしかできませんでした。
 再び眠りに落ちた私が、次に目覚めたのは、それからまた、半日後のことでした。
 私の意識は、今度ははっきりと、周囲のあらゆるものを視界にとらえることができました。視線の先には村井と、涼子のはっきりとした姿もありました。  「あら、気がついたのね、どう?気分は・・・・?」  涼子は、目覚めた私に気づき、声をかけました。
 私は、何か答えようと、口を開きかけましたが、何らかの力によって、それができないのです。私の顔は、瞳だけを残して、全体が包帯か何かで拘束されていることがわかりました。  私は、ハッとして、身体を起こそうとしましたが、それも全くかないません。全身が、様々な拘束具により、ベッドに縛りつけられていたからです。 「んー、んーぅ・・・」
 私は、精一杯のうめき声を上げました。 「あら、だめよ・・・、まだ動いちゃ・・・、大手術だったんだから・・・ね。じっとしていなさい。フフフ・・・。」  涼子が言いました。その口調の奥にどことなく冷たさが戻っているような気がして、どんどん不安が増していきます。 「ウウンー、ンンー・・・」
 私は、声にならないうめき声を何度も何度も繰り返し、唯一自由になる瞳を懸命に動かしたのです。 「だめだって言ってるでしょ・・・。安心しなさいよ。手術は成功したんだから・・・。」  私は、涼子のその言葉に、自分の手術の結果が気になり、確かめようと手を動かしましたが、動くのは指先だけで、他は全く自由になりません。 (お、お願いだ、何とか、何とかしてくれ・・・。)
 私は、声を出して叫ぼうとしましたが、口元からこぼれるのはうめき声だけです。
 しかし、そんな私の気持ちを察したのか、涼子が再び口を開いたのです。 「でも、気になるわよね、手術の結果が・・・。分かったわ、じゃ、見せてあげるわ、手術の経過を・・・ね。フフフ・・・。」
 涼子はそう言うと、袋から一本のビデオテープを取り出し、病室のビデオデッキにセットしました。 「あなたの手術ね、記録として、残しておいたほうがいいと思ったのよ。だから、黙ってそうしちゃった。ごめんなさいね。だけど、別に公になる訳じゃないし、いいでしょ・・・?フフフ・・・。」

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