ある性転者の告白 作:高野奈緒美
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ある性転者の告白56

 高いヒールでの早足は、普通から見れば、ちっとも早足になっていません。私の歩みは、先を行く本城と田中に追いつくどころか、少しずつ離れさせるだけでした。  土曜日、昼下がりの新宿の、人通りの多さは、想像以上で、道行く人々が私に向ける視線は決してやむことはありませんでした。もちろん、それだけでも相当の恥辱的なことなのですが、中には、直接、声をかけてくる男もいました。
 そのほとんどが、私の顔と身体をほめ、つきあって欲しいという誘いでしたが、 「ねえ、そんな格好して、男が欲しいんだろう?だったら、相手してやるよ。いくら?」 という露骨な表現で声をかけられたり、 「ねえ、彼女、君なら、絶対に稼げるよ。そこのヘルスなんだけど、働いてみない。」 というような風俗の勧誘まで、数え切れないほどの言葉を受けることになったのです。 そのたびに私は逃げるように歩みを速め、 (お願い・・そんな目で・・・見ないで・・・。僕は・・・男・・女じゃないんだから・・・。) と心の中で何度も何度もつぶやきました。
 つい、2ヶ月前までは、私の方が、可愛く、スタイルのいい女性に対して抱いていた感情を、今は、全く逆の立場で自分が受ける側に立っていることをいやというほど実感させられてしまったのです。
 しかし、その日の屈辱的な体験はそれだけではありません。いえ、まだそれは、始まったばかりでした。
 私は、約40分かけ、指示された店に、辿り着きましたが、そこにはすでに、本城と田中が待っていて、たばこをくゆらせていました。おそらく、男装して歩けば、10分もかからない道のりを慣れないハイヒールと挑発的な衣服が、私にそれほどまでの時間をかけさせたのです。
 私は、指示された店の前に立ち、深呼吸をすると、細く長い階段を地下に向かって、降りていきました。振り返って見上げると、本城と田中は相変わらず、一階の階段付近で待っています。

ある性転者の告白57

 私が指示された店、それは、新宿の裏道にあるいわゆるアダルトショップと呼ばれる店でした。  私が、思い切って、その店のドアを開けた瞬間、中から伝わってくる異様な雰囲気に、思わず、足がすくんでしまいました。私自身、男としてなら、そのような店に何度か立ち寄ったこともあります。けれども、その時にはまったく異なった雰囲気が流れているのです。それは、もちろん、店の中の客たちが私に向ける異様な視線のせいでした。
 私は、一刻も早くその場を逃げ出したいと思い、好奇の視線が向けられる中、店内に足を踏み入れました。そして、そのままカウンターの中にいる中年の店員に、指示された商品を伝えました。男の声だとバレことのないよう、できる限り小さくささやくように。 「あ、あの、このお店で、一番、大・・・大きな、バ・・・、バイブ・・・が欲しいんですけど。」 「はあ、何?何だって?」
 店員は大きな声で聞き返しました。  私は、少し声のトーンをあげて繰り返しました。 「ああ、バイブね。一番大きなやつかぁ・・・。どれかなぁ・・・。」
 その店員はニヤッと笑い、周囲に聞こえるような大きな声で言うと、色とりどりのバイブが置かれたコーナーから、黒いグロテスクな商品を取り出し、カウンターに置きました。「そ、それから・・・、このお店で、一番、イヤらしい・・・あの・・・あ・・・穴あき、パ・・・パンティ・・・も。」 「ああ、穴あきパンティね。一番イヤらしいやつかぁ・・・。」
 店員の大声にその場にいた客すべての視線が、一斉に私に向けられ、そのままじっと動かなくなりました。そして彼らの視線は、そんなおかしな注文の仕方をしているのが、「女性」客であり、しかも、あまりにも過激で挑発的な服装をしているということに気づいて、男の欲望をあからさまに表した色に変わっていったのです。
 店員は、ニヤニヤしながら、奥の方から、小さな箱に入った商品を取り出すと、 「はい、穴あきパンティ・・ね。ほら、これイヤらしいでしょう・・・?こんなんで迫られたら、彼氏もいちころだよ。ぜったいに・・。ヘヘヘ・・」  と言いながら、カウンターに置きました。
 客たちのなめ回すような視線が私の全身に注がれています。それだけではありません。 わざわざ近づいてきて、大きく開いた胸元をジロジロ、凝視する客さえいます。  

ある性転者の告白58

  (ああ・・恥ずかしい・・逃げ出してしまいたい・・・。でも・・・もう一つ・・・もう一つ、言わなくちゃ・・・。)
 私は、その客の視線を避けるように、背中を向けながら、蚊の鳴くような小さな声で言いました。 「そ、それから・・・」 「なんだ、まだ、あるの?一度に言ってよ。一度に・・・、それにしても、あんたも好きねぇ・・・・なんちゃって。」  店員はふざけた調子で言いました。 「あ、あの・・・たくましい・・・男性の、ヌ・・・ヌード写真集も・・・。」
 私は、そう言うと、店員の視線を避けるように、下を向いてしまいました。
 店員は、ニヤついた顔をいっそう崩しながら、カウンターを出ると、表紙にたくましく筋肉質の日本人男性のヌード写真が載った、女性用の雑誌を手にして、戻ってきました。 「これで、いいかなぁ・・・。ねぇ、ところで、お客さん、これで何するの?一人でオナニーでもするの?もったいないねぇ・・あんたみたいに可愛くて、いい身体した女の子が一人でするなんてさぁ・・・。ねぇ、よかったら、俺とつきあわない?いくらならオーケーなの?」 などと、言いながら、カウンターの商品を袋に詰めたのです。
 私は、店員から、商品の入った袋をひったくるようにして受け取ると、急いで店を後にし、長い階段を駆け上りました。一刻も早く、その場から逃げ出したいという一心でした。ところが、階段を5,6段駆け上がった時、慌てていたせいで、手にした袋を落としてしまったのです。そして、その袋を取り上げようと、身をかがめた瞬間、階段の下から人の視線を感じ、思わず、その方向に目をやりました。するとそこには今、店内にいた客の一人が、こちらに視線を送りながら、立っていたのです。表情を見ると、口元に下卑た笑みを浮かべ、垂れ下がった目には、イヤらしい鈍い光が浮かんでいます。私は、ハッとしました。直立しているだけでも、チラリとパンティが見えてしまいそうな超ミニなのです。それが、上半身を屈めた姿勢を取ってしまったら、どんな光景がその男の視界に入ったか、すぐに想像ができます。 (そ・・・そんな目で・・・見ないで・・・・・。) 私は、その視線から逃れるように、一気に階段を駆け上がると、上で待っていた本城と田中のそばに駆け寄りました。後を着いてきた男は、私に連れがいるのに気づいて、チェッっと舌打ちをすると、何食わぬ顔でその場を立ち去って行きました。私は、ホッとすると同時に、男の身でありながら、同じ男から、性の対象としてしか見られていない現実を知り、その時ほど、自分が情けなく思ったことはありませんでした。私の瞳からは、涙が止めどなく溢れてくるのでした。   

ある性転者の告白59

 店を出ると、本城と田中は、来るときと同様に、私から距離を置き、前を歩き始めました。私は、彼らに追いつこうとできる限り早足で追いかけましたが、高いミュールは、またしても、それを阻んでいました。
 こぼれだしそうなグラマラスなボディを挑発的な服装で誇示している女の子が、たった一人で歩いているのです。道行く男たちからの誘いの言葉や、女たちからの蔑みと嫉妬の入り混じった言葉は、私が車に戻るまで決してやむことはありませんでした。
   車に戻ると、私は、やっと解放された安堵感に思わず、声をあげて泣き出してしまいました。 「あらあら、かわいそうに・・・、そんなに泣いちゃって・・・。でも、奈緒美ちゃんが可愛いから、注目されたのよねぇ、うらやましいわぁ・・・・。」
 涼子は、そう言うと、まるで子供をあやすような口ぶりで言ったのです。
 私は、そのような扱いを妻から受ける屈辱感と、男でありながら男から性の対象として見られる情けない思いが、一気にわき上がり、思わず、大声で言ってしまったのです。「も、もう、こんなことはごめんだ。頼むから、こんな目には遭わせないでくれぇ・・・。」
 言葉は男言葉でしたが、声はすっかり泣き声になっているのがわかりました。  すると、涼子は、キッとした鋭い顔つきで私をにらみつけると、 「何言ってるのよ。私があんたから受けた屈辱はこんなもんじゃないわよ。それにしても、あんた、また、男言葉使って。もう、どうなってもしらないわよ。ホントに、ちょっと、油断するとそうなんだから・・・。」 と言い、村井に視線を投げかけたのです。 「てめぇ、また、そんな言葉使いやがって、いい加減にしないと、ホントに送っちまうぜ、テープも写真も・・・・・。」
 私には、それ以上の抗議はできません。いえ、そんなことは、最初からわかっていることです。けれども、どうしても、止められなかったのです。その日朝から受け続いた屈辱感が一気に爆発してしまったのかもしれません。もちろん、だからと言って、これ以上の抗議を続けることはできません。そんな無力感まで沸いてきて、私は、うつむいてすすりなくことしかできませんでした。
 村井は、そんな私の仕草に女らしさを感じたのか、満足げにハンドルを握ると、車を走らせました。

ある性転者の告白60

 しかし、涼子は、私が反抗したことをまだ根に持っているようで、走行中の車内でも、時折、皮肉混じりに声をかけてくるのでした。
「ねえ、どうだったの?みんなに大きなオッパイとかお尻とかジロジロ見られたんでしょ・・・?隠してもダメよ。充ちゃんと聡ちゃんに聞いたんだから・・・。そりゃ、すごかったって・・・ジロジロ見られるだけじゃなくて、いっぱい声かけられたんだってね?ね、どんな気分なのよ。男のくせに男からそんな目で見られたり、声かけられるのってさぁ・・・。」
「は・・・恥ずかし・・・かった・・・だけ・・・、それだけ・・です。」
「あら、そうかしら?だって、あなたの望んでたことじゃないの。男の人からもっと可愛がってもらいたいから、手術してオッパイ作って、タマタマまで取っちゃったんでしょ?フフフ・・。ホントは、うれしかったんでしょ?隠してもダメよ・・・フフフ・・。」
 私は、涙の跡が残る顔を、涼子の方に向け、にらみつけるような視線を送りました。しかし、そんなことは全く気にもせず、涼子はさらに言葉を続けたのです。
「ねえ、それにしても、おかしなものね。だってそうじゃない?ちょっと前までは、あなたの方が、そんな格好している可愛い女の子のこと、ジロジロ見てたわけでしょ?この子とエッチしたいなーとか思いながらさ・・・。それが、今では、反対にジロジロ見られてるわけよね?エッチしたいなーとか、あの口でしゃぶらせたいとか思われてるのよ。それにさ、あなた、見ててオチンチンたっちゃった人だってたくさんいるわよ。きっと・・・。それでさ、もしかした、そのままトイレでオナニーとかしてる人だっているかもよ。フフフ・・・。ねえ、男のくせに他の男のセックスの対象にしか見られていないなんて、情けなくないの?」
 確かに、それは涼子の言うとおりです。先ほどまでの経験によって、私は、男の身でありながら、他の男から性の対象としてしか見られないことが、どれほど屈辱的で、情けないものか、はっきりと思い知らされたのです。しかも、こうして涼子の口からあまりにも露骨な表現を聞くと、屈辱感はいっそう増幅してくるのです。 「あ、でも、そんなことないか。あなたはもう、男じゃないものね。そんな男のプライドなんか、少しも残ってないでしょ・・?あったら、手術なんてしないものねぇ・・・。フフフ・・・。」 (そんなことはない、こんな悔しくて、恥ずかしくて、屈辱的なことは二度としたくない。)
 私は、今にも叫び出したい気持ちを抑え、時折、小さく首を振るだけで、後はただ、涼子の言葉をうつむいて聞いていることしかできませんでした。 「ところでさ、あなた、男たちからジロジロ見られている時に、オチンチン、変な感じになったりしなかった?ううん・・・だからさ、オチンチンがたっちゃったりしなかったかって言ってるのよ。ねえ、どうなの?」
私は、涼子の質問に心臓が思いでした。と言うのも、涼子の言うように、街中で見ず知らずの男たちから、次々に注がれる熱い視線を受けるという屈辱的な状況の中で、私の小さなペニスは反応を示していたのです。
それは、男としての勃起と言うには、あまりにもか弱く情けないものでしたが、確かに、変化は示していたのです。しかも、その変化は、未だに続いています。ただ、たとえ、身体にフィットするボディコンのワンピースを身につけているにしても、私のあまりに小さくなったペニスでは、外見からその変化を見て取ることはできないでしょうが。
「ねえ、どうなの?これは、まじめな話なんだから、はっきりと答えてよ・・・。医者が言うには、手術をしても、勃起するような人は、それ以上どうしても女性化は進められないんですって。その場合は、すぐに再手術して、元の男の身体に戻すべきだって・・・。だから、正直に言いなさい。あなたのためなんだから・・・。」
 涼子の表情にはそれまでの冷たい笑みが消え、真剣なものに変わっていました。
「は、はい・・・実は・・アソコが・・・・固くなって・・・大・・・大きくなって・・・。」  私は、彼らの前で性器の変化を口にするという、逃げ出したいほどの羞恥心を抑えながら、涼子の質問に正直に答えたのです。その告白によって、再手術を受け、元の男の身体に一刻も早く戻りたいという一心だったのです。

 
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