ある性転者の告白 作:高野奈緒美
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ある性転者の告白36

 ぼうっとした意識の中で、再び、私が目覚めたのは、病室の中でした。  私の不完全な意識は、かすかな記憶の糸を辿っていました。 (そうだ、僕は、手術を受けたんだ。身体の女性化を止め、完全に元の状態に戻すための・・・・。そうだ、医者は成功の確率は50%だと言っていた。と言うことは、こうして意識があると言うことは・・・そうか、成功したんだ。手術は成功したんだ。やった・・・。よかったー、助かったんだー・・・。)
 私は、心の中で叫びつづけました。両方の瞳からは、命が救われた喜びに涙が溢れてくるのがわかりました。
「あ、気づいたのね?よかったわね・・・手術は成功ですって。」 私の意識が戻ったことに気づいたのか、涼子が優しげな口調で話しかけてきました。
 私は、その言葉に応えるように、ベッドから起きあがろうとしましたが、その瞬間、鈍い痛みが全身に走ったのです。 「い、痛っ・・・、痛いっ・・・。」 「あらあら、まだ起きちゃだめよ。大きな手術だったんだから・・・。」 涼子のいたわるような言葉に、私は小さく頷くと、 「手、手術はうまくいったんだよね?僕は助かるんだよね?」 と、忘れかけていた男言葉で聞いたのです。
私は一瞬ハッとしました。村井がこちらに視線を送ってきたからです。私は、また脅されると思い、たじろぎましたが、村井の言葉は意外な程優しげなものでした。
「ああ、成功だ。完全に治ったそうだ。」  私は、『完全に治った』というその言葉を聞き、身体の力が抜けるほどの安堵感を覚えました。そして、同時に、さすがの村井でも手術後の人間になら、優しさを見せることができる。つまり、良心のかけらくらいは残っているんだという一面に触れ、私の安堵感は一層増したのです。
 しかし、そんな安堵感は、一瞬にして、消え去ったのです。その次に涼子の口から発せられた言葉は私の心を奈落の底に突き落としてあまりあるものでした。 「それにしても、こんな手術に同意するなんて、あなたも、すっかり変わったわね。それとも、みんなに可愛がられて、男に戻る気がなくなっちゃったのかしら・・・?ね?村井ちゃん?」 「ああ、そうかもな。『一生、奈緒美ちゃんでいたいの』・・・なんてな。アハハハ・・・。」
 私には二人の言い出した言葉の意味がまったく理解できませんでした。しかし、何か邪悪な企みが実行されたことだけは、二人の様子からわかります。私は、とっさに、横になったまま両手を伸ばすと、あの思春期の少女のような膨らみを示していた胸に触れてみました。 「こ、こんな、こんなことって・・・」  その瞬間、私は、あまりの衝撃に心臓が止まりそうになったのです。あの思春期の少女のような膨らみはすっかり陰を潜めていました。いえ、なくなっていたのではありません。それは、より大きな、いえ、巨大な乳房に姿を変え、上半身にのしかかってきているのです。
しかも、その先端には、女性特有のツンと突き出た乳首と、それを取り囲むように丸い乳輪まであるのです。 「あああ・・・、なん・・・なんてこと・・・」

ある性転者の告白37

  「フフフ・・・、どう?Dカップのバスト・・・気に入った?私も奈緒美ちゃんが寝てる間に触ってみたけど、すごいじゃない?本物そっくり・・・。これなら、もっともっとみんなに可愛がってもらえるわよ。よかったわねぇ・・・。フフフフ・・・。」 「い、いやだ・・・は、外してくれっ・・・お、お願いだー・・・」
 私はありったけの声を振り絞って叫びました。  しかし、手術はそれだけではなかったのです。あの小指ほどの大きさに矮小化した下半身の辺りからも、手術後の痛みが伝わってきます。
私は背筋が凍る程の恐怖に震えながらも、その部分に右手を伸ばしてみました。 「あ、ある、あった。」  私は、一瞬、ホッとしました。包帯ごしではありましたが、あの小さくはなったペニスの感触は確実に伝わってきたのです。しかし、さらに指先を後方に這わせてみると、陰嚢の部分にあったはずの睾丸の丸い膨らみが、まったく感じられないのです。そこは、あまりに平面的で、ペタッと皮膚が付着している感触しかありません。
「い・・・一体、な・・・何をしたんだ・・・?お前たちっ・・・。」  私は、病室中に響き渡るような、大声で叫びました。  涼子はフッと冷たい笑いを浮かべて、手にしていた紙切れを差し出すのです。 「だって、あなたがサインしたんでしょ・・・?この同意書に・・・。ねえ、村井ちゃん?」
 涼子の問いかけに、村井も黙って頷きました。二人の表情は勝ち誇ったような会心の笑みが浮かんでいました。  私は、涼子から渡された同意書、つまり、私がサインをしてしまった手術同意書に目を通しました。確かに、表側には私があの時、確かめた文面と、その手術を同意するためのサインしか書かれていません。しかし、それを裏返して見ると、あの時には、その存在すら気づかなかった内容の文面が書かれていたのです。 『患者、高野直樹は、以下の手術を受けることを同意いたします。  1,性同一性症治療のための睾丸摘出及び豊胸手術  2,継続的なホルモン治療のための高濃度女性ホルモンの体内埋め込み手術  3,付属して、ピアス用の穴開け施術 』 「な・・・なんてことを・・・。お・・・お前たち、僕を、だ・・・・だましたんだな?」  私は、その時になって初めて、それまでの彼らの言動がすべて私を陥れるための邪悪な罠だったことがわかったのです。
 涼子が長期間にわたり、精神安定剤入りの痛み止めと称して、私に飲ませていたのは、高濃度の女性ホルモンだったのです。そのために、私の体が女性化し始め、知り合いの医者と組んで偽りの病名をでっち上げ、さらに死への恐怖心をあおりながら、まるで自らの意志で進んで手術を受けるかのような状況を作り上げたのです。
しかも、豊胸手術の前に、錠剤による長期間のホルモン投薬を行ったのは、わずかながらでも膨らんだ段階で行った方が自然な胸を作れるからという医者からのアドバイスを受けた結果であり、彼らの企みが、周到に計画されたものであったことの証でもあります。

ある性転者の告白38

  (ああ、僕は・・・僕はもう・・・男では・・・男ではなくなってしまったのか・・・。ああ・・・。)  私は、彼らに対する抑えきれない怒りと、後悔の為に、全身が震えて止まりませんでした。こうしている間も、私の体内には、高濃度・高密度の女性ホルモンが全身に流れ、女性化を促し、しかも、それを抑えるべき男性ホルモンは、睾丸を摘出したことで生成されなくなってしまったのです。つまり、私は、もはや男として子供を持つことができなくなったばかりか、限りなく本物の女性に近づくプロセスを歩み始めているのです。
 そう考えると、私は、いても立ってもいられなくなり、契約のことなどすっかり頭から消え去っていて、生まれてから使い慣れた男言葉で堂々と彼らに向かって罵詈雑言を浴びせかけたのです。さらには、近くにあったコップをつかむと、それを思い切って、村井の方に向かって投げつけました。コップはバリンという金属音を残し、ドアノブに当たると、小さな、ガラス片になって粉々に砕け散りました。その瞬間、村井の顔に鬼のような形相が浮かび、私の方に近づいたと思うと、頬を思い切り強く殴りつけたのです。 「いい加減にしろ。お前が同意したんじゃないか。俺たちはお前にどうするか、尋ねたんだぜ。」 「そ・・そんな・・・裏に手術の内容が書いてあるなんて、一言も言わなかったじゃないか。全部、お前たちの罠だったんだ。」 「裏を見て、確かめなかったのは、お前のせいだろうが・・・。でも、まあな、俺たちも鬼じゃねえよ。」
 村井はそう言うと、優しげな表情に戻り、再び、私に諭すように言ったのです。 「お前の胸はシリコン入れただけだからな、いつだって取り出せるんだ。それに、体の中に入れたホルモンだって、いつでも取り出せる。」 「で、でも、去勢手術は・・・もう、絶対にやり直せないじゃないかっ・・・。」 「それだって、ちゃんと保管してあるから安心しろ。契約が終われば、お前は自由の身だ。そうすれば、ちゃんと元に戻してやるんだ。嘘じゃねぇ・・・。」 「ほ、ホントか?本当に元に戻れるのか?」 もちろん、村井の言葉を全面的に信じたわけではありません。しかし、わらをもつかみたい心境であった私には、その言葉にかすかな期待を寄せるしかなかったのです。
「ああ、本当だとも・・・。なあ、涼子?」 「本当よ。私だって、契約が終わってまで、あなたを女のままにしておきたいって思ってるわけじゃないもの。契約が終われば、男に戻してあげるから、結花って女と一緒になったらいいじゃない。私たちは、この契約の間だけ、あなたにできる限り、本物の女に近づいていてもらいたいって思っただけよ・・・。だから、その証拠にペニスは取らなかったでしょ?」
 確かにそうなのです。もしも私に復讐を果たすつもりなら、この手術でペニスまで除去し、完全な女に作り替えてしまう方が、よかったはずなのです。と言うことは、彼らの言っている、元に戻すという話はもしかしたら本心なのかもしれない。私は、わずかばかり残った、理性の欠片を総動員して、できる限り、心を落ち着けて考えました。  しかし、それが作り話であることは、後に運命の瞬間を迎えた時に、初めて気づくことになるのです。もちろん、その時の私には知るよしもないことですが。いまは、彼らが別のあまりにも陰湿な計画を実施するために、あえて、私の最後の男としての証であるペニスを残したということだけをお伝えしておきます。

ある性転者の告白39

  「し・・・しかし、睾丸摘出手術が元に戻せるなんて、本当なのか?」  私は、少しだけ、冷静さを取り戻しながら、言いました。  すると、村井から目配せを受けた、田中が小島を連れて戻ってきました。  村井は、部屋に入ってきた小島に向かって言いました。 「なあ、先生、この手術ってやつは、もとに戻せるんだよな?」  小島は、黙って頷くと、手に持っていた医学書を開いて見せたのです。
「ああ、大丈夫だ。安心しなさい。これは、その証拠になる写真だ。」  それは、ドイツ語で書かれた医学書で、睾丸を摘出し、縮小したペニスを持った男性の下半身と、通常の睾丸とペニスを持った男性の下半身が隣り合って写っています。 「これは、女性になりたくて睾丸を摘出した患者が、後に思い直して、元に戻したときの写真だ・・・。こういう例は案外多いんだ。衝動的に性転換をしようとして、後に後悔するケースがな・・・。だから、君もその気なら、いつでも元の戻せるんだから、安心しなさい。」
「本当なんですか?本当に、元に戻せるんですか?」 「ああ、大丈夫だ。その時は、私が手術を行ってもいいし・・・な。」  私は、わらをもすがる思いから、小島の言う説明を完全に信じてしまったのです。しかし、それも彼らの仕組んだ罠だということは、先ほども言いました。一旦摘出した睾丸を元に戻すことなどできるはずはないのです。
では、その写真は何だったかと言うと、正常な睾丸とペニスを持った男性が睾丸摘出手術を受け、その後、縮小したペニスと睾丸が失われ、皮膚だけになって陰嚢部分を示した例を示したものだったのです。つまり、小島の説明はまったく逆だったことになるのです。もしも、私に少しでもドイツ語の知識があれば、この医学書を用いた説明にだまされることはなかったのですが。
「しかし、もし、お前が俺たちの指示に少しでも反抗的な態度をとったら、お前のタマタマは、処分してやるからな。そうなれば、たとえどんな手術をしても、二度と男には戻れないんだからな。わかったな。」  村井は、小島の説明によって安堵の色を浮かべている私の顔をのぞき込みながら、言ったのです。 「わ、わかりました。男に・・・男に戻してもらえるんなら、どんなことでもします。二度と反抗的な態度は・・・とりません。ですから、どうか、処分するのだけは・・・・それだけは、お止めください・・・。」
 私は、卑屈にも、その憎むべき行為を指示した村井に向かって哀願したのです。それは、まるで、子犬が主人にすがりつくような姿でした。けれども、その時の私には、不思議と屈辱感は沸いてきませんでした。むしろ、男に戻してもらえるなら、どんなことでもしようという決心の方がはるかに強かったからです。それまでは絶対に彼らの機嫌を損ねないように、望み通りの女を演じ続けよう。たとえ、それが、どんなに屈辱的な要求であったにしても・・・・。私は、心にそう念じたのです。

ある性転者の告白40

  それから、10日後、身体の大部分を覆っていた包帯は解かれ、退院の許可が下りました。 ベッドから、起きあがって、まず最初に感じたのは、自分の身体の重みでした。いいえ、決して体重が増えたのではありません。むしろ体重は、入院前に比べ、5キロも減っていました。50キロを切っていました。それは、10日間もの間、ずっとベッドに横になっていたことために全身の筋力が衰え、細く弱々しい脚が、その体重すら重いと感じ取ってしまったからです。そして、その後、今に至るまで、その細くしなやかになった手脚に男時代の筋肉が戻ることはありませんでした。体内に流れる大量の女性ホルモンが、その形成を決して許すことはなかったのです。
私は、自らの身体の変化を感じ取ろうと、ふらつく足取りで数歩歩いてみました。と、その時、今までに経験したこともない感覚に襲われたのです。それは、私の両肩にかかる胸の重みでした。Dカップのバストが私の歩く動きに呼応するように、上下に揺れ、その揺れが肩にまで伝わってくるのです。この「胸が揺れるという感触」は、それまで、屋敷の中で毎日身に着けていたシリコンパットでも感じてはいましたが、それはあくまで、「胸のあたりが揺れている」という感覚であって、「胸そのものが揺れている」という感覚とは全く異なっていました。
つまり、一体感がまるで違うのです。私はパジャマのボタンを二つ外し、視線を落としてみました。と、そこには、くっきりとした双乳の谷間が見えるのです。さらに手に触れてみた時、私は思わず、ハッとしました。ポワンとした柔らかな感触が手に伝わると同時に、胸からも、手の触れているのがわかったのです。こんなことは、神経が通っているのだから当たり前のことあなのですが、私には、改めてその柔らかな肉のかたまりが自分の肉体の一部であることを思い知らされ、がっくりと力が抜けてくるのです。
 もちろん、手術によってもたらされた身体の変化はそれだけではありません。  包帯が外された後、初めて自分の力でトイレに行った時に経験した出来事のもたらした衝撃は、おそらく一生涯忘れることはできないでしょう。  それまでベッドから一歩も出ずに、用を足すのも、看護婦の手を借りていた私は、自らの下半身にそれほどまでの変化が生じているとは、想像もしていませんでした。
屋敷での長期に渡る女性化調教のせいで、私の足は自然と女子トイレへと向かいました。私がトイレの中に入ろうと、そのドアを開けた時、ちょうど入れ違いに30歳くらいの一人の女性が入れ違いにトイレから出てきたのです。私は、一瞬ハッとしました。なぜなら、その時の私は、全くのノーメイクだったからです。男が病院の女子トイレに入るのを目撃したその女性が大声でもあげるのではないかと思ったからです。しかし、意外にも、その女性は、私の顔を見ると、にっこり微笑み、小さく会釈までしたのです。
パジャマ越しにわかるDカップのバストのせいなのでしょうか。それとも、長期間にわたる女性ホルモンの投与によって丸みのあるふくよかなヒップラインのせいなのでしょうか。それとも、やはり女性ホルモンの投与により、女性的な細い線を描くフェイスラインと、日頃の念入りな手入れによる女らしい顔立ちのせいなのでしょうか。それは、よくはわかりませんが、いずれにせよ、その時の私は、誰が見ても、女性そのものであり、女子トイレに堂々と入っても不自然ではない存在になっているのは明らかでした。私は大騒ぎにならなかったことにホッとはしたものの、同時に、本当の男としての自分から、ずっと遠くなってしまったような気がして、なぜか胸に熱いものがこみ上げてきたのです。

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