ある性転者の告白 作:高野奈緒美
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ある性転者の告白6

  それにしても、涼子は私から離婚話が出て以来、派手な服装やメイクで外出することが多くなってはいたものの、外出先で、こんな村井たちのようなヤクザと知り合いになっていたとは、あまりにも意外なことでした。
私の心には、あのときもっと注意しておけばよかったという後悔の念がわいてきましたが、その時の自分の置かれている立場を考えると、そんな後悔の念を、じっくりかみしめるゆとりは、ありませんでした。
「まあ、私も村井さんっていう新しい彼もできたし、あなたと別れてもいいって思った訳よ。でね、そのこと、村井さんに話したら、『そんな物わかりのいいことでどうすんだ。旦那の不倫がもとで離婚するんだから、慰謝料はたっぷり取ってやれ。』って言ってくれたの。」 「わ、わかってる。僕の不倫が原因だってことも・・・。 慰謝料は払うつもりだ。本当だ。だから、早くその話し合いをして・・・・。こ、こんな姿じゃ話し合うこともできないじゃないか。」
 もとより、私は慰謝料の支払いにはできる限り応じるつもりでした。離婚の原因が私の側の不倫であることは、明白だったからです。 「ちょっと、待ってよ。話は最後まで聞いてよね。最初は、そのつもりだったのよ。慰謝料でも取って別れようってね。でも、よく考えたら、そんなの一時のことでしょ。あなた、私と別れたら、あの結花って女と一緒になるんでしょ?で、幸せに暮らすってわけじゃない?そんなの不公平だって気になっちゃったのよ。で、また、そのこと村井さんに話したら、じゃ、思いっきり恥かかせてやったらいいじゃないかって言われたのよ。そうすれば、あなたも後悔するはずだって。どう?そんな格好させられて恥ずかしいしょ?ハハハ・・・。」
 私は、涼子の言葉で、その時、なぜ自分が女物の下着を着けられ、ウィッグまで被せられているのかの意味がやっとわかったのです。それは、涼子の復讐心に根ざしたものだったのです。
「も・・もう、十分だろう。十分恥をかかせてくれたじゃないか。それに、慰謝料だって払うって言ってるんだ。もう、この服を脱がせてくれ。」  
私は、ある意味では、これですべてが終わるんなら簡単なことだとさえ思ったのです。 私に恥をかかせるという彼らの目的はそれで達したのだとばかり思っていたからです。
 しかし、その考えは大きな間違いでした。ここまでは、彼らの邪悪な企みの、ほんの序章に過ぎなかったのです。  しばらくして、一旦部屋を出ていた村井が数枚の紙を持って戻って来ました。 「これに、サインしろ。お前と涼子の離婚契約書だ。」
 その時、すでに、腕だけは拘束を外され、自由にされていましたので、その紙を受け取り、視線を落としました。しかし、それを読み進むうちに、急にめまいが襲ってきました。『離婚契約書』と書かれたその書面の内容が、あまりに常識外のものだったからです。  まず、契約の一つ目として、私が支払うべき慰謝料が一億円と明記されていたのです。その金額はまさに法外なもので、会社の重役とは言え、24歳の私にはあまりに過酷な数字でした。仮に、どこからか借金をしたとしても、その後の生活に必ずや破綻を来すであろう金額です。  

ある性転者の告白7

  「こ、こんな法外な金額、無理だ・・・。」  私は思わずつぶやきました。 「何、言ってるんだ。お前、専務なんだろう?そのくらい用意できるだろうが。それに、そもそも離婚の原因はお前にあるんだからな。金さえ用意すれば、離婚は成立だぜ。」
 村井が冷たい口調で吐き捨てるように言いました。そばで、涼子と本城、田中も頷いてみせました。 「す、少し・・・考えさせてくれ・・・。」  考えても、どうしようもないことはわかっていましたが、とにかく、自分の気持ちを落ちつかせる時間が欲しかったのです。
けれども、村井の言葉はそれを許してはくれませんでした。 「おい、どうするんだよ。今更、離婚取りやめってことか?え?ま、それも、今となってはもう手遅れだけどな・・・。」  村井の言葉の意味を分かりかねて、私はしばらくの間、彼の口元を見つめていました。 「わかんないのかよ。今更、離婚取りやめはできないってことだ。今のお前の格好を見てみろよ。女の格好を・・・よ。今まで黙ってたけどな、お前のその格好、ばっちり、このデジカメで撮らせてもらったからな。もし、金が払えないって言うんなら、これプリントしてお前の会社に・・・あ、いや、お前の彼女・・・なんて言ったかな、そうそう、結花って女にも送りつけてやるよ。」
 私は、背筋が凍り付くような思いがしました。それほどまでに村井の言葉はドスが利いていたのです。しばらく、緊張のやりとりがあったので、すっかり忘れていたのですが、その時の自分の姿は、誰にも見せられない恥ずべき姿です。ピンク色の女性下着の上下を身につけ、女性用のカツラまで被せられた姿を改めて思い知らされたのです。こんな姿を会社の同僚や、ましてや結花にまで見せられたら、一体どうなってしまうのでしょう。 「そ、そんなこと・・・。まるで脅迫じゃないか。立派な犯罪だぞ。」
 私は、精一杯の虚勢を張って言いました。 「おーおー、意気がってるじゃないか?お前、今の姿、自分で見てみな。意気がっても、全然似合わないぜ。第一、俺たちに法律なんて関係ねぇんだよ。」  村井はそう言うと、本城に目配せをしました。  
本城は、その合図に反応するように立ち上がり、一旦部屋から出てると、数枚の写真を持って戻ってきたのです。  なんてことでしょう。その写真に写っているのは、女装姿の私自身でした。村井の言っていることは本当だったのです。しかも、それまで自分では気づかなかったのですが、私の顔は完全にメイクまで施されていて、目をつぶって、眠り込んでいるとは言え、ベッドに横たわって、どこかしらポーズをつけているようにさえ見えました。

ある性転者の告白8

  「さあ、どうするの?会社と結花に送ってもいいの?この写真・・・。」  それまで黙ってやりとりを見ていた涼子が言いました。 「ま、待ってくれ。そ、それだけは・・・。」  私はあわてて言いました。 「じゃ、お金は用意できるのね?よかったわ。あーあ、ホッとした・・・。」
 涼子はわざとらしく言うと、村井の方に微笑みかけ、その腕に自分の腕をからませたのでした。 「い・・・いや・・・い、一億なんて金・・・。僕には無理だ・・・・。」  私はつぶやくように言いました。  
その言葉には何も返答せずに、村井と涼子は再びソファに腰掛けると、なにやらひそひそと話をし始めたのです。時折、思い出したように大きな声で笑いあいながら。
 やがて、二人はもう一度立ち上がると、私の方に向かって言い出したのです。 「今、涼子とも相談したんだが、お前、金ができないんなら、俺の知り合いが金融やってるから、そこから借りろよ。」  私は、村井の意外な申し出に驚きました。それまでの高圧的だった口調とは明らかにトーンが変わっていましたし、そんな善意を向けるような人間には思えなかったからです。 私は、すぐに、これには何か企てがある、と直感しました。きっと、いわゆる「ヤミ金」業者で、法外な利息をふっかけてくるに違いないと思ったのです。ところが、私の怪訝そうな様子を察知してか、村井はさらに言葉を続けたのです。
「お前、ヤミ金かなんかだと思ってるだろうが、それは、違うぜ。利息はゼロだ。しかも、返済は月10万だ。それなら安いもんだろう?」  私は、できる限り冷静に頭を働かせ、村井の言葉を理解しようとしました。一億円を月10万円で返済すると、80年以上もかかってしまう。それまで私が生きているかどうかもわからないのに、そんな条件のいい話なんてあるはずがないではないか。でも、この申し出に同意すれば、今すぐに離婚が成立し、結花との新しい人生をスタートすることができる。どちらにせよ、慰謝料は払うつもりだったではないか。それに、もしこの申し出を断れば、あの恥ずべき写真が公にされてしまうではないか。
私の心には、激しい葛藤がわき上がってきました。  私は、しばらく考え込んだ後、ついに、村井の申し出を受けることを決心したのです。しかし、この決断こそが、その後の私の人生を完全に変えてしまう大きなものになってしまったのです。
 私は、村井の差し出す借用書に目を通しました。確かに、そこに書かれている内容は、村井の口から告げられたものと同じでしたが、付帯条項として、小さな文字が書き加えられてあったのです。 『但し、本契約を正式に締結するために以下の条件を付与する。   ○本日より3ヶ月、債権者である村井健三及び、村井代理人である高野涼子、本城充、   田中聡の指示を、全面的、無条件に遵守すること。 *上記条件を債務者が満たさない場合には、本借用契約は無効とし、全額一括返済並 びに、違約金として元金に加えて一億円の返済を速やかに行うこととする。  』
  「こ、これは、一体、どういうことなんだ・・・・?」  私は、付帯条項の意味する内容を理解できずに、村井の方を見据えて言ったのです。 「だから、書いてある通りだよ。ま、簡単に言えば、むこう3ヶ月は、お前の体は俺たちが預かるってことだ。これだけの条件で金を借りられるんだぜ。このくらいの条件は当たり前だろう。え?そうだろう?」  村井は、口元に怪しげな笑みを浮かべて、冷たく言い放ったのです。
「そ・・・そんな、馬鹿な話があるか。そんなものに同意できるわけないだろう。」  私は半ば興奮して、声を荒げました。借金の条件は破格です。しかし、そのために、3ヶ月間とは言え、彼らの言いなりになることはどうしてもできないと思ったのです。 ある性転者の告白9 高野奈緒美 - 2004/04/22 18:38 - そうか、じゃ、仕方ないな。今すぐ、金を用意してもらおうか。さもないと、このオカマ写真を・・・。」  村井は、例の恥ずべき数枚の写真を手で弄びながら、言いました。
「そ・・・それは・・・それだけは・・・。」  私は、口ごもりながら、言いました。  そうなのです。私には前にも、後ろにも進むことができなくなっていたのです。  しかも、涼子の私を促すような言葉が聞こえてきました。 「別にあなたの命までもらおうってわけじゃないわよ。たった3ヶ月辛抱すれば、お望み通り、離婚成立。自由の身になって、結花って女と一緒になれるんじゃない。私だって、夫であるあなたをそんなひどい目にあわせるつもりなんてないんだから・・・。」
 皮肉たっぷりの言い方でしたが、その「たった3ヶ月」という言葉と、「ひどい目にはあわせない。」という言葉が私の決心を促したのです。  私は、言いようのない不安と戦いながらも、震える手で、ついにサインをしてしまったのです。 「よし、これで契約成立だ。いいか、むこう3ヶ月は、俺たちの言うことは絶対に従わなきゃならねぇんだぞ。さもないと、全部で2億円、即金で払う羽目になるんだ。よく覚えておけよ。アハハハ・・・。こりゃ、おもしろくなってきたぜ。なあ?涼子?」  
村井が、大声で笑いながら、涼子に目配せをすると、涼子も、それに答えるかのように意味深な笑みを浮かべるのでした。  私は呆然とした意識の中で、「たった3ヶ月、たった3ヶ月のことだ・・・。」と心の中で呪文のように呟きました。
 それから、私は本城と田中の手によって、再び、椅子に後ろ手に縛り上げられ、一人部屋の中に置き去りにされたのです。  彼らが、再び部屋に戻ってきたのは、それから、約1時間後のことでした。村井の手には小さな紙切れ、そして田中の手にはビデオカメラがありました。 「じゃ、契約通り、3ヶ月はお前の体は俺たちのものだ。いいな?じゃ、最初に、会社と結花に電話をかけろ。急に出張が入ったとか、適当に休む言い訳をしておけ。」 「ど、どういうことだ。帰してくれるんじゃないのか?」
 私は、村井の言葉を信じられない思いで聞いたのです。 「何、言ってんだ。それじゃ、何にもならないだろうが・・・。全くふざけた野郎だぜ。」 「そ、そんな・・・。お願いだ。家に・・・家に帰らせてくれ。」  私は必死になって懇願しましたが、村井はまた、ヤクザ口調に戻り、 「バカ野郎、なめたこと言ってんじゃねえ。さっさとしねえと、契約違反で訴えるぞ。」  本来なら、こんな脅迫めいた契約が法的には何の効力もないことは明らかでしたが、その時の私はそんなことを考える冷静な判断力は失ってしまっていたのです。 ある性転者の告白10 高野奈緒美 - 2004/04/22 18:40 - 私は、命じられるまま、涼子の握った受話器に向かって話し始めたのです。
 電話の向こうは、聞き慣れた同僚の声でした。  私は、社長に代わるように告げ、しばらくアメリカに行かなければならなくなったと、虚偽の連絡をしました。幸いなことに、日頃からの仕事ぶりを評価されていたこともあって、社長には、疑いの様子は微塵も感じられませんでした。むしろ、気をつけて行って来いという思いやりのある言葉をかけられ、私は思わず、涙がこぼれそうになりました。しかし、もしも、今のこの姿を見られたら、これまで築き上げてきた信用もすべて失ってしまうだろうと思うと、そんな感傷に思いをはせている余裕はありませんでした。  次に私は、結花の携帯に電話をしました。  結花も同じ会社にデスクを持って働いているので、アメリカ行きの話はもう、伝わっているかもしれませんが、私は同じ話を繰り返しました。 「そう、アメリカに行くのね。で、いつ戻ってくるの?」  結花の寂しげな声が受話器越しに聞こえてきます。 「あ、いや、3ヶ月、たった3ヶ月だから・・・。」
 私は、結花をも騙している自分に、罪悪感がわいてきました。 「え?3ヶ月も・・・。寂しいわ、私・・・。」  結花の言葉がだんだんと泣き声に変わっていくのがわかりました。  私は、抑えようもない感情がわいてきて、 「で、でも、この出張が終わったら、り・・離婚が完全に成立するんだ。そしたら・・ね・・・け、結婚しよう。それまで、しばらく待っててほしいんだ。」  振り絞るような声になっていました。
「ホント?ホントなのね。嘘じゃないわよね。」 「ああ、ホントさ。嘘じゃない。」 「うれしいわ。寂しいけど、その言葉信じて待ってる・・・。」 「うん。ごめん、寂しがらせて・・・。でも、結花と一緒に暮らせることを信じて、僕もがんばるから・・・。」 「うん、わかった・・・。ねえ、直樹?私・・・愛してる、直樹のこと愛してるわ。」 「ぼ、僕もだ。僕も愛してる。結花のこと、心から愛してる・・・。」  私は、涼子の前であることも忘れて、夢中で受話器に語りかけました。
確かに、今、私が置かれている苦境は、結花との新たな人生を望んだために生じていることではありましたが、後悔はありませんでした。過酷な試練が与えられれば与えられるほど、むしろ結花を愛おしく思う気持ちが強まっていくのがわかったからです。 「あ〜あ、全く、すごい愛の告白ね。熱いわね、ホントに・・・。今の自分の格好を棚に上げて、とんだプレイボーイってところね。フフフ・・・。」
 電話を切った私に向かって涼子が思いきり皮肉を込めた言葉を吐いたのです。その口調は嫉妬心からなのか、明らかに意地の悪い響きを含んでいました。 「まあまあ、そんなに妬くなって・・・。旦那もお前と離婚したくて必死なんだから・・・な。アハハ・・・。」  結花との電話の余韻に浸る間もなく、彼らの私への次の指示が与えられました。 「まず、最初にシャワーに入れ。おい、涼子、支度しろ。でな、万事、涼子が準備してくれるから、それに従えよ。わかったな? もし、反抗的な態度をちょっとでも見せたら、こいつらが黙っちゃいないからな。それに、例の写真も・・・。」  もとより、3ヶ月の辛抱だと自分に言い聞かせていた私は、反抗する気も失せていました。それに、涼子が言った「夫にひどいことはするわけない。」という言葉も、その時はまだ疑うこともなかったのです。

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