幻夢 9  作:しゃのん 幻夢237 「琴音ちゃん的にはさ、今はあのパパさんと仲睦まじくやってるけど、あのパパさんって、もうけっこうお年だしさ、将来的な展望ってどうなのよ?」 「将来って……、展望って……? そんなの考えたことないよ」 「フツーは考えたりするんだけどね」 「あたし、きっと、フツーじゃないんだ」 そう。フツーなら、女装ホモにのめりこんで会社を辞めたりしないはずだ。女装して男と性交する楽しみを覚えたとしても、どこかぎりぎりのところで踏ん張って、まともな社会人のふりをして生きる道を選んだだろう。 だけど、琴音の目に映るこの社会は確固としたものではなくなってしまっている。善悪も混沌としてしまっていて、品行方正に生きるのが果たして良いことなのかどうかもわからない。 良いは悪い、美しいは汚い……、三人の魔女のお婆さんが唱えた言葉が何か実感できる今日この頃だ。 この世の中は、不確かな空中楼閣に思える。 現に、強制性転換なんていう、ほとんど犯罪としか思えない邪悪な行為が堂々と実行されているではないか……これは良子には話せないけれど。 「このままずっと女装続けてさ、あのひとに面倒みてもらえなくなったら、パートのおばさんになってさ、お弁当の盛り付けとかさ、そんなパートの仕事してさ、ジミに生きていこうかな、って」 「そうだよね。琴音ちゃんが男に戻るなんてあり得ないもんね」 「うん。あり得ない」 「パートのおばちゃんかあ……、琴音ちゃんって欲がないもんね」 「バーゲンの安売りなんか求めてスーパーめぐりしたりして」 「でもさ、琴音ちゃんはさ、あのパパさんとの関係が終わっても、きっといい男に見初められるよ。うん、大丈夫」 何が大丈夫なんだよ……。 あのひととの関係は終わってないっつうのに。 父子ほどの年齢の隔たりがあるのだから、順当にゆくと琴音のほうが長生きする。 栗岡を失ったとき、自分はどんな心境になるのだろう……? 夫婦ではない。 単なる女装愛人だ。 だからといって絆が希薄だと言い切れないはずだ……。 幻夢238 その日、琴音がアトリエ花鬼を訪れると、 「おっ、ちょうどいいところに来たな。わしはちょっと用があって出かけなきゃならんのだ。琴音、留守番をたのんだぞ」 と言って、花鬼は出かけていった。 (ちょっとお……、留守番って……?) 戸惑うというより呆れはててしまったが、まり子に会うのが琴音の目論見なので、花鬼の不在は問題なかった。 奥の部屋に通じるドアは施錠されていると思いきや、ノブをまわすとあっさりドアは開いた。 元はダンス教室だったというそのフロアには女の匂いが充満していた。女の匂いというのは脂粉の艶香だ。 「まり子さん?」 と声をかけると、彼女は仕切りの向こうから顔を覗かせ、 「あら、琴音さん」 と言って、うれしそうな表情になった。すごい厚化粧なので表情の変化は読み取りにくいのだが、琴音にはうれしそうに見えた。 「おじゃましていい?」 「いいわよ」 衝立のようなパーティションで区切られた一画、まり子が寝起きしているベッドと14インチのテレビが置かれた場所に行き、まり子はベッドに腰掛け、琴音はスチール椅子に座った。 今日のまり子は黒いランジェだった。黒といってもフィッシュネットみたいな粗い織り方でほとんどスケスケのエロランジェなのだ。体型は男とはいえ巨大な乳房が造られているから乳山が白く浮き上がり、眺めていると琴音は妖しい気分になってくる。 「あの人に、毎日、ちがうものを着るように言われてるのよ、だから、今日は黒」 と、胸元を琴音にジロジロと見つめられているのがわかって、まり子は羞恥をあらわにして言った。 「あ……、でも、お似合いですよ……って、うれしくもないですよね」 「そんなに気を使わなくてもいいんですよ」 「わらび餅、買ってきたんだけど、いかが?」 ヘンな空気になるまえに話題を変えなければ、と琴音はあわてて包みを差し出した。 「あら、ありがとう、いただくわ」 「まり子さん、ここに閉じ込められているんじゃなかったっけ」 「そうよ。軟禁されているのよ」 「でも……、あそこのドアって、鍵もかかってないし……」 「そうよね。鍵がかかってないのは知ってます」 「花鬼さんは用事があるとか言って、どっかに行っちゃうし……」 「ずっと閉じ込められていたのは本当ですよ。ここ最近になって放し飼いになったのよ」 「放し飼いって……?」 「逃げ出そうと思えば逃げ出せるんですよ。けれど、もうわたしが逃げ出す意欲を失っているのを知ってるから、あの人」 「…………」 「わたしがすっかりあきらめきったのをわかっているのよ。あの花鬼という人は、こわいぐらいに人の心理を見抜くことができるから」 「…………」 「見抜くというより、コントロールできると言ったほうがいいかもしれないわね」 幻夢239 「わらび餅なんか食べるの、久しぶり……。こういうのを差し入れてくれるなんて、琴音さん、女らしい細やかさがあるんですね」 「女らしいだなんて、とんでもない。あたしが食べたかっただけ、外は暑いし」 「夏? ここにいると一歩も外に出ないから季節感がぜんぜんなくって……」 「でも、そのテレビとか見るんでしょ? ニュースとかやってるし……」 「これ?」 うふふ、と何やら意味ありげに微笑んだまり子は手元のリモコンを手にとった。 「うわっ!」 あまりにびっくりして琴音は叫んでしまった。 その14インチサイズの画面には、男女の性行為が映し出されていたのだ。 性交のシーンだ……、それは明らかにハードコアポルノの映像だった。モザイクも何もない無修正だ。 仰向けに寝た若い女を筋肉質の浅黒い肌の男が攻め立てている。その娘は日本人離れした巨乳の持ち主で、男が腰を突き上げるたびにゆさゆさと揺れている。男がペニスを挿入している部分がアップになり、生挿入だとわかる。 「これって……?」 「このテレビ、このチャンネルしか映らないのよ、他のチャンネルはぜんぶサンドストーム」 その娘はまだ若い。二十歳ぐらいの年頃だろう。むっちりとした白い太腿を抱え上げられて。烈しいピストン抽送を受けて顔面をくしゃくしゃにして悶え喘いでいる。 まり子がリモコンを操作した。 「あんっ、あんんっ、あんんんっ!」 音量が大きくなり、画面の娘の悶え声が響きわたる。 「琴音さんはやっぱり、こういうの、女の立場で見るの?」 「え……?」 その質問にはうまく答えられそうにない。 まだ白石克彦だった頃は、アダルトビデオを見て男の側から興奮していた。それは事実だ。 と同時に、乳房を揺らせて身悶えする女優にも何がしかの感情移入があったことを否めない。 「女の子になりたいんだったら、こういうのは女の立場から見るはずよね」 「ええ……まあ……」 「わたしはね、今でも男の側から見ているのよ。もうすっかり女の体になっているのにね、おかしな話でしょう」 画面では男優がフィニッシュするシーンになっていた。 娘の膣孔からペニスを抜去した男が、娘の顔の上にまたがる。 腰を落とし気味にして、自らの手でそそり立つ肉棒をしごきあげる。 亀頭の狙いを娘の口唇に定める。 娘は口を開いて待っている。 そして、男が射精した……。 幻夢240 ここに閉じ込められた当初、まり子は本気で死にたいと思うほど落ち込んでいた。 花鬼がテレビを設置してくれて、これで少しは気がまぎれると思ったが、なんと、流されているのはハードコアポルノの映像だけだった。 落魄し襤褸のような心理状態にポルノはふさわしくなかった。だから、初めは忌避し続けていたのだが、つい見てしまう。 こんなものを見ている場合ではない、と自己嫌悪に苛まれてテレビを消す。けれども、しばらくすると、またテレビをつけてしまうのだ。 女の身体にされてしまった自分を嘆いて苦悩する時間を過ごすよりも、たとえポルノ映像といえども、気分をまぎらわすには役立った……。 と、まり子が説明している間に、画面では新たな作品が始まっていた。 今度は若い娘ではない。 妙齢の……20代後半から30代に入ったばかりとおぼしき女で、どうやら未亡人になってしまって孤閨に耐えかね見境いなく男を求める淫乱女……というような設定で、いかにもアダルトビデオ女優っぽいスケベそうな顔立ちと肢体だ。 「これもね、あの人の策略のひとつなんですよ」 「策略……ですか?」 「そうに決まってるじゃないの。わたしにセックス以外のことを考えられないように仕向ける策略だとわかっているんだけれど、見るのを止められないのよ」 (洗脳……、やっぱ、洗脳なんだ……) 画面では喪服姿の女優が男のペニスをフェラチオしているシーンになっている。胸元を開かれて、豊満な乳房を揉みしだかれて、淫らに盛り上がってきたところでおしゃぶりシーン……。 「男の側から見てるって言ったけれど、わたし、あんな風にフェラチオさせられているのよね。こういうシーンを目にすると、男のペニスを口に咥えたときの舌ざわりとか触感とかが生々しく思い出されてくるんですよ。もう息苦しくなるほど辛くなって、テレビを消してしまうんだけど、それはささやかな抵抗でしかなくて、やっぱりまたつけて見てしまうのよ」 まり子は自嘲気味に言う。 画面では喪服の未亡人が犯される場面になっていた。 いやです……夫が死んだばかりの身なのに……などと白々しく拒絶しながら、犯入されてしまうと一転して喜悦しはじめる。黒い喪裾をまくりあげられ、むっちりとした太腿を晒して白足袋の足を宙に浮かせている。 「こういうのって、興奮するのよね。あの喪服姿が何ともいえずそそられるし、白足袋の足なんかたまらないわねえ……、わたし、男だった頃は、自分で言うのも何だけど真面目なサラリーマンだったんですよ。でも、人並みに男の性欲はあるから、アダルトビデオを見たりしてたんだけど……」 男の立派な肉棒で貫かれた未亡人は紅唇から悩ましい喘ぎを洩らせている。 「あの表情がたまらないのよねえ、こういうのを見ると、勃起したペニスが疼くような感覚があるんですよ。もう、ペニスは無いのにねえ……。わたし、真っ赤なルージュの口唇で喘ぐ側になってしまっているのに気付くといたたまれなくなるんですよ……」 幻夢241 テレビを消して、さあ、何を話しましょ、という感じの一段落が来たので、琴音は以前から疑問に思っていたことを口に出してみた。 「まり子さんって、自然に女言葉を使うようになったんですか?」 「ちがうわよ」 (そうよね、そんなわけないわよね。何てったって強制性転換だもんね) 「あのねえ、女にされてしまうのって、さまざまな屈辱の連続だけど、言葉使いって、かなりの辱めなのよ」 「そうなんですか……」 と、トボけてみたものの、女言葉を使うと心理的に大きく変化が生じるのは琴音自身の経験からよくわかっている。 「性転換手術が終わって、身体が回復して、ここに連れてこられて、まず言葉使いの訓練だったんですよ……」 と、まり子が話はじめた。 慣れてないから女言葉なんか使えないし、それよりも女言葉を使うと、恥ずかしさもあるんだけど、自分が気色悪くなってしまうんですよ。性転換手術されてしまったからといっても、わたしは男だから……。 この前、琴音さんが見たように、縛られて鏡の前に座らされてね、自分のあそこを眺めさせられる苦行が始まったんですよ。 わたしは目の前の鏡をできるだけ見ないようにして、……いいえ、ぜったい見たくないから、顔を背けたり、目を閉じたりして拒絶するんだけれど、そういう抵抗は長くは続かないんですよ。 もうどうにでもなれ、みたいな捨て鉢な気分になってしまって、それから、恐いもの見たさもあったでしょうね、いろんな感情で頭の中がぐちゃぐちゃになってしまって、それで、もうやけくそになって目を開けると、そこには自分の顔があるんですよ。自分の顔といっても、もう自分の顔じゃなくなってるんですけどね。 わたし、瞼のあたりと鼻と口唇と顎と整形手術されてしまっているんですよ。かなり大規模な手術で、手術直後は顔面が腫れ上がって見るも無惨でどうなることかと思ってたら、もうぜんぜん別人の顔になってしまったんです。わたしの顔はこんなのじゃなかった、って怒りがこみあげてくるんですよ。だってそうでしょう、わたしの承諾もなしに勝手に顔を変えてしまうなんて……。顔だけじゃなくて、体も作り変えられてしまって、怒るにも誰に対して怒りをぶつけていいのかわからないし……。 わたしの顔、毎日、メイクさんがやってきてお化粧してくれるんですよ。上手っていうか巧みなメイキャップされて、つけまつげ付けられて、濃い口紅ひかれて、すごく色っぽく見えてしまうんですよ。 自分の顔なんだけれどそそられる女だなあ……、とか思ってしまうのが情けないんですけどね。 こういう顔立ちの女ならセックスしてみたいなあ、なんて思ってしまうんですよ。……ぶっちゃけて言うと、こんな女とやってみたい……男の欲望なんですよ。男の性欲がムラムラしてくるんです。 それで、視線を動かすと、胸には大きな乳房でしょう。迫力満点の巨乳が造られていて、さらに視線を動かすと女の股間なんですよ。 顔の整形も豊胸も性転換も頭の中では理解しているんですけどね、でも、実際に自分の目で見ると大きな衝撃にうちのめされてしまうんです。 どこから見ても女……、というより、女に改造されたというのがはっきりとわかる不自然さなんですよねえ……信じられないけど、これが現実……。 脚を開かされているから、あそこが開き気味になっていて、濡れた内部が見えてて、猥褻っていうか、いやらしいというか、ムラムラが一気にピークにまで達するんだけど、幻の勃起感覚はあってももうペニスは切り取られてしまって無くなってるし……。 そこではたと気がついて、冷水を浴びせられたような気分になるんですよ。 ……それはね、女の体にされてしまった屈辱感も辛いんだけど、それ以上に辛いのは、自分に欲情してしまったことなんですよ……。 幻夢242 ああそうだわね、女言葉を使うようになったいきさつをお話してるところだったのよね。 あの花鬼という人は容赦なく暴力をふるうのよ。 いちばん初めに、「女になったんだから、女らしくしゃべってみな」って言われて、わたしは、ムッ、となったまま返事もせずに睨み返したんですよ。 そしたら、いきなり、ばしっ! と頬に平手打ちをくらわされてね。 わたしも、何すんだよ、って、もう男丸出しで挑みかかっていったんですよ。 ところがね、素早く手首をつかまれて、くるっ、とひねられて俯せに倒されてしまったんですよ。 あの人、合気道だか何だかの心得があって、わたしなんかひとひねりだったんですよ。わたしは筋力が落ちてしまっているから腕力勝負では勝てなかったと思うけど向こうは素人じゃないんだから赤子をひねるようなものだったんでしょうね。 手首のツボのようなところを締めあげられて、痛いんですよこれが、あまりの痛さに脂汗が吹き出してきてるわたしに、あの人は言うんです。自分の命令に従うと誓え、と。仕方ないですよ、そうなってしまったら……。 それからは頭を小突かれたり、ビンタを張られたり、ってのがしょっちゅうになって、恥ずかしくっても女言葉を使わざるを得なくなったんです。 逆らえないのよ。逆らったりしたら、また、腕をひねられて、あまりの痛さに許しを乞うことになるのは目に見えてるし……そうやって、主従関係が確立していったんですよ。 琴音さん、知ってる? 暴力ってこわいものよ。 わたしはそれまでの人生を穏便に過ごしてきたから殴り合いの喧嘩なんかほとんどしたことがなかったし、そういうのを嫌ってたんですよ。良識ある人間がすることじゃない、なんて偉そうな考え方してね。 でもね、こんな密室で誰も止めてくれないとなると、良識も何もないんですよ。 相手のほうが圧倒的に腕力に勝っていて、しかも相手が血も涙もない残忍な奴だったとしたら、もう逃げ出すしかないんだけど、逃げ出せないとしたら、選択肢はひとつしかないんですよ。 言われたとおりに従うしかないんですよ。 それがどんな嫌なことであっても服従するしかないんですよ。 わかる? 暴力はいけない、って教えられるでしょう? 暴力は人間を踏みにじるからなのよ。人間のプライドを粉々にしてしまうのよ。 そういうのって、体験してはじめてわかるのよね。 こらっ! もっと女っぽい話し方をせんか、ぴしゃりっ! チ×ポをちょん切られてマ×コを造られてるんだぞ、ぴしゃりっ! しばらくの間、毎日毎日、頬をひっぱたかれて、頭を叩かれて、悲惨な日々だったんですよ。 そうしてるうちに、何ていっていいのかしら、そうね、条件反射みたいに、何でもかんでもあの人の言うとおりにするようになってしまったんですよ。 嫌だし、恥ずかしいし、辛いし、でも拒否することができないし……。 けれどもね、だんだんと慣れてくるんですよ、慣らされてしまったのかもしれないけど… …。 幻夢243 それでね、決定的だったのは、性交なんですよ。 わたしの初めての男があの人なの。 男とセックスするなんて、それも、自分が女で……、どう考えても悪夢としか思えないんだけど、悪夢には悪夢なりの説得力があるんですよ。 ひっぱたかれて小突きまわされて、居丈高に命令されて、我慢ならないんだけど、逆らうとまた痛い目にあわされるから、表面上は従うふりをして、そうね、面従腹背っていうじゃないですか、そういう感じで逃げ出すチャンスをうかがってたんですよ。 逃げ出してどうする? 家族の元に帰るのか警察に駆け込むのか、ぼんやりとした計画はあったにせよ、まずここから脱出するのが先決だと考えてたんです。 ここに連れてこられてすぐに性交されたわけじゃないんですよ。 おまえは女の身体にされてしまった男なんだぞ、ってことをまず、嫌というほど意識の中にたたきこまれるんですよ。乳房を揉まれたり、あそこを指でくじられたりして、さんざんに嬲られて、それは嫌で嫌で辛いんだけれど、事実、大きな乳房があるし、女の性器が造られてしまっているし……惨めな思いで耐えるしかないんですよ。 そして、とうとう、というか、やっぱり、というか、その日がやってきて、あの人に犯されてしまったんです。 性交というより強姦ですよ。 両足を縛られてね、閉じ合わせられないように縛られてね、両手も背中で縛られて、そうやって縛られて弄ばれるのはしょっちゅうのことだったから、その日が特別ってことはなかったんだけど、あの人が薄笑いを浮かべながらジャージーの下を脱いでそそり立ったペニスを見せたときに、ピンとくるものがあって、来るときが来たんだ、ってわかりましたよ。 初夜を迎えるんだぞ、どんな気分だ? といった調子で、いつものように言葉で嬲りながら、入れられてしまったんですよ。 あの感触は今でも忘れられないし、これからもきっと忘れることはないでしょうね。 あたたかくて硬いものが体内に入ってくるんですよ。 おぞましい、嫌だ、やめてくれ……、縛られてるから抵抗も何もできないし……。 でも、頭の醒めたところでは、これが女の感覚なんだ、って考えてたんですよ。 それはたぶん、いずれ性交されるのは火を見るよりも明らかだから心の準備ができていたのだと思うんです。自分でははっきりと意識していないけど、女として男のペニスを受け入れる想像が働いていたんじゃないかと思うんですよ。 あれは理屈じゃないんですよ。皮膚感覚っていうか、触感なんですよ。 あの人が腰を使って責めたててくると、あそこの中を硬いもので摩擦される感触がはっきりとわかるんです。そして、おなかの奥を突き抜けて脳天にまで響くような感じなんです。まさに内臓を貫かれてるって感じで、辛いとかおぞましいとかを越えてしまってて、知らず知らずのうちに涙が出てしまったんですよ……。 「へええ……」 と、いつの間にか琴音は全神経を集中してまり子の話に聞き入っていた。 まり子の話を聞くだけですごくエネルギーが必要だ。 性転換して初めてのセックス、それは妖しくもエロティックなはずだが、強制性転換されたまり子にとっては汚辱以外の何ものでもないのは理解できる。 抵抗する意欲を喪失しているのに縛り上げて無抵抗を強要して破瓜するところに残忍さがありありとうかがえ、琴音の背中に冷たいものが走る。 生で入れられて、中出しされたんですよ。 射精されたのが、あそこの中の皮膚感覚ではっきりとわかるんです。 あたたかい精液を噴射されたのがわかるんです。 そのとき、自分が射精したときの記憶がかぶさって、……まるで自分が絶頂に達して射精したような錯覚に陥って、わたし、のけぞって呻いてしまったんです……。 幻夢244 わたし、ずっと、あの人が憎くて憎くて仕方がなかったんですよ。 虐められて、虐め抜かれて、人間扱いしてもらえなくて、腕力では太刀打ちできないからひたすら我慢するしかなくて……。 でもね、憎悪が単に憎悪だけじゃなくなってきたんですよ。 自分でもそのことに気づいて愕然となってしまうんですけどね。もちろん、憎悪はあるんですよ。でも、嫌い憎いとは別の感情が芽生えてきたんですよ。 ぜったいに好きとかの肯定的な感情とはちがうんだけど……、うまく言えないんだけど……この人には従わざるを得ない、って感じなんですよ。逆らうための牙を抜かれてしまった、って感じかな。結局、この人にペニスを入れられてしまったんだ、っていう屈従感だと思うんだけど……。 (あっ! その感じわかる!) 琴音は即座に反応した。 初めての男は忘れられないものだ。 まり子とは事情は異なるが、琴音も、初めて栗岡に挿入されたとき、自分はこのひとのものになってしまった、と感じたものだ。 このひとに従って、このひとについてゆくんだ、と決意したのもその時だ。 抵抗の牙を抜かれてしまったわたしは、それからというものわたしはあの人のいいなりになってしまったんですよ。だから、決定的っていうのは、こういうことなんです……。 なるほど……と、琴音は頷いた。 悲惨なシチュエーションではあるが、性交……つまり、花鬼のペニスを受け入れた記憶はくっきりと残る。性交以前と性交以後では明らかに何かがちがってくるはずだ。まり子は抵抗の牙を抜かれたと表現したが、そういうものなのかもしれない。 ここでの生活って、基本的にはあの人とふたりだけなんです。生活って言えるかどうかわからないけれど……。 わたしはここで飼われているようなものなんです。鎖に繋がれているわけではないけど、見えない鎖があるんですよ……。 今から考えると、あの人はわたしの心理の変化を鋭いぐらいに見抜いていたと思うんです。だから、それまで、わたしを嬲ってはいたけど、性行為には及ばなかったのが、一気に堰を切ったようになって……。 「何が?」 琴音は思わず声に出して訊いてしまう。 まり子の話が佳境に入ってきて、興味津々、わくわくのドキドキなのだ。 フェラチオをさせられたのも、その決定的な性交が過ぎてからなんですよ。 まず、ガツーンと強烈な痛撃を加えて戦意喪失したところで細かい詰めに移る。 そういう手順だったのだ。 幻夢245 琴音さんは女になりたい人だから、フェラチオするのに抵抗なんかなかったんでしょう? 「え? そういうわけでもないけど……」 ないことはなかったけれど、女装ホモの素地があったから、たぶんノーマルな男とは少しはちがっていたはずだ。 今度、きちんと自分のことをまり子に説明しなければ……と琴音は思う。 いくら女の身体にされてしまったといっても、男のペニスを口に頬張るなんてあり得ないんですよ。だってそうでしょう? そんな気持ちの悪いことできるわけがないじゃないですか。命令されたからといって、はい、わかりました、とふたつ返事でできる行為じゃないですよ。 まり子はかなり興奮していた。もう少しヒートアップすれば激昂といえるかもしれない。 琴音が推測するに、彼女にとって、フェラチオはよほど嫌だったのだろう。 それはわかる。 琴音だって、初めてのおしゃぶりは心おだやかではなかった。吐き気をもよおすほどの厭悪感はなかったけれど……。 でもね、嫌だと言ったら、またひっぱたかれたり、小突かれたりして虐げられるんですよ。いったいどこまで虐めたら気が済むのよ、やめて、って泣きながら訴えたけど、あの人は冷血人間で、わたしが泣いて頼むのを楽しんでいる気配があるし、もう絶望的な気分になって、嫌だといっても許してもらえないのがわかって、とうとうしゃぶらされてしまったんですよ。 その前に、すでに性交されてしまってるでしょう。 だから、この男に一度は体を犯されてしまっているんだから……、このペニスはわたしの体を犯しているんだから……、って自分に言いわけできるのよね。性交がまだで、いきなりフェラチオを命じられたら、わたし、きっと頑なに抵抗していたと思うんですよ。小突かれても殴られても頑強に拒否していたと思うんですよ。けれど、一度は犯されている既成事実が突破口というか、わたしの心理に風穴をあけることになってしまっているのよね。 あの人、そういうところが巧妙なんですよ。あとから考えるとわかるんだけど、そのときは何もわからないまま見事にコントロールされてしまっているんです。 あの人の意のままに操られてると思うと悔しくて自分に腹がたったりするんですけど、あの人のほうが一枚も二枚も上手なんですよ。 ふ〜ん……。 調教って、そういうことなんだ……。 と、琴音は妙なところで感心してしまう。 男のくせに男のペニスを口で愛撫するなんて……。 まり子はしばらくの間、惨めで惨めで仕方がなかったという。 けれども、人間なんて不思議なもので、どんな辛い環境であっても慣れてしまうものなんですよ。 幻夢246 ところで琴音さん、フェラチオって、ずいぶんいやらしい行為だと思いませんか? 「ん?」 男と女の性器があって、入れる側と入れられる側があって、もともとそのために創られている雌性器に雄性器を挿入するのは性行為として当たり前のことだから、猥褻感があっても、それは自然な行為でしょう? でも、口を使ってペニスを愛撫するのは、何か別の意図が感じられて、うまく言えないんだけど、すごく淫らな行いだと思うんです……。 (おや……? この人、何を言いだすの……?) それまでのまり子の印象とはどこか変質してきていた。 虐められて辛い目にあわされて耐え忍んでいる被害者だとばかり思っていたのだが、どこかちがってきている。 「琴音さんは男の感覚じゃないから、わたしの言わんとしていることがわかってもらえるかどうか……」 「あたしもフェラチオすると、すっごく昂奮するけど」 「わたしはね、男のくせに同性のペニスを口に咥えたりして……、ホモなんかじゃないのに……、って思ってしまうんですよ。こんないやらしいことさせられて、って思ってしまうんですよ」 「わかります。あたしだって、男だから、やっぱ、恥ずかしかったりするんだけど……」 「だけど……?」 「それだけじゃなくて、男の人に悦んでもらえるうれしさみたいなのがあるんです」 「それはやっぱり、女の感覚なんでしょうね」 「…………」 (ちがうと思うけど……。女装ホモの愛情って言っても、まり子さんに理解してもらうのは難しそうだし……) 性転換妻になるんだから、妻の嗜みとしてフェラチオ上手にならんといかんぞ。上手なおしゃぶりで旦那さまに悦んでもらえるよになるんだ、わかっとるか! などと言って、あの人はわたしを煽るんですよ。 妻だなんて言うけど、おもちゃにされるのはわかってるんですよ。 わたしを弄んでいたぶって楽しもうという魂胆なのはわかってるんですよ。 だからね、いつまでも嫌だ嫌だと言っててもきりがないんですよ。 いやらしいことをさせられるなら、それはそれで覚悟を決めよう、って思ったんですよ。 (つまり、開き直りってこと……?) わたしね、いやらしいのって……その……淫らなのって、わたし、やっぱり男なんですよね、琴音さんならどんな感じなのかわからないけど、普通の男なら、ペニスで反応するんですよ。 (あたしもペニスで反応するけど……) セクシーな女を見たら、ふつう、男は勃起するんですよ。 (あたしはしないけど……) わたしね、自分がいやらしいことをさせられると、ペニスが痛いぐらいに勃起する感覚があるんですよ。何度も言うようだけど、もう無くなってしまってるペニスの幻の勃起感覚なんですよ。 ……だから、フェラチオさせられていると、すごく淫らな昂ぶりの見舞われて、それはね、女の体にされてしまった惨めさと、色っぽい顔と大きな乳房を造られてしまった惨めさと……ちがうわね、これは惨めさじゃなくてもっと混沌としているんですよ。自分で自分に欲情してしまうぐらいだから、説明できない複雑さなんですよ。 べっとりと口紅を塗った口唇でフェラチオしているんですよ、このわたしがね、長い爪に真っ赤なマニキュアですよ、赤い爪の指でペニスを握ってね、舌で舐め上げるんですよ、もう、わたし、たまらないぐらい沸騰してしまうんですよ、ペニスがまだあったら、我慢できずに自分でしごきあげてしまうだろうな……、そういう感じでフェラチオしてしまうようになってしまったんですよ。 永遠に射精できない絶頂寸止めの空回転を強いられる性転換女……花鬼魍魎の調教の成果がこういう形になって現れているのだ。 幻夢247 「琴音さん、いいもの見せてあげましょうか?」 と、まり子が言った。 まり子はどこか上機嫌になっている。いろいろな悩みを琴音に打ち明けたので精神衛生上の効果があったのかもしれない。 琴音は豊胸している男だから、まり子から見ると親近感を覚えて告白しやすかったのかもしれない。 「こっちにいらっしゃい」 まり子はベッドから立ち上がって先に歩む。足にはシルバーのラメ光りするヒールサンダルをはいている。高いヒールの履物で立ち上がるとやはり大柄だ。特に肌が白くないのだが、黒のランジェを着ていると白肌に見えてしまう。 サンダルの足元は不安定だ。ヒールで歩きなれていないことがわかる。 琴音はまり子の後についていった。 パーティションの迷路のようなところを分け入ってゆくと、壁際に作り付けのクローゼットがあった。 まり子が観音開きの扉を開ける。中にはドレスやワンピースが掛けられている。そして、下にはハイヒールが三足、黒と赤と白。 「これ、ぜんぶ、わたしの衣装なんですよ」 彼女が恥ずかしがっている気配がはっきりと伝わってくる。 まり子がハンガーごと取り出したのは真っ赤なボディコンドレスだった。 (ひえーっ! ハデハデ……) 「これを着せられて外に連れ出されたことがあるんですよ」 (そういうのって、今どき、誰も着ないと思うけど……) 「このハイヒールはかされてね」 と、まり子が赤いハイヒールを琴音に見せた。 つま先が尖り、踵は細くて高い。 わあっ、こんなのはいたらちゃんと歩けそうにないぞ、と琴音が心配してしまうほど踵が高いのだ。 このドレスって、背中が丸見えだし、胸元なんてもう乳房がほとんど見えてしまいそうだし、恐怖のミニ丈で、屈んだりしたらお尻まで見えてしまいそうだし……、下着なんかはかせてもらえないし……、これ着せられて外に連れ出されたときは、ほんとに泣きそうだったんですよ。 真昼間から、こんなのを着て歩いていると、どんな目で見られると思います? わたしを連れて歩くあの人はジャージーの上下で、まともな勤め人なんかにはぜったい見えない怪しい人物だし、わたしは、いくらきれいにお化粧してても、いくら乳房があっても、やっぱりオカマにしか見えないし……。 夜の飲み屋街だったりしたら、まだましだったと思うんですよ。 ちょっと露出狂気味のニューハーフが歩いていても、そんなに違和感はないでしょう? 酔っ払いのおやじにからかわれるぐらいなら何とか我慢できたと思うんです。 でも、わたし、昼間に、あの駅前のショッピングモールを歩かされたんですよ。 もう、みんながじろじろ見るんですよ。 見られて当然なんですけどね。 こんな真っ赤なボディコンのミニで、ノーパンでノーブラなんですよ。ほとんど裸に近いんですよ。厚化粧して香水をぷんぷん匂わせているんですよ。歩く見世物ですよ。 ガキどもはオカマ、オカマって騒ぐし、買い物のおばちゃんたちは、もう露骨に指さして何やらひそひそ話してるし、若い娘っ子どもは、わーわー、きゃーきゃー言うし、警備員のおっさんは軽蔑の眼差しで見てるし……。 こんな恥さらしなことさせないで、って、あの人に頼みこんでも、あの人は薄笑いを浮かべているだけだし……。 もう、顔を上げられないですよ。俯いて、ただ歩くしかないんです。歩くっていっても、こんなハイヒールだと歩きにくいし、転んだりしたら裾がまくれて恥の上塗りだし……。 わたし、脂汗をしたたらせながら耐えていたんですよ。 ああいう体験をすると、恥っていうのが何なのか、はっきりとわかってくるんですよ。 琴音さん、恥に酔う、って感じ、わかります? 「酔う……?」 そうなんですよ。酔ってしまうんですよ。 幻夢248 辱めに酔わされてしまうんですよ。 こんなのを着せられて外に連れ出されて、わたし、そのことがよくわかったんです。 スター歌手が大観衆の拍手喝采を浴びて恍惚となるでしょう。ちょうど、その裏返しじゃないかと思うんです。 琴音には、まり子の言うっていることがよくわからなかった。恥ずかしいのは想像できるが、酔うというところがよくわからない。それまでの話では、あっ、その感じわかる、と反応できたけれども、こればかりはピンとこない。 琴音さん、恥はね、身体に浸透してくるんですよ。 恥辱はね、肌に染み込んで体の奥に沁み入ってくるんですよ。わかるかしら? わたし、性転換手術されってしまって男じゃなくなったでしょう。それがまず、恥の第一歩だったんですよ。 顔を整形されて大きな乳房を造られて、どんどん恥辱が拡大してくるんですよ。恥の領土がひろがってわたしを占領してしまうみたいな感じだったんです。 フェラチオさせられて、性交されて、男だから死にたいぐらいの屈辱ですよね。でもそれは、まだわたしひとりの中で完結する出来事なんです。 でもね、外に連れ出されて見知らぬ人から侮蔑の目で見られるのって、これはたまらないんですよ。 あの人は、わざと大きな声で、「まり子」って呼ぶんですよ。そしたら、きゃーきゃー騒ぐ声が聞こえてくるんです。わたしがまり子なんて名前じゃないのはわかってるんですから……。 そうやって大勢の人の前で嬲られると、酔ってしまうんですよ。 どう言ったらいいのか……、体中の配線がショートして火花を散らしているみたいな感じ……、焼き網の上にのせられて炙られているような感じ……どっちにしても明らかに昂奮しているんですよ。 嫌で嫌でもう早く逃げ出したいんだけど、それとは裏腹にもっと侮蔑の視線を浴びせられたい、と無意識のうちに願っている自分に気づくんですよ。 心地良さというより、もう恍惚感なんですね。そのうっとり感は負の恍惚とでも言えばいいのかな……。 堕ちるところまで堕ちてしまっているんだけど、もっと堕として欲しい……みたいな得体の知れない愉楽が襲ってくるんですよ……。 花鬼は、恥に溺れさせる、言ってなかったっけ? 恥に酔う、とはすなわち、恥に溺れさせることではないのか……。 悪酔いなんですよ、酔いが醒めたら最悪の気分になるのはわかっているけれど、でも、酔っ払わずにはいられない、みたいな感じかな……。 つけまつげの奥のまり子の目は苦悩をあらわにしている。 恥辱に酔うことを覚えてしまったまり子は、その酔いの甘美を忘れられなくなり、より鋭利過激な官能恥辱を求めるようになるのだろう……。 幻夢249 「おまえたち、何してるんだ」 と声がして、振り向くと仕切りのところに花鬼が立っていた。 まり子はあわてて、手にしているドレスをクローゼットに戻そうとするが、花鬼が素早く近づいてまり子の手を押さえる。 「まり子はこのセクシードレスがお気に入りだったな」 「…………」 「おまえのボディを採寸してつくったオーダーメイドだからな」 「…………」 「まり子、これを着てみろよ。おまえのセクシーな艶姿を琴音に見てもらえ」 まり子は恨めしそうな顔で花鬼を見つめる。 花鬼は余裕たっぷりの顔でまり子を眺めている。 琴音はふたりの態度と表情を見比べていた。 まり子は主従関係だと言っていたが、厳格な主従関係あるいは隷従関係といったものでなく、どこか甘えと馴れを垣間見てしまうのだ。それはたぶん、肉体関係を持った者どうしの馴れではないだろうか。 性転換された元男は人工膣にペニスを挿入された相手には憎しみだけではない感情を抱いているのだ。それは肌を合わせた男と女の生臭さに近い……近いというより同質ではなかろうか。 恨めしそうに、しかし、きっぱりと拒絶することなくもじもじとしているまり子からはそういう生臭さが匂ってきて琴音はドキッ、となってしまう。 「はやくせんか」 と、花鬼が促す。 すると、まり子は視線をちらりと琴音に合わせ、それから、くるりと琴音と花鬼に背中を向けた。 黒いランジェの肩紐を抜いてするりと足元に落とし、赤いドレスに両脚を入れる。身体のサイズにぴったりなのだろう。まり子は苦労して着装してゆく。裾がずっと上まで上がってしまうのであわてて裾を引っ張って下げ、それから両肩を入れて布地のあちこちを伸ばしにかかる。 体にぴったりというよりはワンサイズ小さいぐらいで、身体にぴっちりとフィットしている。 なるほど、背中はほとんど丸見えだ。 琴音もホルターネックのキャミを着たりしているのでわかるが、背中を露出するには勇気がいる。これだけ背中が開いているのだから、まり子の恥ずかしさが琴音にも理解できる。 精一杯に裾を伸ばしても、すっかり太腿が丸見えだ。これだと、屈んだらお尻まで見えてしまうだろう。 脚には無駄毛はまったく無くてツルツルだが、柔らかくむっちりとした女の脚には程遠く、筋肉の名残りが動かすたびに浮かび上がる。 「こっちを向いてみろ」 まり子は躊躇を見せながら、体をくるりと半回転させた。 顔は上げられなくて、俯いたままだ。 胸元は深く刳れ込んでいるが、巨大な乳房だから見栄えがする。乳山が半分近く露出していて圧巻だ。 目にも鮮やかな赤の布地は極薄で乳首がくっきりと浮き上がっている。 欲をいうなら、ウエストのくびれがほしいところだ。引き締まったほそいウエストに呼応して悩ましいヒップのふくらみがあれば、男なら誰でも舌なめずりしたくなるようなボディ曲線になるだろう。 けれども、まり子自身が自覚しているように、ひと目で不自然さがわかる。派手な格好のオカマ……、夜の闇にまぎれるならともかく、真昼間の陽光の下ならどう見てもナチュラルな女には見えない。 幻夢250 「まり子、それを着てお出かけするときは何をはくんだ?」 まり子はクローゼットの下に並べられてあるハイヒールのなかの真っ赤なそれを指さす。 「ドレスの色に合わせて買ってやったハイヒールだ。おまえのでかい足に合うサイズを探すのがたいへんだったんだぞ」 まり子はもじもじしている。くなくなの一歩手前といっていいかもしれない。 花鬼が現れてからというもの、まり子の挙措動作は一変していた。 「それをはいてみろ」 まり子は、はい、と返事するわけではないが、すぐに花鬼に言われたとおりにする。 腰を屈めて赤いハイヒールを手に取り、自分の足元に置く。そのとき、尻肌がすっかり見えてしまいそうになり、あわてて取り繕った。 そして、まり子はヒールサンダルからハイヒールに履き替えた。 「いい女っぷりだぞ、まり子。色っぽいぞ」 花鬼は本気でほめているのではない。道化を茶化しているにすぎない。 琴音にはそんな風に聞こえるのだが、まり子ははにかんでいた。 「よし、歩いてみろ。うんとセクシーに歩くんだぞ。お尻をぷりぷり振って男を悩殺する歩き方だぞ」 まり子はさらにはにかむ。媚びているようにも見える。そのようすを眺めていて琴音のほうが何だか羞ずかしくなってくるほどだ。 「琴音、どう思う?」 「え? 何がですか?」 「尻が、まだ男の尻なんだよ。ホルモンを使ってるんだが、ホルモンで尻をふくらますには時間がかかる、大きくしようにも限界があるしな」 そうですね、あたしもそう思ってたとこなんです。ウエストをもっと細く絞って、お尻がボリュームたっぷりにまあるくふくらんだら、とっても素敵な女のヒップになるでしょうね……などと口に出して言えるわけもなく、琴音は、そうですね、とか何とか言ってごまかした。 「琴音はホルモンやってるのか?」 (いいえ……とんでもございません。ホルモン使ってチ×ポ立たなくなったら困るし……) 琴音は口には出さずに首を振った。 「琴音の身体はな、スリムというか細身でけっこうなんだが、もう少しむっちりとした柔らかさが欲しいな」 今度は、琴音は、うんうん、と頷く。 (まったく同感でございますとも、いやね、肌の白さにはちっとは自信があるんですけどね、むちむち感がないんですよ。こればっかりはどうにもならなくてねえ……) まり子がおぼつかない足取りで歩き始める。 ほとんどヨチヨチ歩き……。赤いペンギンみたいだ。 でも、あれぐらい踵が高いと歩きづらいのはわかる。まして、ハイヒールなんかはいたことのない男だったのだからヨチヨチ歩きも当然だ。 真っ赤なボディコンドレス、真っ赤なハイヒール、エクステとはいえ背中の半ばまであるロングヘアー、かなり大柄だが、魅力的に見えないこともないのではないか……、と琴音は思いなおす。 こういうタイプに淫欲をいだく女装男愛好者がいるのを琴音は知っている。 幻夢251 そこは大きなベッドが置かれた区画だった。 先日、さあ本番が始まる直前になって、琴音があわてて逃げ出したところだ。 まり子は花鬼に促されたわけでなく、自らここにやってきたのだ。 ふたりの後に従う琴音にはすでに予感がある。 「こんな色っぽいのを着て男を誘惑するまり子は悪女だな」 と花鬼が言うと、まり子は辛そうな表情になる。いや、辛いというより羞恥に襲われている表情だ。そして、その羞恥の上に媚態がからまっている。 もちろん、花鬼は本気でほめているのではない。まり子の過剰露出の衣装を揶揄しているのだ。 ノーパンにノーブラなのがすっかりわかるぞ。 乳首は浮いているし、パンティの線が見えんしな。 いつでも犯ってくださいのヤリマン女だな。 まり子はもじもじと腰をくねらせる。その仕草があまりにも女っぽくて、琴音は思わず固唾を呑んでしまう。 あんまり暑いんでウナギを食ってきたんだ。そしたら、精がついてな。美味なマ×コにハメたい気分なんだよ。締まりがよくてマ×コ汁でズルズルのメス穴にハメて精液をぶちまけたくなってるんだ。 まり子の顔が上気してくる。顔面は厚い白塗りだからわかりにくいが、首筋に赤みがさしてきたのがはっきりと見てとれる。 花鬼が一歩、足を踏み出した。 そして、乳房の山にゆっくりと手のひらを這わせる。 うっ、となまめいた喘ぎを紅唇から洩らせて胸元をふるわせるが、まり子は身を退くようすはない。 「まり子、暑いのか?」 「……いいえ」 「汗をかいてるぞ」 「…………」 巨乳の谷間に玉の汗が浮かんでいる。 外は暑いけれども、この家屋の中は冷房が行き届いていて汗をかくような温度ではない。 「そうか。まり子は発情しているんだな」 と言って、花鬼はまり子の胸のふくらみの頂上の粒を指先でコリコリとなぞる。 「……ああ……」 「乳首がおっ立っているぞ」 「……いや……」 「スケベな奴だな」 「……んんぅ……」 「わしのチ×ポが欲しいんだろう?」 「…………」 「ハメてもらいたいのか?」 「…………」 幻夢252 「琴音、今日は逃がさんぞ」 「う……」 いよいよ本番性交が始まりそうなので、琴音は脱出準備にとりかかっていたところだ。抜き足差し足でドアのほうに何歩か進み、「失礼しまーす」とか言ってダッシュするつもりだった。 このふたりの密度の濃い情交を目の当たりにしたらきっと、琴音もスケベ気分満開になって狂おしく乱れてしまいそうだから……。 「この前は逃げ足が早かったな」 「えへ……」 「今日はちゃんと最後まで見学してゆくんだぞ」 「あ…はい」 「ふたりだけでまぐわうよりも誰かに見られていたほうが昂奮するからな。なあ、まり子、おまえも刺激があっていいだろう?」 巨大乳房をまさぐられて断続的に喘ぎを洩らせているまり子が頷く。 「琴音におねがいするんだ。見ていてください、ってな」 「……ああ……、琴音さん、帰らないで……」 「チ×ポをハメてもらうところを見てください、だろう?」 「……そうよ、見ててください……」 「ふふふ、まり子のたっての頼みだ、琴音、わかってるな」 「…はい」 (あーあ、これで逃亡のチャンスを失ったし……。ま、いっか、こうなったら腰をすえて見学するっちゃ) 「まり子、どんな体位が望みだ?」 ドッグスタイルで後ろからハメたおされるのはどうだ? 淫乱ビッチのまり子にはお似合いだぞ。 ……どんな格好でもけっこうです。 せっかくのお出かけ衣装だからな、脱がすのはもったいないしな。 これ、着てると羞ずかしいんです……。 丸裸よりましだろうが。 でも……。 よし、着たままで生ハメだ。 ああ……。 琴音がすぐそばで見ているというのに、花鬼とまり子はふたりだけの世界に没入しているように感じられる。いや、そうじゃなくて、ことさらに露骨な言葉を交わして琴音に見せつけているのかもしれない。 うしろ向きになってベッドに両手をついてみろ。 まり子は花鬼の命令に素直に従う。 花鬼が赤い裾をまくりあげ、まり子が、ああ……、と低い声音で喘ぐ。 ヒップが丸出しになるが、ぴっちりと両脚を閉じ合わせているので秘部は見えない。 まり子、手術で尻を大きくしてやろうか? こんな男の尻だったら旦那さんに歓んでもらえないぞ。 ぴしゃ、ぴしゃ、と尻朶を軽く叩きながら花鬼が言うと、まり子は腰をくなくなとくねらせる。 むっちりとした女の豊麗な臀部ではないが、それでも背後からの姿にはそそられるものがある。細い踵の赤いハイヒールをはいた脚から臀丘にかけての光景は男ともいえず女ともいえず妖しげな倒錯感にあふれている。 幻夢253 「まり子、足を開くんだ」 と花鬼が命じる。 「チ×ポをハメて欲しいんなら、股ぐらをひらいて待つのが女のたしなみだぞ。わかっとるのか?」 「……ああ……」 低い、呻くような喘ぎが洩れる。苦悩の表出ではあるが、官能性を秘めた喘ぎなので、耳にしている琴音はぞくっ、となってしまう。 まり子は花鬼に命じられたとおりに、ゆっくりと双脚を開いてゆく。 「尻を突き出さんか! 牝犬のおねだりのポーズをとるんだ」 「……ああ……」 いっそう低さが増し、それはまさに男の声音になって、しかし、明らかに女のなまめいた喘ぎに聞こえるのだった……。 ヒップを嫌々ながら、けれども命令には逆らえない風情で突き出す。 すると、琴音の視界には、まり子の女の股間が、まるで拡大図のように見えてくる。それはつまり、琴音の視線がそこに集中しているからだ。 うわあ……、と、琴音は目を瞠る。 女の肉感的な下肢ではない。けれども、卑猥な光景だ。 お尻を突き出して開いた尻朶の狭間には、縦割れの女溝が見えている。ふっくらと膨らんだ陰唇がひどくいやらしい。 琴音はズームダウンするように視界を広げてみる。 ……たぶん、高い踵のハイヒールをはいた足元が淫欲をそそるのだ。男の脚だとわかっていても、いや、男の脚だからこそ強い倒錯感が漂っているのだ。男の脚に赤いハイヒールをはかされて、そして、双脚の付け根にはもう男性器はない……。 花鬼がジャージーの下を脱ぎ捨てた。スポーツパンツとともに……。 凶器のような剛直肉棒が出現する。亀頭は黒光りし幹胴には太い青筋が浮いている。 (わあ……) そそり立つ逞しい一物に、琴音は知らず知らずのうちに溜息をついてしまう。 そこから先は、花鬼は無言だ。嬲り言葉を連発するよりもよっぽど迫力がある。琴音は生唾を呑み込んで見守った。 黒紫に艶光りする怒張根の先端がまり子の膣口に触れた瞬間、「ひっ!」と、小さな、しかし、鋭い悲鳴が迸った。 琴音も、思わず、ひっ! と、叫びそうになる。 琴音は女の性器を持っていないが、熱くて硬い責め棒の触感はわかる……びびっ、と電流が伝わってきたような感じ……。 背後から、花鬼はまり子のウエストをがっちりとつかんで、ぐぐっ、と腰を突き入れた。 「んあぁっ!」 まり子はのけぞって呻いた。 粘汁にまみれた淫穴にずぶずぶと侵入してゆく。その淫猥な音が聞こえてきそうだ。 挿入が驚くほどスムーズ、湿潤が豊かでなければ不可能だ。 花鬼は深奥まで貫き通し、その体勢のままで動かない。 まり子はうなだれて人工膣の受犯に耐えている。いや、苦難に耐えているのか、それとも喜悦を噛みしめているのか、琴音には定かなところはわからない。 身体の奥深くに嵌め入れられたペニス棒を、まり子はどんな風に体感しているのだろう……? 琴音の心拍は増すばかりだ。 性転換手術で造られた膣穴……、琴音は性転換したいとは思わないが、人工膣を使用する性交には興味がある。 肛門性交とは異質、全く性格が異なっているにちがいない、と想像できる。排泄器官を逆利用する形の性行為は女装ホモの交歓であり、琴音はそれで満足しているのだが、手術で造られた性交用の肉穴を使ってもらうのは、どんな感じなのだろう……? 幻夢254 花鬼がペニスを引き抜いた。 まさに、すぽっ、という感じで抜去すると、まり子は「ああんぅ……」と切なく喘いで腰をくなくなとくねらせた。 花鬼の硬立陽根は水飴状の汁液にまみれてぬらぬらと濡れそぼり、まり子の貝口形の縦割れからは粘っこそうなしずくが漏れ滴っている。 (まっ! まり子さん、あんなに濡れ濡れなんだ……) 「琴音、どうした?」 「え?」 「感動しました、って顔になってるぞ」 「…………」 「性転換女がわしのチ×ポで犯されるのが感動的か?」 「……だって、まり子さん、感じまくりなんですよね」 「こいつはいやらしい奴でな、マ×コがべちょべちょだ」 「ふ〜ん……」 「ほんとうにこんなに濡れると思うのか?」 「ん?」 「手術で造った偽マ×コだぞ」 「でもお……」 (論より証拠、べっとり濡れてるじゃん……) 「種明かししてやろうか」 「…………」 「まり子のマ×コは洪水になってるように見えるが、実はそうじゃないんだ」 まり子が常時使用している潤滑用のローション、それは本物の女が分泌する愛液に似せてつくられたもので、いかにもそれらしい粘り気やぬめりがあり、匂いも模してあるという。 まり子は、毎日、そのローションを人工膣穴の内部に自ら塗布しているのだそうだ。つまり、いつ性交されてもいいように準備しているのだ、もちろん、花鬼の命令で……。 「本物のマン汁そっくりだぞ、琴音、匂いを嗅いでみるか?」 と言って、花鬼は琴音のほうを向いてペニス棒を突き出した。 「やだ……」 (やだあ……、やめてよ、思わずフェラチオしちゃったらどうしてくれるのよ) 「女のマン汁のいやらしい匂いがするぞ。味はどうか知らんがな。琴音、舐めて味わってみるか?」 琴音はあわてて困った顔をつくり、胸の前で手を振って辞退した。 そこで琴音は思いを馳せる。 まり子は自らの指で膣穴に湿潤ローションを塗りこめているときどんな気分なのだろう……? 女が感じたときに分泌する蜜液に似せてつくられたローションだ。もう、それだけで、卑猥ではないか。 ボトル容器なのか何かはわからないが、まり子は自発的に、いや、もう毎日のことだから習慣になってしまっているのだろう、まり子は大股開きで穿たれた穴器を濡れそぼらせて準備を整える。そこに勃立ペニスを迎え入れる準備だ。 ……たぶん、女にされてしまった屈辱がくっきりと浮かび上がる瞬間だろう。 さらに、琴音は推測する。 ……性転換された我が身を嘆きながら擬似蜜汁を塗りこめるとき、まり子には膣穴挿入される期待が蠢いているのではないのか……。 辱めは辱めだけに終わらず、毒素の強い歪んだ喜悦の起爆装置となる……。 幻夢255 「まり子、おまえの濡れまくったべとべとのマ×コに琴音は驚いているぞ」 「……ああ……」 「マ×コをべとべとに濡らして男にハメてもらうのを待っているまり子はどすけべの淫乱女だな。半年前までは男だったくせに、もの欲しそうによだれを垂らしているこのマ×コは何だ?」 と弄りながら、花鬼は硬く膨れた黒魔羅の亀兜でまり子の膣口を摺り上げている。 ああいうのって、どんな感じなんだろう……? 肛門性器の入り口を亀頭でぬちゅぬちゅされることもあるけど、きっと感じ具合はちがうだろうな。 あんなふうに焦らされると、はやく入れて欲しい、って狂おしくなるけど……。 まり子さんが言っていたように、今はもう無いペニスを擦り上げられているような感触なのだろうか? たぶん、それは性転換して女の性器を造ってみないと実感できない……。 琴音の血が熱くなる。血が騒然となってくる……。 乳房を造ったのは、好きになった男に揉みしだいてもらいたかったからだ。 惚れた男に、女の膣に挿入してもらいたい、と願うようになったら……? 琴音の男根はスカートの下、パンティの中で勃立してきている。 「その尻の振り方は何だ? マ×コにチ×ポが欲しいのか?」 女性器の割れ目のとば口に当てがわれた肉の責め棒に惑乱するかのようにまり子は腰をくなくなと振り悶えている。 「おらおら、ハメて欲しいのか?」 「ああぅ……んぁぁ……」 「女になって半年でここまで淫乱になるとはな、困った奴だな、まり子は」 「んんぅぅ……」 「望み通りにチ×ポを喰わせてやるぞ」 と言って、花鬼が腰を一気に突き入れた。 「んあっっ!」 まり子は雄叫びにも似た悶声を発して上半身を反り返らせた。 ふたつの臀部がぴったりと重なり合う。 身体の奥にまで嵌入されたまり子は、「んうぅ、んぅぅ……」と悩ましく呻き続けている。 花鬼が背後からまり子におおいかぶさり、ドレスの肩を片方ずつ抜いてゆく。まり子はなすがまま、というより協力的だ。 豊麗な乳房がすっかり露出すると、すかさず、花鬼は手のひらで包み込んだ。 「んうっ! ……あんうぅぅ……」 「でかいおっぱいだ」 「んん……」 「揉みがいがあるぞ」 「んぅぅ……」 「こうやって揉まれると気持ちいいか?」 「ああんんぅ……」 「乳で感じるようになったら、もう一人前の女だな」 「んあぁぁ……」 花鬼は腰の動きをおろそかにはしていない。ゆっくりとリズミカルな律動を加えながら乳房愛撫を加えているのだ。 幻夢256 「琴音、見てるか?」 「あ、はい……」 「これは男と女の性交じゃないぞ」 (……そうですよね、わかってますけどね……) 「まり子は女に造り変えられてしまっているが、これは男と男の性交だぞ」 (わかってますって……) 「男が偽マ×コにチ×ポをハメ入れられてるんだぞ」 それは琴音に対して語っているのではない。まり子に言い聞かせているのではなかろうか……。 まり子は濃くルージュを塗り込めた口唇から苦しげな喘ぎを洩らし続けている。 (苦悩は快感に転化する……?) 苦悩は、辱めを受ける苦悩は、いつしか本人の知らず知らずのうちにアブノーマルな快美感に変質してゆくのか……。 『辱めに酔う』とまり子は言ったが、琴音にはよくわからない。何となくわかりそうになっているのだが、くっきりとしたものが見えない。きっと、琴音にとっては未体験ゾーンだからだ。 まり子の苦しげな喘ぎには歓悦の官能が含まれている。琴音にもはっきりとわかる。 女に性転換されて精力絶倫の男に強犯されて、女の悦びを知った……? ちがう。 そんなに単純ではないことを、琴音はよく知っている。 性転換手術の造膣はただの肉穴形成にすぎない。ペニスの射精快感以上のものが得られるとは思えない。悶絶失神するほどの女の喜悦絶頂が得られる肉穴性器が造られるわけではない……。 琴音は、だからというわけではないが、女になりたいのではなく、自分は女装フェチなのだ、と自覚している。 ……それにしても、と琴音は思う。 一見、男と女の性行為、しかし、実は男と男の性交なのだ。その妖艶倒錯、淫蕩糜爛は、琴音の胸の奥深くに、まるで楔を打ち込まれたかのような痕を残した。 「まり子、種付けだぞ」 「んああぁ……」 「出すぞ!」 「んんっ……」 花鬼の腰の抽送がいちだんと速くなる。 背後からの獣の姿勢の犯淫は、それが主従関係、あるいは隷従関係にあることを如実に物語っていないか……。 幻夢257 花鬼は、「すっきりしたぞ」と満足気に言ってから去っていった。 「あっちでビールを飲むが、おまえはどうする?」と訊かれた琴音は、「もう少しここに」と返事したのだった。 烈しいピストン往復の仕上げに膣内中出しされたまり子は、上半身をベッドに寄りかかり、力尽きたように伏してしまっている。そんなまり子を置き去りにするなんてできない、と思ったのだ。 「まり子さん、大丈夫?」 琴音は、おそるおそるまり子に近づいて、声をかけてみた。 熱気がまだ冷めやらない。 まり子は夥しい汗をかき、肌は上気している。そう、濃密な淫臭が漂っているのだ。 男と女の、いや、男と性転換女の情交の残臭だ。 赤いドレスをまくりあげられて臀丘が剥き出しになり、胸元はドレスを半分脱がされた状態で乳房が丸出しになっていて、まるで強姦された直後のようだ。 エクステの栗色の髪は玉の汗を噴いた首筋から肩にかけて張り付いているのが生々しい。ハイヒールははいたままで、その足元が奇妙に扇情的だ。 まり子の返事は、 「琴音さん、見ててくれた?」 だった。 掠れた低い声、息も絶え絶えの風情、発汗のために化粧崩れを起こしている整形顔……。琴音は、凄まじい何かに圧倒されてしまっていた。 「琴音さん、ベッドの枕元にね、ティッシュがあるのよ、とってくれない?」 「あ、はい……」 琴音は言われたとおりに、ティッシュの箱をまり子の前に置いた。 まり子は気だるげな動作でティッシュを何枚か、紅爪の指に取る。それから、閉じ合わせた太腿を少し開き、その間に腕を差し入れた。 「漏れてくるのよ……」 と、呟いた。 その声は羞恥にふるえている。 いや、それは、琴音のうがった見方なのかもしれない。 まり子は、何気なく、事実を口にしただけかもしれない。 だが、琴音はザワザワと蠢くものを感じていた。その源泉の正体はわからないが、間違いなく琴音自身の内奥に潜んでいるものだ……。 幻夢258 「琴音さん、さっき、大丈夫、って言ってくれたわね」 「はい」 「わたしのこと、心配してくれたのね」 「心配っていうか……」 「わたし、琴音さんがごらんになったように、どうしようもない変態になってしまったのよ」 「…………」 「偽の女にされてしまって、男に性交されて、身悶えるなんて、最低でしょう?」 「…………」 「抵抗して徹底抗戦すればいいのに、白旗をあげて、お尻を振って悦んでしまうなんてね、琴音さんに笑われても仕方がないわね」 「…………」 琴音は戸惑ってしまう。 ええ、その通りよ。まり子さんはスケベな人よ。 強制性転換で無理矢理に男から女にされてしまったけど、だからといって淫乱な女になっていいわけがないじゃないの。でも、まり子さんは淫欲に溺れるようになってしまったんでしょ。いっぱい言いわけしてるけどね、閉じ込められて、テレビはポルノを流してるし、花鬼という人の腕力に屈するしかないし、とかさ、でも、そんなのって結局、言いわけじゃないの? まり子さん、元々、淫乱の素質があったんじゃないの? とでも言ってほしいのだろうか? 「ああ……」 と、まり子は突然、喘ぎ、新たにティッシュを何枚か重ねて股間に当てがった。 大量の精液を注入されると逆流してくるのは、琴音にも経験がある。琴音の場合は肛門性器だから締めて閉じることができる。……けど、激しすぎる肛門性交の後は弛みきって漏れてしまうこともあるが……。 「あの人って、もうけっこうな齢なのに、いっぱい出すんだから……」 言葉にも、表情にも媚艶が滲んでいる。 生臭い狎れが溢れていて、またもや琴音はドキッ、となってしまう。 紅粉と脂汗と……、そして、精液の匂いがする。まり子の赤いドレスは汗まみれの女体に張り付いている……。 「こんな風に、毎日、性交されているのよ。嫌とは言えないし、もうここまでくると嫌と言うほどの気力もなくなって、あの人のやりたいほうだいだわ……」 「…………」 「琴音さん、どう思ったの? 見てて」 どう思ったも何も、ただもう、目を奪われていただけだ。 「ほんの半年前は男だったのよ、わたし……。ここにちゃんとペニスがついていたし……」 感情の揺れが激しい。 「一年前は、新婚生活をしていたのよ。すべてが夢のように幸福で……、それなのに、一年後は女にされておもちゃにされてるなんて……」 「まり子さん、何か飲み物、持ってきましょうか?」 「そうね、のどがカラカラだわ……」 琴音はいたたまれなくなっていた。 幻夢259 琴音がオフィスの部屋に戻ってみると、花鬼はデスクに座ってビールを飲んでいた。 「どうした?」 「うん、まり子さん、いっぱい汗かいて、のどがかわいたそうで……」 「そうか。ビールでも持っていってやれ」 (え? またおしっこシーンを見せられるの……?) 「何をそんなに困った顔をしているんだ? 心配事でもあるのか?」 「だって、この前も、おビール持っていったら……」 「まり子のしょんべんするところを見たくない? そういうことか?」 琴音はこっくりと頷いた。 「ははは、性転換女のしょんべんなど、一回見れば十分だろう? 今日はそんなことしないから心配するな。琴音のかわいい顔が台なしだぞ」 (あ、そ。じゃ、あたしもビール、もらおっと……) 琴音が冷蔵庫を物色していると、 「琴音は人工マ×コにハメたいと思わんのか?」 と、花鬼に背後から声をかけられた。 「え? 何ですか?」 「見たとおり、女そっくりのマ×コじゃないか。どんなハメ具合が試してみたいと思わんか?」 「あんまり……」 「琴音はチ×ポをおっ立ててたくせに」 「ちょっと興奮しちゃいましたけどね」 「やっぱり、琴音はハメられるほうがいいのか? ケツマ×コに」 「ええ、まあ……」 ここはひとつ、トボけまくるしかない。本当は、ほとんど我を忘れそうになって、ウズウズしていたのだ。 だって、誰でもそうなると思うよ。 あんなすごいのを目の前で見せられたりしたらさ……。 それに、ただのセックスじゃないんだから、まり子さんをいたぶりまくりのセックスで、いたぶられるまり子さんのほうも、実は燃えまくってるしさ、誰でもヘンな気分になってしまうわよ……。 「わしもな、琴音のケツマ×コを味見したいと思っとるんだ」 「ほんとに?」 「美味そうだしな」 (……そんなことありませんよ、世間さまに自慢できる代物じゃございませんって。もう、お粗末なものですから) 「わしが、今ここで、琴音に襲いかかったらどうする?」 「…………」 「あくまでも抵抗するか? それとも、おとなしく組み敷かれてハメられてしまうか?」 「…………」 「わしはな、今まで大勢のニューハーフと犯ってきたからな。ケツマ×コにハメて悦ばせてやる術は心得てるぞ」 「…………」 (もお……、口説いてるの? ま、この人らしいやり方だけど……) 「どうだ? 琴音、わしといっぱつやるか?」 「…………」 「ははは、琴音、おまえの困った顔はいいなあ。虐め甲斐がありそうだ」 「じゃ、あたし……、まり子さんが待ってると思うし……」 こういうときは速攻で逃げ出すに限る。 ***************************************************************************** genmu10.txtに続く