幻夢(7)   作: しゃのん 幻夢184 「琴音ちゃんは、おなご、知っとるやろ?」 「え?」 「隠さんでもええ、わかるで」 「……そうですかあ……」 別に隠しているつもりはない。そういう話題にならなかっただけだ。 「わしぐらいになると、チン×の色見たらわかるんや。琴音ちゃんのは童貞のチン×やない」 「…………」 「琴音ちゃん、ちっちゃい時からおなごになりたかった、ちゅうのとはちがうやろ?」 「ええ……まあ……」 「心は女やけど、体は男で……、ほれ、何とか言うやろ?」 「性同一性障害?」 「そや、それや。琴音ちゃんはそれとはちがうな」 「……ちがいますね」 「そやから、琴音ちゃんは、女になりたくて女装してんのとはちがうんや」 この人は鋭く見抜いている……、さすがは歴戦のつわものだ。 そのあたりをうまく説明するのは難しいけれど、『女装フェチ』というのが最もしっくりくるのではないか、と琴音は考えている。 初めは和服の魅惑に取り憑かれ、そして、お化粧する愉楽を知り、とクロスドレッシングにのめり込んでいったのだ。ひょっとしたら、豊胸手術を受けて乳房を造ったのも、『女装フェチ』から説明できそうな気がする。 「わしの好みを言うとな、自分は女や、と思うとるのを抱いてもつまらんのや。本人はおなごのつもりで悦んどるが、わしはケツの穴にチン×突っ込んどるし、そいつも、チン×おっ立ててるしな」 「…………」 「わし、自分は男やと自覚してて、それで女を装ってることで昂奮する奴が好きなんや。女以上に色っぽうて、そのくせ、チン×で反応するのがわかってる奴や」 「ふーん……」 「ケツの穴はマ×コとはちがうで。あくまで尻の穴や。男と男の男色や。そこのところがようくわかってて、世間の良識から見ると、石を投げつけられそうなヘンタイセックスを心ゆくまで楽しむ、そういう相手が理想なんや」 琴音は思わず、くすっ、と笑ってしまった。 ヘンタイセックス、という言葉を、いかにもうれしそうに口にしたからだ。 幻夢185 「ところで、琴音ちゃんは両刀なんか?」 「えーっ……」 「いまでも、おなごと一発やったりするんか?」 「……しませんよお」 「やるのは男とだけ?」 「……はい」 「すると、むかしは二刀流やったんが、一刀流になってしもうたんや」 「ええと……、それもちょっとちがうんですけど……」 琴音は白石克彦だった頃、人並みに風俗店にも行ったし、川崎京子というセックスの相手もできて、それなりに楽しんでいた。女とセックスするのは快楽だと思っていたし、自分は決して傑出した人間ではないが、性欲に関しては男としてごく普通だと感じていた。 恥ずかしくも女装するようになったとき、女を装って男に抱いてもらいたい、という願望があったとは思えない。きれいにメイクして着飾り、艶麗になった自分の姿に見惚れていた。女の自分、すなわち『琴音』に克彦は欲情していたのではなかったのか……。 「わかったぞ。琴音ちゃんは宗旨替えしてしもうたんやな」 「うふんっ……」 と、琴音は羞恥をごまかすために愛らしい笑顔をつくった。 そうなのだ。 それもこれも栗岡と出会ったのがすべてだった。 京子と性交するよりも、栗岡に抱いてもらってアナルセックスしてもらうほうが何倍も楽しくて気持ち良くて満足できることがわかったのだ。 心の中に潜伏していて、その存在さえ知らなかった種子が突如として芽を出し、あっという間に巨木に成長してしまった……。 琴音には、そういう印象だ。 以前に、「ドンデンが来た」と指摘されたことがあって、まさにその通りなのだ。性欲の方向が180度転換してしまった。 オカマ、ニューハーフ、女装ホモ……、呼び方なんて何でもいい。 白石克彦は消滅して白石琴音がここにいる。 今の自分が本来の自分だという気がする。 男の人に尻穴情交してもらう悦びを知ってしまったからといって、琴音は自分が女だとは思っていない。 もちろん、女になりたいなんて望んでいない……。 幻夢186 「あのな、女を知らん奴よりも、女を知っとる奴のほうが味わいが深いんやで」 「…………」 「その点でも、琴音ちゃんはわしの好みにぴったりや」 「……味わいが深いって、どういうことですか?」 「それはやな……」 戸張はうれしそうに解説しはじめる。 男として女と性交した経験のある女装者は、女が柔肌を身悶えさせて喜悦するさまを生身で知っている。女が性器穴に勃立した男根を刺し入れられてよがり狂う姿をその目で見届け、女の性器が蜜汁で湿潤して陰茎がまろやかな襞粘膜に包みこまれる快悦感を体験している。 そういう経験を持つ者が女装して立場が逆転するとどうなるか? 男に眺めて悦んでもらえるように、意識的に、あるいは無意識のうちに色香たっぷりに身悶えするのだ。ことに琴音のように美麗な人工乳房を造った者は、女のような胸のふくらみが視覚的に絶大な効果があるとわかっている……。 そっか……。言われてみるとそうかもしれない。 栗岡に抱いてもらって男の味を覚えさせられはじめた頃、琴音は押し寄せる快感の波に身をくねらせていたが、思い起こせば、そのとき、裸身をのたうちまわらせる京子の姿が脳裡にあったのは確かだ。ああ……、自分はあのときの京子みたいに切なく喘いで身悶えている……、まるで女になったみたいだ……そう思うと刺激が刺激を呼んで昂奮の炎が燃えさかった。 「おなごのマ×コにチン×をハメると気持ちええやろ? 男やったら誰でも、そんな風に生まれついてるはずなんや……」 攻めから受け身への逆転は、女性との性交渉を体験している女装者にとっては複雑、かつ贅沢な二重構造になって、快楽を倍加させる、と戸張は言う。 肛門性器に硬立ペニスを嵌入されると直腸管への摩擦快感の悦びはもちろん当然のことだが、犯す側と犯される側の二重の倒錯した心理になるものらしい……。 ここで戸張は、自分が体験したわけでなく、告白として聞いただけだから、と注釈を加えた。 つまり、肛門穴を強犯されている自分と、緊締な細肉穴を侵犯している男のペニス感覚がオーバーラップするらしいのだ。相手の男がペニス棒を往復させて粘膜襞を摺り上げる快美感は、ヴァギナとアナルのちがいはあっても実感としてわかっている。今、まさに、自分の菊花肉器にピストン抽送して男が満悦している……その満悦の具合が手にとるようにわかり、男を喜悦させているのは、恥ずかしながらも、男の自分の直腸腔なのだ……。だからこそ、男どうしのアブノーマルさがくっきりと浮かび上がって、歪んだ淫欲に炙られるように己の男根を痛いほどに勃起させてしまう……。 なるほど……。 琴音はこんなに深く分析したことはなかったが、なるほど、と思う。 男と交媾するとき、この人、あたしのお尻のあそこで悦んでくれているかしら? と、琴音は知らず知らずのうちに思ってしまう。 あたしのお尻のあそこが、女の人のあそこみたいに、この人を気持ち良くさせているかしら……? 幻夢187 「さあて、琴音ちゃん、これからが本番やで」 (本番?、……さっきのお座敷での戯れはなんだったの?) 「本番って……。戸張さん、さっきもいっぱいしてくれたでしょ」 「アペリチフやアペリチフ」 (それを言うなら前戯でしょ) 「あんなもん軽い食前酒や。琴音ちゃん、あっちに行くで」 「はあい」 戸張に手を曳かれ、琴音は良いのまわったおぼつかない足取りで襖の向こう、夜の褥が用意されている部屋に入った。 そこは薄紅の暗い微光がたゆたい、何ともいえない淫猥な気分になってくる。 戸張は掛け布団をのけてから、琴音を純白の敷布の上に押し倒した。 「あんっ……、戸張さん、やさしくしてくださいね……」 「わかっとるわかっとる。たとえ一日だけでも、わしの妾や」 琴音が羽織っていた長襦袢は肩を抜かれてゆく。琴音も上半身を浮かせ気味にして脱がされるのに協力する。 戸張は、その鴇羽色の長襦袢に鼻を押し当てて匂いを嗅いだ。 (やだ……やめてよ……) 「ええ匂いや……」 その長襦袢は琴音の汗と体臭を吸い、脂粉が染みついている。 「おなご臭い匂いのする長襦袢はええのう……。女やない琴音ちゃんが着てた長襦袢やけどな」 (もお! ヘンタイなんだから……) 「この染みは何や?」 戸張は鼻をくっつけてくんくんと匂いを嗅ぎ、 「チン×の匂いがするやないか」 と、赤く染まった顔に脂っぽい汗を浮かせ、いやらしい笑みを浮かべて言うのだった。 そのべっとりと濡れた染みは、琴音が垂れ流したカウパー腺液だ。 「そうやったそうやった、琴音ちゃんはチン×の生えたおなごやったんや」 (もお、この人、すっかり酔っ払っちゃてる……) にんまりと笑ってから戸張がおおいかぶさってくる。すでにふたりとも全裸だ。 素肌が密着し、2本のペニス棒が触れ合う。 これはまぎれもなく、男と男の淫靡な性行為なのだ……、乳房を造って濃くお化粧した男に発情する男と、うんと年上の男に肛門性交してもらうのがうれしい青年……、大きめのクリトリスではなくて男のペニスをそそり立たせた女装男……。 戸張がぬめった口唇を押しつけてきたので、琴音は待ちかまえていたかのように彼の口唇に吸いついて貪った。 戸張が腰をもぞもぞと動かせる。 2本の怒立ペニスが擦れ合う……。 幻夢188 お酒の味のする唾液を啜り合う濃厚な接吻がひとしきり続き、口唇を離して深く息をしていると、戸張は琴音の華奢な首筋に舌を這わせはじめた。 片手を琴音の首の後ろにまわして抱きしめ、添い寝するような格好で、耳の下からうなじにかけて粘っこく舐めながら、もう一方の手で乳房のふくらみをやわやわと揉みしだきはじめる。 「あんっ……んん……」 「琴音ちゃんの黒髪、ほんまにええ匂いがするで……」 「んんぅ……」 「きれいに結い上げていた髪は、今はもう崩れに崩れ、首筋から肩にかけて乱れ髪になってまとわりつき汗を吸って肌に貼りついている。 戸張は、乳房への愛撫を中断し、琴音の双手を頭の上まで伸ばさせた。 そして、全く無防備になった腋の下に顔を埋めてきたのだ。 「あっ! ああんっ……」 そこは性感帯とは言えないけれど、妙に甘いくすぐったさで、琴音は身をよじってしまう。 腋下は脱毛処理していないので、琴音は女性用の剃刀を使って、毎日、ていねいに剃毛している。けれど、そこは汗を噴いて濃密に匂いが溜まるところだ。 戸張の分厚い口唇を押しつけられ、べっとりと濡れた舌で舐めまわされるとくすぐったさもどこか甘美な刺激快感となり、琴音は紅唇から切ない喘ぎを洩らして身悶えしてしまうのだ。 両方の腋下をさんざんねぶりまわしてから、 「琴音ちゃん、腋もええ匂いがするのう、甘酸っぽうてええがな」 と、戸張は顔を間近に寄せてきてうれしそうに言う。 (もお……、この人、匂いフェチなんだから……) 琴音は呆れてしまうが、うれしそうに舐めまわされて悪い気はしない。 一瞬、戸張は目を細めて、真剣な鋭い視線で琴音をじっ、と見つめた。 その視線の重さに苦しくなった琴音は、首をツーと伸ばして戸張にキスした。 (あたし、この人に、愛玩されている……) 戸張の本気の眼差しを受けたとき、琴音は耐えきれなかったのだ。 軽く口唇を合わせて吸い合ったあと、戸張は元のヘンタイエロおやじの顔になり、今度は琴音の胸の谷間に顔を埋めた。 相手は遊び慣れた大人だけに、琴音の不意の動揺に知らぬふりをしてくれたようだ。 「琴音ちゃん、ここもええ匂いや……」 くんくんと嗅いで、生温かい舌でべろべろと舐めまわされ、琴音は「いやあ……」と喘いで美貌をしかめて身をよじらせてしまう。 乳房を造ってからは乳山の谷へと汗が流れて澱んでしまうようになってしまった。だから、戸張がねぶりまわして悦んでいるあたりは相当に汗の匂いがするはずだ。 幻夢189 琴音は仰向けに寝たままで、膝を立てた双肢を思いきり開かされていた。 その股間のところに戸張は這いつくばっている。 (やだ……、この人……) 琴音の首筋、腋の下、乳房……と、白い裸身をさんざに舐め尽くした後、次は太股の付け根に狙いを定めたようだ。 「琴音ちゃん、ここもええ匂いがするのう」 「いやん……」 「マ×コの匂いやのうて、チン×の匂いや。美人の琴音ちゃんのチン×や、たまらんのう……」 (やだ……、この人、おフェラするつもりかしら……?) 琴音は吸茎してもらうのがあまり好きではない。 風俗店でゴムフェラしてもらったことはあるが、そのときは快感だとは思わなかった。口でお客の陰茎をしゃぶってお金を貰う……その商売の浅ましさを体験したにすぎない。 逆の立場になり、栗岡の男根を口淫愛撫するようになって、琴音の脳裡にはふたつの思いがせめぎ合っている。男のくせに男のペニス棒を舐めしゃぶる自分に対する卑下と、上手なフェラチオをしてこのひとに悦んでもらいたいという恋心……、自虐の堕下感情と恋染の情念……。 だがしかし、琴音の嗜好としては、相手の男にはフェラチオしてもらいたくない。 琴音が恋する殿方は、ペニス肉棒をしゃぶったりしてはいけないのだ。 ずぶっ……。 と、突如、戸張の指に菊肛を侵され、琴音は「あんうっっ!」とのけぞってしまった。 ペニスを指でまさぐられる、あるいは口に咥えられてしまうかと思って構えていたところに、いきなりの肛穴責めだ。意表をつかれると同時に、やはり、そこは琴音の泣き所なのだ。 「あんう……んううっ……」 皓い歯を食いしばって甘く切ない喘ぎを洩らせていると、戸張の指は一本から二本になり、ゆっくりと抜き刺しを繰り返しはじめる。 「んうぅぅ……んんぅ……」 腰をひくひくと蠢かせて指の弄戯に耐えているうちに、戸張は再び、琴音の傍らに添い寝する姿勢になった。琴音の膝は開かれたままで、戸張は腕で内股を押さえるようにして菊腔をくじり続ける。 「琴音ちゃんの名器がわしの指を食い締めてるで」 「ああん……、おなぶりにならないで……」 「こうやって、琴音ちゃんの悶える顔、近くから眺めるのも格別やな」 「だって……」 (だって、戸張さんの指、いやらしいんだもん……) 「チン×をビンビンにおっ立てて大きなおっぱいふるわせて悦んどる琴音ちゃん見てたら、わし、洩らしてしまいそうや」 「んんうっ……」 「ほれ、わしの、握ってみ」 琴音はそろそろと手を伸ばして、戸張の勃立肉竿を手の平に包みこんだ。胴幹はドクドクと熱く脈打ち、亀頭に指先を這わせると粘っこい先走り汁があふれていて琴音の指をねっとりと濡らせた……。 幻夢190 ぬちゅぬゅぷ……ぬちゃぬちゃ……。 指で擂られる菊肛から淫靡な摩擦音が聞こえてくる……。 いや、実際に耳に入ってくるのではなくて、頭の中でいやらしい音が鳴り響いているだけかもしれない……。 琴音は戸張の指嬲りに呼応して腰をくねらせ、泣き声のような喘ぎを洩らせ続けていた。 「琴音ちゃんのチン×の先からガマン汁がトロトロあふれてきてるで」 「だってえ……」 (だって、こんなエロい指の使い方されたらたまんないわよお……) 「わしもトロトロや、琴音ちゃんの指、べとべとになってしもうとるやろ?」 「んん……」 琴音のほうも、掌の中で怒立している松茸状の肉塊を摺り続けている。この硬く勃起した肉竿を一刻もはやく挿入して欲しい……と、琴音は狂おしいまでに望んでいた。 今までは受け身のままの性交で十分に満足できていたのだが、今夜は何だかちがう。男どうしの愛欲の極楽に惑溺して、何かが目覚めてしまっている……。 「……ねえ」 「なんや?」 「……ほしい」 「何が欲しいんや?」 「……いじわる」 「ちゃんと言わんとわからんな」 「……これ」 と、琴音は肉棒を握りしめた手指に力をこめた。 「これ、言うてもわからんな」 (もお、しらばっくれてえ……) 「ねえ……」 「なんや?」 (もおっ! 焦らさないでよ) その間も、戸張は実に楽しそうに琴音の尻穴を指で弄んでいる。 (狂っちゃいそうなんだから……) 「……戸張さんの立派な責め棒がほしいんです……」 「欲しいのはわかったが、どこに欲しいんや?」 (もお……何とかしてよ……) 「ほしいの……、ねえ……」 「そやから、どこに欲しいんや?」 (……生殺しを楽しむのはやめてよお) 「わしの指を喰い締めてるで、琴音ちゃんの名器」 (だからあ……はやく入れてよお……) 幻夢191 戸張さんのチン×を琴音のアナルマ×コに入れてください……。 とうとう、琴音は言わされてしまった。 そういう言葉を口に出させるのが心理的戯れであると承知しているが、実際に口にしてみると顔面から火が出るほど恥ずかしさだ。 恥ずかしいが、しかし、恥ずかしさゆえの陶酔がある。 戸張はまったく見ず知らずの人間ではないけれど、同衾したのは今宵が初めてだ。 ……それなのに、蕩けてしまいそうなほどいたぶられている。彼の術中にはめられてしまっている……。 「そうか、わしのチン×が欲しいんか。琴音ちゃんの所望なら仕方がないな。わしの責め棒でケツマ×コを串刺しにして淫乱の琴音ちゃんを啼かせてやるとするか」 (……この人、下品! ひとことひとことが、すっごく下品、でも、下品だからこそ、あたしも飾る必要がなくて存分にセックスが楽しめるんだけど……) やおら、戸張は起きあがり、琴音の膝裏を押し拡げ、戸張の言い方だと『チングリ返し』の羞恥菊びらオープンの屈曲姿勢をとらされた。 さんざんの指弄された挙げ句の果て、琴音の淫尻は蕾も開き気味に蠢いている。 「……ああ」 もう待ちきれずに、琴音の美唇からは喘ぎがこぼれる。 「田楽刺しや」 戸張の灼熱した魔羅頭が肛口に触れ、「ひっ!」と悲鳴に近い叫びで琴音は反応した。 戸張が腰を押し入れてくる。 「んんっ! ……あ、あ、ああーっ……」 戸張の剛棒肉が琴音の菊花の襞目を掻き分けて捩り込んでくる。 待ち焦がれた肉竿で身体を貫かれる快感……、快感というような生易しいものではなくて、これはもう極淫天国……。 それは紛れもなく、肉の愉悦だ。 深奥の直腸腔まで刺し入れられ、ゆっくりと引き戻され、もういちど深々と通貫されて肛門性器の粘膜を擂り上げられたとき、琴音は「んあんっ!」とのけぞった。鋭すぎる痺れ電流に脳芯を貫かれ、精液がトロリ……、と尿道口から垂れてしまった。 もちろん、戸張は見逃さない。 「おおっ! 琴音ちゃん、お洩らししたな」 「……だってえ……」 少量のザーメン汁はへそのあたりに溜まりをつくっている。 微量射精しただけでは、琴音の勃起が萎えることはない。 「ええぞ、琴音ちゃん、わしの大好きなべちょべちょぬるぬるセックスになってきたな」 幻夢192 男の匂いがする……、自分の父親ほどの年配の男の匂いだ……。 もう若くはない体臭、粘つく汗、お酒、煙草……齢を加えた男の匂いだ。 今さらながらに琴音は思う。 若い男なんかぜったいに嫌だ。 これぐらいの年齢のおじさまでないと決して燃えないだろう……。 こんなにねちっこくしてもらえるんだもの……。 ……そして、脂粉、香水、甘い汗、……男の自分が女の匂いを発散させて身悶えしている。耐えきれずに噴き上げててしまった白粘液は男の証……。 男と男の爛れた尻穴淫交にどっぷりと溺れてしまった琴音は、白い裸身をよじって悩乱し喘ぎ啼くばかりだ。 「琴音ちゃん、四十八手で責めまくって悶絶させたるからな」 戸張はあごから汗をしたたらせながら嬉しそうに言う。 「んんうう……」 戸張に腰を突き入れられる度に、脳天にツーンと響く。 アナル孔を充たされている喜悦はえもいわれぬ快感となって満身をかけめぐる。 戸張のペニス棒の雁の張りに肛腔の襞膜を激烈に擦り上げられるので摩擦快悦感は狂おしいまでに昂まってくる。 琴音は宙をさまよう双脚の足指を反り返らせて呻き泣き、そして、琴音の陰茎は青筋を浮かせてひくひくと痙攣している。 肉欲の快楽の極楽……。 (……もうダメ、溶けちゃいそう………) すぽっ、 と、戸張が責め棒を引き抜いた。 「ああんっ!」 花房のような襞目に縁取られた菊孔がぽっかりと淫口を開いてわなないている。両脚を担ぎ上げられて拡げられているので隠すこともできない。 ローションの蜜に光る暗紅色の穴性器は腔腸生物の口のようだ。 戸張は生ペニスの亀頭を肛口に触れさせた。 「んんっ……」 「琴音ちゃんのケツマ×コ、もの欲しそうやで」 「んん……」 「咥えたい、言うとるで」 「ああん、入れてえ……」 「そないに欲しいんか?」 「お願い……、奥まで入れてえっ」 幻夢193 「次は茶臼や」 と戸張に促されて、体位を変えることになった。 戸張が仰向けに寝て、琴音が上から跨る。 乱れてほつれて頬にまとわりつく黒髪を手で後ろに梳き流して、琴音はふと戸張と目が合い、やはり、はにかんでしまった。 「自分で喰わえてみ。わし、何にもせえへんからな」 「やだ……、戸張さんって、いじわるなんだからあ……」 「わしのチン×が欲しいんやろ?」 「もお……」 「わしも、琴音ちゃんの名器に早う喰わえられたいがな」 「…………」 琴音は羞恥の眼差しで戸張をちらりと見、それから、俯いて、腰を沈めにかかる。 天を向いてそそり立つ雄根の幹茎を片手の指で軽く握り、挿入角度を調整し、亀頭が菊口に触れると、「んん……」と洩らすだけで喘ぎたくなるのをこらえてさらに微調整する。 そうやって自ら被嵌入しようとしている琴音の姿を、戸張は枕を二枚重ねにして後頭部に押し当てて顔を起こして眺め入っているのだ。 (やだ……、こんなの……) 伏せた視界には自分の怒張ペニスが見えている。少量の精液と湧き出し続けるカウパー腺液で亀冠傘面はぬらぬらと光り、体勢を変えたために粘りつく雫となって裏筋を零れ落ちてゆく。 今度は焦らしまくられることはない。 自らの欲するままにできるのだ。 琴音は足の親指に力をこめて支え、膝を曲げて体重をかけてゆく。 ずぶずぶ……、と環状管に雁傘がめり込んでくる。 腰の奥から体幹が軋む。よろけてしまいそうになり、片手を布団について、さらに深く奥まで戸張の棒肉を菊腔性器に収納してしまうと、あまりの恥ずかしさに酔い痴れてしまうのだった。 「琴音ちゃん、わしのことエロおやじや思うとるけどな、琴音ちゃんかて、相当のスケベやで」 と、戸張がニヤニヤしながら言う。 「だってえ……」 「わしの責め棒、ちゃんと入っとるか?」 「……はい、入ってます……」 「奥まで入っとるか?」 「……はい」 (この突き刺された感じがたまんないの……) 琴音は深々と結合したまま、そろそろと上体を前に傾けていった。 琴音のペニス棒は戸張のでっぷりとした腹部に押し当たり、乳房は戸張の胸板に押しひゃげられる。素肌と素肌の密着感覚が欲しかったのだ。 戸張が背中に手をまわして抱きしめてくれる。 琴音はたまらずに戸張の口唇に吸いついた。琴音のほうから積極的に舌を差し入れてゆく……。 また、精液を洩らしてしまいそうだ……。 幻夢194 「ああんっ、あんっ……、あんんうっ……、あんんん……」 琴音は顔を歪めて喘ぎ続けていた。 戸張の腹部に両手をついて腰を上下させるとペニス棒の硬肉が体腔の中心を、ずんっずんっ、とピストン摩擦してゆく。突き上げられ刺し貫かれる触感がたまらない。 乳房が揺れて、その感覚は女体の身悶えだと実感できて、さらに昂奮のボルテージが昇る。けれども、最も敏感に高進しているのは下腹部からそそり立った琴音の陽根だ。 充血して固く膨らみきっている亀頭に触れて刺激してやれば、一触即発で射精してしまいそうだ……。 戸張は仰向けに寝たままで積極的に媾合には参入しない。上機嫌のスケベ面で琴音の乱れぶりを眺めているだけだ。 (もお……、これだとオナニーみたいじゃん……生ペニス棒を使って自淫……いやんっ!) 自由自在に繰れる騎乗体位での楽しみ方というものがある。 深奥まで貫き通されたければ深く沈みこめばいいし、ピストン往復を早めたければ腰の上下動を烈しくすればいい。 「琴音ちゃん、わしが想像してた以上に淫乱やな」 「だってえ……」 「愛人としては、ほんま理想的や」 「…………」 (だってえ……、こんなに気持ちよくって、楽しいんだもん……) 「尻の穴で喰らうわしのチン×は美味しいか?」 「ああん……サイコー……」 「わしも最高やで」 「あんん……」 「琴音ちゃん、うしろに体を反らせてみ」 「えー……、こうですか?」 琴音は両手を後ろ側について、身体をぐっと反らせた。 そうすると肉竿でペニスの裏側を突つかれるような感じになり、何とも言えない奇妙な陶酔に見舞われる。 「これな、反り観音言うて、観音さんを拝める体位や。琴音ちゃんのはマラ観音やけどな」 (マラ観音……? もお、エッチなんだからあ……) 「琴音ちゃんのおっ立てたチン×もキンタマも丸見えや。わし、バリバリに昂奮しとるで。こない美人やけど、男や。男のケツにハメてるんや、それが目ではっきりとわかって昂奮しまくりやで」 「ああん……」 (……あたしだってそうよ……。男なのに、男にしてもらって悦んでる自分のフツーじゃないとこに昂奮しちゃうんだから……) 「琴音ちゃん、チン×の先からヨダレ垂らしてよろこんどるなあ」 「ああん……だってえ……」 幻夢195 琴音が疲れてきたと見るや、戸張は琴音を仰向けに寝かせて、 「よし、今度は本手でわしが責めまくったるからな」 と言って、上からおおいかぶさってくるのだった。 本手とは正常位のことで、琴音はこの体位がいちばん好きだ。目と目が合うと羞ずかしくもあるが、最も安心感のある絡み方なのだ。 膝を曲げて双脚を開いて待っていると、戸張はゆっくりと割り拡げて入ってくる。その被挿入感に、琴音は、「んあーっ……」とのけぞって悶え喘ぐ。 「琴音ちゃんのチン×、わしの腹に当たっとるで」 「んんん……」 (戸張さんのおなかで擦られたら、また漏れちゃうじゃないの……) 「わしの腰に足をからませてみ」 「……こうですか?」 「そや、これ、揚羽本手言うんや」 (もお……、エッチなこといっぱい知ってるんだから……) 「腕もからませてみ」 「こう?」 「わしの背中にしっかり抱きつくんや、そや、これが襷がけや」 密着度がいちだんと増し、心地良さがつのってくる。 そして、戸張も琴音の背中に手をまわし、痛いぐらいに強く抱きしめてくれる。 「これが、番い鳥や」 (番い鳥……?) 「本手のな、最上の形や。惚れ合った男と女が、こうやって悦びをわかち合うんや。わしら、男と男やけどな、惚れ合った仲や」 「…………」 「そない困った顔せんでせええやろ? 今夜はわしの妾なんやから。わしが見初めて、琴音ちゃんはわしに惚れてくれたんや。そやろ?」 「……はい」 (……この人、見直しちゃった、こんな殺し文句使うんだもん……) 「ほな、キスしよか?」 間近に迫った戸張の顔がさらに接近してくる。 舌と舌をからめてディープキスしながら、戸張は小腰を使って小刻みに抽送しはじめる。 (番い鳥かあ……いいな……) 本当にひとつになれたような一体感がある。淫らなセックスというより、幸福感に満ちたセックスだ。 ふと、口唇を離して、 「琴音ちゃん、中出しでええんやな」 と、戸張はエロおやじの顔で言う。 「……はい」 と返事したものの、せっかく幸せな気分になっていたのに、中出しなんてお下劣なこと言わないでよ、でも、この人らしくっていいけど、と苦笑を押し殺しながら、琴音は、 「いっぱい出してくださいね」 と、媚びた声音で戸張の耳元に囁いた。 幻夢196 中出しするというのでフィニッシュなのかなと思っていると、戸張はまた体位を変えて挑んでくるのだった。 琴音はもう飽和点に達していた。 もっとこの人と性交して楽しみたいという欲求はないこともないが、もう存分に満足させてもらった。粘っこくエネルギッシュに責め続けられて琴音は気息奄々になってしまっている。 (……おしりのあそこ、もう痺れたみたいになっちゃってるし……) そして、はっきりとした射精感覚は無くなり、間欠泉のように、トロ…、トロ…、と漏精してしまう始末だ。 「これが横どりや」 と、戸張は琴音の身体を横向けにして、片足をすくい上げて拡かせた。 戸張も背後から横向きに迫ってきて犯入される。 それから、戸張は琴音に上体を後ろに反らせだの何だのと注文をつけて、「八重桜」「燕返し」「卍くずし」……と、琴音にいちいち説明しながら横臥後背のバリエーションを楽しむのだった。 戸張がペニスを指撫してくると、たまらずに琴音は、「いやっ! だめっ……」と叫んだ。射精臨界のぎりぎりのところまで膨脹している男根を揉撫されたらひとたまりもない。 「マン汁トロトロのいきまくり女みたいやで。琴音ちゃんがこないによがり狂ってくれると、わしもハメ甲斐があるというもんや」 「だってえ……」 (……だって、戸張さんって、すっごい精力なんだもん……) 戸張の絶倫旺盛の淫欲はその肉竿の硬立持続力に現れている。衰えることを知らずにもう長い時間、琴音の肛門性器を掘り続けているのだ。 (……もお! この人、信じらんない……、あたし、へとへとなんだから……) 次は、琴音は俯せにされて、バックから嵌め入れられた。 「後ろ畜生どり言うてな、獣の交尾や」 「ああん……」 戸張も両手をつき、ふたりは俯せにぴったりと重なり合う。 「琴音ちゃん、男どうしのけだもののセックスやで」 「んん……」 「ケツの穴にハメられて悶えまくりの琴音ちゃんと、男のケツの穴にハメんのが大好きなヘンタイのわしや」 「んんう……」 「大きなおっぱい揺らしてるけど、琴音ちゃんは男や。そやな?」 「……はい」 「クリちゃんなんかやないな? 琴音ちゃんはチン×おっ立てて悦んどるやろ?」 「……琴音は男どうしのセックスを楽しんでます……」 「そや。わしら、ヘンタイやで。わかっとるか?」 「……はい」 戸張の手が胸元にまわり、乳房をぎゅっ、と絞り揉まれて、琴音は「ああっ!」と泣き叫んだ。 電撃のような快感に襲われ、トロ…、ではなく、ドピュッ! と噴射してしまった……。 幻夢197 琴音は手書きの地図を片手に目的のビルを探していた。 そのあたりはちょうど駅裏になり、駅の正面は再開発されて店舗が充実して賑わっているが、この裏側には取り残されたような寂寥感が漂っている。『ブラジル』という名の喫茶店、『お食事処 松屋』と書かれたのれんが下がっている食堂、ひと昔前の雰囲気だ。 地図に従って駅から少し離れると小さな町工場があったり印刷屋があったりする。 琴音は眩い陽射しに辟易しながら、ようやく『第2神明ビル』とプレートが貼られているビルを見つけた。季節は初夏、ノースリーヴのキャミにミニスカートという出で立ちだが日焼けが嫌なので薄手のカーディを着てきていた。 携帯で時間を確かめると午後の1時過ぎ、約束の時間まであと1時間弱ある。 琴音はまわりを見まわし、『紫苑』という喫茶店があるのを発見した。 (あそこでちょっと休憩しよおっと……) 店内はレトロ風だった。 ……というより、意識的にレトロ風にしたのではなくて、何年も改装していないだけのようだ。 窓際に席をとり、ひとりで切り盛りしているらしいおばあちゃんに紅茶を注文する。 見事にお客は誰もいない。 「お嬢さん、どうぞ、ごゆっくり」 と、親しみのこもった笑顔で言われて琴音はうれしくなった。 昭和時代の遺物……、琴音はくすっ、と笑ってしまう。 時代から置き去りにされたこんな空間に座っていると不思議なぐらいに落ち着ける。 (これって、和服趣味とかおじさま大好きと関係あるのかしら……) 時代の最先端というのは疲れる。こんなゆったりとした時間の中に身を置くのが好きだ……。 琴音は手書きの地図をテーブルの上に置いて、じっと見つめた。 それは、栗岡から渡されたのだった。 「琴音、冒険を楽しんでいるか?」 と訊かれて、 「うん」 と答えた。 いつものように栗岡に抱いてもらって満足し、彼の体にしがみついてまどろんでいるときのことだった。 冒険……性的アバンチュール……火遊び……、どういう言い方をすれば適当なのか琴音にはよくわからないが、栗岡に勧められるままに、冒険の手はじめはまず戸張にお願いしたのだった。 もちろん、戸張は栗岡に事前承諾を得ているのだろう、と想像できる。 (戸張さんと、死にそうなほどの強烈なエッチしちゃった……) けれども、とても口に出して言えそうにない。 問い詰められたら報告するかもしれないけれど、自分のほうから敢えて言うつもりはない……。 幻夢198 戸張との逢瀬のあと何日かして栗岡に抱いてもらったとき、琴音は奇妙な気分だった。 栗岡との性交は楽しいだけではない。ただ単に楽しいセックスというなら戸張相手のほうが何倍も楽しさはある。 ……歓びという面では、栗岡に抱いてもらうほうが断然いいのだ。 その違いを、琴音は真剣に考え続けている。 同じ肛門性交であるにもかかわらず、終わったときの心境が全く異なっている。 戸張との狂乱の夜を過ごした朝、琴音は疲れ果ててしまっていた。戸張は宿の女将からフード付きの足首まであるロングダウンコートと大きな紙バッグを借りてきてくれて、衣装その他をバッグに詰め込んで、すっぽりとコートに総身を包んだ琴音を自宅マンションまで送り届けてくれた。 ……そう、戸張という人は最後まで親切に、そして大事に琴音を扱ってくれた。 けれど、琴音は戸張に抱きついて眠りたいとは思わなかった。戸張は大好きなおじさまだけど、はやく自分のベッドでひとりでぐっすりと眠りたい、と望んだのだ。 ……それは、たぶん、一過性のお祭りだったのではないか? あまりにも楽しすぎてはしゃぎすぎて体力を消耗しきってしまうお祭りだったのだ。その烈しすぎる享楽は日常的なものではない。 そして、栗岡と愛媾する夜は、これが日常的であって欲しい、と琴音は願っているのだ。 性行為がなくてもいいから、こうして栗岡に抱きついて眠りたい……、ベッドの中だけでなく、日々の生活を栗岡といっしよに送りたい……。 つまり、琴音にとって栗岡はかけがえのないひとだけれど、戸張の代わりになってくれる人はいる……楽しいお祭りに連れていってくれる人は他にもいる……、そういう結論に達したのだ。 ……快楽は自己本位なものだ。誰かに愛情を捧げるのとはちがうぞ。 栗岡にそう言われたのを思い出す。 肉体の快楽は自己中心的なものだけど、誰かさんに愛情を捧げるのは精神的快楽じゃないのかしら……。 戸張との一夜は肉体的快楽を嫌というほど享受させてくれた。けれども、戸張に対する愛情は、今のところ、プライオリティの2番目だ。確固とした1番目が存在しなければ戸張に捧げることもあり得るだろう……。 栗岡に「冒険を楽しんでいるか?」と訊かれた夜、琴音は、快楽の意味するところがよくわからない……と栗岡に言ったのだ。そうして、別れ際に、栗岡は手書きの地図を琴音に手渡した。 琴音が訪れようとしているのは、 『  アトリエ花鬼    主宰 花鬼魍魎  』 という人物だ。 幻夢199 第2神明ビルは住居用の建物ではない。3階建てで、1階が倉庫になっている。 琴音はビルの脇の階段をのぼった。 2階のドアには『アトリエ 花鬼』と素っ気なく書かれたプレートが掲げられていて、琴音はおそるおそるインターフォンのボタンを押した。 返事はなくて、いきなりドアが開いた。 「……あの、白石ですけど……」 「白石? 白石琴音?」 「……はい」 「そうだった、今日来ることになってたんだ。さ、入りなさい」 琴音を迎えたのは眼光鋭い男だった。 「そこに座りなさい」 と、入ってすぐの部屋の壁際のソファを示された。 琴音は、言われたままに腰をおろす。 その部屋の向こう側にはデスクが置かれ、デスクトップのパソコン、書類・パンフレットが山積みされ、缶ビールの空き缶が雑然と並んでいる。 「何を飲む? ビールにするか?」 と、訊かれて琴音が戸惑っていると、「アルコールじゃなければコーラがあるぞ」とさらに言われ、琴音の返事も聞かずにデスクの横の冷蔵庫からビールとコーラの缶を取り出した花鬼は琴音の前にどっかりと腰をおろした。 差し出されたコーラを、琴音は「すいません」と言って受け取る。 「わしが花鬼魍魎、もちろん本名ではないが、この世界ではその名で通っている」 と言って、缶ビールをうまそうに飲んだ。 カーキ色のタンクトップにスポーツジャージーの下、という姿で、肩や腕はがっちりと筋肉がついていて逞しい。スポーツ刈りにした短い毛は白いものがずいぶん目立つ。 琴音の好みの年齢であると想像できるが、どこか恐い気配を漂わせている。 まず、怖ろしいのは彼の顔立ちだ。夏みかんのような皮膚の荒れた感じが異様で、射るような視線なので目を合わせると身がすくんでしまう。 「栗岡さんの女だね?」 「……はい」 「栗岡さんとは特に親しくはないが、共通の知り合いが何人もいるからな。白石琴音という奴に、快楽とは何かを教えてやってくれ、と頼まれたわけだ。そういうことでいいんだな?」 「……はい」 「教えると言っても、そんな簡単なものじゃない。そもそも、教えるようなことではないんだ」 「…………」 「琴音は豊胸手術を受けているようだな。チン×はまだ付いているのか?」 「えっ……? はい」 「睾丸は?」 「……そのままです」 「だったら話はわかりやすい。快楽とは、精液を出すことじゃない。それなら、動物といっしょだ。人間の快楽とはそういうものではないんだ」 「…………」 幻夢200 「わしは調教師と呼ばれておってな、ニューハーフとかオカマとか、そういった人種の調教を請け負ってるんだが、調教と言われてもなあ……」 琴音には花鬼が何を言わんとしているのか、よくわからなかった。 調教……? 連想するのはSMだ。……鞭と蝋燭のおどろおどろしい性倒錯の世界……。 「論より証拠だな、今、わしが手がけているのを見せてやろう」 花鬼は立ち上がり、ついこい、という風に促す。 琴音もソファから立ち上がった。 奥に通じるドアを開く花鬼の後に従ってゆくと、そこは広々とした部屋で、パーティションでいくつかのエリアに区切られていた。 元はダンス教室だったらしいが、当節、そんなものは流行らなくなって、わしが安く借りているのだ、と花鬼が説明してくれる。 琴音の鼻腔に香水と化粧品の匂いが流れこんでくる。このただっ広い部屋のどこかに女性がいることは確かだ。 果たして、仕切の向こうには、女がいた。 「まり子、お客さんだぞ」 花鬼が声をかけると、その女は顔をあげた。 「あいさつしなさい」 ほんの少しだけ、まり子は顔を上下して、うなずくような仕草を見せた。 琴音は、「こんにちは」と口元まで出かかったが、そんな悠長な挨拶をするような雰囲気ではなかった。だから、琴音もうなずき返しただけだ。 ……まり子と呼ばれた女は、女ではなかった。 一糸まとわぬ全裸で、双肢をM字開脚に縄で縛られて、両手はバンドのように腰に巻かれた黒いベルトの両サイドの革輪に手首を繋ぎ留められている。 そして、ちょうど目の前には姿見が設置されているのだ。 ……女であるが、女ではない。 それはひと目でわかった。 胸には量感のある乳房がふたつ、艶麗にふくらんでいる。 強制開脚された股間には、女の性器の縦割れがある。 だが、性転換した男なのだ。 まり子はすぐに目を伏せた。 少しの間、垣間見えた顔面はきれいに化粧されていた。ナチュラルなメイクではなく、こってりとした厚化粧。濃いメイクだが、素人の手によるものではない。手慣れたメイキャッパーが施した化粧だ。 それぐらいは琴音にもわかる。 髪の毛は栗色に染められて後頭部にひっめられ、その結び目から肩にウェーヴのかかった豊かな髪が垂れている。だけど、それはエクステだ。色の濃淡がくっきりとしているので付け毛だとわかる。耳朶にはピアスが燦然と輝いている。 「わかったようだね」 「…………」 「見ての通り、まり子は男だ」 琴音と目が合った瞬間、まり子は恨みがましい目をした。 巧妙に付けられたつけまつげの奥の瞳は哀しい何かを訴えてかけていた。 「性転換手術してから六ヶ月だ」 幻夢201 外科手術を受けて女の身体になった元男の裸身に琴音は眺め入った。 肩や二の腕には男の筋肉がついたままだ。肌の色はとても白いとは言えない。 「この子は琴音、まり子とちがって、女になりたい子だ」 (ちょっとちがうけど……、ま、いっか……) 彼女はちらりと目線を上げて琴音を見た。驚きの気配がうかがえる。まり子には、琴音が男だとわからなかったようだ。 「まり子はタカハシツトムという名前のれっきとした男だ。性転換はしたが、首も太いし、喉仏も目立つ。男の名残りの筋肉は時間をかければ落とせるし、喉仏は手術で除去することもできるんが、ナチュラルな女にはなれそうもない」 花鬼の指摘は琴音にはよく理解できる。 たとえば肩幅が広くて大柄な体型であっても、どことなく女装が似合っていて、それほどの違和感もなく女として通用しそうだ、と思わせられる女装者がいるものだ。 ところが、このまり子という性転換者には、そんな印象は皆無なのだ。琴音が見たかぎりでは、女の身体を持った男なのだ。 「琴音はいくつだ?」 「え? 25ですけど……」 「そうか、まり子は今年で30だ」 「…………」 「20代の終わりにチン×を切り取られて、30から残りの人生はチン×無しの生活だ」 琴音には話が見えてこない。 だが、戦慄的な予感がする。 ……だいたい、『花鬼』という名前が怪しすぎるではないか。『花鬼魍魎』だなんて、妖怪変化みたいな名前の怖いおじさんだし、ニューハーフの調教師だなんて自称してるし……、どう見ても元男だとわかる性転換女が縛られているし……。 琴音は、素肌に粟粒が浮いてくるような気分になっていた。 「強制的に性転換されちまったのさ。こいつはホモやゲイではないんだよ。男が好きなオカマじゃなくて、正常な男だったんだが、無理矢理に女にされてしまったんだ」 ……やっぱ、そうなんだ。 ゾクリッ、と冷たいものが琴音の背筋を駆け抜けてゆく。 「女のマ×コに欲情するノーマルな男だったのに、こうして、チン×をちょん切られてマ×コを造られちまった」 花鬼は蔑むような笑みを浮かべている。 「琴音、この鏡は何のために置いているか、わかるか?」 「…………」 ショックのために言葉が出ない。 目を開けば、目の前にある鏡に自分の股間が映っている。 濃い脂粉に彩られた女の貌がある。 胸には大きな乳房が揺れている。 もう男ではなくなった自分の哀切な裸体と体面せざるを得ない……。 なんと残酷な……。 幻夢202 「まり子、お客さまにじっくりと見ていただこうか」 そう言って、花鬼は姿見を横に移し、鏡のあった場所にどっかりと胡座をかいた。 「琴音、こっちに来て、わしの横に座りなさい」 ……いやだ、そんなの見たくない、という風な慎み深い表情を装ったけれど、本音を言うと、強制的に女に改造されてしまった元男の裸体を近くで見たかったのだ。 だから、琴音は、花鬼に命じられて嫌々ながら仕方なく、といった素振りで花鬼の横にしゃがみこんだ。 まり子の身体から漂ってくる濃艶な動物性の香水にクラクラとなりそうだ。 (こんな強烈なパヒュームじゃなくてもいいのに……) 当然のことながら、琴音の視線はまず、性転換した股間を目指す。 まり子は肘掛けの無い座椅子のようなものに座らされ、腰バンドで背もたれに拘禁されている。そして、臀部の下にはクッションが当てがわれ、秘所を露骨に開陳されている。 (……わあっ! これって、本物そっくり……) 下腹の逆三角形にトリミングされた恥毛の下に人工の性器穴がある。 縦の割れ目があり、その両側が土手状にに少し膨らんで陰唇を形成している。割れ溝の上部には大きな豆粒のような陰核が見える……。 琴音が目を凝らせていると、「見ないで……」とすすり泣きのような声が洩れてきた。その声音は野太い声質で、まぎれもなく男の声だった。 本物そっくり、という印象を持ったのは、脳裡にくっきりと記憶している川崎京子の女性器と比較していたからだ。 京子の性器はもっとグロテスクだったような気がする。京子は陰毛をカットして整えたりしていなかったので、ラビアの周辺にも縮れ毛が生えてひどく淫猥だった。しかし、まり子の陰部は、逆三角形の恥毛だけを残して、あとはきれいに剃毛されているようだ。 よく見ると、陰唇のところに手術痕が残っている。かなりの程度に治癒しているとはいえ、縫合痕がはっきりと見てとれる……。 琴音は自分の男根がパンティの中で勃立してきたのを知り、さらにぴっちりと膝を閉じ合わせた。 以前なら、京子に挑発されるように股間の女性器を見せつけられて、そこにペニスを挿入したいオスの欲望に駆られて勃起したのだが、今はそうではない。 ……自分が、このまり子のように性転換手術を受けて股間に女性性器を造りたいのか? ……そうじゃない。 その女性性器穴に男の怒立肉棒を嵌め入れてもらいたいのか? ちょっと蠱惑的ではあるが、それは琴音にとっては妄想でしかない。 あくまでもペニスを持った女、乳房を揺らせる女装ホモ……、琴音は自分の立ち位置をちゃんと認識している。 じゃ、こんなに体が熱くなるのは何故だろう……? 琴音は無意識のうちに自問自答していた。 幻夢203 「琴音、ほら、見てみろ、まり子は乳首をおっ立ててるぞ」 と、花鬼に言われて、人工女性器に目が釘付けになっていた琴音は、ふと我にかえった。 まり子の乳房は、そのふくらみだけ見れば、見事な出来映えの形成豊胸だ。おそらくはCカップ以上だ。たっぷりとした量感があり、やや垂れている感じがあって、見映えは造りものではない。 乳首は男のものとは思えないほど大粒で、乳暈のひろがりもある。その色素の沈着した乳首が勃然と硬くなっているのが見てわかる。 (……感じたら、あたしも、あんなにコリコリになるけど……、あたしのはあんなに大きくないし……) まり子の首筋から乳房の谷間にうっすらと汗が光っているのが見え、そして、ツーンと汗の匂いが琴音の鼻を衝いた。 (あ、そっか、こんなきつい香水つけてるのは、男の匂いを消すためなんだ……、いくら体を女に造り変えても男臭さは残るから強い香水を使ってるんだ……) 「まり子、顔を見せてみろ」 低い、ドスのきいた声だったので、琴音は、びくっ、と怯えてしまった。 まり子は反射的に、伏せていた顔を上げる。 美しい、というより、凄絶なほど濃艶にメイクアップされている。表情は苦衷に耐え、今にも泣き出さんばかりだ。 琴音は琴音で、まり子の顔立ちがあまりにも整っているのに驚いていた。チークが濃いし、毒々しいまでに赤いルージュの口唇はグロスを使っているのだろうか、濡れたように光っている。 だけど、つけまつげが必要ないぐらいにぱっちりとした目だし、鼻は高く尖っている。顎の線も丸みがあって優艶だ。 「顔の整形は徹底的にやられているからな。男好きのする色っぽい顔にせよという要望でな、元の顔と比べたらもう別人になってしまっとるんだ」 ……そういうことなのか。 こんなケバいメイクを落としても十分に美人で通用する顔立ちじゃないか、と思った琴音だが、整形顔だったのだ。 ……でも、誰の要望? 当然ながら髭の処理も済んでいるのだろう。ファンデが厚く塗られているのでわかりにくいが髭痕は見当たらない。 「ツトム!」 花鬼が言うと、まり子はつけまつげの目を瞠いた。 「まり子という名前を与えられたが、おまえはツトムだな?」 「…………」 紅粉で装飾された女顔が苦悩に曇り、何かを言おうとして濃いルージュの口唇を開きかけるが言葉にはならない。 花鬼が手を伸ばしてまり子の乳房に触れた。 「いやっ……」 その瞬間、まり子は顔を横に向けてわずかに自由になる上半身をよじる。 「男はな、こんな大きなおっぱいを持った女が好きなんだ。おまえもそれはわかっとるだろう?」 「……んんぅ……」 花鬼に乳房を揉みしだかれ、まり子は皓い歯を見せて喘ぐ。両手も両脚も拘束されているので抵抗できない。 琴音の身体もますます熱を帯びてきていた……。 幻夢204 「巨乳の女を見てチン×をおっ立てた経験があるだろう? まり子」 「……ああ……」 「返事せんか!」 「……はい……、巨乳の女に目を奪われたことがあります……」 「そうか。巨乳の女はいやらしいか?」 「……セックスアピールを感じるんです……」 「こうやって、大きなおっぱいを揉みたいと欲情しただろう?」 「…………」 「え? どうなんだ?」 「……はい」 「チン×をおっ立てて発情したんだな?」 「……ああ……」 花鬼はまり子の胸のふくらみを絞りあげるように烈しく揉み上げる。まり子が歯を喰いしばって耐えているようすを眺めて、うっすらと笑みを浮かべている。 そうして、今度は乳首をつまみ、指腹でコロコロところがす。 「……んんうっ……んんぅ……」 琴音は咽喉の渇きを覚えながらも、花鬼がまり子をいたぶるようすを喰い入るように見入っていた。 「琴音、おまえも触ってみろ」 「え?」 「こいつの乳房はな、授乳のためにあるんじゃないぞ。見られて触られて揉んでもらうために造った乳房だ」 花鬼は顎をしゃくって琴音を促す。 わずかな仕草だが、有無を言わせぬ迫力だ。 琴音は、「はい」と小さく返事して、おそるおそる手を伸ばした。 琴音が指先で触れた鴇、まり子は「んうっ!」と鋭く喘ぎ、続いて手の平で包みこむと、「んああ……」と切なそうに悩ましく喘ぐのだった。 その喘ぎ声を耳にして琴音はおかしな気分になってくる。過敏な女のように女体をくねらせて身悶えしているが、男の声質の悶え声なのだ。 「どうだ琴音? まり子のは、おまえのおっぱいより大きいんじゃないか?」 「……え、そうですね……」 「こうやって揉んでやると、こいつは悦ぶんだ。見境いなく男とやりまくりの淫乱女とちっともかわらん」 ふふふ……、と花鬼は蔑んだ嗤いを見せる。 琴音も整形乳房の持ち主で、性交時に揉みしだいてもらうと喜悦の声を洩らせてしまうが、このまり子という人と自分は根本的にちがう……。 それは直感としか言いようがないのだが、琴音にははっきりとわかった。 (……あたしの場合、おっぱいが欲しかったし、触ってもらって揉んでもらうとうれしいけど……、この人、逆なんだ……) 豊満な乳房を無理矢理に形成されてしまい、まるで嬲りものにされるように揉まれるのは嫌悪と屈辱以外のなにものでもないはずだ。琴音にも、それぐらいの想像力はある。 しかし、まり子が悦び悶えているように見えるのは何故だ……? 幻夢205 巨大乳房をこねくりまわされて悶えのたうち、まるで湯上りのように素肌を上気させたま り子の肩や胸元に汗の玉が浮き上がっていた。 そうして、汗の匂い、あるいは汗の匂い の混じった体臭が琴音の鼻腔を襲ってくる。 やはり、女の甘やかな臭気ではない。 消し去れない男の匂いを、琴音は敏感に感じ取っていた。 手首を革輪で留められたまり子の指の爪には真っ赤なマニキュアが塗られ、足の指にも同色のペディキュアが塗られている。まり子は手指をもがかせ、足の指を反り返らせて悶えていたのだ。 豊胸乳房への野蛮な愛撫が一段落したところで、花鬼は立ち上がった。 「え?」 琴音が驚く間もなく、花鬼はスポーツジャージーの下を一気に膝下までおろした。 出現したのは、そそり立つ黒いペニス棒……。 (わっ! あんなの見せられたら、目の毒……) 「琴音、ちょっと横にどいてろ」 「あ、はい」 琴音はしゃがんだままカニの横歩きみたいな感じで脇によけた。 花鬼がまり子の前に立ちはだかる。 鼻先に突きつけられた肉棒をまり子はどんな思いで見つめているのだろう……。 「琴音」 「……はい?」 「おまえはフェラチオが上手か?」 「……え?」 何と返事すればいいのだ? あたし、おしゃぶり、得意なんです……なんて言えるわけがないし……。 でも、そんなに下手じゃないと思うけど……。 「栗岡さんのお気に入りの女になってるぐらいだからフェラチオも仕込まれてるだろう?」 「…………」 「まり子のフェラチオはなかなか上達せんのだ。こいつは、いまだに嫌々ながら舐めとる」 ……そりゃそうだよ、もともと、ホモでもゲイでもないんだから。 琴音は、初めて栗岡のペニスを口淫したときのことを思い出す。 あのとき、嫌悪感や拒絶感は湧き上がってこなかった。頭の片隅には、世間からは後ろ指をさされる行為をしている、という意識はあったけれど、フェラチオ行為そのものには不快感も汚濁感もなかった。 ……ということは、自分にはそういう素地があったからで、だからこそ、こうして立派に女装ホモになってしまっているわけだが……。 しかし、琴音には想像がつく。 性的にノーマルな、つまり男どうしの同性愛の素地がない者にとって、フェラチオは吐き気を催すほどのおぞましい口戯にちがいない……。 幻夢206 「琴音、おまえの上手なおしゃぶりを、ここで実演して見せるか?」 「え? あたし……?」 「そうだ。わしのチ×ポを栗岡さんのチ×ポだと思って愛情たっぷりに舐めてみるか?」 「……そんな……」 「ははは、今日、初めて会ったばかりの男のチ×ポを舐めろ、と言われても困るわな。いい子だ。栗岡さんが気に入るだけのことはある」 「…………」 本音を言うと、あんな逞しい責め棒をおしゃぶりしてみたいな、と淫欲がフツフツと沸いてきているのだけれど、そんな破廉恥な欲望をあらわにするわけにはいかないので、ここはひたすら困った表情を見せているのだ。 (……ああ、あたしって、二重人格のカマトト……) 「ほれ、まり子、いつものようにわしのチ×ポをしゃぶってみろ」 声の響きが迫力満点だ。 (琴音、わしのチ×ポをしゃぶってみろ! ……なあんて、こわい顔で命令されて、有無を言わさぬ雰囲気で迫られたりしたら、きっとおフェラしてしまうだろうな。……てゆーか、そんな感じで、強引におフェラさせられてみたいけど……) まり子は、つけまつげで誇張された目で鼻先の肉棒を見つめている。 その瞳には拒否の意志がうかがえる。……というより、拒絶したところで受け入れてもらえない……そう、諦めの気配がうかがえるのだ。 ほんのわずかの一瞬、まり子は少しだけ顔を動かして琴音のほうを見た。 「ふふふ……、まり子、お客さんに見られておしゃぶりするのが恥ずかしいのか?」 「…………」 「琴音も男だからな、おまえがどんなフェラチオするのか、見たいはずだ」 花鬼が足を一歩、前に踏み出す。 濃紅に塗りこめられた口唇に黒紫の怒張亀冠が押しつけられる。 逃げようにも、首を退くぐらいしか手立てがない。 美麗にメイクされた顔面が歪む。 亀頭傘面に真紅のルージュが付着する。 ふと、琴音の脳裏に「強制フェラチオ」という言葉が浮かんだ。 強制性転換、強制フェラチオ……。 「強制」という言葉は、何か甘美なものを含んでいる。それは甘い毒といってもいいような感じで、官能の痺れに冒されるような淫靡な背徳のざわめきを帯びているのだ。 幻夢207 「まり子、口に咥えているだけじゃだめだぞ。舌を使って舐めるんだ」 花鬼は険しい声で命じる。 まり子は花鬼の淫棒をぱっくりと口中に含んでいたが、もう、それだけで辛そうだ。 「琴音、おまえはどんな心がけで男のチ×ポをしゃぶってる?」 「え? ……心がけって……?」 「心がけというものがあるんじゃないのか? 栗岡さんのよろこんでもらいたいとか?」 「ええ、……まあ」 「ところがな、まり子のおしゃぶりからは、そういう気持ちが伝わってこん。困った奴だろう?」 それは、好きなひとの性器じゃないから、と琴音はとっさに返事してしまいそうになったけれど、よく考えてみれば、ぜんぜん的外れなのだ。 好きだの嫌いだのという以前の話で、まり子と名づけられているが、男なのだ。正常な性嗜好を持つ男が熱意を持ってフェラチオするなんて無理がある……、と琴音は気付いた。 「まり子はな、人妻になる予定だ。人の妻になるからには旦那さまを悦せなきゃいかん。おしゃぶり上手になって旦那さまに満足してもらうために、こうして修行しているわけだ」 人妻……? 人妻になるために性転換手術を受けて女の身体になった? いや、そうじゃない。強制性転換なのだから、人妻になるのを強要されたということなのか? 「まり子、もっと舌をうまく使ってみろ。舌で擦りあげて、わしを気持ちよくさせてみろ」 まり子の頬を見ると、彼女が口腔内で舌を駆使しているのがわかる。 「まり子、ツトムだった頃を思い出してみろ。チ×ポのどこを舐めたら気持ちよくなるかわかるだろ? そうだ、そこだ。そのくびれの裏をもっと強く摺りあげるんだ。もっといやらしく舌を使えるようになって、わしが我慢できずに射精するぐらいに上達するんだぞ」 幻夢208 琴音はオフィスの部屋にひとりで戻り、ソファに座って飲みかけのコーラを飲んだ。 胸がドキドキして、そのドキドキ感はおさまらないし、のどが渇いていた。 強制性転換されて人妻になる……どうなってるの? 琴音は混乱するばかりだ。 しばらくして花鬼が戻ってきた。 彼は冷蔵庫からビール缶を取り出し、グラスといっしょに琴音に手渡し、 「持っていって、まり子に飲ませてやってくれ」 と言った。 「あ、はい」 琴音はまり子のいる処に戻った。 しかし、そこにまり子はいなかった。 「まり子さん?」 琴音は呼んでみる。 「ここよ」 と、低い声がして、そこはパーティションで仕切られた一角で、シングルベッドがあって、まり子はベッドに腰かけていた。裸ではなくて、薄桃色のランジェを身につけている。 「あの……、花鬼さんが、これを」 「……ありがとう」 その区画にはベッドと小さなテーブルがあり、14型サイズのテレビが置かれている。 テーブルの横にある椅子に琴音は腰かけた。 なぜ腰をおろしたのか、よくわからない……、たぶん、まり子という名前の性転換女性に興味を抱いてしまったからだろう。 「こういうのって、缶からちょくせつ、ごくごくって飲んだらおいしいんだけど、もう、そんなことできないしね」 と、まり子は琴音に話しかけるのではなくて、まるで自分に言い聞かせるかのように言うのだった。 彼女は、片手に持ったグラスにビールを注いでゆく。 ほっそりとした女らしい指とは程遠いけれど、爪のマニキュアが鮮やかに輝いているので、その手つきはなまめかしく見える。 「たくさん汗をかいたから、のどがカラカラだわ」 まり子はグラスのビールを呷った。 といっても、男の豪快な飲み方ではなくて、少しずつ咽喉に流しこむ。そのときに咽喉仏が上下して、やはり男なのだ、とはっきりわかるのだった。 幻夢209 「琴音さんが男だなんて、まだ信じられないわよ」 「……そうですかあ」 「琴音さんは派手なタイプじゃないでしょう? 琴音さんみたいな女の子、どこにでもいそうだもの」 「…………」 ほめられているような気もするけど、何だか率直に喜べない。それはこの異常なシチュエーションのせいでもあり、琴音としては、まり子にどう対応してよいかわからなかったからだ。 「さいしょ、びっくりしたでしょう?」 「……はい」 (そりゃ誰でも驚くよ、いきなりあんな縛りの場面なんだから) 「わたしね、ここで調教されてる、ということらしいの。調教って、どういうことなのか、よくわからないんだけど。……あんなに縛られて、ひどい目にあわされるのよ」 「ずっと縛られたままじゃないんですね」 「そんなことしたら血行がおかしくなってしまうでしょう。だから、一時間とか二時間とか、わたしを縛りつけて鏡を前に置いておくのよ」 まり子は淡々と話す。我慢の限度を越えた辱めを受けているはずなのに、その窮境があまり伝わってこないのはなぜだろう……。 「琴音さんは女になりたいの?」 「え? えーと……、そんな感じですかねえ……」 「琴音さんなら、女になっても違和感はないでしょうね」 「……ありがとうございます」 ほんとうは性転換手術を受けて女になりたい、なんてぜんぜん考えていないけれど、そのあたりを今ここでまり子に詳しく説明するのは面倒だった。 「わたしはね、ごく普通の男だったのよ。それなのに、こんな体にされてしまったのよ……」 感情があらわになった声音になってきた。 まり子は女言葉で話しているが、声は男のままだ。無理に高いキーにして女を装う努力はしていない。 「琴音さんは、その胸、望んで造ったんでしょう? わたしはちがうのよ。こんな胸のふくらみなんて、わたしをいじめるためなんだ、手の込んだいじめなんだ、って思っていると、次は病院に連れて行かれて麻酔をかけられて、目が覚めたらもう男じゃなくなっていたのよ……」 今にも泣き出すかと思ったけれど、まり子は感情の揺れはあったものの、意外なほど冷静だった。 「わたしね、琴音さんのように女になりたい男だったら、こんなに辛くないはずなのよ。普通の男だから、こんなに苦しまなくっちゃいけないのよ。わかってもらえる?」 幻夢210 「まり子さん、ここに住んでいるんですか?」 「住んでる? ちがうわ、閉じ込められてるのよ」 (逃げようなんて、考えないのかしら?) 琴音の疑問を見透かしたように、まり子が口を開いた。 「逃げようと思えば逃げられるのよ……、それは何度も考えたけど実行はしなかったの。逃げ出してからどうするの? 警察に行く? どんな風に説明するの? こんな恥さらしの女の体にされてしまって、何をどう訴えたらいいの? もう男の体には戻れないのよ」 ……すると、これは明らかに犯罪じゃないか。 と、琴音はこのとき初めて気付いた。 「こんなネグリジェみたいなものしか与えられていないのよ。裸でいるよりもましだから仕方なく着てるけど、こんな恥ずかしいものを着なければならないのよ。こんな姿、誰にも見られたくないわよ」 まり子の身につけているランジェは淡いピンクで。細い肩紐で吊っているので両肩がすっかりあらわになっている。胸のところが深く刳れこみ、巨きな乳房のの谷間が見えている。 セクシーなエロティック・ランジェ、男を悩殺するための衣装を着せられた元男……。 これは、単に男が女装しているのとはまったく次元のちがう話なのだ。 ついさっき、犯罪性に気付いて愕然となった琴音だが、事はもっと深刻だ。 つまり、この人、元はタカハシツトムという名前の男で、今はまり子と名づけられた人の意志は頭から踏みにじられているのだ。 ……こんなことがあっていいものなのか? 『琴音はまだ知らないだけだよ。世の中の裏側ではさまざまな違法行為が行われている。バレなければ犯罪じゃないんだ』 琴音は思い出す。 『雅蝕苑』の秘密ショーで年端も行かぬ少年の人身売買が行われているのを目にしたとき、栗岡が口にした言葉だ。 ここで琴音の脳裏に浮かぶ疑念は、何故に強制性転換なのか? ということだ。 この人が無理矢理に女にされてしまった理由がよくわからない……。 「琴音さん」 「え? はい?」 「はじめはね、若い娘を連れてきて、わたしを笑いものにするつもりなんだ、と思ったんですよ。だけど、琴音さんが男だとわかって、何ていうか、琴音さんに親近感みたいなものを感じたのよ。琴音さんは意地悪なタイプには見えないし……」 (親近感ね……、なるほど……) 「こんなところに閉じ込められて、誰とも話す機会がないでしょう? あの人は、わたしに命令ばかりするだけだし……。だから、だれかと話したかったのよ、わたしをいじめる人じゃない誰かと……」 「…………」 ********************************************************************* genmu8.txtに続く