フェイクガール  作: 玲
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『フェイクガール・フェイク1』 8

8.男子3日会わざればというけれど、女になってる男子もいるから刮目して見よ。

表参道のファッションビル。その2階の喫茶店の窓越しに、僕は道行く人々をぼん
やりと眺めていた。木曜日の昼下がり。アンニュイな時間帯。冬の終わりを告げる
かのように、テーブルを白く輝かせる陽光が暖かい。テーブルの上のグラスの中で
立ち昇る炭酸の泡が、なぜか道行く人々と重なってみえる。

生まれて、ひたすら浮きあがり、ぶつかりあい、そして消える。一口啜ったジンジ
ャエールの味は、あのあと豚男さんの飲ませてくれたものと同じもののはずなのに、
気が抜けて感じられた。

                  ◎

あのあと・・・昇天して反応しなくなった僕に気がついた豚男さんが、心底怯えて
僕を床に下ろし、マスクを剥ぎ取った。鼻の呼吸管と口のゴムペニスが一緒に引き
ずり出され、そのおかげで、僕は死ぬほどむせかえって意識を取り戻した。

豚男さんの安堵の笑顔が目に焼き付いている。笑うと七福神の誰かに似てしまうん
だ。抱きかかえられて二階のベッドルームまで運ばれ、ベッドに安置された。ベッ
ドサイドの小型冷蔵庫から取り出され、豚男さんが僕の身体を抱え起こすようにし
て飲ませてくれたジンジャエールの味は、天界の飲み物のように舌に弾けた。

豚男さんは、もっとあれこれ試す計画をしていたのだろうし、僕もそのつもりだっ
たのだけれど、ふたりともあまりに消耗が激しく、饗宴はおひらきになった。装具
が解除され、蛹の殻から抜け出した僕の身体は、効能通り、完全に脱毛され、色素
を失っていた。

僕から誘って一緒にシャワーを浴び、僕の手で豚男さんのペニスを洗ってあげると、
再び回復しそうな兆しが起きて、ふたりで笑いあった。でも、もう交わることもな
く、裸でベッドに入り、抱き合ったまま、つかの間、とりとめもない言葉を交わし
ているうちに、ふたりとも電池が切れたみたいに眠り込んでしまった。

翌朝、といっても昼近く、先に目覚めた僕は、勝手に台所を借りて冷蔵庫のあり合
わせで簡単なブランチを作り、ようやく目覚めた豚男さんとともにベッドの上で食
べた。食べ終わる頃には正午となり、それが約束の時間だった。

約束通り、引き止めることもなく、豚男さんは駅まで送ってくれた。車の中でも会
話は弾まなかった。車が駅のロータリーに滑り込み停車したとき、豚男さんがよう
やく重い口を開いた。

「昨夜は、ほんとうに人生最高のひとときだった。き、君がこの後、だ、誰か別の
人を選んだとしても、僕は満足だし、恨むつもりもないからね。き、君はほんとう
に、僕になんか不釣り合いな人だ。ありがとう」

別れ際に豚男さんがいった言葉。それを思い出すと、豚男さんの筋金入りの気弱さ
が小憎らしく思えてくる。とはいっても、その時点では、まだ他にふたりのご主人
様候補とお見合いをすると告げてあったのだから、醜貌コンプレックスの豚男さん
に、他に言い方もなかったろうけど。

僕の将来を託す相手。それを決めるための変態マゾ式お見合いは、始まったばかり。
だからその時、僕は否定も肯定もできず、ただ人目もはばからずに豚男さんにキス
をして車を降りた。あっけにとられた表情の豚男を残し、一回だけ手を振り、駅に
入った。

自分でも整理のつかない感情に胸をざわざわさせながらホームへの階段を上ってい
るときに、脈絡もなくひとつの解答が頭に浮かんできた。

豚男さんって、タレントの大地康夫に似てるんだ。

                  ◎

あれから2ヶ月。なんたって自信のない豚男さんのことだから、すでに僕が二度と
戻らないと思っているだろう。自信満々で僕が自分のものになると思いこむ、自信
過剰プライド男じゃないだけましだけど。残念でした。僕はとっくに豚男ちゃんの
ものなんだよ。メールのやりとりだけで、豚男さんがいちばん気になる人だった。
なんというか文章に味があったんだよなあ。

会ってみてそれが確信になった。豚男さんと別れてつぎの待ち合わせ場所へ向かう
電車の中で、僕は豚男さんに人生を預けるって、なんの迷いもなく自然に決めてい
たんだ。

他のふたりには会う必要もなかったけれど、ちょっとした好奇心と、スケベ心と、
検証の意味で一夜を共にしてはみた。予想通り、決して悪くはないながら、僕の琴
線に豚男さんほど触れてこなかった。

なんてこと、教えて安心させてやるもんか。ハゲでデブで臭くて小心者で、もてな
い中年男のくせに僕を一撃でノックアウトしたなんて、ちょっと口惜しいし。豚男
さんにはあと少し、やきもきしてもらわなくっちゃ。

「あの、おひとりですか?もしよかったら僕らと昼食でもいかが?」

突然声をかけられて、見あげると、男性ファッション誌から抜け出してきたような
今風の青年がふたり、ポーズを決めて立っていた。僕が店に入ったときからちらち
らと僕の様子を窺っていたのは気がついていたけれど、まさかナンパされるとはね。
僕はにっこり微笑み、そしていった。

「イケ面のお兄さん達。誘ってくれてありがと。でも、残念ながら売約済みなの。
世界でいちばん醜い男に、めろめろのぞっこんなのよね、私」

僕は伝票をつかみ、ハンサムボーイズに手を振ってレジに向かった。レジの横の鏡
に、chloeの衣装でドレスアップし、完璧な化粧とセミロングのウイッグで変
身した僕が、颯爽と歩いていく姿が映る。世界一とはいえないけれど、かなりイケ
てるいい女だと自画自賛して。

日だまりの中、快い風に吹かれて、僕はこの世界にバイバイを告げ、ヒールの音も
高らかに、地下鉄の階段の闇の中へ降りていった。


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