フェイクガール  作: 玲
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フェイクガール。  フェイク1 『出会いがしらにフォール・イン・裸撫』
1.豚に真珠というけれど、真珠といっても模造品。

喫茶店の奥まったシートで、目の前に座る男の容姿は、醜いとしかいいようもなく、
そのうえ貧相で下品で下卑た最低の中年男という表現がぴったり。メール交換の文
章では、こと加虐に関して他に類をみないほど創意に満ち、細やかで思いやりにあ
ふれた紳士であると同時に、専横で残忍な暴君にもなれる人だったはずなのに、会
ってみると別人かと思うほど情けない。ギャップがありすぎ。うわずってるし。お
どおどとしてるし。どこか卑屈そうだし。誰もが見下し、敬遠するタイプ。こんな
男性を好ましく思えるのは、とんでもない天の邪鬼か、超がつく被虐趣味の変態。
・・・あ、それってどっちも僕のことじゃん。

一目見て『豚男』という呼び名が心に浮かんだ。だってそっくりなんだもん。豚さ
んに。店に入り、ひと目見た瞬間から、この豚男さんに弄ばれる哀れな自分の痴態
ア・ラ・カルトが、電車の席取りおばさんのように僕の頭の中に居座ってしまった。
ハゲでデブでチビで豚に似た臭い男に、荷物のように拘束され、口でペニスを啜り、
尻の穴を犯される。そんな情景を世間一般の感性で量れば、身の毛もよだつような
おぞましい情景といえるんだろう。想像することさえ忌避するほど、屈辱的で下劣
な状況に違いない。なんだけど、それこそ僕が何年も妄想し続けた状況なんだよね。
困ったもんだ。

自分でも持てあましてしまうそんな性癖のゆえに、いまここで、僕は豚男さんと対
面している。豚男さんが所在なさげに身じろぎすると、濃密な体臭が滲み出し、蒸
気のように僕を包みこんだ。ラードのような脂っぽい甘さと、腋臭の酸っぱさと、
蒸れた股間の生臭さがブレンドされた混合臭。そのうえ、内臓が腐ったような口臭
が息とともに流れ出し、体臭と化学反応を起こして神経ガスレベルとなり、僕の鼻
粘膜を焼き焦がしてくれる。注文を取りに来たウエイトレスが、露骨に眉を顰めて
いたもんね。僕と会う3日前からお風呂も歯磨きもなしにしてくれるように頼んで
いたんだけど、律儀に約束を守ってくれたようだ。相手が不潔であればあるほど、
そんな相手に貶められる清純可憐な自分という落差が大きく鮮明になって、僕の被
虐性を刺激するんだからしかたがない。僕にとっては不潔な臭いはフェロモンみた
いなものだ。

僕の尾骨の奥には一匹の大きな蛆虫が寄生している。被虐欲という名の蛆虫だ。不
潔な臭いに刺激されると、その蛆虫が目覚め、もぞりと蠢き、のたうって、その無
数の体節からマゾ化の粘液を大量に分泌する。その分泌液が、僕の下半身の肉の隙
間にジュンッと溢れ出る感じ。分泌物は脊柱の神経叢を侵蝕しながら上へ昇り、脳
幹のあたりでじゅるじゅると噴き出す。蛆虫がその体節を伸ばし、僕のペニスの中
にその尻尾を入れこんでしまう。だから僕のペニスは、樹脂で固めたみたいに勃起
し、ビクンビクンと跳ね回る。

心臓の鼓動が店中に響き渡るのではないかと思うほど高鳴りまくってる。目に肉色
のフィルターがかかったみたいで、豚男さんはどんな美男美女より好ましく可愛ら
しく映っている。だから僕にとって“豚男さん”という呼称は、蔑称ではなく愛称
なわけ。そのへんのニアンスが普通の人にわかってもらえるかどうかは疑問だけど。

ぎこちない初対面の挨拶を交わした後の、しばしの気まずい沈黙。うつむき加減の
禿げあがった額に脂汗が浮かび、名残りのような幾筋かの髪の毛がへばりついてい
るぞ。うーん、情けなさ倍増。豚男さんの右頬に微かなチックが走った。よほど緊
張してるんだな。なんて冷静に観察しているみたいなこといっているけど、実際は
豚男さんの緊張が僕にまで伝染し、内心けっこうどぎまぎしている。影響されやす
い性格なんです、僕。心構えは充分に固めたつもりだったけれど、まだどこかに揺
らぎがあったのかも。なんてったって、僕の人生で最大の岐路だったし、こういう
出会い方は初めてだったし。続いていた沈黙にすら耐えられなくなった様子で、豚
男さんさんはその小さな金壺眼を泳がせ、鱈子に切れ目を入れたような唇をわなな
かせながら、顰めた声でいまいちど確認した。

「ほんとうに僕と・・・その・・・こ、今晩おつきあいしてくれるんだね。もし、
もし嫌だったら無理強いはしないよ」

いえいえ。嫌なんてとんでもない。ものすごーく、期待しちゃってます。

「あ、はい。いえ。嫌だなんて。そんなことないです。よろしくお願いします」

豚男さんが鼻息も荒く小さな目を輝かせ、乱杭歯をのぞかせて破顔する。ラード樽
になりかけている下腹が揺れている。顔が真っ赤になっていた。血圧が800くら
いに上昇しているんじゃないかな。そのうち鼻から機関車のように蒸気を噴きそう。

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